魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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第十一話 迫る時の中で

「――まさか、エレオノーラが私に機会をくれるなんて。運命かしら?」

 

 紅い長髪に、左右で違う色の瞳――こちらでは『異彩虹瞳(ラズイーリス)』、マサトの世界では『オッドアイ』を宿す美女。

 レグニーツァの隣にある二つ公国の内一つ、ルヴーシュの戦姫、エリザヴェータ=フォミナ。彼女は目の前にある書類を見て微笑む。

 そこには、ジスタード国王の言葉が記されており、その内容はエリザヴェータにとって非常に都合が良い物だったのだ。故に、彼女は微笑んでいた。

 

「早速、準備に取り掛かるとしましょう」

 

 といっても、完了次第直ぐに動くつもりは無い。何かもう一つ切欠が欲しいところだ。

 それまでは調査を続けておきたい。特にある人物の物は。

 

「……どうも、今一つ分かりませんわね」

 

 エリザヴェータは別の書類を手にとる。その紙には、レグニーツァに関しての調査で集まった情報が綴ってある。

 公宮内に侵入するのは色々と手間が掛かるし、面倒にもなるので、城下町で噂や話で手に入れた情報しか無いが、無いよりは遥かにマシだ。

 その中でほとんどは以前と大差ないのだが、一人だけは別だった。その一人こそがマサト。

 これまでの調査で分かったのは、彼が元々はヤーファから旅をしていた医師らしき人物であることと、雇われたのはあの交渉の数日前であること。交渉の数日後に雇われた使用人がいる。

 とまあ、これだけなのだ。どういう経緯で医師の彼が母国から離れて旅人になったか、他に関する情報は一切不明だった。

 

「……単なる医師なのかしら」

 

 普通なら、そう判断するのが正しい。医師にしては若くはあるが、世の中には若くして才能を発揮する人間など、幾らでもいる。

 彼も一人ではなのだろうが、所詮は医師。気にする要因など、無いはず――なのだが、どうしても引っかかる。

 ――考えすぎ、なら良いのだけれど……。まぁ、良いわ。

 仮に、彼が自分の前に立ちはだかる壁になっても、打ち崩すまで。たったそれだけだ。

 

「――さぁ、始めましょう」

 

 歌うように、雷渦の戦姫は告げる。それは戦いへの開幕を華やかに奏でる唄であった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「また見てる」

 

「……まぁな」

 

 灰色の雲が空を埋め尽くすその日の朝、自室の窓から、全身を戦闘用以外の黒衣で統一している青年、マサトが険しい目付きである方向、ルヴーシュのある方角を睨んでいた。

 彼は昨日、ある報告をザウルから聞いて、警戒からこれをしていた。その直ぐ近くでは、オルガが佇んでいる。今は使用人の戦姫の彼女は今日休日だった。

 

「……その時とは、突然来るものなのだな」

 

「俺もそう思うよ。……来ないのが最善だったけどな」

 

 何れはその時が来るとは思っていたが、こんなに早いとは思わなかった。

 切欠は、ライトメリッツの戦姫、エレオノーラ=ヴィルターリアと、彼女がディナントの戦いで捕虜したブリューヌのアルサスを治める小貴族、ティグルヴルムド=ヴォルンがブリューヌの大貴族、テナルディエと争った結果、ジスタードの国王はこのような発言を発したのだ。

 諸卿はジスタードの国益をこそ第一に考え、軽挙妄動を慎むようにせよ。と。

 ――余計な発言する国王だな。まったく。

 事情は理解出来れど、切欠になったエレオノーラとティグルヴルムド=ヴォルン。その二人はとにかく、余計な台詞をいったまだ見ぬ国王に対し、マサトはちっと舌打ちする。

 一見、真っ当な発言にも聞こえるが、これは実はかなり厄介なのだ。

 軽挙妄動を慎む、これはまだ良い。問題なのは、国益をこそ第一に考え、という部分だ。

 仮に、エリザヴェータがレグニーツァを攻めるのをジスタードの国益に繋がると解釈した場合、かなり無理矢理で強引だが、問題なく攻めることが可能となってしまうのだ。

 ――本当、面倒だ。

 しかし、一度決まったことは変わらない。幾ら祈ろうが、愚痴を溢そうが、絶対に。

 来るまでの猶予を有効に使う方が、数段意味がある。そう考えているが故に、マサトは動じない。ただ、守るために戦うだけだ。

 

「……わたしに協力は出来るだろうか? 例えば――」

 

「無理だな」

 

 わたしが戦う。そう言おうとしたオルガの台詞を、マサトは先に両断する。

 

