審神者、始めました。   作:秋元琶耶

3 / 3
3.日常

こんのすけの口車に乗せられ、嫌々ながらに初めて刀に触れた瞬間、自分の中に何か途轍もない力があると気付いた。

それはまるで、いつか読んだ漫画で主要な登場人物がモノローグにしていたような、御伽噺よりもとんでもない笑い話。

私が触れた刀は、世界中のきらめきを集めたみたいに光った。けれどそれは眼を焼くような強烈な光ではなく、淡く暖かい、例えるならば優しい海のような光。

咄嗟に目を閉じてしまったことを惜しいと思うくらいには、その光は柔らかかった。

 

海、海。

南の島。

ああ、何にもしない有給。

再び言い表しようのない虚無感に襲われて死にたくなった。

しかし私の中の少しだけ残っていた冷静な部分が、死にたくなっても実際そう簡単に死ねないものなのだと力なく呟いていた。その通りなのでまた死にたくなった。死ねないなら思うくらいはただである。誰にも私の思考の邪魔はさせない。思考くらいは好きにさせてほしい。

 

なんて、考えているうちに。

目の前の光が徐々に弱まってきていることに気付く。恐る恐る細目を開けてみれば、光はだんだんと人の形になり始めているではないか。

ああそうか、これが顕現する瞬間なのか。

つい先ほどまでこんのすけが一生懸命説明してくれていたのだけれど、実感なんてまるでなかった私にとってはすべてが他人事のようであんまりちゃんと聞いていなかった。

漸く実感した。

 

―――私は審神者になったのだ。

 

これはテレビの向こう側で起きていた出来事ではない。

現実に、今私の目の前で起きていること。

理由も何もかもわからないまま、嘘みたいな状況で目の前に突き付けられたことは、まぎれもなく私自身に起きていること。

まるで漫画だ。

けれど現実だ。

笑って眠ったら明日からまた出社、なんてことは絶対にありえないのだと実感する。

 

今までテレビや新聞で見ていた問題が、今はもう他人事ではないのだと不思議と理解した。

これから自分がすべきことを唐突に理解した瞬間、逆に冷静になった。

別に世界を救ってハッピーエンドの物語を作り出したいわけじゃない。

私にそこまでの正義感なんてない。

だけど、私はそれなりに私の世界というものが気にっていたのだ。

それなりに幸せでそれなりに楽しくて、それなりに苦しいけれど嫌なものだと捨てきれない毎日。

それを壊そうとしている勢力があることは知っていたが、それに手が届く自分は今まではいなかった。

けれど、何の手違いか勘違いか知らないが、今、私にはその力があるらしい。

ならばやることは一つだ。

 

私は、私のために戦おう。

私の大切な日常のために、今は日常を置いてこよう。

いつかまた、あのそれなりの世界に戻るために。

 

そう、これまた物語の中の主人公のようにかっこよくモノローグを決めた瞬間、若干自分に酔った私の目の前には刀が――歌仙兼定が、顕現を済ませていて。

 

「ぎゃあああああああああああああああああ」

 

…まぁ、そのあとは、ご存じのとおりである。

 

 

+++

 

 

今日の天気は晴天で、風も心地よく吹いている。

いつも手が空いているときには内番の手伝いをするようにしている私は、今日は秋田と一緒に畑の雑草抜きなんかに勤しんでいた。

短刀はいい。

心のオアシスだ。

可愛いし、そして無垢なので無条件で私に優しい。

いや別に含みはない。

たとえ見た目がどんだけ可愛くて美少年であろうと実際には私よりもはるかに長生きしている刀だとしても、いいのだ、所詮人間は見た目が一番の生き物なのだ。

しかし、時に無垢であることは残酷だった。

何の話の流れだったかもう忘れたが、和やかなおしゃべりの途中で秋田藤四郎ことあっきーはこう云った。

 

「主さんは、結構変わり者ですよね!」

 

