――先ずは、様子見ですわ。
腕のしなりを利用し、鞭を勢いよく真っ直ぐに振り下ろすエリザヴェータ。マサトの技量はさっきの攻防で見たが、まだまだ未知数。この一撃で正確に測ろうとしていた。
金色の雷を纏う、長大な鞭。身体に触れれば、確実に切断されて即死するだろう。それが波のように揺れながら迫る。
「――ふっ!」
その一撃を、マサトは焦ることなく、的確に避けながら前に進む。
刹那の差で死が迫り、その恐怖を刺激するように雷渦の風切りや火花の音が鳴るも、本人はまったく躊躇しない。
対するエリザヴェータは、一瞬だけ驚きながらも、直ぐに冷静さを取り戻し、後退しながら黒鞭を横に動かす。
しかし、これもマサトはかわしていく。複雑な軌道を描く鞭を。
――偶然ではありませんわね。
マサトは鞭か、それに似た武器の軌道に慣れている。だからこそ、この二撃をかわしているのだ。
――行ける!
この攻防の間に、マサトはエリザヴェータにあと一メートル半ほどまで接近。其処で彼は――黒銃を両方共、エリザヴェータの真上に行くように投げた。
――武器を捨てた!?
エリザヴェータは思わぬ行動を意表を突かれる。一瞬の間に様々な考えが巡り、外套に隠している本当の武器で自分を倒すためだと判断したが、それにしては互いの距離が短すぎる。
――徒手!
素手で身動きを封じ、自分を倒す気なのだと確信。こんなところで使うとは思わなかったが、接近に対処するには鞭のままではしにくい。故に使う。
「――『鋼鞭(クスタル』」
ヴァリツァイフが、変化を見せる。四十チェートまで伸びていた鞭は半分以下の長さの、真っ直ぐな棒状へと。
――棒状!? 接近戦型か!?
鞭の武器であるが故に、そのままだけだと思っていたが、どうやらヴァリツァイフは使い手の意志に応じて形状を変化させられるらしい。これは完全に想定外だった。
――でも、それならそれで!
別方向の対処が可能になる。寧ろ、マサトにとっては好都合だった。
素早く迫る雷光の突きを身体を横にしてかわし、突き出しに使ったエリザヴェータの右腕を両手で掴む。
そして、ぐるんと振り回してエリザヴェータの体勢を崩しつつ、ザウルの最初の仕合時と同じように右肩を左腕で抑え、彼女の右腕を自分の右腕で動かし、最後に地面に倒して極める。
――な、何ですの、この動き!?
見たことない体術にエリザヴェータは完全に抑えられた。彼女は自衛隊や、そこにある格闘術を知らないので、喰らっても無理は無いだろう。
「乱暴で済みませんが、関節外させて貰います!」
――負ける……!?
このまま関節を外されたら、利き腕は当然使えなくなる。いや、確実を求めるなら残りの腕も外そうとするだろう。
――そんなの……却下ですわ!
右腕に力を込める。普通なら、極まれている状態でそんなことをしようが、腕を痛めるだけだ。そう、『普通』なら。
「無駄です! 完全に極めて――」
続きを言おうとしたが、その前にあり得ないことが起きる。
完全に抑えているはずのエリザヴェータの右腕から、とてつもない力が発揮され、身体を持ち上げられた。
咄嗟にしがみつこうとしたマサトだが、そのまま力任せに放り投げられ、地面の激突。空気を吐き出し、転がる。
――な、なんだ、今の……!?
エリザヴェータの右腕は完全に極めていた。それなのに、彼女の右腕から出鱈目な力を発揮され、無理矢理放り投げられた。
転がりながら体勢を立て直し、ある仕掛けで近くに落ちた黒銃を引っ張っていく。
「……危ないところでしたわ」
雷渦の閃姫は着いた土を払うと、険しさを帯びた左右で異なる瞳でマサトを睨む。
自分の認識が甘かった。さっきは力を使わねば危うく、敗北するところだった。
マサトは最初から全力で自分を倒そうとしている。実力も、戦姫と最低限戦うだけはある。底も計り知れない。こちらも全力で戦わなければ行けない相手だ。
「――ここからは一切油断しませんわよ?」
――……千載一遇の機会を逃したな。
犠牲を最小に留めるべく、無意識の油断がある、最初の攻防で決めたかったのだが、予想外の力のせいで失敗してしまった。徒手による奇襲ももう通用しないだろう。
――にしても、なんだあの力?
