魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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 完全に新しい話、ではありません。


第十話 月の休日

「じゃあ、今日もやろっか」

 

「うん」

 

 早朝、共同生活している青年と少女が横並びで立つ。

 

「行くぞ。――一二、三四。五六、七八……」

 

「一二、三四。五六、七八……」

 

 リズムに合わせながら、軽く手を握りながら両手を前から上に振り上げ、そこから横に下ろす。これをもう一度行う。

 

「手足の運動ー」

 

 次に踵を上げ、腕を大きく振りながら膝を曲げ伸ばし。両腕を左右に振って交差させる。

 他にも手を大きく回して頭上で交差。掌を上に向け、腕を斜め上に振って胸を伸ばす。それ以外にも様々な妙な動きをしていく二人。

 ――……普通の者が見ても、何やっているか、分からんだろうな。

 腰に仕舞われている黒銃はそんなことを思っていた。ヘンテコというか、妙な動きばかりなので、一種の儀式にも見えてしまいそうだ。

 銃はそう思っている間も少女は青年と共に動きを続ける。最後に、最初のに深呼吸を加えた動作を二度を行うと、動きを止めた。

 

「ふい~、今日も終わり~」

 

「ふう……」

 

 青年は気が抜けた声と息を出すが、少女は若干、疲れた様子で息を吐いていた。

 

「まーた、無駄に力を込めてるな、オルガ」

 

「す、すまない……」

 

 その理由は、オルガが余分に力を込めていたためだった。普通はもっと力を抜き、自然体で行うものなのだが、彼女はその気質から余分な力が入ってしまったのだ。

 

「これはゆったりと伸ばすような感覚でやるんだよ。余計な力が入ると、疲れになるぞ」

 

「それは分かるのだが……今一、感覚が掴めない」

 

「まぁ、あんまりやったことのない動きだもんな。仕方ないか」

 

 これはこちらにはまだと言うか、ほとんど存在しないものだ。やり始めてまだ数日だし、今一勝手が分からなくても無理はない。

 

「だが、身体は解れた気がする。頑張れそうだ」

 

 身体を軽く動かすと、やる前よりもスムーズに動くようにオルガは感じた。

 

「それは良かった」

 

「しかし、これは変わってる。確か、ラジオ体操だったか?」

 

 そう、オルガはラジオ体操をしていたのだ。但し、音楽は無く、ラジオの意味は全く知らないが。

 彼女がこれをしていた理由は数日前。生活にもかなり慣れ、朝早くに目目覚めると、マサトが妙な動き――ラジオ体操をしていたため、それを訪ねた。

 寝起きでまだ鈍い身体を動かしやすくなるし、眠気覚ましにもなる。続ければ健康にもそれなりに効果があるので、教えてほしいと頼み、今に至る訳である。

 

「今日も一日頑張ろう」

 

 オルガは両手をギュッと握り締めた。やる気があることが伺える。レグニーツァで暮らすことになって二ヶ月。もう充分に慣れたと言っていい。

 必死の頑張りから、同僚の使用人達にも認め始められてもいる。それだけに気力も体力も満ちていた。

 

「今日もって……。お前、休日だろ」

 

「……あ」

 

 苦笑いしているマサトに言われ、オルガは思い出す。この日は定期的にある休日で、仕事が無いのだ。

 

「そうだった……」

 

 しょぼんとオルガは落ち込む。このやる気を仕事に向けたいのに、今日はお休み。残念以外の言葉が無い。

 

「て言うか、随分と使用人が板に付いてきたなあ」

 

「……確かに」

 

 よくよく考えれば、自分は戦姫なのだ。本来は承った公国で務めを果たさねばならないのに。

 

「……わたしはこうして良いのだろうか」

 

 まだ二ヶ月の短い期間とはいえ、旅をしている頃に比べれば多くの事を学んだ。

 政治や軍事関連は勿論、使用人として頑張る内にも、気付くことはあった。

 それは公宮で働く者達は、生きるためもあるがそれと同じかそれ以上に、自分の務めに誇りを持っていることだ。

 高い意識こそ、大変な日々を繰り返すのに必要な物だと、まだ未熟な身の自分でも少しは理解できた。

 それらを知った今の自分ならば、満足にとは言わず、最低限の役目はこなせるのではないか。オルガがそう考えていた。

 

「――少々知って理解した程度で出来るようになると、そんな簡単で甘いものだと思ってるのか?」

 

 冷たい視線と共に掛けられた厳しい言葉を前に、オルガは思わず息を飲む。しかし、ここで怯みたくはない。

 

「そんなの分かっている。わたしはまだまだ未熟な子供だ。だが――それでも戦姫だ。何時までも……甘えたくは無いんだ」

 

 二つの黒の瞳が、暫し互いを見つめ合う。一人は強い意志の光を、もう闇と冷徹さを感じさせた。

 

「全く、お前らしいな」

 

 そう呟きながら、マサトは冷たさを消した。顔は若干、呆れ気味だ。

 その様子に、オルガは誉められてるのか、貶されているのか今一判別出来ない。

 

「ちなみに、誉めてはいる。少しだけだけどな」

 

 マサトは時と場合を除けば、思うことをはっきり言う相手だ。その彼がこう言ったのだ。なら、自分はやはり成長しているのだろう。

 

