花嫁の花嫁 作:汝の書きたいように書くがよい
魔法文明語であれば
この前書きのみをは魔法文明語・魔動機文明語・交易共通語の3言語で書くことにした。
また、本書が誰かによって読まれるときには時代も変わっている可能性もあるため、一部の用語には脚注を入れた。
本書を読み解く手助けになれば幸いである。
私の名は
領地は王都ディクールより北西、エレディア大三角州より西の僻地である。かつてフェレール家は子爵家の底辺とも言える僻地の領主であったが、近年の大三角州への入植への協力を惜しまなかったため、領地は拡大され、財産も増え一族は軌道に乗り始めた――というのも私が生まれるまでの話だ。
私は人間ではない。私はナイトメア、生まれながらに"穢れ"を持つ忌み子だ。額に角を持ち、異形のまま生れ落ちて母を殺した。
私の母には私以外の子供がいなかったこともあり、不謹慎な言い方をすればそのおかげで私は殺されずに済んだのだ。(ナイトメアは忌み子として生後すぐに殺されることも多いと聞く)
とはいえ現女王の即位(正確には王の崩御。双子姫は即位を拒んでいる)から風潮は変わりつつあるものの、やはり女性が当主になることに忌避感を覚える者は少なくない。
そのため私は男性として育てられてきたのだ。
だがそうして隠し通せるのもそう長くは無い。ナイトメアというのは不老種族だ。私が老成し始める時期になっても若いままではあらぬ疑い――ナイトメアであるということの他にも、リャナンシーやラミアが入り込んでるという疑惑――をかけられるだろう。
だがその時期までに私が成人すれば当然、政略結婚の話が切り出される。これを上手く避けるか、あるいは金を握らせるなりして性別を誤魔化す他ない。子供ならば養子でもいい。(さいわい私の一族は血統へあまりこだわらない方だ)
本書はその際の一悶着に関する私の随想を収めたものだ。欺瞞に塗り固められた人生の中にもこのような真実があったことを、誰かに記憶していてもらいたい。願わくば永久に忘れることなく生き続ける同族に。
◆
話は私の15の誕生日に遡る。フェンディル(というよりはラクシア、テラスティア大陸全土)では人間は15で成人と扱われる。この歳にもなれば今までのらりくらりと避けていたお見合いも避けて通れない
そんな早朝の事である。いつも通り既に起床していた私は自室の壁が叩かれる音に振り向いた。
「お早うございます、マックス様。父上がお呼びです。身だしなみを整え次第部屋へ参じよ、とのことです」
「わかった。下がっていい」
侍従からの簡単な伝言だった。ドアは開けられない。私が女性であることを知るのはこの家では父上と侍従長のみ。一部の侍従は感づいているようだが父上が釘を刺し他言無用を徹底させている。現時点で外には漏れていないはずだ。
私は寝間着を脱ぎ、下着を外し、鏡の前に一糸纏わぬ肢体を晒す。きつい下着で締め上げられた胸は貧相ながらも女性性を感じさせ、ふくらみを帯びた下腹部が隠しきれずにいる。
直毛の銀髪は長くのばし、この紫色の瞳と目が合えばばきっと世の男たちの目を釘付けにするだろうし、美しく着飾り化粧をすれば誰よりも美しくなれると侍従長は言う。
だからこそ、その髪を短く切り揃えて色気のない表情を作らねばならないとも言う。
こんな日なのだ。結婚の話に他ならないだろう。この身体をどこまで隠し通せるか、今一自身は無い。そんな不安を抱えつつも私は水差しと桶を用いて濡れた布を作り、体を拭く。
着替える前には外した下着を再び着ける。下着と言っても包帯の様な簡素なものだ。これできつく胸を締め上げ、発育を抑制させてきた。
ひとしきり服を着終えて鏡を見る。大丈夫、中世的な男性にしか見えない。そう自分に言い聞かせてドアを開ける。空腹はまだ感じない。感じる余裕などない。
「父上、私です」
「入れ」
ノックして訪ねてからそっと重厚なドアを開け部屋へ入る。執務机にかけた父上とその傍に控える侍従長の
「今日でお前も成人した。それがどういうことかわかるな?」
「無論です。父上」
今晩、お見合いに出されるという事だろう。
「して、相手はどこの方でしょうか」
「遺跡の街"リーリゥム"の方に領地を持つ男爵家だ。姓は
「お気遣いに感謝致します」