極められた状態から拘束を無理矢理外した上に、片腕だけで大人の男一人を強引に投げ飛ばした。明らかに、女性が身に付けれる範囲の力ではない。異常過ぎる力だ。
『――マサト、彼女のあの右腕だ!』
近くにより、それを感じたゼロがマサトだけに聞こえるよう、調節して話す。
「何が?」
『あの腕から、前に言った「何か」を感じる!』
マサトは前にゼロが言っていたのを思い出す。エリザヴェータから、不快な何かを感じると言ったのを。そして、ゼロが感じた腕からあの異常な力が発揮された。
――つまり……。
あの力は、その『何か』によるものだと言うことになる。一騎当千の強者に、超常の力を持つ竜具。更には、異常な膂力。
――ヤバいにも程があるな……。
これでは、極めるのが難し過ぎる。それに接近戦も危ない。とはいえ、気絶させるには近距離でなければ困難だ。より一層、集中力を高める必要があった。
――それと……。
さっきの力について知りたいため、エリザヴェータに鎌をかけることにした。
「大した力ですね。――『得体の知れない相手』にからでも貰いましたか?」
「貴方……!」
――この力について、知っている……!?
エリザヴェータは思わず、右腕を抑える。彼女は怪しまれるのを避けるため、これを誰かに話したことは一度も無い。マサトがここまで具体的に話せるはずがなかった。
エリザヴェータは思わず警戒してしまうが、マサトは単なる勘で発言しただけだったりする。
「……何者ですの?」
――言う気は無い、と。
鎌をかけたが、エリザヴェータは言わない。ただ、あの力は彼女にとって後ろめたいようにも感じる。でないと、腕を抑える行動を取った意味が無い。
何にせよ、情報は一切得られなかったので、返事をする。
「レグニーツァで働き、戦う者ですが?」
「……そう」
――話す気は無いということね。
ならば、選択肢は二つ。生かして情報を得るか、ここで始末するか。エリザヴェータは後者を選んだ。
マサトを生かして置く特別な理由もなく、余計な噂でも流されては、たまったものではないからだ。
ヴァリツァイフを鋼鞭から元の鞭に戻そうとしたが、その前にマサトが黒銃を二つとも突き出す。
奇妙に思ったエリザヴェータだが、その砲口に力が集まっていくのを見て、変えるのを止めて構える。
自分に向けられた力が最大まで集束され、エリザヴェータも力を溜めていくが、マサトが双黒銃を突然在らぬ方向に向け、生命の流れを放つ。
当然、流れは明後日の方向へと放たれていく。その一連の流れを怪訝に思うエリザヴェータだが、突然足が強く引っ張られて体勢を崩された。
何が起きたのか。それを確かめる余裕も無く、マサトが迫ってきた。
「――この!」
エリザヴェータは片足で踏ん張りつつ、鋼鞭を解除。九つに分けた鞭をしならせ、捻ることで、縦横無尽に複雑に舞う鞭で迫るマサトへの反撃と防御を同時に行なう。
マサトはその乱れ舞う雷鞭を後退、前進、左右、跳躍と、あらゆる移動で回避していく。
――これも慣れている……!?
ただの鞭はまだ分かる。しかし、九つに分かれる鞭はこの雷渦ただ一つのはず。今まで戦ったことも無い以上、初見でここまで回避するのは不可能に等しい。なのに、マサトは避けていた。
その理由はただ一つ。マサトが数日前からオルガに頼み、疑似ヴァリツァイフでの訓練――言わば、対エリザヴェータ戦用の訓練を行なっていたからだ。だからこそ、エリザヴェータと渡り合えていた。
――きつい!