「でも、同時にまだまだ足りないとも俺は思ってる。強いだけ、少し知っただけの域を超えてない。お前は?」

 

「……」

 

 オルガは何も言わない。いや、言えない。それも分かっていたからだ。自分はまだ、他の同年代の子供達よりも少し先にいるだけに過ぎないと。

 

「……やはり、わたしは未熟者か」

 

「誰もそう簡単には一人前に、立派になれねえよ。だから、一生懸命頑張るんだろ?」

 

「……そうだな」

 

 全くもって、その通りだ。返す言葉も無かった。

 ――そして、一生懸命だからこそ、マサトは成果を出している。

 まだ学びの最中の自分と違い、マサトはサーシャの治療の成果を上げていた。

 今まで多くの医師でも手に負えなかった病を、最近では発作を完全に抑え、数日前は外出までできるようにまでに改善した。

 医師としての成果を確かに上げているマサトと、戦姫としてまだ一つすら成果を出せず、ここで学ぶだけの自分。どちらが立派かは、一目瞭然だ。

 

「……はぁ」

 

「……どうした? ため息なんて付いて」

 

 自分とマサトの差から、思わずため息が溢れてしまった。

 

「……どうしたら、わたしはマサトみたいになれる?」

 

「……はい?」

 

「どんな困難でも受け止め、ひたすらに進もうと出来るのか。それが知りたい」

 

「……そう見える?」

 

 オルガは頷きでそうだと答える。マサトに一切の悩みや苦しみが無いわけではない。彼に存在しないのは迷いだ。

 多少はあるかも知れないが、一人でも多くの命を救うためなら、どれだけ険しい壁でも突き進もうとする意志の強さ。それが羨ましい。

 そして、目的に関しては愚直ながらも決して盲目的ではなく、理性的である。

 仮に、自分の想いに陶酔するだけの愚か者なら、ブリューヌやジスタードの戦いの時に強引にでも参加しそうなものだが、立場を理解して止めている。マサトがそれとは無縁なのがよく分かる。

 

「ちょっと過大評価な気もするけど……。まぁ、俺に言えるのは一つだけ。全部を受け止め、その上で進む。それだけだな。ただ――俺のは参考にしない方が良い」

 

「……何故?」

 

 オルガからすれば、寧ろ、一緒に寝泊まりしているからこそ、沢山見てきたマサトが一番模範すべき存在なのだが。

 

「正直、俺の意思は狂気の領域に近い。いや、そのものかもしれない」

 

「……狂気?」

 

 その単語に、オルガは疑問符を浮かべた。彼の何処にそんな様子があるのだろうか。寧ろ、無縁に見える。

 

「まぁ、それはともかく……。俺は俺、お前はお前だ。俺らしくとかじゃなく、自分を磨いて高めろ。俺や他の人達を参考にしてな」

 

「自分か……」

 

 言ってることの正しさは理解出来るのだが、未熟故に自分が分からなかった。

 

「悩みがある時は、話し相手になってやる。まぁ、最近は仕事で忙しいし、余裕があればだけど……」

 

「いや、それで充分だ」

 

 まだまだ悩みは尽きないが、それは自分で解決し、乗り越えるべき課題だ。頼る訳には行かない。

 

「とりあえず、今はここで暮らしながら学びな。どの道、アルシャーヴィン様との契約で一年間はここで働かないといけないんだし」

 

「……そうだった」

 

 自分はマサトと出会った時に彼に危害を加えようとしたことで――勿論、気絶で済ませようとしたが――サーシャとそういう契約を結ぶ羽目になっていたのだ。

 

「ふ、ふふっ……。わたしは本当に駄目駄目戦姫だな」

 

 オルガは顔を俯け、ずーんと黒い影を纏う。目には光はなく、闇が混ざっていた。自分への呪詛を溢しそうだ。

 

「あー……。まぁ、まだ十三なんだ。過ちもその気持ちも糧に必死に努力すれば、立派になれるって」

 

 ――……付けないんだな。

 何時もの彼なら多分やきっと、お前次第などを付けるはずだが、それらが無い。自分を慰めてくれてるのだろう。マサトの表情をちらっと覗くと、困ったものになっていた。

 

「……ありがとう」

 

 甘える形にはなるが、厚意を足蹴するのも嫌なので素直に礼を告げる。

 

「朝食済ませたら、何時も通りアルシャーヴィン様の診察の手伝いお願い。それと、今日はしっかり話しとけ。時間はあるだろ?」

 

 普段と違い、今日は休日。話すだけの充分あるはずだ。

 

「しかし、アレクサンドラ殿の時間もあるだろう。それを使わせるのは……」

 

 一度聞いたことがあるのだが、マサトは診察が終わると、自分が得た知識や知った話をし、まだあまり自由に動けないサーシャを楽しませていると。

 つまり、自分がアレクサンドラと話せば、その時間を費やしてしまう。そうしてまで話はしたくない。

 

「んー、平行線になりそうだな……」

 

 サーシャに言えば、何らかの条件は付くだろうが、先輩としてのアドバイスをしてくれるだろう。しかし、そうしてもオルガは遠慮するのは目に見えている。

 ――一応話はしておくか。

 後は二人の判断次第だ。人任せだが、決めるのは当人達なので仕方ない。

 

「じゃあ、さっさと飯食べようか」

 

「うん」

 

