魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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第十三話 杪秋の開戦

「遂にこの時が来ちゃったね」

 

「ですね」

 

 その日の朝、やはり何時も通りの診察を済ませたマサトは、サーシャに自分がいない間の予定表を手渡し、これをしっかり見て置いてくださいと忠告する。

 

「まったく、僕は君を出したくないんだけど」

 

 医師でもあり、大量の知識を知り、繋ぎにもなれる。そして、少しの興味を抱く彼を死なせたくは無いため、サーシャはマサトを出したくはなかった。

 

「ですが、自分一人ではありませんが、策をしっかりと考えました。貴女も納得したはずです」

 

「そうなんだよねえ」

 

 サーシャはマサトに根拠を示さない限りは出撃を許可しないと告げたのだが、彼は示したのである。

 統治者としては有り難くはあるが、面倒でもあった。

 

「では、時間も無いので、直ぐに失礼――」

 

「マサト」

 

「……何ですか?」

 

「君にはね、まだまだ借金が有る」

 

「……そういえば、そうでしたね」

 

 この世界に転移してしまった日、色々あって自分はサーシャのベッドや自室の絨毯を台無しにしてしまい、多額の借金を背負っているのである。

 

「しかも、減るどころか増える一方」

 

「仕方ないでしょう。色々と必需品を揃えないと行けないんですし」

 

 治療の成果も出始め、提供もしているので、それなりの給与も出ているのだが、出費のせいで借金は減らずに増え続けていた。

 

「典型的な債務者の言い訳だね、まったく。と、に、か、く。君には大量の借金が有るんだ。それに、僕はまだまだ色々な話が聞きたい。――だから、命令。必ず戻って来ること」

 

 嘘ではない。しかし、その言葉が全てでもないことも、秘めた想いにもマサトは気付かなかった。

 

「まぁ、それなりに頑張りますよ」

 

「やれやれ、そこは素直に従いなさい。――さっさと準備して来るように」

 

「はい。失礼します」

 

 礼儀正しく頭を下げ、退室する青年をサーシャは見送る。

 

「……はぁ、こっちの気も知らないで」

 

 話しておらず、この気持ちが本当にそれなのかも不明、相手はそもそも興味すらないので知りようが無いのだが。

 サーシャもそれは理解しているが、こっちは色々悩んでいるのに、あっちは何時も通り平静なのが腹立つのである。

 

「本当、面倒くさいよ。異界の烏さん」

 

 異界の烏とは、マサトのことだ。サーシャは何故、彼をそう呼んだのかというと、マサトの名前には雅の文字が有る。

 これには烏の意味があると最近知り、こっそりとそう呼称しているのだ。向の名もあるので、正しく異界の烏である。

 

「さて、僕も」

 

 出撃するわけではない。ただ、するべきことがあり、それは統治者として絶対にせねばならなかった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「これとこれを着けて。あとはあれを入れて。――よし」

 

「準備は出来た?」

 

「万全」

 

 部屋で、青年が黒を基調としたレザーコートと革ズボンを纏い、同色の籠手や脛当てを填める。

 黒でその身を包んだ黒髪の青年は、黒色の外套を纏い、一ヶ所に本を仕舞う。最後に自分の武器である黒い銃を、この前の外出で受け取った特注の黒色のホルスターにしまう。

 

「行って来る。また後でな」

 

「うん。直ぐに」

 

 戦場でまた、そう言い残して、互いに師匠である二人は一旦、その場で別れた。

 マサトが広場に着くと、そこには多数の騎士や将軍、官僚達が先に並んでいる。彼等の向こうにはマサトと彼等の主君足るサーシャが一つの椅子に座っていた。

 ――へぇ……。

 青年が到着し、全員が意識の差はあれど彼を見るが、軽装の黒衣と籠手と脛当てという、アンバランスなのに何処か不思議な一体感のある格好に何とも言えない表情だ。サーシャに至っては、本当に烏のようだと感じている。

 ――大丈夫か?

 青年がチラリとサーシャを見る。彼女は病の身。マサトや臣下達は冬が迫る影響の寒さで余計な負担が掛からぬよう、本来は建物の中で行いたかったが、サーシャの主君としてこれだけはさせて欲しいと言う強い要望があったので、彼等は折れ、やむ無くそうしていた。

 マサトが来たのは、他の人達と比べると遅めだが、遅刻という程でもない。ペコリと頭を下げ、来たことを告げた。

 

「マサト、参りました」

 

「ザウルの隣。そこへ」

 

「はい」

 

 彼女の淡々とした指示に従い、マサトはザウルの隣に立つ。それから数分もしない内に、主な者達が全員集結した。それを確認し、サーシャが口を開く。

 

「今日、国境付近の斥候からルヴーシュが四千の兵を引き連れ、攻めてきたとの報告があった」

 

 全員がやはりと言った表情だった。マサトも同様だ。

 

「君達には、それを食い止めて貰いたい」

 

 全員がはっと勇ましく了承する。そんな彼等を見て、サーシャは暗い表情を浮かべた。

 

「……戦姫である僕が不在の中で、戦姫と戦わせることになる君達には本当に申し訳なく思っている。主の不甲斐なさを許して欲しい」

 