とはいえ、マサトとしてぎりぎりだった。雷渦の動きは鍛錬で見た時よりも遥かに複雑でキレがある。回避に専念するのが限界なのだ。
一体充分な距離にまで後退。深呼吸を数度行い、平常な状態で集中する。
――予想はしてたけど……本物は全然違うな。
オルガは徐々に鞭の扱いには慣れたが、それでも腕前は本来の得物には遠く及ばなかった。
一方で、エリザヴェータは正真正銘の使い手。技の精度も練度も圧倒的に上だ。それでも、こうして回避は出来るのだから、成果は充分にある。
――……全然違う以上、直ぐには不可能。一度、戦法を変えるか。
接近戦だけでは、こちらの体力の消耗が激しい。対して、あちらは鞭として振るえば消耗が少ない。このままでは、何れ捕捉されるのは確実。
体勢を変え、右脚で左脚を隠すと黒銃を真っ直ぐ構えて力をチャージ。そして、さっきと同じように発射寸前にまた黒銃をずらし、左右で一発ずつ射つ。
弾はかなりの速度で進むが、進路はやはり、エリザヴェータとは擦れている。
――また陽動?
さっきの二度の攻防で、エリザヴェータはマサトの戦い方をある程度推測している。陽動を重点とした、不意を突くものだと。
ならば、適当な方向に放たれた力は無視し、マサトだけに集中すれば良い。そう思った瞬間、ざわっと身体が反応した。危険が迫っていると、戦場で培った勘が告げているのだ。
まさかと思い、弾を見ると、さっきの二発が途中で軌道を変え、自分に向かっていた。
――陽動に見せかけて……!
弾こうとしたが、その前にマサトが追加の弾を放ってきた。最初の二発は移動で避け、嵐のように迫る弾の雨を雷渦で弾き落としていく。
十数秒間、命と雷がひっきりなしに激突し、戦場を火花や残滓で次々に彩っていく。
――妙ですわね。
今放たれている弾丸はどれも、直線的な物ばかり。さっきの途中で軌道が変わる物が無い。変わる前に打ち消してるか、或いは何かを狙っているか。
――十中八九、後者。けど、問題は何を狙っているか。
エリザヴェータがそう思った瞬間、いきなり足が締め付けられる。思わず下を見ると、自分の足が糸らしき物で地面に固定されていた。
同時に、マサトがそれを狙ったかのように接近してきた。しかも、今度は軌道が変化する弾を放ちながら。
――これは不味いですわね……!
弾を弾こうにも、マサトとは距離が離れているので接近を許してしまう。逆にマサトの接近を阻もうとすれば、弾を受けてしまう。
――なら!
エリザヴェータはヴァリツァイフを真上に翳す。九つのボディは重力に従って使い手を守るように地面に向かい、尖端が大地に突き刺さる。
更にその状態で力を解放し、柄を横に回転。ヴァリツァイフの異名、雷渦が発生。空気と大地を焼き削りながら弾と防ぎ、マサトの接近を遮った。
――防がれたか。
折角チャンスを作ったが、向こうの防御で潰されてしまった。
「――中々出来ますわね」
雷の渦が消え、中からエリザヴェータが姿を表す。脚の糸はまだ着いているが、彼女が鞭を振るうとあっさり焼かれ、消滅した。
脚の自由を取り戻すと、具合を確かめるようにコンコンと地面を蹴る。
「私相手に、ここまで戦えるなんて」
想像以上に面倒な相手だ。不意を突くのが上手く、武器も遠近両方こなせる。後気になるのは、自分の足を縛った糸。
――さっき私の体勢を崩したのも、おそらくはその糸。問題は……。
マサトが何処から、その糸を出し、操っているか。それを見抜かないと、また不意を突かれてしまう。全体を眺めるが、糸らしき物は見当たらない。
――普通なら、籠手、のはずですけど……。
引っかかるのは、マサトはさっきの攻防で一度も籠手には触れてない。それに、仮に籠手だとしても、それがどうやって地中から出現したのか気になる。
――ただの糸では、ありませんわね。
おそらく、マサトが持つ武器の力による特殊な糸。何処から出すかはまだ不明だが、自由自在に操れ、捕縛や体勢を崩すのに使える、これまた厄介な物だ。
――先ずは、出所を見抜かないと。
でないと攻防に影響する。エリザヴェータは雷渦を鋼鞭に変化させ、糸を誘引するために今度はこちらから接近。雷撃を込めて突き、払い、振るう。
マサトも黒銃から刃を展開し、応戦。膂力があるのでぶつけ合いを避けつつ反撃するも、エリザヴェータは体捌きで軽々かわす。
――やっぱり、強い……!
