花嫁の花嫁   作:汝の書きたいように書くがよい

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4頁:真実

「では、縁談は成立という事でよろしいと……?」

「そういうことです、ヴィエール家当主様」

 昨日の夜に打ち合わせたとおり、私とフェルは翌日の早朝には着替えた上で合流し、寝起きのヴィエール家当主へに相談を持ちかける。

「式の会場はフェレール家でよろしいですか?」

 私は畳み掛けるように次々と言葉を紡ぎ出す。相手の頭が回る前にこちらの要求を飲ませなければならない。

 

 昨夜、私達は浴室での出来事の後、同じ寝室で一夜を明かした。

 隠喩ではなく文字通りである。そこで彼女の意思を聞き、これからすべきことを計画した。

 私の予想通り、彼女は政略結婚の道具として父親からフェレール家の者と肉体関係を持ち、既成事実を作るように指示されていたとのことだ。子供が複数いる貴族では一般的なのだろうが、私の倫理に悖るその指示を看過することはできなかった。

 彼女の要望を聞いたところ、少々取り乱しながらも以下の三つを伝えてくれた。

・ヴィエール領から離れる

・ミリアとの結婚

・父親の大三角州入植への助力阻止

 前二つは特に説明はいらないだろう。彼女にとってヴィエール領にはあまり良い思い出が無いのは想像に易いし(私はその内容に踏み込んで尋ねるような無粋な人族ではない)、そのために私と婚姻関係を持つことを望むのはごく自然なことだ。

 問題は最後の一つ。彼女はリルズ神殿での修行中に、大三角州からディクールへやってきたエルフの冒険者と会ったそうだ。その者の話を聞いてフェルは大三角州への入植事業に反感を覚えたらしい。

 さらにフェルも小耳にはさんだ程度の話ではあるが、ヴィエール家はフェレール家とのコネが出来次第、冒険者時代に手に入れたアーティファクトや魔剣で武装した兵団で大三角州への武力を用いた入植を行う計画があるとのことだ。

 私もエルフの集落との交渉に出向いたことがあるが、そこでのフェンディル貴族への差別は激しく、最初の二年はまともに話すら聞いてもらえなかった。

 偏見と差別を失くすために私はアステリア信仰やエルフの民俗学を学び、長い時間をかけて両者の緊張を解すことに尽力してきた。

 その努力をヴィエール公に台無しにされるともなれば黙ってはおけない。

 これらの理由から、私達は共に駆け落ちすることを決定した。

 こうすればヴィエール家とフェレール家が繋がることはなく、父上は今まで通り穏健派として大三角州のエルフ達と交渉を続け、ヴィエール家に干渉の余地は生まれない。

 フェルは願ったとおりヴィエールより離れ、道具ではなく一人の少女として生きる。

 そして私もまた、男性としての偽りの生を捨てて女性として生きる。

 完璧である。少なくとも当時の私はそう考えた。

 今思えばフェルと駆け落ちして冒険者になるという欲望を誤魔化すために詭弁で自分を騙していたのだろう。きっとフェルもそうだ。

 もし本当に私が大三角州のエルフ達に誠実であろうとするなら、フェレール家を継ぎ、穏健派として国内での権力を強化していくことが最善のはずだし、フェレール家にいればフェルも悪いようにはならなかっただろう。 

 この本を執筆している今の私ならハッキリと言える。私はフェルを愛していて、彼女と共に自由を手にしたかったのだと。

 

 ともあれ概ねこのような経緯で私はフェルとの駆け落ちを決意した。そのためにフェレール領へ場を移すと言い、彼の出立準備が整う前に我々が逃走する算段だ。

「ええ、式を挙げるならそちらの領地というのが通りでしょう」

「同席なさるのであれば出立のご準備を、今日中には王都を出ます」

「それはまた急なものですが」

「何か文句がおありでしょうか」

「決してそのようなことは」

 交渉は順調だ。次に私がすべきことは決まっている。

「準備ができ次第、馬車の方までお越しください。それではまた後程」

 

 部屋を後にした私はフェルを連れて市場へと足を運ぶ。保存食をおよそ二週間分買い込み、寝袋を用意する。

 夜警の彫像という魔法の品も購入した。これがあれば寝ずの番をせずに済む。

 一通り準備を終えた私達は馬車を停めていた広場へ向かい、警備の者に出立だと伝えて王都の外へと車輪を走らせる。

 目指すはルキスラ帝都。冒険者の国だ。そこであれば経歴は重視されない。重視されるのは冒険者としての腕前だ。そこであれば私達も正体を隠しながら生活を営めると踏んでいる。

 

 城壁の外へ出て、街道をルキスラ方面へ少し進んでのことだ。街道の中央に誰かが立っている。近づくと誰だかわかる。ノエルだ。

 軽く膝を曲げ、重心を落として長銃をこちらへ向けている。臨戦態勢だ。

「待て! ノエル、私だ。争う必要は無い」

「私の使命はフェレール家の繁栄にあります。故に若様が無謀な行動をとられた場合、それを止める義務があります」

「ミリア様、私は……」

「下がっていろ。いいだろう、ならば力ずくで押し通るまで」

 私は御者台から降りて、剣を引き抜く。鎧も身体も戦闘の為に変化させる。

 練技で体を強化し、異貌を解放。軽装鎧に身を包んで相対する。

「来ないのであれば先手は頂くぞ! ノエル!」

 迂闊に駆け出さない。不用意に近づいても間違いなく射手の体術で回避される。

 少しずつ前進しながら私は矢筒から一本の矢を取り出して魔法で放つ。

「容赦なし、ですか。しかし」

 肩口に刺さる矢をものともせずにノエルは真っ直ぐに銃口を向ける

「ターゲットサイト・展開、装填・トランキライザー・バレット」

 息を吸って魔動機文明語でマギスフィアに合言葉(コマンドワード)で指令を出す。ノエルはまだ動かない。

 私が隙を見せる瞬間を狙っているのだ。

射出(シュート)