 休日だが、一日をしっかりと過ごすためにも食事はきちんと摂らねばならない。何時も通り、マサトの後ろをてくてくと付きながら食堂に向かった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 朝食が済み、診察が終わったあと。月の姫が丁重に断り、朧の姫が誘う。

 

「僕は構わないよ?」

 

「ですが、アレクサンドラ殿の楽しみの時間を使うのは……」

 

「今まで僕に体力の余裕が無かったり、君が仕事や勉強優先にしてたから一度もこう言った話はしたこと無いだろう? 今日ぐらいは良いよ。先輩として、これぐらいはね」

 

 ――ちょっと羨ましくはあるけど。

 これはマサトのことだ。自分や彼よりも一回り近く年下の為か、或いは打算か。

 どちらにしても、彼に色々気に掛けられてるオルガがサーシャは少し羨ましい。一言で言うと、僅かな嫉妬だ。

 ちなみに、当のマサトはオルガの隣で持ち込んでいた勉強用の本を静かに読んでいたりする。但し、二人の話の内容には耳を傾けてはいた。

 二人の姫が少しの間言い合うと、月姫が根負けし、甘える形にはなったが朧姫との話をしてもらうことになった。

 

「じゃあ、早速。オルガ、君はこのレグニーツァでは何が重要だと思う?」

 

「レグニーツァは海に接している公国です。やはり、船による交易は非常に重要かと」

 

 船でこの国から運び、他国から運ばれる大量の貨物。それらの交易による利益は、レグニーツァには非常に価値がある。

 

「正解。それを維持するためには、何が大切かな?」

 

「交易路の定期的な監視や見張り。そして、海賊が現れ次第、速やかな討伐が求められます。その為の訓練や軍船や武器の改良も必須です」

 

 商船を狙い、貨物を奪う海賊は正に一番厄介な相手だ。その監視や対処には万全を期したい。

 

「うん、至ってその通りの答えだね。じゃあ――そもそも、どうしたら海賊の被害を出さずに済むと思う?」

 

「……」

 

 その問いにオルガは言葉に詰まる。と言うのも、海賊達はジスタードやブリューヌ、アスヴァールの管轄を離れた幾つもある小さな島を拠点とするのだ。

 これらを管理しようにも、一つの島だけでも多くの人材と資金を必要とする。全部を管理するなど、レグニーツァだけでは無理だ。

 

「……現実的ではありませんが、隣の公国のルヴーシュや他の貴族達、国王、ブリューヌやアスヴァールと協力し、管理していく。非凡な自分にはこれしか思い付きません」

 

 オルガの意見を聞いたサーシャは、数秒間だけ真剣な表情で見つめると――にっこりと微笑む。

 

「うん、充分な答えだよ」

 

 実は、今の問いには完璧な答えは無い。と言うよりも、幾つもの難題があるために存在しない。その上で、敢えてこの問いを出したのだ。オルガの意志を試すために。

 確かに現実的ではない。領地を増やそうとすると自国や他国との問題は起きるし、上手く管理出来るとも限らない。

 しかし、もし仮に問題を全て解決した上で実現出来たとすれば、最善の道になる。

 重要なのは、今は不可能でも、何時かは実現させる。そういう意志が込もった意見なのだ。

 

「ただ、交易に頼らない農業や産業の発展も考える――が付いていたら完璧だったかな」

 

 意表を突かれた表情をオルガは浮かべる。確かにそうすれば万一交易が不振な時の対策にもなるし、新たな利益を得れる道にもなる。

 良いところを高めるだけが、政策ではない。新しい道を作るのも、為政者の役目なのだ。それをオルガはしっかりと頭に叩き込む。

 

「まだまだ未熟です……」

 

「それでもしっかりと勉強してるよ。――軍事とはいえ、最初一騎討ちだけで戦いを終わらせる案を出した人と同じとは思えないな」

 

 少しずつでも確かに進歩し出したオルガに対し、サーシャはちょっとした意地悪をする。

 

「そ、それは忘れてください!」

 

 汚点とも言える出来事を出され、オルガは顔を真っ赤にする。

 

「あっ、マサト笑ってる」

 

「え、ええっ!?」

 

 オルガが思わず振り向くと、マサトは本を構えたまま、空いた手で自分の口を抑えていた。しかも少し震えてもいる。それだけだと一見、笑っているように見えてしまう。

 

「ひ、酷いぞ、マサト!」

 

「い、いや違……! これは笑っているんじゃありません……! 不意を突かれたからちょっと噴き出して……!」

 

 オルガが来た数日後の、最初の勉強をしたていた頃だ。戦術について話していたが、彼女はその時、敵大将を一騎討ちで討ち取れば直ぐに終わるという、猪武者丸出しの提案をしてしまったことがあるのだ。

 その提案にマサトは呆れ、勉強係のザウルは思わず呆然としたものだ。それを思い出し、噴き出しかけたのだ。

 ちなみに、その時マサトは思わずアホかと辛辣に、ザウルはまぁ、一つの手ではありますなと苦笑いしつつ、やんわりと言っていた。

 

「やっぱり笑ってるじゃないか!」

 

 オルガは真っ赤にしながら頬を膨らませ、目を潤わせてマサトに掴みかかる。

 

「だから、笑ってるんじゃなく、びっくりしただけです!」

 