鞭を棒状にしていた時から予想はしていたが、接近戦でのエリザヴェータの腕前はかなりの物だ。
オルガとどちらが強いかは一概に比べれないが、残念ながら自分より強いのは確かだった。正面からでは勝ち目が薄い。
かといって、遠距離は雷渦の射程を考えると、相当工夫しないと届かないだろう。
稲妻の突きが迫る。それを後退で避け、ある弾を放つ。エリザヴェータがその弾を弾こうと、鋼鞭を当てた瞬間、弾が破裂。極小の粒子が拡散し、彼女の視界を奪う。
――こんな技も……!
エリザヴェータは一瞬思考したあと、後退。すると、それを狙ったかのように移動した彼女の足元から糸が出現。靴に絡まろうと触れる。
「――やはり、そう来ましたわね」
そのタイミングに、エリザヴェータは糸が絡まる足を全力で引っ張る。
「――そちらも」
すると、マサトが急加速。エリザヴェータは瞬時に自分の動きを読まれたと気付く。咄嗟に迎撃に黒鞭を振るい、マサトも黒銃を振るう。
二人の黒が激突、結果は体勢が微妙に崩されながらも、エリザヴェータが右の黒銃を弾き飛ばす。
マサトは直ぐ様横殴りにもう左の黒銃を振るうも、エリザヴェータは軽々避け、空いた右側から仕留めに掛かる。
直後、雷渦の戦姫は寒気を感じる。無意識に後退すると、銀色の線が空間を通った。
「……上手く行かないものですね」
紅の戦姫は距離を取ると、異界の烏を見詰める。その右手には、短い刃を持つ柄も短い剣があった。
「……策士ですわね」
さっきの攻撃、マサトは黒銃を弾き飛ばされたのではなく、わざと飛ばし、誘導したのだ。外套の中に隠し持つ短剣で不意を突くために。
不意を突かれたこともそうだが、エリザヴェータはもう一つ気に入らないことがある。
マサトが持っている短剣だが、刃が黒銃から展開した刃同様に丸みを帯びており、殺傷能力が無いに等しい短剣だった。
つまり、マサトにはこちらを殺す気が無いと言うことだ。でなければ、殺傷能力の無い武器を持つ理由が無い。
「……私を侮っているいますの?」
「そんなつもりはありませんよ?」
「なら、どうしてそんな物を持っているのかしら?」
「自分が貫きたいものの為に。たったそれだけです」
話ながらマサトは短剣を仕舞い、転がっている黒銃を拾って構え、三角の刃を出すと――一直線に走り出す。
エリザヴェータも真正面から走り、生命の刃と撃ち合う――と見せ掛け、雷渦から少しの雷光を放ちながら薙ぐ。
――眼が……!
突然の搦め手に、マサトの動きが鈍る。視界も奪われた。幸い光は弱く、直ぐに見えるようにはなったが、念のために一旦下がった瞬間。
「――『闇夜斬り払う刹那の牙(ノーテ・ルビード)』」
雷渦から、眩い光を放つ雷波が放たれる。それはマサトの見えるようになった眼を再度眩まし、同時にバチバチと音と立てながら、彼目掛けて突き進む。
――避けきれない……!
眼が見えなず、体勢を崩された上に、雷光のせいで一秒だけだが怯んだ。音の速度から回避は間に合わないと悟り、黒銃を突き出す。
「――シールド!」
二つの黒銃から放たれた力が形を瞬時に変え、二メートル近くある、菱形の防壁と化す。
次の瞬間、命の盾と雷の波が衝突。数秒間せめぎ合うと、互いに消滅していった。
「……目眩ましの技ですか」
――あれが、竜具の技……!