 病さえ無ければ。自分は彼等と共に戦場に立てた。余計な負担を減らせた。それがまったくできない自分とその原因たる病に、サーシャは憤りを感じていた。

 

「何を仰いますか、戦姫様」

 

「そうです。あなた様の身を考えれば、それは当然のこと」

 

「例え、我等だけでも勝って見せましょう」

 

「案外、容易く勝ててしまうかもしれませんな」

 

「そうだと嬉しいね」

 

 その時、サーシャは少しだけ目を動かす。見たのは、他とは違う静けさを纏う一人の青年だ。

 焦りも無く、かといって余裕があるのとまったく異なる。ただ、静かだった。そんな彼に苦笑すると、視線を全体に戻す。

 

「――話はここまで、君達に告げる。全員、ルヴーシュを迎え撃つべく、出陣せよ!!」

 

 主の命令に全員が猛々しく頷き、けれど、静かに部屋を出ていく。

 ――頑張って。

 そんな戦士達を、悔しさの余り、手を強く握り締めながらサーシャは静かに見送った。

 

 

 

 

 

 それから二日後の朝と昼の間頃。マサトやザウル、多くの騎士や将軍を含めた三千のレグニーツァ軍は除雪された道を進み、ボロスローの城砦に到着。

 前から守っていた一千の城兵達と合流し、計四千となった。ザウル達は城兵達に現在の状況を詳しく聞くと、直ぐに主な者達に会議室に向かうように通達する。

 ――凄いな。

 マサトは初めての城砦に何とも言えない迫力さを感じる。鼓動を高鳴らしつつ、内部を歩いていく。

 

「どうかな?」

 

「……レグニーツァの公都のとは、また違った迫力がありますね」

 

「それは何より。貴殿には初めてでしょうな」

 

 二人の会話に、一人の船乗りが話しかける。マトヴェイだ。彼は勿論、国を守る戦士としてここにいる。

 三人は城砦の執務室に入る。十数人の武官達が座っており、三ヶ所席が空いていた。

 マサトが他の人達を一度見渡すと、ザウルにそこに座るように促される。マドウェイと一緒のタイミングで席に腰掛け、軍議が始まった。

 それを告げたのは、ザウルだ。彼は今回の総大将であり、サーシャの代理としてこの戦いで一番の権限と責任を持っている。

 彼の言葉を皮切りに、ここを守っていた城兵の将や隊長が現在の判明している限りの状況を事細かに話す。

 ルヴーシュは昨日の時点で、この城砦から離れた川の向こう岸に陣取っているとのこと。

 距離を考えると、エリザヴェータの判断次第では、早ければ明日には直ぐに戦うことになるかもしれない。

 ――でも、良かった。

 いや、こうなった以上は良くはないのだが。そるでも、明日には戦うかもしれないが、それは逆に言うと、今日はまだ戦わないことになる。つまり、今は開戦前なのだ。

 

「では、軍議を始める。早速――今回の戦いについての作戦を話す」

 

 これには、他の武官達がざわつく。相手は戦姫有りの軍で、こちらは戦姫不在の軍。

 ザウルもジスタード人の以上、この差を理解していないはずがない。なのに、何故彼は不安の色が薄そうなのか。武官達はまったく分からなかった。

 

「ザウル……。まさか、もう策を講じているのか?」

 

「あぁ。だが、これは私一人で考案したわけではない。彼の力あってだ」

 

 ザウルに促され、マサトは静かに立ち上がると、頭を下げる。

 

「……ちょっと戦えるだけの医師風情が、一端の軍師気取りか」

 

「ザウルが主だろう。あの者は一部が手伝ってだけだ」

 

「なのに、堂々としているのか。まったく」

 

「戦姫様の治療が多少上手く行ったからと言って、戦いまで上手くと勘違いしているのだろう。無責任な」

 

「それに確か、新入りの使用人までこの城塞に連れて来たらしいぞ。何を考えてるのやら」

 

 鍛錬しているところを見ているとは言え、治療にも精を出しているので武官達はマサトを医師と思っていたりする。仮に兵士であっても、新兵風情がと言うだろうが。

 彼等が批判をしていると、直後に物凄い音が執務室に響き、シンと静まる。その発生源は、黒髪の青年からだった。

 

「――ごちゃごちゃうるせえぞ、てめえら。下らねえ事を言ってる暇があったら、黙って聞いてろ」

 

 サーシャやザウル達の前での礼儀正しい口調や、オルガやゼロと話す時の気楽な口調とも違う、粗暴極まりない言葉使いが、マサトの口から出る。

 

「な、何だと!? 貴様、何様の――」

 

「……だから、黙ってろっつてんだよ。――潰すぞ」

 

 冷たく暗く深い闇のような声色と、憤怒と狂気が宿る炎のような眼差しに、大声を出そうとした武官は全身から寒気がして、思わず口を紡ぐ。

 周りの者達もだ。その中には、マサトとの試合で勝った者もいるにも関わらず。

 動揺せずにいられたのは、一度感情剥き出しの彼を見たことのあるザウルやマドウェイぐらいだが、その二人も僅かにだけだがたじろいでいた。

 

「あんたらのすべきことって何? くっだらないお喋りして、貴重な時間を潰すことか? それがレグニーツァを守るってことか? はっ、随分とお気楽で無責任だな」

 