「お前は、ただの使用人。そんな奴が、何の役に立つ?」

 

「……戦姫として戦えば」

 

「ブレストを巻き込むつもりか?」

 

 反論をしようとしたが、マサトの言葉に喉が詰まる。そう、オルガが戦姫として戦えば、それはレグニーツァとルヴーシュだけの問題では無くなる。オルガが統治する公国、ブレストにまで及んでしまうのだ。

 

「兵士として戦おう、なんて事も考えるなよ」

 

 いきなり現れた新兵、しかも、使用人など誰も使わないだろう。正体を明かそうとすれば、それはやはり、戦姫としての行動になる。

 

「……今のわたしには、戦うことすら許されてないのか」

 

 戦姫なのに、戦姫として戦えない。兵士としてすらも。経験を与えてくれたこのマサトやサーシャ、公宮で一緒に働かせて貰った仲間達に恩を返そうにも、返すことすら出来ない。正に無力だ。

 

「オルガ、手伝え」

 

「な、何を……?」

 

「お前は戦えない。だけど――出来る範囲でなら力にはなれる。だから、今からすること、頼むことを手伝ってくれ。俺一人じゃあ、無駄だから」

 

「任せてほしい」

 

 オルガはしっかりと頷く。幾ら駄々をこねても、自分は戦えない。だが、戦う人を手伝うことなら今の自分にでも出来る。ならば、それを全力でこなすだけだ。

 

「じゃあ、先ずは――何時も通りの、診察の補佐。これも立派な手伝いだぞ」

 

「……分かった」

 

 確かに立派な手伝いなのだが、少し拍子抜けしてしまったオルガだった。

 

 

 

 

 

「――終了です。今日も、異常はありません」

 

「ありがとうございます」

 

 何時もの診察が終わり、オルガも退室。二人きりになり、ここからはサーシャのための時間になる、はずだが。

 

「最近はどうですか? フォミナ様との交渉」

 

「言わないと駄目?」

 

「情報を得るのは大切でしょう。対処が遅れたら致命的ですし。何より――最低限は果たしてますよ?」

 

 これは、医師としての成果の事だ。延命に成功している以上、自分を縛ることは出来ない。

 

「……ふぅ。全然」

 

 夏の交渉時、サーシャが発作で倒れ、エリザヴェータはそれを利用したことにより、二人は手紙で交渉をしていた。

 

「と言うか、この前の手紙の返事が来ないんだ」

 

「届くのが遅れた、とかではないですよね?」

 

「多分、違うと思う。既に三日も遅れてる」

 

 ジスタードの国王に次ぐ、地位の戦姫。そんな大物が綴った手紙が三日も遅れている。

 運送人の不手際とすれば、大失態にも程がある。向こうが意図的に送るのを止めた、そう考えるのが妥当だろう。

 

「交渉する気は無い、と言うことですか」

 

「そうなるね」

 

 こちらは賠償するつもりなのに、だ。つまり、向こうは最初から話し合うつもりなど、無かったのだ。

 ――……あの機会を逃したのは、大失敗だったなあ。

 夏のあの時、交渉を完全に纏めてさえいれば。つい、そう思ってしまうサーシャだが、もう過ぎた事。何を言っても、意味はない。

 ――それよりも……。

 向こうの狙いが気になる。何を目的に、そうしているのか。賠償で得られる利益を放棄してまで、何をしようとしているるのだろう。

 ――……分からない。

 一つ可能性があるのだが、それが原因で攻めるのは考えづらい。代償が多すぎる。

 

「――よし、マサト。ちょっと僕に近付いて」

 

 ハテナマークを浮かべるも、とりあえず命令らしいのでマサトが少し近付くと。

 

「うりゃ」

 

 ぷにと、サーシャにほっぺを押された。

 

「……何してるんですか」

 

「君のほっぺを押してるの。やっぱり、良い感触だね」

 

 つんつんと、サーシャは更に二度指す。弾力のある肌の心地よい感触が伝わる。中々に癖になる。

 

「……理由は?」

 

「ちょっともやもやしてるから、君のほっぺの感触で発散しようかなって思った」

 

「自分で発散しようとしないでください。ピタミンじゃないんですから」

 

「ピタミン?」

 

「ゴムを材料にして、中に水を詰めた嫌な気分発散用玩具ですよ」

 

 栄養のビタミンと文字と読みは似ているが、まったくの別物である。

 

「地味に贅沢な玩具だねえ」

 

「ですから、然り気無く押さないでください」

 