朗らかな笑顔でそうのたまったあっきーの肩に手を置く。ごめんね土がついたね。でも今はそれより大事な話するね。

「あっきー、自分があっきーであったことに感謝してね」

「えっ、どういう意味ですか?」

「今のセリフを吐いたのが兼さんとかむっちゃんだったら、即時エビ固め食らわせてたってこと」

無邪気な笑顔を一瞬で蒼白にしたあっきーには申し訳ないが、今のセリフに関しては私にそうする権利があると思う。

違う、変わってるんじゃない。

変わらざるを得なかったんだ。

腹の底から湧き出た悲しみに涙を飲んでいると。

「秋田、こっちへおいで。変わり者がうつるよ」

「うつるか!」

肩を跳ねさせて『うつるんですか!?』と半泣きになって若干距離を取る秋田に、純粋に傷付いた。

どうしてこう私の刀たちは私に優しくないのだろう。

いや秋田は優しくないわけじゃない。

あまりに純粋な心を持ちすぎているせいで、その純粋さが私を傷付けているだけで。

そう、秋田に私を傷付けるつもりなんてないのだ。

「あんたと違ってね…」

「独り言かい? 本当に君は鬱陶しいね」

「独り言程度でこの云われよう…」

ぶち、と雑草を引き抜いて、さっきまで頑張って秋田と一緒に抜きまくった雑草の山をぶん投げたい衝動に駆られる。

何を隠そう目の前の初期刀様に。

 

私の目が澱んでいく様子などどうでもよさそうな歌仙は、一度私を養豚場の豚を見るような目でみてからパッと秋田には笑顔で振り向き、別人みたいに優しく云う。

「おやつの準備が出来たから、手を洗って居間へお行き」

「わぁい、呼びにきてくださったんですね! ありがとうございます! 主さんも早くいきましょう!」

嬉しそうに井戸のほうに飛んで行ったあっきーに和んだからよかったものの、これであっきーにも放置プレイ決め込まれてたら私結構瀕死の重傷だったよ。

「君もさっさと手を洗っておいで。あと顔も汚いから洗って…ああそれはもとからか」

「あんたそれは暴言がすぎるんじゃないの!?」

「嘘だろ。まさか自分が美人だと思ってるのかい?」

「生きることを許される程度の容姿である自負くらいあるよ!!」

それはよかった、とほほ笑まれて息が詰まる。

これはトキメキではない。

純然たる怒りのためである。

しかし対する歌仙は、性格はともかく容姿だけは文句のつけようがない美形だ。

これっぽっちも好みではないが、均整の取れた顔立ちも浮かべる表情ひとつひとつも絵になる。しゃべらなければ百点満点なイケメンだ。しゃべらなければね。しゃべったら歩くトラウマ製造機に早変わりだからね。主に私の。

我ながらがっかりする思考に落ち込んでいると、さすがに見かねたのかちょっと声音を優しくして歌仙が云う。

「ほら、早くいかないとみんなに全部取られてしまうよ」

「今日のおやつは?」

「燭台切特製のチーズケーキ」

「みっちゃんの! 早くいかなきゃ!!」

「そんなにはしゃぐと太るよ」

「はしゃいだだけで!?」

なんでこの人(いや刀)は私に対してこんなに辛辣なのだろう。

いやまぁ、第一印象がアレだったから、めちゃくちゃ優しくされるとは思ってなかったけど、それにしても。

しかし口で歌仙に勝てるはずがないとはわかっているので小さく後ろでベロベロバーしたらその瞬間に振り替えられておもくそ脳天にゲンコツ落とされて舌噛んで死ぬかと思った。

 

手を洗った後も歩きながらいつものお説教を食らっている私は、これでもこの本丸の主である。いまだに自分でも信じがたいが、どう転んでもそうなのだからいい加減諦めるしかない。

小さくため息をこぼしたら、落ち込む暇があったら仕事をしろと吐き捨てられた。え、私の社畜人生って現世だけじゃなくてここでも継続なの?

ふと死神が気軽な友人のように手を振ってきたような気がして手を振り返そうとしたけれど思いとどまる。いかん、思考だけで死にそうになるなんてそれこそ変わり者扱いされてしまう。

気を取り直して背筋を伸ばして歩き始めると、遠くに聞こえるみんなの声。

さすがに何の話をしているかまではわからないけれど、きっといつものようにくだらない、どうでもいい、けれど他愛ない幸せを実感できる話をしているのだろう。

そんな声に耳を傾けながら、呟く。

「ここもさぁ、随分にぎやかになったよね」

歌仙は一瞬怪訝そうに眉間にしわを寄せていたけれど、同じようにみんなの声が聞こえたからか、小さく笑って肩を竦めた。

「最初は本当にどうなることかと思ったけど、どうにかなるものだね」

本当に、を力いっぱい強調されてイラっとしたけど、実際その通りなのでグッと怒りは堪える。収まれ私の左に宿りし暗黒竜よ。あ、それは大倶利伽羅だね。いつかそのうちあの竜がスタンドみたいにからちゃんの背後に浮かび上がる日を心よりお待ちしていることは、短刀各位と私たちだけの秘密である。