数秒経ち、視界がある程度回復したマサト。どうやら、さっきの技は主に目眩ましを目的としたもので、威力はそれほど高い技では無いらしい。
おかげで助かったが、普通のよりは堅い盾が破壊されている。咄嗟に防御せねば、敗北していたに違いない。
「決まったと思いましたのに」
竜技を合わせての二段の目眩まし。当たる自信があったが、防がれてしまった。エリザヴェータは残念な様子だ。
――搦め手も使って来たな。
色々と仕掛けてくる自分相手に、真っ向勝負では手こずると考えてだろう。
――さて、こっちはどうするか。
手を一つずつ明かしていくか、一気に使って短期決戦で決めるか。
――愚問だな。
今の自分が一番に果たすべき役目は、時間を稼ぐことだ。向こうが搦め手を使おうが、こちらは戦いを変える必要はまったくない。
一心不乱に耐えながらも、僅かな機には的確に狙う。これだけだ。
互いは己の黒で激しく撃ち合い、振るい合う。攻撃の回数は両手に武器を持つマサトの方が多いも、激しさだけならエリザヴェータも負けていない。
雷撃を纏う鋭い一撃が迫り、マサトは雷渦に向かって弾を放つ。弾は黒鞭に当たった瞬間、破裂する音と共に炸裂。
「――ミスト」
生命の細かな粒子を撒き散らし、エリザヴェータの視界を覆う。今度は自分が視界を奪われて危機に陥るが、エリザヴェータは口を歪ませる。直後、大地が轟音と共に揺れた。
――痛っ!?
何故か、マサトの表情が歪んだ。何が起きたのかを理解する前に、霧の中から漆黒の棒が突き出てきた。
ぎりぎりで身体を捻って回避しつつ、咄嗟に右手の黒銃の砲口から、糸を射出。距離を取って逃れた。
「――外してしまいましたわね」
霧が晴れ、中からエリザヴェータが少し残念そうな表情が姿を表した。下の大地は大きく陥没している。
――……武器をあの力で叩き付けたのか。
さっきの衝撃が、エリザヴェータが霧の中で地面に雷渦を全力で叩き付けたものだと、マサトは理解した。
「仕止められなかったのは残念ですけれど――種は見抜けましたわ」
マサトは無言だが、目を細める。痛みと不意を突かれたことで、種を隠す余裕が無く、見られてしまった。
彼の脛当てから地面に向かって糸が出ており、突き刺さっていた。それが自分の体勢を崩し、捕縛した物の正体だとエリザヴェータは確信する。
――……気付かれたか。
この糸は、物への生命の力を付与するエンチャントと、体内に取り込んだ生命を神経に接続、形状などを自在に操るリンクを同時併用した技。
接続をしているので、痛覚や感覚はあるし、少ないが負担もある。しかし、外見からは通常の装備に見えるため、不意を非常に突きやすい。
付け外しは自由だし、防御や攻撃にも回せる、言わば、籠手や脛当てを黒銃にしたようなものであり、これまた応用力のある技だ。
これで付与した生命を糸状に変化、伸縮させ、死角や地中からエリザヴェータを狙っていたが、種がばれた以上は簡単には通用しないだろう。
ちなみに、痛覚や感覚があるため、地面の時はこの時期の冷たさやそれにより大地の堅さや、糸を千切る、付け外し時は本当に千切れる痛みを感じる。
糸を利用される恐れや、糸を通して痛みが出たことなど、それなりのデメリットはあったりする。
「籠手からも出来るのかしら?」
「さぁ、どうでしょう?」
――まぁ、自分から言う馬鹿はいませんわね。
ただ、脛当てから出した以上は籠手からも可能と考えるのが自然。
それに、種が見破られたからには、積極的に使おうとするだろう。用途が糸だけとも限らない。
あとはあれがどれだけ、どう使えるのか気になるが、何れにしてもこれまで以上の集中、警戒は必須だ。
――さて、どう攻めようかしら。
手品の元である籠手や脛当てを無視して、マサトだけを狙うか、或いは先に籠手と脛当てを破壊するか。
彼女が決めたのは、半々。籠手や脛当てを狙い、手段や防御力を奪いつつ、同時にマサトも狙うことにした。
――その前に。
「――雷精(グラメル)」
雷渦が輝き、小さな白い雷撃の塊がエリザヴェータの身体の周りを漂う。
――防御用? 反撃用?