 こっちでは大切な水を使う玩具に、そんな感想を抱きつつ、サーシャは何度も何度も青年の頬をぷにぷにしていた。

 

「別に良いでしょ。減るものじゃないんだから」

 

「いや、そうですけど……」

 

 かといって、しっくりは来ない。何か、もやっとするマサトだった。その表情にサーシャは少し微笑むと、青年に一つ尋ねる。

 

「マサト、君はその時が来たら戦うつもりかい?」

 

「そのつもりですが?」

 

「人を殺めたことのない君が?」

 

 彼の世界でも、殺人は立派な犯罪。そして、マサトは今まで戦の経験を味わったことが無い。要するに、未経験なのだ。

 

「それが? どうでも良いですね。例え、殺し合いだろうが、自分がするべきことは変わりません」

 

「人の命を守る、か。その為には人を傷付ける、殺さなきゃならないんだよ?」

 

「知っていますよ? それでも、自分はすべきことをするだけ。一つでも多くの人の命を守るために為す。それが全て。邪魔は――許さない」

 

 敵意に満ちた眼差しを、臣下は主に向ける。

 

「頑固者だね。あと――ちょっと迫力無い」

 

 というのも、サーシャは指を頬に刺したままなので、迫力が今一欠けているのだ。

 

「……だったら、止めてくださいよ」

 

「やだ。楽しいし」

 

 鼻歌を奏でながら、サーシャはまた数度ぷにぷにする。本当に楽しそうだ。しかし、ふと止めた。

 

「けど、本当に戦うの?」

 

「さっきも言いましたが?」

 

「辛いし、苦しいものになるよ? もしかしたら、心に傷を負うことだってあり得る」

 

「だから何ですか? 辛い? 苦しい? 心の傷? そんなものどうでもいいです。自分は人の命を守る。それだけですよ。例え、苦しみ、傷を負い――心が壊れてしまわおうが」

 

 青年の最後の言葉で、朧姫の背筋が一気に冷えた。背や額から、冷たい汗を流す。黒銃も、思考が停止するほどの悪寒を感じていた。

 ――違う……。

 マサトは意志が強い、そう思っていた。それは間違ってはいないが、実際は少し違う。

 彼の意志の強さは、狂気の領域に――いや、狂気そのものと言っていい類いの代物だったのだ。

 それほどまでに純粋に他者の命を助けようとするが、反面、自身には何一つ案じない。

 この矛盾こそが、向陽雅人という人物を表していた。

 

「何ですか? 急に無言になって」

 

 あんな台詞を言った直後なのに、青年は何事も無かったかのような普段の表情で自分に尋ねる。その様子がまた、恐ろしい。

 

「……知れたと思っただけさ。君の新しい一面を、闇を」

 

 人の命を守るという光の底にある、深く暗い闇を。

 

「……そうですか」

 

 青年がサーシャに対して、初めての笑みを見せる。但し、それは狂気が若干混ざり、見る者へ悪寒や恐怖を与える笑みだった。

 

「――えいっ」

 

「――はい? ふぎゃっ!?」

 

 とまあ、シリアス真っ只中だったが、直後、マサトの顔が両頬から掌で押され、妙な形に変わる。

 

「ぷぷっ……! あははっ! 変な顔~!」

 

「……あならのへいれひょうふぁ」

 

「ふふっ、何を話してるのか分かんないや」

 

 口も歪んでいるため、発音が擦れていた。それでも、実はサーシャはマサトが何を喋っているのか分かってたりする。要するに、わざと惚けているのだ。

 

「……もろひてくらふぁい」

 

「わっかりまっせん♪」

 

 ジト目で睨むマサトを無視し、サーシャはにこにこしながら暫く彼の顔で遊んでいった。

 

「あー、楽しかった」

 

「……こっちは苛立ちしか溜まってませんよ」

 

「細かいことは気にしないの」

 

 色々と満足もし、さっきの空気も、マサトの狂気の瞳も完全に消し飛んだ。ここで話を持ち出す。

 

「ところで、マサト。僕が出る、なんてのは――」

 

「許可すると思いますか?」

 

 改善はされ、最低限の運動ならなんとかはなったが、それが限界。これ以上の無茶は、寿命を縮めかねない。

 許可など、正式ではないとはいえ、医師としても臣下としても出来る訳がなかった。

 目に力を込め、威圧するマサトだが、サーシャは退かない。

 

「僕は、戦姫だ。なのに、臣下に任せるだけなんて、失礼じゃないか」

 

 サーシャも、自棄になってそう言っているのではない。戦姫の立場としての責任感からの台詞だった。

 