 自分より小柄で年下なのに、自分以上の力を持つ少女を何とか止めながら、マサトは必死に宥める。

 

「本当か!?」

 

「本当です! と言うより、ここで暴れないでください! 口調も素になってます!」

 

 今の台詞にオルガははっとなる。ここはサーシャの部屋だ。ここで暴れるのは不味すぎる。

 おずおずとサーシャを見ると、さっきのマサト同様に手で口を抑えている。しかし、マサトと違い、彼女は笑みを浮かべていた。

 

「ぷっ……あははっ! あー、面白かった!」

 

 限界が来たのか、腹を抑え、サーシャは満面の笑みで笑い声を上げる。本当におかしいようだ。

 

「か、からかったのですか! 酷いです!」

 

「ごめんごめん。つい」

 

「……自分にも言ってほしいのですが」

 

「ごめんなさい」

 

 この一騒動が終わると、サーシャはお詫びに話に付き合うと言い、この話し合いはやり取りはもう少し伸びたのであった。

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

「……大丈夫?」

 

 サーシャとの話し合いが終わり、マサトと自室に戻ってきたオルガだが、表情は赤みを帯びてる上に、何とも言えない微妙なものだ。

 

「け、経験には……なった」

 

「……無理すんな」

 

 恥ずかしい失敗を暴露されたのだ。同情せざるを得ない。

 

「そ、それより! 勉強を――」

 

 気分を発散させようと、辺りを見まくるオルガだが、マサトの机にある一冊の本に視線が集中する。

 

「これは……?」

 

「『魔弾の王』と言う題名の本だ」

 

「マサトはこういう本は見ない印象がする」

 

「まあ、な」

 

 普段はあまり気にならないが、黒銃に関係しているかもしれないと思い、オルガと出会ったあの日に買った本だ。成果は無かったが。

 

「どんな内容の話? 弾だから……弩などに関するお伽噺?」

 

「いや、題名の魔弾というのは、弩の弾ではなく、女神から授かった弓が放つ、矢のことらしい。内容も、その弓を受け取った人が多くの敵を倒して王になるってやつ」

 

「ありきたりな内容の話か。それにしても女神からの弓なのに、魔弾。変な感じがする」

 

「オルガもそう思う?」

 

「まぁ……」

 

 弓なのに矢ではなく、弾で、神の武器なのに不吉な予感の魔の単語が付く。色々と奇妙だ。

 

「所詮は、お伽噺の類。そこまで気になる必要もないと思う」

 

「お伽噺のような力を持つ、竜具があるのに?」

 

「……それもそうか」

 

 自分が持つ、斧型の竜具、ムマは大地を操る能力を持っている。人知を超えた、お伽噺のような武器その物だ。しかも、ジスタードには他にも六つある。

 マサトの持つ妙な武器だって、不思議な力を宿している。

 これらがあるのに、この話に出てくる弓はお伽噺の中だけの物だと断ずるのは変だ。

 

「とは言え、お前の言う通り、そこまで気にする必要も無いだろうな」

 

 大体、気にしても見たこともない、あらゆる敵を射抜くとしか書かれていない。他にどういう能力が有るかは分からず、どんな人物が手にするかも、所有者に遭遇するか分からない。警戒しても無駄である。

 仮に敵対した時は、徹底的に注意する。出来るのはそれぐらいだろう。

 他愛の無い雑談が終わる。話している間に冷静さを取り戻したオルガは本棚を見て何を読もうかと悩んでいた。

 ――さて、俺は……。

 黒に染めた懐中時計を手に取り、時間を確認する。もう一時間で昼と言ったところだ。外出は、昼食が済ませてからが良いだろう。

 ――あっ、そうだ。

 色々と話をしていたせいで、起きて直ぐに確認すべき物を見るのを忘れていた。机の引き出しから、もう一つのケースを取り出し、中を見る。

 

「出来は二つ同様、良しと……。オルガ」

 

「なに――わっ」

 

 話しかけられた数秒後、マサトから何かを仕舞った革製のケースが放り投げられる。

 オルガはケースを軽々受け取り、中にあるのを取り出す。それは、馬の意匠が施された銀色の何か――おそらく、このジスタードで、三つ目となる懐中時計だった。

 

「これは?」

 

「懐中時計。掌程の大きさにした時計。何時も稽古してくれたり、色々と手伝ってくれたし、頑張ってもいるしな。だから贈り物」

 

 少女の黒い瞳が驚愕に包まれる。マサトが言っている事が正しければ、これは戦姫でも簡単に持てる代物ではない。

 

「これは……かなり高価だろう?」

 

「今それを知ってる人はかなり少ないし、そんなに費用は掛かってない」

 

 既にこれが広まった状態で頼んでいれば、かなりの出費になっていたたが、今はほとんど知られてない。なので、それなりの値で用意出来たのだ。

 それでも、かなりの費用が掛かってしまい、借金はまた増えてしまったが、それは黙って置く。

 

「……どう使う道具?」

 

「出ている部分――つまみを押せば、中の現時刻が分かる」

 

 言われた場所を押すと、蓋がパカッと外れ、秒針が動く中の面が見える。

 

「あと、時計を止めないために、つまみは定期的に回すように。向きは左。時刻の設定は、それを引っ張りながら回せば出来る」

 

「……本当に貰っても良いのか? わたしよりも持つに相応しい人は沢山いる」

 