「そ、そんな訳が無かろう!」

 

「じゃあ、何で無意味な中傷をしたわけ? 反論するわけでもなく、他の意見を出すわけでもなく。中傷して自分の気を紛らわせて、満足したかった?」

 

 声を荒げ、違うと反論する武官達だが、的を突く言葉に射抜かれ、黙ってしまう。

 

「……我等は病で戦えぬ戦姫様の代わりとしてここにいる。あの方は御自身の役目を果たせず、どれだけ苦悩されておられるか……分からぬとは言わせんぞ」

 

 彼等は自分達の主を思い出す。戦姫は、統治者として公国を守らねばならない。竜具が側にあり、戦姫であり続ける限り。

 なのに、サーシャは病があるために全う出来ない。それは相当な苦しみのはずだ。

 

「その事を忘れ、己の感情を優先し、話を聞こうとせぬと言うのなら、レグニーツァを守る戦士足る資格は無い。今すぐこの部屋から、城塞から出ていけ」

 

 武官達は、誰も部屋から出なかった。ザウルの言葉で不満が全て無くなった訳ではないが、仕える主の苦悩や自分が生まれ育った公国を守りたい意志から、一先ず自制をしたからだ。

 

「では、今から説明致します」

 

 複雑過ぎる空気の中、欠片も気にしないマサトはコートから本を取り出し、作戦を丁寧に説明していく。

 

「――というわけです。どうでしょうか?」

 

 四半刻掛けて、作戦の説明が終わる。その頃には武官達は、様々な感情を表情に浮かべていた。納得した者もいれば、不安視する者もまだ気になる点がある者もいる。

 

「質問は?」

 

 三人程が挙手し、ザウルは一番近い者から話すように指示する。

 

「納得はした。説得力もある。しかしだ……重要な部分が欠けておる」

 

「エリザヴェータ=フォミナ様、ですね?」

 

「そうだ」

 

 実のところ、マサトがオルガやザウル達と一緒に考案した策は、多少通常の範疇からは越えているものの、誰でも思い付ける範囲の物だったりする。武官達もこの場で話されなくても、何れは思い付いただろう。

 だが、却下していたに違いない。何故なら、戦姫であるエリザヴェータの存在が大きすぎるのだ。

 戦姫はその武力と、超常の力と桁外れの強度を持つ竜具の組み合わせにより、一人で千の兵に値する正に一騎当千の強者。エリザヴェータはその一人。

 先ずは彼女を何とかせねば、勝ち目そのものが無い。どんなに綿密な策を練ろうが、力業で突破されかねないからだ。

 

「フォミナ様に対しては――自分が対処に当たります」

 

 ざわめきが起こる。一騎当千の強者と、一番の実力者ではない彼が戦う。はっきり言って、無謀だ。

 

「……勝てるのか?」

 

「勝算はあります」

 

「それは私も保証する。何しろ、戦姫様が認めたほどだ。この策自体もな」

 

 武官達全員が、予想だにもしなかった表情を浮かべる。

 

「ほ、本当なのか?」

 

「嘘を言ってどうする。そんなことをすれば、戦姫様に対する背信だぞ」

 

 正にその通り。サーシャの名を出す以上、嘘は謀反と変わらない。臣下として出来るはずが無い。

 

「つまり、この策も、彼の出番も、戦姫様の指示そのものという訳だ。異議を唱えるなら――これを上回る策を出すか、私に無傷で勝って見せろ」

 

「ぜ、前者はともかく、後者は何故、お前なのだ」

 

「戦前に、無駄に疲れさせる馬鹿が何処にいる。それに、彼の本来の実力は私も認めた。なら、お前達も私に認めさせる以外に考えを変える理由も必要も無い。第一、我等には余裕も無いのだぞ」

 

 そう、不利な自分達に余裕があるはずがない。こうして一々話すのも避けるべきなのだ。

 

「最後に一つ。戦姫様も私も、将として勝利のために考え、判断している。そこに私情などは一切存在しない」

 

 兵の命を、勝敗を左右する策なのだ。私情など挟む余地は無い。

 

「まだ不安なら、この策や判断を行なう全ての責任を私が背負う。これで文句はないだろう?」

 

 この戦いの総指揮官にそこまで言われては、武官達は黙るしかない。

 

「意見、疑問、反論。何れかが有れば、聞きますが」

 

 もう無いようで、武官達は誰も挙手しなかった。

 

「では、解散。準備に取り掛かってくれ」

 

 話が終わり、武官達は次々と立ち上がると執務室を後にする。残りはマサト、マドウェイ、ザウルの三人となる。

 

「さっきはよく、あそこまで言えましたね」

 

「あぁでも言わなければ、納得はしませぬよ」

 

「ありがとうございます」

 

 礼を告げるが、だからと言ってマサトはザウルの為にも、という理由で戦いはしない。青年の理由は何時だって一つだけ。人の命を一つでも多く守る。これだけだ。

 

「あとザウルさん、一つ頼みたいのですが」

 

「何をですか?」

 

 説明し忘れたことでもあるのだろうかと、ザウルは考える。ならば、今の内に聞いて置きたい。

 

「自分は、今からあるところに行きたいのですが、その許可を貰いたいのです」

 

 戦う前だというのに、行きたい場所がある。そう告げた彼にザウルやマドウェイが疑問符を浮かべた。

 