「貴女は戦姫ですが、同時にこのレグニーツァの統治者。一番に果たすべきは国のために生きることではないのですか? ――次が、善人とは限らないのですから」

 

「それは、そうだけど」

 

 次とは、彼女が亡くなった場合の竜具及び、レグニーツァを統治する後継者のことだ。

 

「一つ言って置きますけど、新しい人が自分と合わないと判断した場合、自分は借金を返済したあとは、即座に此処から出ますから」

 

「はっきり言うね、君」

 

「そもそも、自分がここにいるのは貴女への借金があるからです。いい人とは思っていますが」

 

 後は、オルガの経験になるから、も無くはない。

 とは言え、サーシャは病に掛かりながらも戦姫としての勤めを果たしている立派な人物。

 本業ではない医師をしているのも、理不尽に苦しむ彼女を助けたいのと、治療することがレグニーツァの多くの民の安泰になると考えたからである。

 但し、それらもサーシャが善人であるのが前提。仮に悪人ならば借金を返したあとは、とっとと出ていっているつもりだった。

 ――らしい。

 そんなマサトはついついそう思った。第一、彼は異なる国、世界の人物。考えもこちらの通常とも違う。

 自分が掲げる信念、一つでも多くの人の命を守る。それに従い、ここにいるだけなのだ。

 暖かいが故に冷たくもある。そして、光と闇が一体となっている。それが、向陽雅人という人物。

 

「まぁ、とりあえずは借金返済を頑張ったら?」

 

「それを持ち出して、自分を出さないようにはしないでくださいよ? 貴女は統治者として、可能な範囲で全力を尽くす義務があるのですから」

 

「やれやれ、君は厄介だ。――ちなみに、算段は有るのかな?」

 

「無くとも作りますよ。数日以内には。絶対に」

 

 欠片も揺らぎの無い青年の瞳に、サーシャはある感情の火が点きつつも、はぁと溜め息を付く。

 

「出来たら僕に報告して。それが有効と判断したら、許可する。但し、期限は当日まで」

 

 本人としては、マサトの世界との交渉も考慮しているので戦いには出したくないが、統治者の立場や状況を考えると仕方なかった。

 

「了解しました」

 

 サーシャの言葉は得られた。後は当日までに構築し、仕上げるだけだ。

 

「他に聞きたいことはある?」

 

「これ以上は特にありません。今日はどんな話が良いですか?」

 

「今日は――ううん、しばらく話はいい。鍛錬も一人でやるよ。君には、するべきことがあるだろう?」

 

 考えがあって――と言うか、考えしかないだろうが――彼はこう言っているし、自分もその方が嬉しい。しかし、今はそれよりも重要なことがある。鍛錬だ。

 この時間は楽しいし、最近は前よりもちょっとだけ心待ちにしているが、自分の私情に付き合わせ、必要な時間を使わせる訳には行かない。トレーニングも同様だ。

 

「余計な心配です。自分の管理は出来てますので、その中でやります」

 

 自分は兵士だが、今は正式ではないが医師でもある。役目はしっかりとこなさねばならない。

 

「気持ちは嬉しいけど、この時間を他に回した方が良いと思うよ? 時間は有限だからね」

 

「……ですが」

 

「じゃあ、こうしよう。僕が許可を与えるまではこの時間は無し。統治者としての判断だよ」

 

「……分かりました」

 

 そう言われては、立場上だが所詮は臣下でしかない自分は聞くしかない。

 

「では、失礼しますが……トレーニングは無理をしない範囲でこなしてください。あと、終わったらしっかりと入浴で汗を流してください」

 

 これは医師として、しっかりと言っておかねばならない。

 

「むっつりさん」

 

「はい? ……さっきから何なんですか、まったく……」

 

 サーシャのからかいに、マサトは訳が分からないと言った表情で退室していった。

 

「う~ん。やっぱり、ああいう反応か」

 

 命を守ることだけが全て。そう言っていたが、満更嘘でもない様だ。色恋など、欠片も興味なさそうだった。

 

「……にしても、あんな一面があったとはね」

 

 今日の話で知った青年の狂気と闇。あれには思わず悪寒を感じた。

 

「純粋に強く思うが故に、達した狂気か、或いは狂気故の純粋さか。……どちらにしても異常だね」

 

 しかし、そうで有りながら、決して悪人ではないのがまた厄介だ。

 

「……とは言え、それを知っても尚、完全に払えない僕も異常かな? 悪人じゃないんだし、純粋だもんね。ふふふっ……」

 

 一人になった自室で朧姫は思わず、自虐的な笑みを浮かべた。

 