 一直線に私の胸めがけて放たれた弾丸を半身を捻り回避する。まだ大丈夫だ。

「装填・次弾。ターゲットサイト・展開」

 第二射までのインターバル。私はこれを狙っていた。次弾装填とその射出までの僅かな時間、その間に私は残りの距離を詰め、手元を狙ってレイピアを突き出す。

 ノエルは半歩引いてそれを躱し、道の脇に長銃を投げ捨てて二丁の拳銃を抜く。

「ターゲットサイト・展開、バーストショット・装填――射出(シュート)

 直後6発の弾丸が私へと襲いかかる。いくつかは喰らった。魔法の弾丸は鎧を貫いて私に傷を付ける。

 怯んでいる場合ではない。

「揺れよ!」

 ナイトメアがその力を解放した時、魔法行使のための発声を省略することができる。私は慣れない故に多少発声しなければ上手く行使できないのだが。

 私は大地の妖精の力を借りて、ノエルの足元をゆさぶる。

「組手の時とは勝手が違いますね」

「当然だろう!」

 足元の狂った瞬間に私はレイピアを横に一閃する。

 ノエルはそれを身体を大きく反らすことでやり過ごし、その勢いのままつま先で私の手元へ蹴りを放つ。

 ――あの時と同じだ。このままでは良くて相討ち――

「リルズよ、かの者に祝福を与え給え」

 体が、足取りが少し軽くなった。神聖魔法【ブレス】による加護だろう。ある程度の時間、その者の潜在能力を引き出す魔法だ。

 そう、今の私にはフェルがいる。何も恐れることはない。

 後転直後にも6発の弾丸が飛来するが、その全てを加護の力で回避する。

「そこをどいてもらうぞ! ノエル!」

 土、炎、水、風、光、闇。六種の妖精の力を借りて放つ攻撃魔法【カオスショット】今の私の魔法の中では最大威力だ。

 六色の光が混ざった光弾がノエルの全身を強く打ち付ける。私は空かさずレイピアを下から上へ振り抜いた。

 【カオスショット】の閃光で視界が塞がっているが、微かに手応えがある、飛び散った血が頬へ付いた感触もあった。

 だが油断は禁物だ。窮地に追いやられたノエルを私は見たことがない。

「どうやら私に今の若様を止められるだけの力はないようです」

 その刹那、破裂音と強烈な煙幕が私の視界を奪った。魔動機術【スモーク・ボム】だ。

「ノエル! 何をする気だ!」

「このような失態を晒してはフェレール領に帰ることはできません。私は新たな主人を探すことにします。お元気で」

 煙幕が消え失せたときにはノエルという存在の痕跡の一切が残されていなかった。

 

 ◆

 

 それからは特に大した危険もなくルキスラまで辿り着くことが出来た。

 私達は<あまい卵焼き亭>という店に所属することにした。フェンディルでも良い評判をよく聞く店だ。面倒見のいい店主や、斡旋される依頼の条件の良さなどを考慮して決定した。

 その後の私達の生活については、また別の本で描くことにする。

 次の頁では、私が欺瞞に塗り固められた人生を脱し、真実の生を手に入れるまでの過程を描くこととする。

 それ以降の事はまた別の本で語ることになるだろう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 壁一面が本棚で埋め尽くされた大部屋。そこには2人の男と3人の女がいた。

 男の1人は重い金属鎧を着て、()()の盾を背負っている。種はリルドラケン。《ラステンルフト双盾護身術》《ルキスラ銀鱗隊護衛術》《ジアンブリック攻盾術》の使い手のようだ。

 男の1人は首に太陽神ティダンの聖印提げている。種は人間。《不死者討滅武技バニシングデス》の使い手だ。

 女の1人は腰の右に()()、腰の左に()()を吊っている。種はルーンフォーク。《マルガ=ハーリ天地銃剣術》の使い手だ。

 女の1人は奇妙な弦楽器を持っている。露出の多い扇情的な服装で、種は人間。《カサドリス戦奏術》の使い手だ。

 女の1人は純銀を原料としたゴーレムを連れている。方には鳥の形をした使い魔(ファミリア)がいる。種はハイマン。《ティルカンダル古代光魔法》《ルシェロイネ魔導術》の使い手だ。

「何でこんな本が吸血鬼(ノスフェラトゥ)の屋敷にあるんだ?」

「創作ってわけじゃなさそうね。確かにフェレールという姓の貴族は存在したし、これが事実なら不可解な事実にも筋が通るわ」

 ティダン神官の男とゴーレムを連れた女が話している。人族の身の限界まで力を高めた手練れ達だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼らを始末せねばならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ◆

 

 私は急いで【クリエイト・アンデッド】を行った。幸いにも私の居城は広く、すぐに玉座まで辿り着かれることは無いだろう。充分な戦力を以って彼らを迎え撃つ必要がある。矮小なる人族が如何に恐ろしいかを私は知っている。忌み子といえど()()()()()()()()()()()()()()

「邪魔な彼らを消さなければならない。良い子にしているんだよ、()()()

「はい、()()()()。どうか御無事で」

 このリャナンシーアサシンも戦場に送り出せば勝率は確実に上がるだろう、それでも私はフェルを死地に送り出すくらいなら、自らの命を投げ出してもいい。

 

 彼らは私を何と呼ぶのだろうか。ヴァンパイアリリィと月並みな名前で呼ぶのだろうか。

 

 

 

 それともマクシミリアン・ド・フェレールと呼んでくれるのだろうか。

 


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