花嫁の花嫁   作:汝の書きたいように書くがよい

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3頁:秘密

 王都の街は活気に溢れ、人通りも多い。治安は悪くないと言う話だがスリや詐欺も少なからず存在している。

 私の使命は国立美術館の観光中、フェルに万が一のことが無いように護衛することであり、同時彼女を満足させることにある。

 勿論家の格の違いを考えれば一方的に突き放したとしても問題は無い。(当然、多少なりともフェレール家の評判に影響はあるだろうが)

 それでも私は彼女をこのままにしておくことはどうしてもできなかった。私と彼女は形は違えど、家の都合に振り回されていると言う意味では同じだ。それ故の同情なのだろうか。

「怖い顔をして、どうかしましたか?」

 そうこう理由を考えているとどうも仏頂面になっていたらしい。ふいにフェルが声をかけてきた。

「なんでもないさ、どうすれば君を守れるか考えていた」

 フェルは俯いてしまう。何か不味い事を言っただろうか。

 

 国立美術館は石造りの建物で、かなり古い建築様式のように思える。<大破局>(ディアボリック・トライアンフ)で滅んだ魔動機文明よりも前、古代魔法文明のものにも似ている。

 フェンディルは<大破局>(ディアボリック・トライアンフ)による被害が比較的少なく、当時の建築が健在であることも稀にある。これもその一つなのだろう。

 美術館は一般開放されており、僅かな精鋭の警備員の他にも観光客や市民が散見された。

「フェル。はぐれないよう手を繋ごう」

「はい……」

 また俯いてしまった。何故なのだろう。

 

 展示されている品々は水彩、油絵、硬筆の絵画を中心に彫刻、石膏像、武具――戦闘を目的としない――など、年代や様式を問わず様々だ。

「これは恐らく魔法文明時代にこの辺りを治めていた魔法王の威光を示すものだ。この銘がその証拠になる」

「これは剣神ヒューレを神へと引き上げた魔剣を源流とする魔剣ですね。冒険者なら喉から手が出るほど欲しいはずです」

 互いに伝承の知識には優れていたおかげで話題には事欠かない。このような場所を紹介してくれたノエルには感謝せねばならないだろう。

 そう、ノエルだ。そろそろ軽食の用意もできただろうか。

「フェル、そろそろ軽食の用意もできただろう。一旦神殿へ戻ろう」

「はい、一年中花が咲き乱れるという丘でのピクニック。とても楽しみです」

 繋いだ手が一段と強く握られた。

 

 ◆

 

 "遺跡と花の丘"は噂に違わぬ美しい場所であった。

 一面に咲き乱れる色とりどりの花はもちろんのこと、蔓の絡みついた遺跡群は自然と人工物の融和を表現する芸術のようにも感じられる。雲一つない空には太陽が南中し、時折私やフェルから空腹を示す音が鳴る。

 布のマットを地面の上に敷き、ノエルが魔動機術を用いてマギスフィアに収納していた小型の机を置いている。

「簡単なサンドイッチを少々。燻製肉に今朝神殿から譲っていただいた野菜を使いました」

「フェルも食べてくれ。ノエルの料理は絶品なんだ」

 私の要望と、彼自身が多忙であったことからヴィエール家当主はこの場にいない。もちろん使い魔(ファミリア)は随伴している。この場には私とノエルとフェル、そして使い魔だけだ。

「如何でしょうか」

「うちの料理人にも引けを取りません。おいしいですよ」

「光栄でございます」

 広い空間、広い空。時間はゆったりと過ぎていく。言葉は多く交わされないが、昨夜のように気まずいわけでもなく、優しい風が心地よくこの場を包んでいる。

 私はサンドイッチを食べ終えると、特に理由もないが布の上に寝転ぶ。フェルもそれに続いた。

 寝転がりフェルの隣まで移動すると顔と顔が向き合った。数秒の後に気まずくなり互いに背けてしまう。

 仰向けになって空を見る。雲の流れと太陽の傾きだけが時間を教えてくれる。街の喧騒とも、予定と思惑の絡まる屋敷とも隔絶された広い世界。

 いや、違う。隔絶されているのは街や屋敷だ。

 冒険者は危険を冒し、命を売り日銭を稼ぐ。私は今まで冒険者は必要な存在だと考える一方で無謀で愚かな人々だとも思っていた。

 でも今この瞬間は理解できる。何者にも縛られず、世界を独り占めする彼らに翼が生えているかのように思えた。

 そう考えているとふと自分の手が握られる。フェルだ。

 フェルも同じことを考えているのだろうか。

 私はフェルの手を握り返す。ひんやりと心地良い。

 ずっとこうしていたい。このまま二人とノエルと逃げ出してしまいたいとさえ思う。

 

 ◆

 