 

 ――――――――――

 

 

「貴殿は、どうする気ですか?」

 

 そう言われたのは昼。ザウル、最近は他の兵士や騎士達との試合を終えた後、ザウルにそう話し掛けられたのだ。近くには、定時報告に来たマトヴェイもいる。

 

「何がですか?」

 

「……先日の国王陛下の発言により、我等が戦う可能性が更に増しました。その時が来た場合、貴殿はどうする気かと聞いています」

 

 今日はよく聞かれる日だなと、ついついマサトは思った。

 

「まさか、自分が臆病風に吹かれるとでも? だとしたら心外です」

 

 マサトはむすっとする。例え、そうなったとしても、戦うだけだ。

 

「そうではありません。貴殿がそんな人物でないと思っていますから」

 

 全てを知っている訳ではない。しかし、今までの触れ合いでマサトがそんな人物とは無縁なのは読めていた。

 

「では、何故そんなことを?」

 

「貴殿は、戦姫様の担当医師です。そして、その結果をしっかりと出し、これからもより良い改善が出来る可能性も充分にあり得えます。はっきり言うと、今貴殿を失うのは、このレグニーツァ、引いては戦姫様への損失があまりにも大きすぎるのです」

 

「大袈裟過ぎますね。今続けているのは、もう自分がいなくても済むことばかりですよ?」

 

 力はゼロ次第だが、薬の調合も、料理も、一通り記したり伝えている。運動は微妙だが、継続だけならはっきり言って自分がいなくなっても問題ない。本も、サーシャはある程度を解明している。

 

「いや、可能なのは持続です。それ以上は、やはり貴殿にしか出来ません。違いますか?」

 

 ――……否定できないな。

 こう言うとこの世界の医師に失礼だが、現在血の病の解明、改善できるのは大量の知識を持つ自分のみ。他では、常識に差が有りすぎて、理解ができないからだ。

 そうなると、これからの改善にも自分は必須であり、その自分を失うのを避けたいと考えるのは当然と言えた。

 特に最近は結果を出したことから、何とか血液検査も行なえるようになったため、尚更。

 

「それに、まだ若い貴殿を散らせたくもありません。どうか、考えては貰えぬでしょうか?」

 

「残念ですが、貴方一人にそう言われようが――」

 

「私だけではありません。文官、武官、他の多くの者の半分が私と同じ意見です」

 

 マサトは思わず呆気に取られる。流石にこれは予想外だった。

 

「言っておくが、私もその一人です」

 

「……マトヴェイさん」

 

「大恩ある、アレクサンドラ様の為にも、貴殿はまだまだ生きてもらわねばならぬ人材です。どうか退いて――」

 

「断る」

 

 敬語ではなく、力が籠った拒絶と鋭い眼差しに、ザウルとマドウェイは思わず圧倒された。

 

「俺は俺の信念に従って動き、戦う。それだけだ」

 

 自分が重要な立場にいるのは分かっている。しかし、それでも戦うことを止める訳には行かない。それが自分の生きる理由であり、信念だからだ。

 

「……そっちが、本当の貴殿か?」

 

「いや? どっちも俺。使い分けしてるわけじゃないけど」

 

「……複雑だな」

 

「人間、そんなものだろ。――これ以上は失礼なので、戻します。すみません」

 

 瞬時に口調や態度を切り替え、マサトはペコッと下げる。その切り替えの早さに、ザウルやマトヴェイは何とも言えない表情だ。

 

「やっぱり、変ですか?」

 

「いや、貴殿も案外我等と変わらないと思いまして」

 

 言葉もそうだが、さっきの感情剥き出しの表情が特に人間臭かった。今までは態度を何時も変えず、淡々と何処か機械らしく見えていたので、ホッとザウルは安堵する。狂気を見てないが故の反応とも言えるが。

 

「所詮は性格の違いの範疇。大した差など、人の思い込みに過ぎないということですか」

 

「例外はあると思いますよ」

 

 特に、自分は。口には出さないが、そう思うマサトだった。

 

「はっきり言います」

 

「事実でしょう?」

 

「確かに」

 

 微笑を浮かべる三人。数秒間続くと、いち早く笑みを止めたザウルがまた真剣な表情でマサトに語りかける。

 

「話は戻しますが……貴殿は引く気など一切ないのですね?」

 

「えぇ、誰に言われようが引きません」

 

 そして、誰が何を言おうが、その時になれば必ず自分が戦うことになるとも確信している。

 

「……はぁ、頑固で癖が強い新人は面倒です」

 

