花嫁の花嫁 作:汝の書きたいように書くがよい
先ほどの頁より幾何か時は過ぎる。私を運ぶ馬車は豪奢なものでもなく、質素堅実な実用のものだった。随伴する家臣のものと大差はない。
随伴者はわずか1台ばかり、護衛は侍従長に加えて元冒険者の腕利きが2名。御者は私自身でもできるのだが、侍従長と元冒険者の二人が交代で行っていた。
街道の整備が進んでない土地を通るのだから過度な装飾が邪魔になることは勿論、あまり見せびらかすような装飾をして王都の上級貴族に目を付けられないためでもある。
三日間の道中での襲撃はボガードに率いられた数匹のゴブリンといった群れと3度遭遇したことに加えて、森のはずれで遭遇した野性のグリズリーが1匹。いずれも私が出る間もなく軽くあしらわれた。
そうして何事もなく王都ディクールまで到達するに至った。
◆
王都に訪れるのは初めてではない。今までにも二度訪れたことがある。一度はライフォス神殿で魔法【イレイス・ブランデッド】を受けて穢れを消すために、もう一度はよく覚えていないが何らかの会合に参じるためだったと記憶している。
父上が偶然にもライフォスの高位神官と知り合いで、このような浄化を受けることができたのはたぐい稀な幸運だと言えよう。
とはいえリルズ神殿は訪れたことが無いので少しばかり私の気持ちは高揚していた。普段は男性として振る舞わなければならない以上、恋愛小説の類はあまり読まぬよう制限されてきたが、所詮私も一人の少女であったためにロマンチックな恋に憧れを抱いていたのだ。
リルズ神殿は恋人たちの聖地、心躍るのは無理もないだろう。
出発して3日目の昼下がりには到着することができた。帝都についてすぐに郊外の土地に馬車を停める。護衛の一人がそれを見張る役を買って出てくれた。そこから私達は徒歩でリルズ神殿へ向かう。
甲冑は普段着の形にしているため必要以上の視線は集めないが、侍従長のエプロンドレスは少し目を引いた。といっても王都という事もあり侍従が買い出しに出ていることも珍しくないのか一瞥されることはあってもジロジロと見られることはなかった。あるいは貴族の反感を買う事を恐れたか。
リルズ神殿はライフォスやザイアの神殿と異なり、荘厳さはやや劣るが装飾の意匠が巧みであった。趣があり、恋人たちの聖地と言われるのも頷ける。
入り口まで歩くと年若い神官の男が歩み寄り、フェレール家の者であることを確認すると私達は奥へと案内された。
「フェレール家の方が到着されました」
神官の男がノックをしてからドアを開けて中へどうぞと手で示す。
リルズ神殿はこのような用途で場所を貸すことも多いのか、縁談の会場となる小規模な部屋は適度に使用感がありながらも清掃が行き届いている。
部屋の入り口は北側にあり、南側に窓があるため中は適度に明るく、壁掛けの燭台は夜間以外使う必要はないだろう。
部屋の中央には8人がけくらいの大きさの机に椅子4つ、南側の席には一人の男性と一人の女性が座っていたのだが、ノックを聞いてから立ったようだ。(椅子が少し乱れているし、ドアが開く直前に物音がした) その後ろには一人帯剣した若い男が立っている。護衛だろう。
男は齢30代半ばといった顔つきでありながら、身体は鍛え上げられており、一切の老いを感じさせない。腰にはディフェンダーと呼ばれるハンドガードの付いた長剣をさしている。
礼服には僅か2つばかりの勲章が着いているが、そのどちらも男爵位であれば持っていて当然のものであった。
女はおそらく私の縁談の相手で、金髪の直毛はうなじ程まで伸び、やや色の濃い碧眼が私を見据えている。首にはリルズの聖印がペンダント状に吊るされている。
服装は瞳と同じ色のドレスをしっかり着ているのだが、きっちりした服装に反し顔色と表情は優れない。