「アルシャーヴィン様や俺も持っている。それはお前のために用意したんだ。受け取れ」

 

「……なら、そうする」

 

 思わぬ贈り物をオルガは服の一ヶ所に引っ掛ける。表面の銀がよく磨かれているので、装飾に見えなくもない。

 

「馬の装飾か……」

 

「騎馬の民にはお似合いだろう? あと、それは普通の馬じゃなくて、スレイプニルって言う馬を刻んでる」

 

「スレイプニル?」

 

 聞いたことのない馬の名に、オルガは首を傾げた。本人のその気は無いが、その動作は可愛らしい。

 

「とある話に出てくる馬だ。馬のうち、最高のもの。八本の足があり、とても速く走ったり、空を飛んだりも出来るんだとさ」

 

「最高の馬で、空を飛ぶことも出来る、か」

 

 騎馬民族が望む理想の馬ようだと、オルガは感じた。

 

「そっ、何時かは天地を雄々しく駆ける――要するに、立派になる意味を込めて、それを刻んだ」

 

「……ありがとう。ただ、八本の足は不気味だ」

 

 マサトの配慮に礼を言うが、八本の足に関しては微妙だ。頭の中で想像するも、正直格好いいとは思えない。

 

「確かにな。まぁ、話によって普通の馬同様に四本だったりするから。気にすんな」

 

「だからこれは四本なのか」

 

 刻まれてる馬には、足は四本だけ。八本ではなかった。

 

「変だと悟られないためでもあるけどな。ところでオルガ、今日は勉強漬けか?」

 

「勿論だ。わたしはまだまだ学ばねばならない。休む間などない」

 

「……そっか」

 

 その様子を見て、マサトは顎に手を当てて少し考えに浸る。

 

「オルガ、今日の昼、俺は外に出るけど、付き合え」

 

「えっ? いや、わたしは勉強を……」

 

「少し疲れてる気もする。そうでなくても、今からずっと勉強してたら嫌でも疲れる。たまには息抜きも必要だ。きちんとした休息も、立派な仕事の一つだぞ」

 

「……最近は数日に一度、必ず徹夜する人には言われたくない」

 

「……ちょっとは口が達者になったな」

 

 血液検査は鮮度の点からその日中にしか出来ない。なので、一つでも多くの情報を得るために徹夜になってしまうのである。

 

「よし。じゃあ、こうしよう。俺は今日、買い物するんだが、もしかしたら荷物が増えて一人じゃ運びきれないかもしれない。なので、荷物係がいて欲しい。付き合え」

 

「……わたしが必要になるほどの物を買う気は一切ない癖に」

 

「店を回る内に予想外の良い店が見付かって、買い物が増える可能性は充分あるだろ? あと――懐中時計の分、指示を聞いてもらう」

 

「くっ。……分かった。付き合う」

 

 苦虫を潰した表情で、オルガは渋々了承した。

 

「うん、素直で宜しい。じゃあ、昼になるまでは勉強だ」

 

 教育係のザウルは仕事中なので、今はマサトと自分の二人だけ。それでも、最近は互いに政務も軍事もある程度の把握しているので、それなりの勉強にはなる。

 九つの年の差の男女は本を取り出し、静かに本を開いた。

 

 

 ――――――――――

 

 

 昼過ぎ。マサトとオルガは城下町の公宮の門から少し離れた場所で一緒になる。ちなみに、マサトは大型の麻袋を持っている。

 互いの格好は、マサトは飾り気の無い上下の黒一色。オルガはここで用意された麻服の一つを着ていた。

 材質は平凡のだが、着ている素材の彼女が良いため、それなりの見栄えになっていた。

 

「おぉ、結構似合ってるな」

 

「マサト――じゃなかった。リョーカも似合ってる」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

 黒だけの簡素な服だが、不思議と似合っているのである。

 

「お世話として受け取って置くよ。行こっか」

 

「向かう場所は?」

 

「先ずは鍛冶屋と仕立て屋。その二つだな。行くぞー」

 

「……おー」

 

 何となく、オルガはそう言ったのであった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「よし、貰う物も受け取った。出るぞ」

 

 鍛冶屋で職人達と話し合い、依頼した様々な方法で鍛造した特別な合金を使った武具を確認。

 麻袋に積め込むと、マサトは立ち上がる。オルガも釣られるように立ち上がった。

 

「……持つのはマサトなんだな」

 

 自分を荷物係に頼んだはずなのに。

 

「些細なことは放って置け。もう一ヶ所あるから、さっさと行くぞ」

 

 何時までもここにいる必要も無い。二人は鍛冶屋を後にし、表通りを歩く。

 

「次は確か……」

 

「仕立て屋。今の内に冬服や外套も買っておきたいからな」

 

 オルガは当然知らないが、マサトは異界人。今持っているのはこの世界に来た時に着ていた物と、譲って貰った幾つかだけ。

 それらも夏服しかなく、冬をしっかりと乗り切るために冬服や外套の購入、他にも戦闘用のや、黒銃をしっかりと仕舞うためのホルスターも欲しいのだ。

 

「……他人から受け取れば、直接来る必要は無いと思う」

 

「俺はそんなに偉くない。それにこれや、今から受けとるのは個人の物だ。直接見た方が良いだろ?」

 