「頑固で癖が強くて、悪うございましたね」

 

「まぁまぁ、落ち着いてください、二人共」

 

 呆れ顔のザウルとしかめっ面のマサト。その二人を宥めるマトヴェイの、少々カオスな男三人だった。

 

「では、今日も頼むとします」

 

 素手で構えるザウル。体術での仕合だ。

 

「今日は、少し痛い目に遭ってもらいますよ?」

 

 にっこりと、黒い笑みを浮かべ、オーラを出すマサトにザウルは勿論、マトヴェイも思わず怯む。

 

「ぶ、武器方式で……!」

 

「却下です。――あと、持つ前に問答無用でぶっ潰す」

 

「ま、マトヴェイ! 助けてくれ!」

 

 オーラの迫力が増し、危険を感じたザウルはマトヴェイに助けを求めるも。

 

「ザウル。……頑張れ」

 

 体格こそこちらが有利だが、前に一度だけの手合わせした時にあっさり投げられたことから、マサトには体格は関係ないことをマトヴェイはよく知っている。

 痛い目には遭いたくないため、船乗りは騎士を見捨てることにした。

 

「薄情者め!」

 

「――スタート」

 

「ま、待ってください! 私はまだ――」

 

 一人の騎士の悲鳴が上がったのは、それから数秒後だった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「はあっ!」

 

「ふっ!」

 

「頑張ってる、頑張ってる」

 

 夜の隅の広場。そこでこの二ヶ月半毎日行われてきた少女と青年の試合が今日も行われていた。

 但し、今日は何時もの見物客、騎士と時々の船乗り以外にももう一人増えていた。サーシャだ。

 彼女は今日、マサトの実力をこの目で確かめるため、広場に来ていた。冬が近付いてきた夜なので寒さがあるが、暖かい服や竜具が遮っているので問題ない。

 

「どうで御座いますか、アレクサンドラ様?」

 

「中々、ってところだね」

 

 劣勢だが、戦姫であるオルガとそれなりに渡り合えている。自分の目から見ても、中々の強さだ。さっきの『対策』も悪くない。

 

「けど、彼でなければ駄目、というほどじゃない」

 

 一般兵よりは強い。しかし、ここにいる腕利きとは五分か若干下。それが今のマサトの実力だ。

 要するに、今のままでは勝算が無いのだ。有っても限り無く零に等しい。対策を含めても、これでは許可を出せない。

 

「――良い目はしてるけど」

 

「アレクサンドラ様もそう思いますか?」

 

 サーシャの視線が、マサトの瞳に集中する。試合をして疲れようが、傷付こうが、それを糧にするように増す輝きがとても綺麗だった。

 その目には、朝に見た狂気は一欠片も存在しない。

 

「――あっちの方が、僕は好みかな」

 

「今なんと……?」

 

「あっ……、いや、ああいう強い意思を感じる目は好ましいなと思っただけ」

 

 言葉が思わず零れたらしい。ザウルの問いにサーシャは若干焦りながらも尤もらしい台詞で答える。

 

「終わりましたな」

 

 今余所見した間に、試合が終わったらしい。結果は勿論、オルガの勝利だ。

 

「……どうですか?」

 

「最後は見れなかったけど――その実力じゃあ許可は出せないね。意志の強さは評価するけど、役不足だ」

 

「もう一度見てくれませんか? 今度は、こいつの力を全開にした上で戦います」

 

「力頼りの戦いはあまり評価しないよ?」

 

 サーシャは竜具を持っているが、力を積極的に使うことはしない。これは自制のためは勿論、兵が自分ではなく、竜具の力しか見なくなるのを避けるためだ。

 

「一度だけで構いません。お願いします」

 

 マサトは深く頭を下げる。これで許可を貰えるとは思っていないが、とりあえずだ。

 

「レナータ、君も竜具の力を使って。――本気でね」

 

「えっ……ですが……」

 

 実力に開きがあるのに、その上に竜具の力まで使う。下手すれば、怪我の範囲では済まない。躊躇うのも無理はないだろう。

 

「遠慮はいりません。全力で掛かって来てください」

 

「分かりました。――行きます」

 

 異烏と月姫。互いが持つ武器の特殊な力を全力で使う、本気の試合が始まった。そのしばらく後。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

「ふー……ふー……」

 

 陥没し、削り取られ、凸凹と荒れ放題になった広場。汗だくで疲労困憊の青年以外の全員が驚愕の眼差しで彼を見詰める。

 

「……負け、ました」

 

 結果は、マサトの敗北だ。しかし、それまでの過程は彼以外の全員を驚かせるには充分だった。

 