「そのあるところとは?」

 

「――ルヴーシュの陣地です」

 

 

 ――――――――――

 

 

「――止まりなさい。今日はここで陣地を築きます」

 

 冷たい風が吹く夕暮れ前、一人の女性が自分の背後にいる者達に指示を伝える。

 彼女の命令に従い、甲冑を纏った騎士や兵士達が動く。その間、女性は視線の彼方にあろう、ボロスローの城砦を冷ややかに眺めた。

 彼女こそ、エリザヴェータ=フォミナ。レグニーツァの領内に攻め込んでいるジスタードの公国、レグニーツァの隣にある同国の公国、ルヴーシュを統治する、戦姫と呼ばれる赤い長髪の若き美女だ。

 そして、ドレスの様な見た目からは想像も出来ない、一騎当千の実力者でもある。

 ただ、彼女を見て最初に目が付くのは、優れた容姿でもその大胆な服装でも無く、瞳だろう。

 『異彩虹瞳(ラズイーリス)』と呼ばれ、彼女が統治するルヴーシュでは吉兆と崇められるが、大抵は気味が悪いものとして扱われていた。

 彼女はこんな冷たい日の中でも平然としているが、これは腰に掲げた鞭型の竜具、ヴァリツァイフがあるためだ。

 雷の力を操るこの竜具が、主足る彼女を寒気から守っているのである。

 話を戻し、エリザヴェータが四千の兵と共にレグニーツァに来たのは、夏に起きた海賊討伐の時に発生したレグニーツァの失態の責任を問うためだ。『表向き』は。

 本来の目的は、ブリューヌの二大貴族、テナルディエとガヌロンの両方に頼まれ、このレグニーツァの隣にあるもう一つの公国、ライトメリッツの戦姫、エレオノーラ=ヴィルターリア、愛称エレンをこのレグニーツァに誘い出すため。

 もう一つは、自分と因縁ある彼女と戦い、今の自分がどこまで通用するかを試す為だ。あとは、この戦いを期に貧しい村に稼ぐ機会を与える、と言うのもあった。

 ――さて、何日で片付くかしら。

 余裕に満ち溢れているエリザヴェータだが、これは戦姫が一騎当千の猛者ばかりであることが理由だ。

 戦姫には同じ戦姫をぶつけるか、相当な大軍か綿密な策を用意するしか対処法が無いに等しい。

 そして、今いるレグニーツァの戦姫、サーシャは戦いなど無謀とも言える程の病人なのだ。

 故に、戦姫であるエリザヴェータを同じ戦姫のサーシャで止める方法は使えない。これでレグニーツァに勝てる要素など、皆無と言って良いだろう。

 だからこそ、エリザヴェータはそう考えていた。仮にレグニーツァの兵が応戦したとしても、彼女は余裕で対処可能と断言するだろう。

 但し、油断をするつもりは無い。何らかの策を狙っている可能性は充分あるからだ。

 例えば奇襲や夜襲。着いたばかりなら、間に合わせはともかく、完全な陣地も築けていないので防御には幾分か不安がある。自分が向こうなら、これを狙うだろう。

 ――そう来ても、簡単に対応するだけだわ。

 これぐらい、エリザヴェータは普通に予想している。そして、寒さによる負担や、夜襲への危険性、戦術が常道過ぎるため、この策は使ってこないだろうとも。

 その後も色々考えていると、ナウムという名の騎士に話しかけられた。即席の幕舎が出来たようで、そこで休まれてはとのこと。

 エリザヴェータは素直に聞き入れ、身体を休めようと幕舎の方へと足を動そうとした。

 その時だ。彼女の視界の向こう側に影が見えたのは。しばらく待つと、馬に乗った人がこっちに近付いてきていた。

 エリザヴェータと兵士達がしばらく様子見すると、その者は武器を所持していないのが分かった。おそらくは、使者だろう。

 その人物は男性で、平均的な背に茶色の髪と青い目が特徴だった。十五分後、男性はルヴーシュの陣地の目前に到着。兵士達やエリザヴェータに恭しく一礼する。

 

「初めまして、フォミナ様。アレクセイと申します……」

 

 男性は何処か、焦りを感じさせる様子ながらも、名を告げた。見せまいと直ぐに引き締めたが。

 

「何用ですの?」

 

「フォミナ様と、話をしに参りました」

 

 それを聞き、エリザヴェータは悩む。大体は分かっているが、向こうが何の話しに来たのか少し興味があるのだ。

 

「良いでしょう。向こうに幕舎があります。付いて来なさい」

 

「感謝致します……」

 

 エリザヴェータは数人の兵士とアレクセイと名乗った男性を連れ、幕舎へ入る。一番奥にある椅子に腰掛けると、彼と向き合った。

 

「大変でしょうに、よく来ましたわね」

 

 怒り心頭のレグニーツァ側が、よく使者を出せたものだ。普通、侵略者に対して話をする余裕など無いと一喝されそうなものだが。

 

「え、えぇ。何度も説き伏せて、漸く――」

 

「あらそう。それで、私に何の話をしに来たのかしら?」

 

 興味なさそうに話を遮り、エリザヴェータは本題を問う。使者は緊張で汗を掻いたか、布で素早く拭ってから答えた。

 