私がまだ幼かった頃の父上はたいそう私に対し厳しく接していた。自分の妻を殺されたのだから当然の反応だろう。私は忌み子だ。
いつからかはおぼろげだが、ある時期から父上は私に優しくなった。仮にも妻の子であるという事実を受け入れられたからか、必要以上に厳しくすることはなくなった。
あるいは、自分の性別をひた隠し生きる苦労を理解してくれたか、それは私には推し量りかねることだ。
「馬車の手配は済ませている。場所は王都ディクールのリルズ神殿の一室を借りる。出発は今日の昼下がりだ」
融合神リルズ。ラクシアに数多存在する神の中の一つで、最もその神格が弱い
その教義は「絆」「結合」「愛」「協力」「共生」など。確かに縁談の会場として申し分ない。ここからディクールまではおよそ3日、馬車に揺られなければならない。朝早くに呼び出したのはその準備をさせるためだろう。
とはいえいささか急すぎる。かねてより決まっていれば事前に準備することも叶うはず。
「構いませんが、いささか急では?」
「本当ならもう少し早めに届くはずだったそうだ。道中で蛮族に襲われて信書を紛失したみたいでな」
「遣いの者もいないようですが」
「【ファミリア】の鳥に通話のピアスを運ばせてきたのでな」
「成る程、納得しました」
「衣類や食料は侍従に用意させている。お前は自分の携行品だけ用意すればいい」
「承知しました、父上。して、縁談についてですが・・・」
「汝のしたいように為すがよい」
それは邪神の言葉です。などと冗談で笑うことなど私にはできなかった。
「それはどのような意図ですか?」
「相手の家の規模を考えれば我々の力を用いて性別は誤魔化せるという事だ。自分の配偶者を選ぶ自由くらいは与えてやりたいのでな」
その言葉が本心であるかは私にはわからなかった。
◆
ルキスラ帝国軍や冒険者の活躍により、ザルツ地方の蛮族の活動は比較的散発的だ。それでも下級妖魔の襲撃や場合によってはドレイクやバジリスクのような上級蛮族、稀にだがサンダーバードのような危険な幻獣との遭遇もあり得る。
ゆえに貴族の行楽であれど武装は欠かせない。ましてこのような僻地の貴族であれば武芸を嗜むのは当然だ。私はそれに加えて妖精魔法の扱いも心得ている。
私は自室に戻ると壁にかけていたレイピアを鞘から抜き、数回素振りする。大丈夫、鈍ってはいない。
服も肌着を残して一度脱ぎ、タンスの中の質素な服を取り出す。イスカイアの魔導甲冑と呼ばれる業物であり、魔法戦士の魔法行使を補助する力の他、その形を自在に変える力もある。平時の際は礼服、有事の際は鎧となる優れものだ。
私は普段着の形のままの甲冑を着ると、襟を掴んで念じる。こうして魔導甲冑はその形を変えることができる。
重厚な鎧の形、軽装鎧の形、礼服、普段着と変化させ、不具合がないことを確かめる。
そののちタンスから装飾品を取り出す。カトレアの花冠、華美なる宝石飾り、矢筒とその中に入れる矢。
いずれも妖精魔法の行使を手助けするためのものだ。
花冠は魔法の射程を強化し、宝石は妖精魔法に欠かせない妖精の召喚ゲートとなる。矢は風の妖精の力を借りて撃ち出すためだ。
特に花冠は私の額にある角を隠すことにも役立つ。
最後に魔力の結晶である魔晶石をいくばくか取り出して袋へしまう。
必要最低限の物は父上が侍従に用意させているのだ、私の準備はこの程度でいいだろう。甲冑を普段着に変える。
そうして一息つくとふいにドアがノックされる。
「若様、朝食をお持ちしました」
もうそんな時間だったか。
◆
大三角州で取れた魚介は氷の妖精魔法で冷凍され、周辺のフェンディル領と交易に出される。魔法は確かに私達の文明を豊かにしている。
朝食の内容は季節の野菜にハーブで味付けした白身魚、玉蜀黍のスープ。消化によく、急な出立にも優しい献立だ。
プロの調理師の腕に舌鼓を打ち、腹ごなしに屋敷の中庭に出てレイピアを素振りする。
この武芸、僻地の貴族なりの護身のためでもあるが、女性らしく華奢な外見をしている私が男性として下手に見られぬようにでもある。
「若様、組手を致しますか?」
ノエルだ。背中に長銃を背負い、腰には二丁の拳銃を下げている。肩の横には紫色の小さな結晶が浮かび、足と腰に着けている機械の装身具の側には大きな結晶が浮かんでいる。