「これが、銃の力――いや」

 

 使い手である、向陽雅人の実力。武器の力を十二分に引き出す彼の能力。

 

「ザウル、マドウェイ。仮に君達が黒銃を持っていたら、あんな風に戦える?」

 

「……難しい、ですな」

 

「……自分もです」

 

 思いもよらない使い方ばかりだった。見たからとは言え、同じ様に扱えるかはまったく別。おそらく不可能だろう。

 第一、黒銃の力は今マサトにしか使えない。欲が出て、新しい使い手になろうとしても、銃には意志がある。やはり、不可能だ。

 異界の彼だからこその使い方、と言ったところか。

 

「やっぱり……駄目、ですか?」

 

「……」

 

 朧姫は考え込む。正直、これほどの強さとは予想外だった。悪く言えば力頼りではあるが、充分な強さに違いない。

 

「レナータ、話せる?」

 

「だ、大、丈夫、です……」

 

 口ではそう言っているが、呼吸は乱れきっている。相当疲れたらしい。

 

「深呼吸。安定させてから、戦姫として本心で言って欲しい。彼は――強い?」

 

 何度も呼吸を繰り返し、体力をある程度にまで回復させる。

 

「はい。ただ……初めて見て、不意を突かれたという点が大きいです」

 

 マサトの戦法は実力差を補うため、不意を突くものが主だ。機会を作るのも、裏をかくのも上手い。

 しかし、逆に言えば、それは差を証明していた。短期ならともかく、長期は差が顕著になるだろう。それも、二度目からは更に強く影響する。

 

「あと――」

 

「あと?」

 

「何と言うか……最後の攻撃の際、不思議な感じが……」

 

「……不思議?」

 

 曖昧で要領を得ない表現に、サーシャは首を傾げる。騎士や船乗りも、そう言われたマサトも微妙な表情だ。

 

「どう不思議なの?」

 

「その一撃だけ、他の時よりも妙に鋭くて、目も雰囲気も何か違った様な……」

 

 前半については、確かに今までの攻撃よりも鋭さがあった。それはサーシャも感じたが、後半についてはこれまたよく分からない表現だ。

 

「……君はどうなの? 実感はある?」

 

 こういう時は、本人に聞くのが一番。なので、マサトに尋ねる。

 

「……そう言われると、確かに最後の攻撃は、何か妙な感覚がしましたけど……」

 

 無我夢中で余裕は欠片もないため、よく覚えてない。ぼんやりと感覚が残っているぐらいだ。

 

「それに、最近は何度かあったような気も……」

 

「そう。よく分からない事は放って置こう。それはともかく君の実力だ」

 

 よく分からない話は流し、サーシャはマサトについて考える。一度だけの切札、と言った所か。しかし、その時次第では、大いに役立つだろう。

 サーシャは溜め息を溢す。公主としてレグニーツァを守るには、この切札を使わざるを得ないのだから。

 

「――策」

 

「はい……?」

 

「実力は分かった。充分通用するとね。あとは、僕を納得させるだけの策を考案して欲しい。それが無ければ、君は出せない」

 

「ありがとうございます。ただ、自分は未熟なので、他の人の力も御借りたいのですが」

 

「ザウル。余裕が有れば、彼に協力して」

 

「はっ」

 

 マドウェイはリプナでブリューヌ、ルヴーシュの情報収集をして貰わねばならない。ザウルほど余裕が無かった。

 

「あと、マサト。こっちに来て」

 

 ちょいちょいとサーシャは手招き。何故か、嫌な予感がしつつもマサトは彼女に近付く。

 

「――どーん」

 

 サーシャは右手を出すと、親指に掛けて力を溜めた人差し指を弾き、マサトの額にぶつけた。要するに、デコピンだ。

 

「お仕置き完了。じゃあ、僕は部屋に戻るね」

 

 その行動にマサト以外ポカンとするが、サーシャに気にせずに公宮の中に戻っていった。

 

「え、えと……。今のは……?」

 

「さ、さぁ……?」

 

「……マサト殿、何かなされましたか?」

 

「……してませんよ、そんなこと。何でされなきゃならないのか分かりません」

 

 さっきの行動に、様々な感情が込められているのを知るのは、当の本人であるサーシャだけであった。

 

 

 ――――――――――

 

 

『まだ、続けておるのだな』

 

「そりゃな」

 

 僅かな灯火のみの灯りしかない自室で、青年は目の前のノートを見つめる。今は深夜で、オルガはもう寝ている。会話も、彼女には届かないように小さなものだ。

 