もしくは、彼女の意志に呼応して攻撃をする技か。何れにせよ、早めにどういう技か見切る必要がある。
稲妻の綿を展開した雷渦の姫はまた雷渦を鞭に戻し、異界の烏との距離を一定に保ちつつ振るう。
但し、今度はそこに黒鞭の伸縮と、大地をぶつけての反発を追加。鞭は生きた蛇のように、いやそれ以上に複雑な動きを見せながら、マサトに食らい付こうと迫る。
「これは……!」
「死にたく無ければ、限界まで集中した方が宜しいですわよ。――何しろ、ここまですると、私でもまだ完全に制御できませんもの」
死角を突くため、大地への反発を利用した攻撃の訓練も行い、それもほぼ完全に制御している。
しかし、伸縮までは操作の難易度が劇的に高まるため、まだ制御しきれてなかった。
「でしたら、控えてくれると嬉しいのですが!」
マサトは全力で移動し、回避する。狙いが分かる一撃よりも、こう言ったランダムなものの方が対処する側としては困る。
――まぁ、『出来てから』されても、困るけど!
それを考えると、今の内にこれを見れたのは有り難い。死ねば全て無駄になるなので、結局、死に物狂いで回避や防御するしかないが。
「――アーク」
だが、一方的に攻められ続けても、勝てる訳が無い。数瞬の間に黒銃の片方を空へ真っ直ぐ向けると、弾を発射。弾丸は空へと昇っていく。
――また、軌道が変わる弾ですわね。
雷渦を振るいながら、弾へと視線を移すも、その弾はエリザヴェータの予想に反し、まだ空へと進んでいく。
――単なる足掻きか、はったり?
と思ったが、エリザヴェータはその弾に違和感を覚えた。軌道が少し妙な気がするのだ。軌道は確かに上だが、同時に前にも進んでいるような。その違和感は正しい。
その弾は、ある地点まで移動すると、今度は下――エリザヴェータに向かって一気に進む。
――直進でなくて、弧を描いて!
速さや雷渦の現在位置から、弾くのは間に合わない。種がバレるのを避けるため、雷精で防ぐのは駄目。
軽い移動で回避するが、そのために攻撃が少し止み、そこを突いてマサトが続けて弾を連発する。
それらの弾は、何れも大きく弧を描くものであり、しかも上下左右に広く大量に放たれている。何れか一方に対処しても、他の弾が命中してしまう。
エリザヴェータは先程同様に雷渦を掲げ、柄をまた横に回した。再度雷渦が現れ、弧弾を悉く打ち消す。
――この音……。
雷音に紛れ、聞き取りづらいが、力を打ち消す音が止んでいない。マサトが弾を打ち続けているのだ。
――私をこの場に留めるためね。
そうとなると、マサトはまた捕縛を狙って来るに違いない。問題はどんな方法かだ。先程使い、逆に利用された糸を敢えてか、或いは違う手段か。
選択を間違えれば、どんな危機に陥るか分からないだけに、迂闊に動けなかった。だが、そんなのは自分の柄ではない。
雷渦の閃姫が動こうとした時、打ち消しの音が止む。その数秒後、雷渦の結界の一部分が、生命の流れに破られた。
捕縛かと思いきや、大火力の攻撃による突破。完全に裏をかかれたが、ぎりぎりで身体を捻って回避することには成功する。
しかし、そこで閃姫の危機が終わった訳ではなかった。周囲に蜘蛛の巣状の糸が迫っていた。マサトが籠手や脛当てを使って、編み込んだのだ。
焼き切ろうと雷渦を振るおうとしたが、その前に蜘蛛の巣が身体に絡み付こうとする。
瞬間、蜘蛛の巣が雷精に触れる。雷光と衝撃が発生し、一部が焼失した。
――成る程、そういう技か。
その光景でマサトは雷精を見抜く。触れた物に反応し、雷を炸裂させ、相手を怯ませるカウンターの技。見る限り、防御にも応用出来そうだ。
「こ、この……!」
一部は焼かれたが、まだ蜘蛛の巣は身体の自由を奪うには充分。エリザヴェータは急いで雷熱で一部を焼くが、その間にマサトが彼女の左側から近付く。
「――漆爪!」
黒い爪が、雷渦の戦姫の脚に迫る。鉄すら砕く材質の銃での直接の殴打。当たれば、人の骨など簡単に折れるだろう。
「――『雷刃(メルニテ)』!」
ヴァリツァイフが更なる形へ変化していく。無数の鋭い突起がある大鉈のような片刃へと。
――威力に特化した形態か!