私は椅子に座らず、机を避けて女のもとへ向かい、手を取り跪き甲にキスをした。
「リヴィエールのご令嬢様、ご機嫌麗しゅう。私はフェレール家の長男、マクシミリアン。マックスとお呼びください」
彼女は一瞬呆気にとられた後に我に返って返答した。
「遠路遥々感謝いたします、マックス様。わたくしはヴィエール家の次女、
「呼び捨てで構いません。お褒めに預かり光栄です。しかしあなたもまたお美しい」
社交辞令ではある。だが、少し言葉を交わしたことで緊張は解れ、顔色が回復したように見える。
「そちらの家の当主はいらっしゃらないのですか?」
「此度の縁談については全権を委任されています。ご心配なきよう」
彼はヴィエール家の当主のようだ。私は即座に受け答え、その後侍従長と共に着席した。
◆
縁談は中々進まずにいた。政治に関する世間話を切り出し、そこから互いの家の歴史の説明や自己紹介で時間が過ぎていく。
聞くところによればフェルは花嫁修業としてリルズ神殿で10歳から五年間過ごしていたとか、先代当主はドレイクバイカウントを軽くあしらえたとか、それくらいで有益な情報はない。(バイカウントとなると私では手も足も出ない)
そうして雑談に時間を費やしすぎたために時刻は夕暮れに変わっていった。結婚の話は切り出されないままである。
「フェレール家ご令嬢様、今晩はこちらに泊まられてはどうでしょう」
「ノエルがそれで困らなければ構わないが」
「わたくしのことはお気になさらず」
こうして私達は巡礼者向けの寝室で一晩を過ごすこととなる。一人一室でノエルとは別室になる。
馬車の見張りも神殿が引き受けてくださるとのことで、護衛の二人には仮眠をとりつつ寝室の入り口を交代で見張るよう頼んだ。
私個人は特定の神を信仰しているわけではない。フェレール家は大三角州のエルフと交流を持つ以上、妖精神アステリアの教義に精通しているが、あくまで教養でしかない。
日も沈みきったにも関わらず不安で眠れない。そんな時に目についたのが寝室の机の上に置かれたルミエル・マイソロジーという本だ。
調和の剣ルミエルとそれに連なる神々――ライフォス、ティダンなど――の神話を収めた本だ。
私は光の妖精を召喚し、光源を確保すると徒然なるままにページをめくる。
次第に眠気がやってきて、寝床へつこうと思った瞬間だった。遠慮気味に戸が叩かれ、「起きてらっしゃいますか?」とフェルが呼びかけてくる。
「起きている。用があれば入るといい」
「失礼します」
静かにドアを開けて彼女は恐る恐る部屋へ入った。
「夜分遅くにすみません。どうしてもお礼を言いたくて」
「ことさら礼を言われることをした覚えはない」
「私の緊張を解きほぐしてくださいました」
「最低限の礼儀を徹底したまでだ」
軽く会話しながら私はベッドに腰掛ける。彼女は私の前に立ったままだ。私が椅子を勧めても頑なに座ろうとしない。それ以上会話も続かずに気まずい空気が漂う。
1分か1時間か、少なくとも私にとっては永遠にも等しい時間が続いた後にフェルが口を開く
「マックス様さえ良ければ私・・・」
彼女は目尻に涙を浮かべながら服をはだけ始める。
さしずめ既成事実を作り、なんとしても縁談を成立させろと命じられているのだろう。僻地の貧乏貴族の悲哀は父上より聞き及んでいる。
私は彼女の手首を掴んでその動作を止める。ここで肉体関係を持てば本来の性別が露見してしまうからだ。
「事情はわかった。でも自分を大切にするんだ。君の覚悟は消して無下にしないと誓おう」
彼女はハッとして私の胸元に顔を埋める。震える頭をそっと撫でる。
「申し訳ありません。私は……」
「言うな、泣きたいなら泣けばいい」
しばらくしてフェルも泣き止み、二人でベッドに腰掛ける。再び気まずい空気が部屋を支配する。