「はい……。恐れ多くも、レグニーツァから立ち去って頂きたいのです」

 

 ――やっぱり。

 不利なレグニーツァとしては、出来るのなら戦う前に収めたい。そんなところだろうと思っていたが、そのままだった。

 

「却下ですわ。退く理由がありませんもの」

 

「恐れながら……。このまま戦いになっても、互いにとって良い結果になるとは思えませぬ」

 

「そうかしら? 先ずは、そちらの責任をしっかりと果たせるわ」

 

 マルクはこのまま攻めれば、海賊の討伐の一件の謝罪を受け取れないと話すが、エリザヴェータはそう返す。

 

「しかし、互いの公国の関係は悪化し、次からの大事の際の連携に重大な支障を来すかと……」

 

「それはそちら次第でしょう? 大体、元はと言えば、貴方達のせいですわよ?」

 

「ですが……」

 

 確かに、それはエリザヴェータの方が正しい。どう言おうが、結局はこちらが加害者なのだから。

 

「貴方達がどう言おうが、私は考えを変えませんわ」

 

 他にも、攻めることへの不利益を話そうとするマルクだが、その前にエリザヴェータに一蹴されてしまった。

 

「……分かりました。貴重な御時間を使わせてもらい、感謝致します」

 

 これ以上は無駄だと悟ったのか、心底残念そうな表情のマルクは渋々、話を切り上げた。

 

「貴方達、彼を案内なさい」

 

 茶色の使者は深々と頭を下げると、ルヴーシュの臣下数人の案内を受け、陣地の外に出ると馬に乗ってボロスローの城砦へと向かった。

 

「余計な時間を使いましたわ」

 

 幕舎で雷渦の戦姫はつまらなさそうに呟く。最初から結果が分かっていたのだ。わざわざ呼ぶ必要は無かっただろう。追い返しても良かったかもしれない。

 

「にしても、少しは攻めの姿勢を見せて欲しかったですわね」

 

 とはいえ、勝ち目の無い向こうとしては、下手に出るしかないだろう。迂闊に挑発してこちらの機嫌を損ねるのは、レグニーツァにとって最悪の事態なのだから。

 

「さて、明日から始めるとしましょう」

 

 エリザヴェータは軽やかに告げる。今の彼女にはさっきの使者のことなど、気にも止めなかった。

 しかし、彼女はまだ知らない。さっきの使者は、確かに戦いを未然に止めるために来たが、目的がそれだけではないことに。

 そして、さっきの使者の正体にも、彼女はまったく気付けなかった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「――寒」

 

 夜、ボロスローの城砦前で、アレクセイと名乗っていた人物はぶっきらぼうにそう呟く。

 表情も、エリザヴェータの話した時とはまったく違う、不愉快や怒りに満ちていた。

 

「『アレクセイ』です。開けてください」

 

 声を出す。それから三分後、大きく部厚い城門が開かれ、数人の兵士が彼の入城を促す。

 城に入ると、彼は兵士達にザウルの居場所を尋ねる。今は執務室で作戦の微調整を行なっているとのことなので、其処に向かう。

 

「宜しいですか?」

 

『貴殿か、入ってくれ』

 

「失礼します」

 

 アレクセイは礼儀正しく入室。ザウルと顔合わせする。部屋には騎士達が数人おり、入ってきた彼を見ていた。

 

「……こうして見ると、声を聞かぬ限りは別人としか思えぬな。――マサト殿」

 

「しっかりと変装してますからね」

 

 アレクセイ、と名乗っていた茶色の男性。その正体は、力の付与による疑似髪や瞳で髪の長さや髪型、瞳を染め、瞳や髪の色を変更し、別人に変装していたマサトだった。

 その理由はただ一つ。戦いを止めるためである。ザウルやマドウェイからすると、切札である彼に危険が及ぶこの行為は避けたかった。万一の逃走も視野に入れているのもある。

 しかし、マサトが一番平然としていられ、尚且つ演技もこなせる自分でなければならないと語り、納得せざるを得なかったために許可した。

 結果は残念ながら失敗したが、同時に戦いに関しては成功もしている。完全に布石を仕込むことが出来た。

 

「お湯ありませんか? 色を落としたいのですが」

 

 疑似髪だけでなく、本来の髪も全部着色していたので、お湯で落とす必要があった。

 

「直ぐに持って来させましょう。あと、腹も空いたでしょう。ご飯も用意させます」

 

「助かります」

 

 途中、貰った干し肉を幾つか食べたが、それでも結構腹が空いていたので、食事にさせてもらうことにした。

 

「それで、結果は?」

 

 マサトがエリザヴェータとの話について語る。それを聞いて、ザウル達はがっかりした様子だ。

 

「……力及ばず、申し訳ございません」

 

 過ぎた話だが、もしこの話し合いでエリザヴェータを説得出来れば、戦いそのものを避けられたのだ。それがこなせなかった。マサトとしては、非常に悔しい。

 

「いや、貴殿はやるべきことをこなしただけだ」

 

 ザウルからすれば、話を聞こうとしない向こうが悪い。寧ろ、マサトに良くやったと言いたいぐらいである。

 

「……しかし、本当に何が目的なのだろうか」

 

「それなんですよね……」

 