『一つ良いか?』

 

「何?」

 

『何故、そなたはそこまでしようとする? 己の生まれ育った世界ではなく、この異世界で戦う?』

 

「前にも言ったろ。人の命を一つでも多く守るため。それ以外に無えよ。場所なんて関係ない」

 

『……言い方は悪いが、普通ではないな』

 

「自覚してる」

 

 自分が普通ではないことは、自分が一番自覚しているつもりだ。

 

『もう一つ構わぬか?』

 

「今度は何?」

 

『我と出会い、所持したことを恨んでおらぬか?』

 

 自分と出会わなければ、マサトは向こうの平和な世界で安全な日々を過ごしていたに違いない。恨んでいても、何ら不思議ではない。

 

「もうどうでも良いな。そんなことを話したところで何かが変わる訳でもないし――生きる世界が変わっても、俺のやるべきことは変わらない」

 

 ただ、守る。それだけだ。それ以上もそれ以下でも無い。

 

『……怖いな、そなたは』

 

 自分の使い手ながら、寒気を感じる。

 

「どう思ってくれても結構。ただ、俺の力にはなってもらう」

 

『分かっている』

 

 マサトをこの世界に飛ばし、何れは人外の者達と戦う定めを背負わせた責任はしっかりと果たさねばならない。彼が死ぬまで力を貸すつもりだ。

 

「ところでさあ。そろそろ、お前の隠し事を教えてくれない?」

 

『……断る』

 

「叩き付けんぞ」

 

『起きるぞ?』

 

 未だに隠し事を続けるゼロに尋ねるも断れ、脅迫するマサトだったが、オルガが起きると返され、露骨な舌打ちをする。どうやら、話すつもりは無いらしい。

 

「何時になったら、話すんだよ」

 

『「その時」が来たらだ』

 

「何年後だよ」

 

『明日か、数日後か、一月、半年、来年。若しくは数年、十数年、数十年……死ぬまで来ぬかもしれぬ』

 

「不定、か。――質問を変える。その時とやらは俺にとって良いことか? それとも悪いことか?」

 

 具体的には何一つ言わないゼロに、マサトは違う方向から問い掛けた。

 

『……そなたは厄介だな』

 

 良いことなら、直ぐに言える。しかし、悪いことならば黙るしかないが、そうしてもマサトは感付いてしまうだろう。嫌な質問だった。

 

『後者、だ』

 

「次の質問。それはお前を捨てても、改善されるか?」

 

『……そなたの危険は消えるが、嫌な予感がする。とてつもない危機を招くような、な』

 

「自身への危機感とかじゃなくて?」

 

『違う』

 

「……本当、面倒臭い代物手に入れちまったな」

 

 しかし、これが無いと、今の自分では戦姫と戦えない。サーシャへの治療にも少なからず影響する。おまけに、捨てれば何らかの危機を引き起こし兼ねない恐れがある。本当に面倒だ。

 

「最後、自分のことは思い出せたか?」

 

『まったく』

 

 これも本当だ。二ヶ月以上一緒にいて、色々と知識を得たが、自分の記憶を思い出すことは叶わなかった。

 ただ一つ、魔弾の王の話を聞いた時だけは妙な感覚があったが、今はもうない。手詰まりだ。

 

「そっ。今はしないと行けないこともあるし。さっき言ったように、俺の武器として力になってくれるなら、それで良いや。ただ――生きてたら、しっかりと調べ尽くしてやるから覚悟しろよ? んで、やばい代物と判明したら、絶対に叩きまくってやる」

 

『……よく覚えて置こう』

 

 将来、痛い目に遭うのは確実になったらしい。その時を考え、ゼロは来ないで欲しいと思っていた。

 

 

 ――――――――――

 

 

 数日後の朝。マサトがサーシャの診察をやっていると、突然扉が叩かれる。

 ――何の用だ?

 診察時は、余程のことが無い限り、部屋に入らないことなっている。少なくとも、しばらくは無かったことだ。

 ――余程の何かが起きた、ってことか。

 瞬時に幾つか考えていくが、その何れもエリザヴェータに関することだった。サーシャも同様だ。

 遅れを出すわけには行かないため、サーシャが許可。幾度の診察、治療によりマサトが見慣れた老いた従僕が入室する。

 

「診察中に入り、誠に申し訳御座いません。アレクサンドラ様」

 

「何の用?」

 

「はい、実は先程――ポリーシャ公国を治める戦姫様、ソフィーヤ=オベルタス様がこの公宮を訪問されました」

 

 それは意表を突く、予想外の人物の訪問だった。

 

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