 治療に必要なレンズ。、それぞれパーツとして送られた懐中時計と違い、武具や服、靴はそれそのものが完成品。

 マサトとしては、その目で直接出来具合を確かめたいのだ。それに仮に完成品が自分に合ってなくとも、その場で確かめれば差異を調整出来るメリットもある。

 

「あと、お前の分も買ってやる。幾つか欲しいだろ?」

 

「今持っているので充分だ。冬服も用意はしてくれると言っていた」

 

「終わった後の私服が無いだろ。お前のと言ったら、あの時のだけだし」

 

「旅の時は、竜具が寒さを防いでくれたのだが……」

 

「便利だな、竜具」

 

 特殊な力、桁外れの強度、使い手のサポート。ちょっと欲しいと思うマサトは黒銃をジーッと見る。

 

『……残念ながら、我にはそんな力は無い』

 

「使えねえ」

 

 オルガに聞き取れない小声で相棒に毒を吐く異界人。直後、黒銃はガーンとショックを受けつつも、仕方ないと受け止めた。

 

「こっちじゃあ、鍛錬以外じゃ竜具は持てないんだ。しっかり持っとけ。買ってやるから」

 

「次の休日に自分で買う。リョーカに買ってもらう必要は無い」

 

 ツンとちょっと強情になるオルガは、自分で買うと言い切る。

 

「じゃあ、こうしよう。金は出すけど、後で買った分を俺に返す。これならお前が買ったことに代わりはないだろ?」

 

「……後で少な目に立て替えるのは無しだ」

 

「分かってるっつの」

 

 次の場所はここから離れていたため、さっきよりも時間は掛かったが、それでも何事もなく順調に仕立屋でに着いた。

 

「ここだ、ここ」

 

「……かなりの店だ」

 

 周りよりも立派な雰囲気を醸し出す店だ。この店も、さっきの鍛冶屋同様、レグニーツァの公都で一番の仕立屋らしく、マサトはここで服を頼んでいた。

 

「買う?」

 

「……いい」

 

「外で待つ?」

 

「……変なのに絡まれたくないから一緒に入る」

 

 オルガは前に二度、この公都で不良に絡まれたことがある。二度あることは三度あるとも言うし、ここは一緒に入ることにした。

 青年と少女が同時に入る。店に入ると、一番の店だけあって、全ての服もその素材も立派なものばかりが目に入る。店内も華やかだ。

 

「お客様、何用でしょうか?」

 

 二人に店員が近付く。にこやかな表情はしている爽やかな男性だが、目が笑ってない。用が無い、勘違いで入ったのなら出ていけと言いたげだ。

 ただ、マサトよりもオルガには柔らげな視線なのは子供だからか美少女だからか、前者ならともかく、後者は不味い。

 こういう相手には、さっさと物を突き付けるに限る。というわけで、マサトは手紙を渡す。

 立派な装飾が施された手紙を受け取り、店員は驚きの表情を見せる。

 暫しお待ちをと言うと店長に手紙を渡し、十分近くすると女性の店員と一緒にオルガとマサトの元に戻ってきた。

 

 

「御待たせしました。こちらです」

 

 入ったのと違う、真剣な表情の店員に案内され、二人は奥に移動していく。

 

「さっきもそうだが、あの手紙……」

 

 鍛冶屋の時も、マサトは手紙を渡していた。

 

「アルシャーヴィン様に書いて貰った」

 

 ――しっかし、戦姫の名というのは、凄いもんだ。

 初見であろうが、一流の店に難なく入り、きちんと対応してくれる。そのおかげで楽に進むため、帰ったらサーシャに礼を言おうと決めた。

 そこでも少し待つと、店長がマサトが頼んだ物を持ってくる。

 

「こちらです」

 

 ――革鎧、じゃない。

 持ってきたのは黒色のホルスターと、やはり黒を基調とし、革鎧よりは薄いが通常の革の服よりも厚い、言わばハードレザーコート、ハードレザーズバンと呼ぶべき代物だ。

 加工により更に強度を高めた馬の革、それも希少な種類をふんだんに使った高級品で、軽さの割には頑丈さはかなりある。また、重ね着を前提にしてあるので、少し大きめだ。

 他にも機動性を損なわつつ、生存率を僅かでも高めるため、胸、膝、肘は外見からは分からないように厚めにしてある。

 

「無茶な要求に応えて頂き、感謝します」

 

「仕事はこなす。それだけです。しかし、革鎧では行けないのですか?」

 

「自分には、これが一番合うんですよ」

 

 このコートは、向こうで勤めていた自衛隊の服装に近いようにしてある。これと籠手や臑当てが自分にベストなのだ。

 

「ところで、自分は黒一色のみを要求したはずですが……」

 

 よく見ると、銀の装飾が所々あり、黒をより際立たせていた。

 

「黒だけでは少し寂しいかと思い、こちらで追加させてもらいました。……ご不満でしょうか?」

 

 ――うーん……。

 ファッションとしては見事だが、自分の好みは黒のみの服なのだ。装飾に実用性があるわけでもなく、はっきり言って邪魔だ。

 しかし、向こうも悪意があってこうしたわけではないので、言いづらい。

 

「いえ、ご厚意感謝致します。試着しても?」

 

「どうぞ」

 

 許可を貰い、男性店員に案内された一室でマサトはコートやズボンを重ねる。二つをしっかりと通すと、部屋を出てオルガや店員達に感想を求める。

 