 強引にでも攻めてきたから以上、そこには何かしらの思惑が絶対にあるはず。

 しかし、それはこちらの失態を問うためでは決してないことは確実だ。では本当の理由は一体何なのか。

 ――……分からないな。

 この城砦を落とし、お金を得るのも考えたが、たったそれだけで両国の不仲を招いてまで来るだろうか。かなり無理がある。

 他にも幾つか考えるも、納得できる答えが出ず、マサトはそれについての思案を止めた。

 話し合いで済ませられなかった以上、レグニーツァとルヴーシュの戦いはもう止まらない。

 ならば、全力で力を尽くし、この戦いをレグニーツァの勝利によって一秒でも早く終わらせる。それが自分に出来る、唯一にして最善の選択だった。

 

「貴殿はこれからどうする?」

 

 策の内容事態は既に頭に叩き込んでいる。微調整に関しては、経験がある自分達がやる予定だ。

 

「自分も微力でも力になるよう、手伝います。少しでも成功率を上げたいので」

 

「分かりました」

 

 髪を洗い、食事を取ったあと、マサトを含めた彼等は夜遅くまで話し合いを続けた。

 

「今日はここまで。後はゆっくりしてくれ」

 

 深夜になり夜の軍議が終わって武官達、その後にマサトもいなくなった部屋で、ザウルとマドウェイは彼の後ろ姿を眺める。

 

「ザウル、本当に彼を信頼しても大丈夫なのか? 例えば、この策をルヴーシュに持ち込んだ可能性も無くはないだろう」

 

「かもしれぬな。だから、お前にはこれを見せておく」

 

 ザウルが服の中から取り出したのは、ある手紙だ。マドウェイが受け取り、読んでいく。

 内容は、マサトがザウル達と一緒に考えた策がルヴーシュに知れていた場合に備えての対策が記されていた。

 これを知るのはサーシャとザウルだけで、マサトは一切知らない。

 

「戦姫様も私も、彼を無条件で信じている訳ではないと、いうことだ」

 

 何しろ、レグニーツァの平和がかかっているのだから。

 

「……成る程。私もまだまだ未熟だな」

 

 余計な心配だったなと、マドウェイは自分の浅慮を恥じた。

 

「そして、この戦いは彼を知る良い機会でもある」

 

 彼が何時も言っている言葉が本当なのか、嘘なのか。全ては分かりはしないだろうが、ある程度は分かるだろう。

 異界人、向陽雅人が自分達の味方か、敵なのかも。

 

 

 ――――――――――

 

 

「ちょっと疲れたかな」

 

「ご苦労様、マサト」

 

 深夜、一室で色々と頑張った異界人を戦姫である少女が労っていた。オルガだ。

 彼女はサーシャに申し込み、戦闘には絶対に介入しないのを条件にこの城塞に来させてもらったのである。少しでも、青年やザウル達の力になろうと。

 

「果実水飲む?」

 

「少しだけ」

 

 オルガはとことこと歩いて、陶器の杯と果実水の瓶を持って机に置き、ささっと注ぐ。

 

「レナータも飲まない?」

 

「いや、わたしは……」

 

「良いから良いから」

 

 別の杯を用意し、同じ果実水を注ぐ。最初は躊躇うが、飲まないのはどうかと考え、味わうことにした。

 

「うん、中々。どう?」

 

「マサトと同じく。特別上手くはないが、飲みやすい」

 

 軽い一杯を飲み干すと、オルガから話を切り出す。

 

「勝てそう?」

 

「さぁ、推測の域だけど――二割前後。そんなところだな」

 

 

 これはオルガの実力を基準に考えた勝率なので、エリザヴェータ相手となると正確ではない。

 暫定の二割の確率しかないが、こちらは戦争未経験者で、あちらは歴戦の強者。それを考えると高い方だろう。

 

「まぁ、そもそも――勝率はまったく重要じゃないんだけど、な」

 

 勿論、勝つつもりはある。但し、それは二の次。最優先は目的の達成だ。

 

「……わたしとしては、マサトに勝って欲しい」

 

 日々の努力を見ている者としては、侵略者よりも青年に勝って欲しい。そう願うのは当然だろう。

 

「難しいな。あっちだって、努力はしてるだろうし」

 

「……の割には、一切不安を感じないな」

 

 寧ろ、余裕を感じそうなぐらい堂々としていた。

 

「不安、か。そういうのは考えない。それよりも俺は、ただこなす。それだけを考えてる」

 

 マサトは何時もそう考えて現場に望んでいる。どんなことに対面しようが、一人でも多く助ける。それだけを想い、動いていた。

 不安、重圧など、そもそも頭に無く、恐怖も危険を察知する程度しかない。はっきり言って異端だ。

 

「……ただこなす、か。やっぱり凄い」

 

「参考には、して欲しくはないけどな……」

 

 成長する糧である、苦悩と期待。これらを放棄したからこその考え。正直、これからも成長し続けるだろう、オルガには身に付けて欲しくない。

 

「そうだ、レナータ。今の内に言っとく。色々手伝ってくれて、ありがと」

 

「……嫌な予感がするから、そういうのはあまり聞きたくない」

 

 まるで、この戦いが終わる頃には、マサトがこの世にいなさそうな不吉な予感のする台詞だった。

 