「若様! 敵襲です!」

 はっと上半身を起こす。寝てしまっていたようだ。

 頭上で巨大な甲虫が銃弾を受けて爆ぜる。私はフェルに覆い被さり、フェルをその破片から守った。

「マックス様……?」

「そのままでいろ、私とノエルで片付ける」

 立ち上がり抜刀する。周囲を確認、南南西――太陽の方向――から複数の甲虫が飛来している。

 勘違いでなければこれらはローズイーターと呼ばれる魔物だ。何らかの理由で巨大化した甲虫であり、その原因は丘に咲く花を食することによって身体に魔力を蓄積させたためだと言われている。

 正直言って私とノエルの敵ではない。しかしフェルは違う。私の見立てではフェルは戦士の心得は無い。いかにローズイーターが貧弱であろうと戦士の心得が無い者が狙われればひとたまりもないだろう。

 私は服の襟を掴み鎧の携帯にしてから、腰に下げた矢筒から矢を数本無造作に取り出して飛来するローズイーターの方向へ向ける。そしてナイトメアとしての力を開放し、その顔を異形へと変貌させる。

「風の妖精よ、その力を以て魔を打ち払う矢を放て」

 風属性妖精魔法【シュートアロー】、その対象となる数を拡大して行使する。

 この魔法で放たれた矢は必中だ。風が的へと導いてくれる。ローズイーターの動きに合わせて軌道を変えた矢は頭部に突き刺さり、一撃で命を刈り取る。

(これでノエルと合わせて4匹、数えた限りはあと3匹)

 仕留めきれなかったことを悔やみ、飛来するローズイーターに備えると、私の背後から透き通った声が響き渡る。

「リルズの神威を以てかの者を打ち払わんことを」

 フェルだ。首に聖印を下げていたが、どうやら神聖魔法の心得があるらしい。攻撃神聖魔法【フォース】神の威光を顕現させて敵を討つ魔法だ。

 放たれた光弾がローズイーターを弾き飛ばす。当たった箇所の焼け方を見るに私の妖精魔法よりも深く神聖魔法に精通しているように思える。

「若様! 危険です!」

 ブブブッと羽音がその音を高くしながら近づく。逆方向からも飛来していたようだ。

 目の前の敵に集中していた私は回避が遅れ、その遅れた行動が災いして、鎧が守っていない頬へ直撃する。

 その次の瞬間には振り上げたレイピアがそのローズイーターを両断した。

 戦いは終わり、私は異貌を解いた。

 

 ローズイーターの角を受けた頬を触ると手が血で汚れてしまった。

 私は傷を治すために光妖精魔法を行使しようとしたが、フェルの詠唱が聞こえてそれをやめてしまう。

「リルズよ、その力を以てこの者の傷を癒やし給え」

 フェルが祈りを捧げると首にかけた聖印が輝き、私の傷跡が暖かくなる。回復神聖魔法の初歩である【キュア・ウーンズ】だ。

「折角綺麗なお顔なのですから、傷が残っては勿体無いですよ」

 フェルが立ち上がり私の顔を見て話す。

「これくらいならば私の妖精魔法でも事足りるのだが」

「私のせいでマックス様が傷ついたのです。私が癒やすのが道理でしょう」

「礼を言わせてくれ。ありがとう、フェル」

「お礼を言いたいのはこちらもです。助かりました」

 そうだ。冒険者は常に死と隣り合わせなのだ。

 今回のように容易い襲撃だけでない、時には熟練のダークトロールにだって襲われるだろう。

 空を飛ぶ鳥は常に狩人の矢を恐れなければならないのだ。

「私、寝転がって空を見たときに冒険者になってみたいって思ったんです」

 ふいにフェルが口を開く。私達は同じことを考えていたようだ。

「でも、自由って命がけなんだなってこともわかりました。私は今まで屋敷や神殿の中の狭い世界しか知りませんでしたから」

「君がそう思うのも無理はない。私も同じことを考えていたんだ。自由へのあこがれも、死の恐怖も」

 なんだかばつが悪くなり、二人して黙ってしまう。

「若様、お嬢様、ローズイーターの血で服も汚れた上に、もう時期夕方です、街へ戻りましょう」

 ノエルにはいつも助けてもらってばかりだ。

 

 ◆

 

 帰り道の街道でフェルが声をかけてきた。

「その、マックス様はナイトメアなんですか?」

「隠していてすまない、しかしフェレール家の跡取りが私しかいない以上こうするしかないのだ」

 フェルは顔をしかめている。当然だろう。ナイトメアや蛮族が持つ"穢れ"は神官にとってご法度だ。彼女は神殿に所属する神官でこそないが、リルズ神殿で教育を受けた身なのだから、嫌悪感を感じても可笑しくない。

「もし嫌なら此度の縁談は断っても構わない」

「とんでもないです。マックス様は私に嫌われることも承知でその力を使ってくれたんですよね? それを理由に嫌うなんてあるはずありません」

 ともすれば、父親か。フェルは後継者でこそないが重要な政略結婚の道具だ。曰くつきの家に嫁がせるのは躊躇われるだろう。

「ありがとう。しかし事が公になれば嫁いだ君まで危うい。私は君を必要以上に危険に晒したくはないんだ」

 フェルはまた俯いた。

 