「どうですか?」

 

「……お見事です」

 

 ――似合ってはいるが……。

 服の黒が同色の髪と目の青年にマッチしている。しかし、店員や店長はどう表現したら良いのかが分からなかった。というのも、今のマサトは独特の雰囲気があるのだ。それはまるで。

 ――……何処かの刺客みたいだ。

 ほとんどが黒一色で兵士や騎士、傭兵や貴族ともまったく異なる、例えるなら闇の中で標的の命を狙う、暗殺者。

 銀の装飾が無く、黒銃を構えると、印象が更に深くなりそうだ。

 

「着心地は?」

 

「良い感じです。ただ、やっぱり意匠が気になりますね。次からは相談していただけると」

 

「承知しました。次からは気を付けます。ところで、そちらの方は?」

 

 店長達が聞いた当初の予定では、来るのはマサト一人だけ。オルガはいなかった。

 

「自分の知り合いです。今日は色々あって、一緒に」

 

「そうでしたか。折角ですので、この店で買われては? お客様に合わせた一級品を御用意しますよ?」

 

「私はいいです」

 

 此処の服装は、意匠としては素人身の自分でも素晴らしいと分かるが、費用は掛かるし、戦姫ではなく今は使用人の自分には勿体無い。

 

「一着ぐらいは如何ですか? 試着でも構いません」

 

 試着でも構わないと言われ、店内を見渡すオルガだが、ピンと来るのが無かった。

 

「――ん? これ……」

 

「リョーカ? どうしました?」

 

「あ、いや、ちょっと……」

 

 少女と同じ様に服を見渡していた青年の視線が、ある服に集まる。

 ――これって……あれだよな?

 青年の頭に疑問符が浮かぶ。どう見てもこれは『あれ』である。なぜこの一流の店に並べられているのか。

 

「あの、この服……」

 

「はい? ――あっ、そ、それですか……」

 

 その服を見て、店員は微妙そうな表情になるも、直ぐ様営業スマイルに戻す。

 

「……それを御求めですか?」

 

「……レナータ。一つ試着してくれませんか?」

 

「何を?」

 

 店員や店長に許可を求めると、了承を得たのでオルガが来るまでの間に服を畳んで渡す。

 

「この服着てください」

 

 そう言ったマサトに、店員達はえっと驚くも、オルガには聞こえていない。

 

「これを?」

 

 マサトから受け取った服は、一見、毛皮で覆われてもこもこした暖かそうな服だ。

 

「わたしは構わないが」

 

「お願いしますね」

 

「……分かった」

 

 どうしてこの服なのだろうと思いつつ、試着室で着替えていく――が。

 

「はっ!? な、何だこの服は!?」

 

 服を広げ、全体を見たオルガだが、思わず目を疑った。

 

「どうしました? レナータ?」

 

「リョーカ! これをわたしに着ろと!?」

 

「……懐中時計の分」

 

「うっ! う、うぅううぅ……!」

 

 それから数十秒後。扉が開き、中から例の服を着て顔を真っ赤にしたオルガが姿を表す。

 

「……………………こ、これで良いか!」

 

 効果音が有れば、今のオルガにはこう鳴るだろう。『くまー』、と。

 もっと詳しく言おう。今のオルガは、全身を覆う型の服を着ているのだが、それに熊の頭を模したフードと熊そっくりの腹と手足がある。要するに、着ぐるみパジャマを着ていたのだ。

 

「…………うん、似合ってる」

 

 マサトは真顔にしていたが、口を閉じた状態でぷるぷると震えている。よく見れば、店員や客もだ。

 

「笑ってる! 確実に笑ってる! わたしをお子様扱いして楽しいか!?」

 

「いや、実際に似合ってはいるよ? くくくっ……」

 

 事実、小柄で可愛らしい彼女に似合ってる。今のオルガはキュートな子熊、と言ったところだ。

 ただ堪えきれないのか、マサトは軽く笑ってしまう。瞬間、オルガの頭からブチッと何かが切れた音がした。

 

「リョーカもこの服を着ろーっ! わたしと同じ目に遭えーっ!」

 

 がーっと、オルガがマサトに襲いかかろうとしたが、着ぐるみパジャマはぶかぶかなため、裾を踏んで足が縺れ、頭から床に倒れ込んで顔をぶつけてしまう。凄い音が鳴った。

 

「れ、レナータ!? 大丈夫!?」

 

 予想外の事態に、マサトは思わず駆け寄る。近付くと、ぐすんぐすんと泣きじゃくるような声が聞こえた。

 

「マサト、酷い……」

 

「……本当にごめん」

 

 さっき、何故かあった熊の着ぐるみパジャマを見て、どういう訳か悪戯心が芽生えてしまい、彼女に着せてしまったのだが、その結果がこれだ。心の底からマサトは反省する。

 

「怪我ない? 痛みは?」

 

「……まだ痛みはあるが、大丈夫」

 

「ちゃんと見せて」

 

 オルガの顔を見る。額が赤くはなっているが、鼻血などは出ていない。歯も欠けたりはしてないようだ。

 

「すみません、今日は失礼します……」

 

 オルガの具合を確認すると、マサトは今日はもう店を出ることにした。

 

「い、いえ、こちらにも多少の落ち度はありました。申し訳ございません」

 