片方だけに集まった刃の剣。威力が集約された形態だと直感的に悟るが、だとしても今エリザヴェータは満足に動けない状態だ。盾である雷精も無い。気にせず攻撃を続行する。
「――はぁ!」
黒き爪が触れるその寸前。エリザヴェータは強烈な雷を纏った刃を足下に叩き付ける。威力に地面が少し陥没し、大きな衝撃音と共に、大量の稲妻が放出。
彼女にまとわりつく蜘蛛の巣が焼失し、一部がマサトを襲って怯ませる。
『マサト! 直ぐにそこから離れ――』
「貰いましたわよ」
そこに、雷刃が迫る。あの桁外れの膂力が合わさった状態で。
マサトは咄嗟に両手の黒銃と籠手の付与でガード。しかし、出鱈目な威力によってガードは軽々突破され、大きく吹き飛ばされた。
余りの威力に地面を転がされるも、直ぐに無理矢理にでも体勢を整え、霧を放出しながら離れる。直後に、自分がいた場所に雷の鉈が叩き付けられ、霧が気化した。
「――まだですわよ?」
優雅なのに、ゾッとするほどに冷たい声が聞こえた。前に向くと、ヴァリツァイフが鞭の状態になっており、金雷を帯びた九つの尖端が迫っている。
弾や刃で防ぎ、弾きつつ後退を続けるも、距離のせいで九つの内の一つが、身体に僅かだが擦った。
コートと皮膚が裂かれて血が流れ、まとわりつく雷撃が一瞬の時間、マサトの動きを鈍らせる。
「――ノーテ・ルビード」
その間を狙い、エリザヴェータは雷渦を鋼鞭にすると、また雷鳴の牙を放つ。眩い光は咄嗟に目を瞑って避けつつ、生命の防壁で雷牙を防ぐ。
目を開けると、防壁と雷牙がまた互いに消滅したが、その背後からエリザヴェータが接近していた。
――竜技を放つと同時に走ったのか!
さっきの竜技は、目眩ましだけが目的ではなく、接近を悟らせないためのでもあった。
迫る雷鞭の突きを、刃を展開した黒銃で上手く流す。エリザヴェータが横に振るって来たので、前に進みながら腰を低くして足から、彼女の脚目掛けて回避と攻撃のスライディング。
エリザヴェータは脚を持ち上げ、その動作を活かして回転、鋼の棒を地面を薙ぎ払うように振るう。
マサトは先が尖った糸、アンカーを別方向に籠手から放つ。地面に突き刺すと先を柱の様に変化させ、直進の軌道を回転にして糸を調整しながらくるんと勢いよく回り、雷鞭の薙ぎ払いを逃れつつ、エリザヴェータに空から迫る。
「面白い動きですわね」
マサトは右手の黒銃から刃を展開。勢いを利用し、振りかかる。エリザヴェータは鋼鞭で刃を砕き、マサトを仕留めようとする。
「――ショットガン」
刃と鞭が当たる寸前、マサトは刃を消滅させ、弾を生成。その場で炸裂させて、反動で鋼鞭を押し退けつつ、自身も身体を縦にクルンと回転しながら後ろに飛ぶ。
すると、その動きに沿って、放出型の半月状の丸い大刃が現れる。マサトが脛当てから出した刃で、エリザヴェータに向かう。
思わぬ攻撃だが、その程度戦姫である彼女が対応しきれないはずもなく、雷渦で軽々と破壊。ガラスの様な音と共に生命の破片が舞う。
そこに、彼女の足元及び、その周囲の大地から糸が出現。マサトが斬撃と同時に地面に向かって放ったものだ。
マサトは更に黒銃と籠手、脛当てを使い、空から拡散、単発式の弾丸も射つ。空から弾、地から糸の同時攻撃だ。
上下からの攻撃。エリザヴェータはマサトに向かって走り、先ず正面から迫る攻撃を弾く。
この時に出来ればマサトを攻撃したかったが、距離を更に取られたので、先ずは周りの対処を優先。雷渦を鞭にし、その場で一回転。
糸や弾の悉くを雷撃で瞬時に打ち消す防御を行い、更にマサトへの攻撃も行なう。
回避するべく、後退したマサトはエリザヴェータが振るった方向とは逆方向から接近を試みる。
そこでエリザヴェータは手首を捩り捻る。ヴァリツァイフは軌道を変え、まるで獲物を狙う蛇の様にマサトに向かう。
しかし、そこでエリザヴェータの視界の端にあるものが見えた。弧を描く弾と追跡の拡散弾が、マサトが接近を狙った方向と逆から迫っていた。
――ヴァリツァイフやその雷光で隠して!