 ◆

 

 神殿に戻ってから夕飯時まではまだ時間があるという時、私は水浴びをしたいと通りすがりの神官に尋ねた。

 すると彼は浴室まで軽く道案内をした後、使用のための規則を教えてくれた。つい癖でチップとして10ガメル渡そうとしたら、彼は受け取りを拒否した。聖職者たるもの余分に持ってはならないそうだ。立派な志だと思う。

 浴室もその手前の脱衣所も男女共用となっている。

 脱衣所には貸出の水着が置いてある棚と使用済みのものを仕舞うための棚、そして脱いだ服を入れるための棚がある。今のところ誰も使っていないようだ。

 浴室は簡単なドアと間仕切りで区切られていて、通路の中央に井戸があり、水を貯めるための桶が複数置いてある。

 私は身体を拭くための布と水着を借りて浴室へと向かう。

 "呼び水用"と共通交易語で掘られた桶には少し水が貯めてある。私はそれを井戸へ注ぐと水を汲んでその桶ともう一つの桶へと水を貯める。

 神殿とは言え高級な衣服を着ているため、盗難を警戒して、簡素なドアに衣服を掛けておく。

 下半身だけ水着を着ると布を濡らして身体を拭いていく。

 首、腕、胸、背中、と順に拭いていると、ふいに足音が聞こえる。カタンッという音とともに足音が途絶える。

 桶で躓いたか、と次の瞬間にはドアを開けて飛び出す。

フェルだ。彼女は桶を踏んで倒れてしまったようだ。臀部を床について痛そうな表情ですさすっている。脱衣所で予め水着に着替えていたようで、裸同然の肢体が目につく。

「光の妖精よ、この者に癒やしを与えよ」

光妖精魔法【プライマリィ・ヒーリング】だ。臀部の青痣が引いて、痛そうな表情も和らいでいく。

「大丈夫か?フェル」

「また、助けられてしまいましたね……っ?」

 フェルが私を見て驚いたような顔をする

 そういえば上半身は裸だった。貧相な方とは言え私の胸は女性のそれと見間違えることはない。

「昨夜、抱きしめていただいた時に少し違和感を感じましたが、そういうことだったのですね」

 顔からは少し血の気が引いている。女性として生まれて女性として生きてきた彼女に同性との結婚は重い話だろう。

「待ってくれ! フェル! 確かに私は性別を偽った。しかし寝室で伝えた気持ちも、あの丘で交わした言葉にも偽りはない!」

 言ってからしまった、と思った。これではかえって彼女に気負わせてしまう。

「これでは……。これが父上に知られては縁談が破綻してしまいます」

 私は呆気にとられた。てっきり突き放されるものかと思えば彼女は真剣に私との婚姻を考えていたのだ。

「ならばこれは私達だけの秘密にすればいい。夫婦であれば秘密の共有だってするだろう?」

「マックス様……いえ、二人きりのときはミリア(Millia)様と呼ばせてください」

 ミリア、それは女性名だ。今まで通りマックスとだけ呼んでいた方が秘密が露呈する心配も減る。

 でもその上で彼女は私を女性として見ていることの証明にこの名を授けてくれたのだろうか。

「ありがたくその名、頂こう。未来のフェリシテ・ド・フェレール」

 互いが半裸であることも忘れて抱擁を交わした。寒さは互いの命の温もりが誤魔化し、浴室には二人の心音と息遣いだけが響いている。

 二人は次第に顔を近づけ、ついに接吻へ至る。

 信頼を確かめるように、1度、2度、3度と軽く繰り返し、4度目になってフェルが私の頭を右手で抑えて唇を奪う。

 私はそれに応えるように彼女の唇を舌で押し開き、自分のものでない口内を味わう。

 フェルは一瞬驚き顔を退けようとするが、私もまた彼女の頭を押さえつけてそれを離さない。

 観念したフェルは仕返しと言わんばかりに私の口内へ舌を侵入させる。

 ――このままリルズのように1つになれそうな、そんな気がした。

 

 ◆

 

 

 以上が私の抱える二つの秘密が露呈した経緯になる。

 忌み子で、同性という二つの秘密を知ってなお私を受け入れてくれたフェルには感謝したい。

 そしてフェルは私の人生の中で初めて、私を女性として見てくれた人でもある。

 今後に関しては次の頁を参照して欲しい。




剣神ヒューレ:第一の剣に連なる小神(マイナーゴッド)。戦士の心得と自己練磨の心を説く。
ナイトメアとしての力を開放し、その顔を異形へと変貌させる。:ナイトメアが持つ力を開放し、異形へと変ずる。金属鎧を着ていても問題なく魔法行使できるうえ、発声も必要なくなる。
ダークトロール:蛮族の一種。戦神ダルクエレムの敬虔な信者であり、戦士。強靭な肉体を持つ。
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