 自分達も少なからず笑ってしまったため、店員達は頭を下げて謝罪する。

 

「またの御来店して頂いた時は、心からのおもてなしをさせてもらいます」

 

「ありがとうございます」

 

 店員達、マサトの順で頭を下げ、オルガもとりあえず下げた。その後、二人は元の服に着替えてると店を出た。

 

「さっきは本当にごめんな、あんなことになって」

 

「……あの程度で理性を欠いたのも原因だ。マサトだけが悪いわけじゃない」

 

「いや、明らかに俺が主だろ。……本当、何であんなことしたんだか。はぁ……」

 

 オルガへの申し訳なさと、自分への下らなさからマサトは溜め息を吐く。本当に自分は何故、あんなことをしたのだろうか。考えても分からなかった。

 

「……マサト、あれ」

 

 オルガが指を指す。その先には、一つの露店があった。メニューは蜂蜜の匂いが漂う、カブリーシュカと呼ばれるクッキーだ。

 

「どれだけ食べたい?」

 

「……一つで良い」

 

「遠慮すんな。好きなだけ食え」

 

 こんなので詫びになったつもりはない。オルガが望むだけ買うつもりだ。

 

「……三つ」

 

「了解」

 

 対価分の硬貨を渡し、カブリーシュカを三つ受け取る。適当な広場でオルガに渡すと、彼女は黙々と食べていく。その様子に、マサトは小動物のような可愛らしさを感じていた。

 

「これ」

 

「へっ?」

 

 一つ食べ終え、二つ目に手を付けると思いきや、オルガは三つ目をマサトに差し出す。

 

「一緒に食べる」

 

「いや、それは――」

 

「食べる」

 

「……わかったよ」

 

 頼みか、指示か。どちらにしても、さっきの件があるので一緒に食べることにした。

 

「おっ、いけるな」

 

 蜂蜜の味や香りもそうだが、そこにスパイスの風味が合わさって美味しい。二人は同時に食べ終える。

 

「ごちそうさま。でも、何で一人で食べなかったんだ?」

 

「何となく、こうして一緒に食べてみたかった」

 

 特に理由は無い。強いて言うなら、さっき言った通り、何となくマサトと食べたかっただけである。

 

「こんな風に食べるのは……久々か」

 

 公宮での食事とはまた違う、誰かとの気軽な間食の時間。つい、オルガは懐かしさを感じた。

 

「旅をしていたから?」

 

 その問いにオルガは首を縦に振る。

 

「マサトは?」

 

「俺もだな。数年ぶりだ」

 

 嘘の設定だが、マサトはヤーファからの旅人であることをオルガは思い出す。

 

「相手は?」

 

「二人。一人は親しい知人。もしかしたら、初めての友人になったかもしれない相手」

 

 ある人物の面影をマサトは思い出す。自分と同い年の、この数年の間に自分同様に青年となったであろう少年を。

 

「マサトにも、そんな相手がいたのか」

 

「どういう意味だ、おいこら」

 

「さっきの仕返し」

 

「……なるほど」

 

 オルガの細やかな仕返しに、マサトは軽く苦笑する。

 

「その人とは?」

 

「会えてない。連絡も取れない。元気だと良いけど……」

 

「もう一人は?」

 

「……」

 

 見たことのない、親しげさが込もった表情を浮かべたマサトを見て、強い興味を抱いたオルガはもう一人についても尋ねる。しかし、その瞬間、青年の表情に影が帯びた。

 

「もう、いない。亡くなってる」

 

「す、すまない……」

 

 オルガは咄嗟に謝る。ちらっとマサトの顔を見ると、重そうな表情で少し俯いてる。予想外とは言え、辛い想いをさせてしまった。

 

「俺は気にしない。だから、お前も気にすんな。知らない相手に同情されたくはないんだ」

 

「……分かった」

 

 知らない相手という台詞に少し寂しさを感じるが、同情されたくないことを含めれば、それだけ親しい人物だったことは簡単に予想が付く。

 

「……マサトにとって――わたしはなんだ?」

 

 その話を聞いた後だからだろうか。それとも、純粋な好奇心か。少女は青年に自分は何かと尋ねた。

 

「俺にとって? う~ん……色々と気になる先生、かな?」

 

「先生?」

 

 予想外の答えに、オルガは少し驚く。そのせいで、先生の単語の時だけ、僅かに声に曇りが混ざっていたことには気付けなかった。

 

「だって、乗馬とか鍛錬してくれるし」

 

「わたしも色々と教えられてるが……」

 

「そう? じゃあ――互いが互いの先生って関係かな? 俺達」

 

 今度は、暗さと明るさが程よく混同していた。なので、オルガはやはり気付くことは無かった。

 

「妙な関係だ」

 

「だな」

 

 少女と青年が互いに軽い微笑を浮かべる。だが、悪くはない気分だ。

 

「時間もあんまりないし……雑談もここまでにしようか」

 

「わかった。でも――戻った後は勉強に付き合ってもらう」

 

「了解」

 

 その後、青年を伴いながら軽い買い物や夕食、勉強。それらで時間が過ぎていき、少女の休日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 この次の日、ジスタードの王都、シレジアでジスタード国王がある一件からの発言をしたことにより、レグニーツァは近い日、戦いに巻き込まれることになる。

 

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