「……人なんざ、何時死ぬか分からないからな。物言えなくなる前に言った方が良いだろ」

 

 ――今の……。

 台詞の前半、青年の黒い瞳が深い悲しみの色に染まっていたのを、オルガははっきりと見た。

 きっと、例の亡くなった親しい人物ことだろう。だが、その事には触れない。

 

「……確かにそうだ。だが、わたしはこの戦いが終わったあとに、またその台詞をまた聞きたい。だから――生きて帰ってほしい」

 

 純粋さだけで構築された頼みを聞き、マサトははぁとため息を吐く。

 

「我が侭な台詞だな。まるで、子供だ」

 

「そうだ、わたしは子供だ。半年にも満たない付き合いで、マサトのことはまだまだ知らない。だが――自分なりに親しいと思う相手の無事を祈って、何が悪い」

 

 オルガは胸を張って言い放つ。一方のマサトは予想外の反撃を食らい、目をぱちくりとする。

 

「ははっ、あははっ……! 完全に一本取られた! お前の言う通りだよ。くくくっ……」

 

 直後にマサトは大爆笑する。心の底から楽しそうだ。

 

「一本取られた。つまり、わたしの勝ち。なら、勝者として敗者に命ずる。この戦いを勝利に導いて、生きて戻って来ること。以上!」

 

「口は、達者になったな」

 

 呆れた表情で、マサトはやれやれと手を広げる。

 ――アルシャーヴィン様といい、こいつといい、広まってるのかね?

 それとも、偶々同じなだけか。何れにせよ、自分の返答は一つだけだ。

 

「最優先、次の優先があるから、三番目に頑張ってやるよ」

 

 一番目は勿論、最低限の役目の達成である。二番目は最上の達成だ。

 

「期待する」

 

「すんな。お前は使用人として、戦いで負傷した人達の手当てをしろ。それだけが役目だ」

 

「……むぅ」

 

 突き放す言い方だが、青年なりの思い遣りが詰まっているのを、少女は理解していた。

 

「さっさと歯磨いて寝るぞ」

 

「……分かった」

 

 戦前ながらも、何処かほのぼのとした時間は流れていった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 翌日の昼。日差しが照らすボロスローの城塞。城には四千、外にも四千。レグニーツァ、ルヴーシュ、両公国で計八千の兵が数百アルシンの距離で向き合う。

 九割九分九厘以上の割合で男性しかいない中での、極稀な女性であり、ルヴーシュ軍のトップのエリザヴェータが左右で異なる色の瞳でボロスローを見据える。

 

「――始めなさい」

 

 主の指示を受け、側近達が周囲の兵に指示を伝えていく。数分後、ルヴーシュ軍、四千の中から五百の騎兵が動いた。

 彼等は石や矢のなど武器が届く範囲手前まで近付くと、其処で停止。大声を上げる。

 

「おーい、レグニーツァ。出てきたらどうだー?」

 

「俺達は何時でも戦えるぜー? 何なら、この数だけでやってやろうかー?」

 

「もしかして、怖じ気付いたのかー? それとも、レグニーツァは腰抜けしかいないのかよー?」

 

「ははっ、戦姫様が病弱で不在なんだから、それを言い訳にして引き込もってるんだろ!」

 

「部下達がそんな連中しかいないなんて、そっちの戦姫様は可哀想だな! 自分達だけで勝とうって気になれないのかよ?」

 

「止めとけ、止めとけ。臆病者ばかりがいるのがレグニーツァなんだよ、はははっ!」

 

 ――……我ながら、聞くに耐えませんわね。

 損傷を最低限に抑え、尚且つ一刻も早くボロスローの城塞を制圧するため、自分で提案し、実行を指示して置いてなんだが、自分の軍が言ったとは思えない、耳障りな内容ばかりである。

 しかも、馬鹿にするような行動、踊りや手招きなど、甲冑を脱いだり、寝転がる者もいた。

 五百の兵達はしばらくの間、何度も何度もレグニーツァ軍をひっきりなしに罵倒。二刻の時間が経つと、エリザヴェータは五百の兵達を連れ戻し、今日は後退を命じた。

 短い間に攻め落とす必要があるとはいえ、焦る必要は無い。数日の内にレグニーツァ軍が怒りで城から打って出ると確信している。その為のもう一つの策の準備も進んでいた。

 というか、そもそも、城攻めとは防御側の三倍の兵力を必要とする。戦姫の自分がいるとしても、力強くでは簡単に落とせない。力は戦姫がいない向こうに使うのは、体栽に響くので使えない。

 なので、エリザヴェータは最初から、野戦にさせるのを前提に策を練っていた。兵士達の罵倒もその為である。でなければ、こんなことをする気はさらさらなかった。

 ――何日で打って出るかしら?