マギスフィアと呼ばれる魔動機術の行使に必要な魔法の品だ。今朝から着ている服もただのエプロンドレスに見えるが、これも魔法の鎧の一種だ。コンバットメイドスーツといい、魔法や毒の攻撃を軽減する効果がある。
そのように武装したノエルはただのノエルではない。彼女もまた私と同じように人間でない。だがナイトメアでもない。
彼女はルーンフォークと呼ばれる種族だ。人造人間であり、魂を持たず、主人を欲するという本能を持つ。
人造人間といっても機械仕掛けではない、血が通い、肉と骨で体はできている。人族として標準的な知能や感情も持ち、奴隷として作られた経緯とは裏腹に人権を得た経緯がある。
ルーンフォークの製造技術は
そんなルーンフォークらしくノエルは魔動機術の扱いに長けている。《射手の体術》と呼ばれる心得もあり、敵に肉薄しながらも銃撃を行うことができる。
これはひとえに私をより近い位置で守るためだそうだ。
「【ヒーリング・バレット】で頼む。私も鞘を使う」
「承知しました。では失礼します」
私が甲冑を重厚な鎧の形に変えた瞬間を合図に戦闘が開始する。
ノエルは一瞬身を屈めると同時に二丁の拳銃を抜き取り、四発立て続けに銃弾を撃ち込む。この銃弾には回復の魔力が込められているため仮に当たっても怪我することはない。だがこれは組手だ。避けなければ意味がない。私はそれを身を捻って回避する。
次の瞬間には大きく息を吸い込み、足と目に力を込める。
――練技と呼ばれる技術で、呼吸を用いて体を強化するものだ。
目は猫のように鋭く、足は鹿のように力強くしなやかに、そして私は駆け出した。ノエルは右足を半歩引き私の攻撃に備えている。
私は鞘を下から逆袈裟に振り抜く。様子見の初手は頬を掠めるに留まり、上半身を反らせたノエルはその勢いで宙返りしつつ私の手元を蹴り上げにかかる。咄嗟にそれを避けたために私の姿勢は崩れた。そこにすかさずノエルの弾丸が二発飛んでくる。
当たったか、一瞬諦めたが次の刹那にはノエルを見習い、崩れた姿勢を無理に直さずそのままの勢いで地面に転がり込んで回避する。
そうして立ち上がる勢いでノエルの懐に飛び込み、首筋に鞘を突きつける。それと同時に額に冷たい感触を感じる。
ノエルの銃口を突きつけられていた。
「腕を上げましたね、若様」
「まだ敵いそうにありません」
「魔法を使われたら勝つ目はないでしょう」
「そちらこそ連射弾は使えなかった」
私が軽く微笑むとノエルも微笑み返す。何かと窮屈な屋敷暮らしだが全てのしがらみから解き放たれる組手の時だけは嫌いではなかった。
「マックス、時間だ」
2階の窓から父上が呼ぶ。少し熱に浮かされすぎたようだ。
◆
以上が私の成人した日の午前の出来事である。
なんとなくでも私を女性として見て、女性として接してくれる人がいないということは伝わっただろうか。伝わっていれば幸いである。
このお見合いは私にとっても運命の出会いであり、幸運であった。どのような出会いがあったのか期待に胸を膨らませながら頁をめくってくれたなら私は嬉しく思う。
地名
フェンディル:ザルツ地方に存在する国家。ルキスラ帝国より西方に位置する。
種族名
ナイトメア:ナイトメアが生まれるのは「人間」「エルフ」「ドワーフ」「リルドラケン」の四種族。リルドラケンは卵生であるため、親が被害を受けることがないこともあり迫害されることは稀。
リャナンシー:
ラミア:蛇の下半身に女性の上半身を持つ蛮族。変身能力を持ち、《守りの剣》の影響下でも動けるので密偵として人族の街に忍び込むこともある。
ドレイク、バジリスク:いずれも人間形態から竜(魔物)形態へと変身する能力を持つ上位蛮族。下級蛮族を力で従え、統率していることが多い。
サンダーバード:読んで字の如く雷を操る力を持った幻獣。極めて危険。
その他名詞
守りの剣:周囲にいる強い"穢れ"を持つ存在の活動を抑制する魔剣。
氷の妖精魔法で冷凍され――:【アイスコフィン】という妖精魔法
四発立て続けに銃弾を――:戦闘特技《ファストアクション》 先制時に二回行動
目は猫のように鋭く、足は鹿のように力強くしなやかに――:【キャッツアイ】【ガゼルフット】 それぞれ命中強化と回避強化の練技