「わ、私……」
うつむく彼女にかけるべき言葉が何なのかはよくわからない。それでも私には彼女を突き放すことができなかった。
私は立ち上がると彼女の正面に立ち、腰を曲げて額に口づける。
呆気にとられた彼女の腰に左手を回し、右手で彼女の左手を取って立ち上がらせる。
「続きは明日致します。今夜はお休みください」
彼女の手を引きながら、ドアを開け、案内する。
「はい、おやすみなさい」
◆
翌日早朝、私は真っ先に夜の出来事をノエルに話した。ノエルは一瞬渋い顔を見せたものの「建前は無かったこととしましょう」と進言するにとどまった。
朝食は昨日縁談を行うはずだった部屋で会食形式で行われた。
「昨夜は如何でしたかな? フェレール家ご子息様」
「何のことでしょうか。心当たりがございません」
「それはそれは失礼しました。ご無礼をお許しください」
といった一幕はあれどあとは平穏そのものだ。昨日の夕食との違いは私とフェルの個人的な部分の話題が多くなったことくらいだ。
そんな会食が終わる頃になり、
「お父様、よろしければ日中マックス様と王都を観光したいのですが」
「大いに結構だ。楽しんでくるといい」
王都の治安は良好だ。しかし次女とはいえ娘が私と出歩くことをそう簡単に許可するのは如何なものか。不安を覚えた私は一つ問うことにした。
「ヴィエール当主、護衛は如何いたしますか?」
「君程の腕ならば必要なかろう。一応私の
実際王都の不埒者の数人ならば私の相手ではないだろう。それでも無防備すぎる。この男、ただの楽観主義者なのだろうか。
考えても仕方がない。この男に私の家を失墜させることによる利益など今のところは無いのだから。
「承知しました。ご令嬢様はしっかりエスコートさせて頂きます」
◆
外出は食後に準備を行ってからということになった。王都の観光に疎い私はノエルに良い行先はないか尋ねると、国営美術刊と"遺跡と花の丘"を薦められた。午前は街を見て回り、午後は"遺跡と花の丘"でのピクニックを行うべきとの助言だ。
私はノエルにピクニックのための軽食を頼んでフェルを呼びに行くためにドアを開けてノエルが使っている寝室から出た。
「あ……気が合いますね」
呼ぶまでもなくこちらの部屋の前まで来ていたようだ。
「すまない、待たせてしまったようだ」
「いいえ、そんなことはありません。私も丁度来たところですので」
フェルの足元には猫が付き添っている。彼女の父親の
「午後は"遺跡と花の丘"でピクニックといきたいのだが、どうだ?」
「いいですね、是非とも」
昨晩の出来事もあってか自然と互いに言葉遣いが柔らかくなったように感じる。
しかし今、私の心には迷いが生じていた。私は確かにフェルを不幸にしたくはないと考えている。だが、昨夜の約束はあまりにも無責任だっと後悔している。私の本来の性別を知ってなお同じように接することができるか、私が生まれながらに穢れをもつ種だと知ってどう思うか。
そして私自身、自分が誰かを愛せるのか。
男でも女でもない中途半端な自分が。
◆
この日の記録は次の頁にも続く、しかしながら分量や区切りの都合で一度注釈を挟むことを許してほしい。
神々
ライフォス: 始祖神ライフォス。"第一の剣"ルミエルに連なる最高神。調和を司る。
ザイア:騎士神ザイア。第一の剣に連なる
リルズ:融合神リルズ。第一の剣に連なる
アステリア:妖精神アステリア。第一の剣に連なる
ティダン:太陽神ティダン。第一の剣に連なる
蛮族
ゴブリン:ほぼ最下位の蛮族。弱きをくじき強気に媚びへつらう。醜悪。惰弱。
ボガード:ゴブリンに毛が生えた程度。
ドレイクバイカウント:ドレイクはその強さに応じて爵位を名乗る。バイカウントは子爵を示す。