 明日か、二日か、三日か、もしくは十日近く掛かるかもしれない。待つつもりはあるが、出来るだけ早く済ませたいとも思うエリザヴェータ。

 彼女にとっては、戦姫のいないレグニーツァなど、敵ですらない。単なる壁。さっさと壊し、本当の敵と戦いたかった。

 そう考えるエリザヴェータだが、彼女は後に思い知らされることになる。前にある壁は、自分が思っていたよりも遥かに険しく、強固な物であったことに。

 

 

 

 

 

 ルヴーシュ軍がレグニーツァに挑発を初めてから五日。

 エリザヴェータはこの日も、本隊の最前列でボロスローの城塞を見据えていた。

 未だに両公国はぶつかっていないが、その間のルヴーシュ軍の挑発は日に日に聞く者の怒りを強く刺激するものへとなっていった。勿論、今日も行われている。

 それでも、ボロスローの城塞の門は殻に籠ったかのように開かない。

 ――結構辛抱強いですわね。

 或いは、冷静な者達が必死に血気盛んな連中を抑えているか。此方は何時来ても良いよう、準備を整えているのだが。

 ――あと一日か、二日か続けましょう。

 それでも出てこないのであれば、必要な作業も完了したので、もう一つの策を実行する。

 そう決断すると、ボロスローの城塞方面から、騒がしい音が鳴る。しかも、徐々に音量が増していた。

 ――あら、来ましたのね。

 レグニーツァ軍の怒りが限界に達し、城塞から打って出てきたのだと。その予想は直ぐに来た側近の報告により、正しいことが証明される。

 ――手っ取り早く済みそうですわね。

 もう一つの策は必要無さそうだ。労力は無駄になったが、問題ない。作戦も事前に決めた通りに進んでいる。

 エリザヴェータは自分の馬に乗って兵を素早く的確に纏め、陣地の凄まじい怒声の雄叫びを上げながら迫るレグニーツァ軍を後退で城塞から離していく。

 常人なら足がすくむ光景だが、雷渦の戦姫は欠片も動揺していない。それ所か、充分な距離まで誘導すると指示を伝えると反転。

 馬の腹を蹴り、レグニーツァ軍に向かっていち早く動いた。ルヴーシュ軍も敵に向かって進む。

 エリザヴェータは自分の竜具、ヴァリツァイフを抜き取り、レグニーツァ軍の先頭がその射程範囲に入ると同時に振るおうとした。

 その時だ。先頭の列の一ヶ所が左右に別れ、その後ろから一人の人物が馬に騎乗した状態で迫って来た。

 その人物は髪も目も黒く、全身を甲冑や革鎧ではなく、黒衣で纏っていた。戦場には似合わない格好をしている男性。

 彼は腰から黒い何かを取り出すと、馬の背を蹴って跳躍。空から自分に迫って来た。

 エリザヴェータは黒鞭を振るう。一瞬で四十チェートまで伸びたその鞭は、音速に匹敵する速度でその人物に迫る。

 

「――甘い」

 

 対象は空中におり、自由に動けないためにその一撃は確実に決まるかと思われた。

 しかし、その人物の両手にある黒の何かから、三角状の刃らしき物が出現。その刃がヴァリツァイフの一撃を弾く。

 自身の一撃を予想だにしない何かで防がれ、エリザヴェータは一瞬だけ驚愕する。

 男性はその隙を狙い、三角の刃がある黒の何かを振るうが、黒鞭によって防がれ、刃を破壊された。

 

「――ふっ!」

 

 次の瞬間、エリザヴェータの視界が揺れる。乗っていた馬が視線の前に突き付けられた刃を見て、暴れたのだ。

 急いで馬の腹を蹴って地面に降り、その相手をしっかりと見る。

 

「貴方は……」

 

 その人物を見て、エリザヴェータは思い出す。格好や服装は違えど、夏の交渉時、倒れたサーシャを介抱しに来た青年を。

 

「――勝負だ。エリザヴェータ=フォミナ様。貴女と自分の一騎討ちです」

 

 それを告げると、マサトは己の黒銃を真っ直ぐから横に振る。次に顔も同じように動かした。

 ――面白いわ。乗ってあげましょう。

 エリザヴェータは不敵な笑みを浮かべる。とはいえ、興味があるだけが理由ではない。

 さっきの攻防でマサトは自分が対処すべきと判断し、激突状態のこの戦況から逃れ、捕獲されるのを避ける、自分の竜具で部下達を巻き込むのを避けたいからだ。

 後は、部下の能力を信頼している点もある。自分がいなくとも問題ないと。

 

「――退きなさい!」

 

 エリザヴェータが声を響かせ、敵味方は少しの間止める。その間に二人は走る。

 両軍の戦場から数百アルシン離れると、其処でマサトは足を止め、エリザヴェータも釣られるように止まり、武器を構えて互いに向き合う。

 

「ふふっ。まさか、貴方と戦うことになるなんて……面白い展開ですわね」

 

 情報には医師以外のものはなかった。障害になるかもしれないとは思っていたが、それは知恵者としてであり、戦士としては流石に予想外である。

 

「……」

 

 雷渦の姫のその言葉に、異界の烏は目を細める。こちらはまったく面白く無いのだから。

 

「あら、怖い目ですわね」

 

「こちらは、無駄話をしに来たのではありません。――貴女と戦いに来たのですから」

 

「良いでしょう。ただ、その前に、自己紹介して置きますわ。私は、『雷渦の閃姫(イースグリーフ)』エリザヴェータ=フォミナ」

 

「自分は、マサト。以上です」

 

「素っ気ないですわね。――では、行きますわよ?」

 

「――参ります!」

 

 杪秋の冷たい空気が流れる、ボロスローの平原で、ついにレグニーツァとルヴーシュの戦闘が始まった。

 

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