「仲間も随分増えたしね」

ちなみに、サングラス常備令はみっちゃんが本丸に来た時点で廃止になった。

何故ならあの人、グラサンかけても尋常じゃなくかっこいいのだ。むしろグラサンのおかげでかっこよさ何割か増しで、あまりの眩しさに本気で目が潰れるかと思った。

あと今更気付いたんだけど、現世ではこういう言葉があるのだ。

 

『美人とイケメンは三日で飽きる』

 

さすがに三日は嘘だけど、一週間もすればなんとか目を見て会話できるようにはなったので、いい加減経費でグラサン買うのもめんどくさくなっていたこともあって、いい機会だったので廃止した。

「最初の頃は、鍛刀するたびに悲鳴を上げていたのが懐かしいね」

「人の悲鳴に懐かしさを見出さないでもらえます?」

だって現れる刀が全部イケメン或いは美少年だった私の気持ち考えたことある?

最初は歌仙、次は厚くん。

試しに出した戦場で大怪我しながら歌仙が拾ってきたのは薬研でこれまたいろんな意味で腰を抜かしたことをしばらく馬鹿にされたことは一生忘れないと思う。

だって歌仙信じらんないくらい怪我してきてびっくりしたのに隣には眼鏡の美少年がいるしで私の頭はパニックだった。それでもなんとか歌仙を手入れ部屋に押し込むことだけは忘れなかったんだから、それなりに私だって職務全うしてると思わない?

それから鍛刀と出陣をへっぴり腰ながらもこなし、現在ではこの本丸には実に39振りの刀が揃った。

こんのすけと出会ってからは、気付けば半年も経っていた。

振り返ってみれば短いのか長いのかわからない年月。嬉しいことも楽しいことも、しんどいことも苦しいことも同じくらいあったかもしれない。

だけどそれら全部をひっくるめても、多分私の人生の中では最も輝いていた時間だったと思う。

 

居間には全員がみっちゃんのチーズケーキを目当てに集まっているらしく、短刀ばかりではなく打刀、太刀、大太刀に槍も薙刀も集まって大騒ぎになっている様だった。みっちゃんのおかしはおいしいからね、毎回争奪戦になるもんね。

隣にいる歌仙だって料理の腕は大したものだけど、歌仙の場合は基本的に健康食みたいな質素なものばっかりで、みっちゃんみたいに甘やかしてくれない。いや本当に味はどっちも甲乙つけがたいくらい素晴らしいんだけどさ、ほら、子どもは甘いものとか豪華なものとか好きじゃない? 私だってそうだ。って以前零したら、次の日お米と漬物だけの食事を出されたことがある。みっちゃんではない。隣にいる悪魔にである。

思い返せばつくづく優しくないなぁこの初期刀。

「失礼なこと考えてないかい?」

「事実だよ」

他人にはお見せ出来ないような形相で追いかけられて、私も死に物狂いで逃げた。

こいつ短気すぎるだろ。

そうしてもう一角曲がれば居間、という瞬間だった。

 

「あーっ、ずるいです鶴丸さん!」

「鶴丸がケーキを持って逃げたぞ、追えーッ!!!」

「どうだい、驚いたかい!?」

「驚いたんじゃなくて怒ってるんだよ!!」

 

どんがらがっちゃんというあんまり具体的に想像したくない音と、遠ざかる鶴さんの笑い声と、彼を追う刀たちの怒号。私たちの足はいつの間にか止まっていた。

それから思わず歌仙と顔を見合わせて、気が抜けたように噴き出してから再び足を進める。

 

「まったく鶴さんは!」

「主の顔が見てみたいねぇ」

「あんたの隣にいますよ。ついでに、あんたの主もね!」

 

意外とこういう日常も、嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

*****

職場が潰れるか潰れないかの危機ですが私は元気です(白目)

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