自分の武器を利用した、死角からの攻撃。エリザヴェータは雷渦を引き戻し、鋼鞭に変更。弾丸に向かって走り、アークを回避しながらホーミングを叩き落とす。
そして、身体をマサトに向け、彼目掛けて鋭い稲妻の突きを繰り出そうとする。
――これは……!
好機だ。最初の攻撃と似たような展開。マサトは同様に回避し、今度は一気に関節を外そうとする。
「――咲きなさい」
雷渦の閃姫の台詞に、青年は疑問符を浮かべる。しかし、次の瞬間にそれは氷解する。突き出しの鋼鞭が、そのまま鞭に戻ったのだ。
しかも、伸びた上に手首の捻りが合わさり、黒鞭には放電しているため、雷渦はまるで花のように美しく広がる。
――これ、不味……!
ヴァリツァイフが広く拡がり、自分は全速力のため、退くと半秒遅れて喰らい、進めば当然受けてしまう。跳躍も無理だ。刹那の思考の後――マサトは前進を選択。
尖端が周りにあるため、少なくとも切られることは無い。雷撃も付与の生命である程度軽減可能。花のように広がる、雷渦に腕の籠手から突っ込んだ。
「――なっ!?」
力を込めてないため膂力は発揮されず、腕、そして身体に予想外の攻撃と衝撃を受けてエリザヴェータは短い悲鳴を上げ、突き飛ばされる。
――このまま……!
勢いに任せ、押し切りたい。しかし、そう上手く事が進まないのが世の常。
エリザヴェータが雷鞭を振るう。だが、その軌道は途中までは滑らかだったが、その後地面に落下するように刺さる。
今までのエリザヴェータの技術を見る限りでは、あり得ない操作ミスだ。彼女を見ると、焦った表情で利き腕を抑えている。
――さっきの衝突で腕が痺れたのか!
再度の好機。マサトは全速力で走るが、その瞬間、エリザヴェータが口元を歪ませた。まるで、かかったと言わんばかりに。
――罠!
寒気が走り、マサトは咄嗟に大地を蹴って、無理矢理に後退。瞬間、地面が炸裂した。
エリザヴェータが大地に刺した雷渦と桁外れの膂力を使い、大量の土を持ち上げたのだ。
土は寒さで固まっているため、持ち上げられた土はそれなりの量と硬さとなっている上に、微量の雷を纏っている。直撃すれば無傷では済まない。おまけに広範囲に散けていた。
走るだけでは回避は出来ない。防御はエリザヴェータが見えない以上、かなり危険だ。防壁を張りつつ、その真後ろに下がる。
「天地撃ち崩す――」
先程以上に強く輝く雷光が、土の雨の向こうから立ち上る。やばいと本能的に悟り、マサトは高密度の生命の結晶を一つ取り出し、黒銃の砲口に射し込む。
「――灼砕の爪」
黒鞭から、九つの爪が放たれる。一つ一つが凝縮された雷であり、その威力はさっきの竜技を遥かに上回る。
雷爪は凄まじい雷音を轟かせ、土の雨を焼き砕き、防壁を瞬時に焼失させ、標的であるマサトに向かって突き進む。
「――ライブドストリーム!」
黒鞭の雷に対抗するように、黒銃からも生命の力が放出される。生命の流れは太陽の光で星屑のように煌めきながら、雷爪とぶつかり合う。
雷と命。二つの力は数秒間、相手の力によって粒子を散らしながらも片方の力を破らんとせめぎ合うが、威力が拮抗していたため、一瞬の光の炸裂後に消滅した。
その光の奥から、左右から無数の拡散弾を放ったマサトが現れる。
「――あら、同じことを考えていましたのね」
黒い瞳に、エリザヴェータが写る。彼女もまた、マサトと同じタイミングで走っていたのだ。
二人は既に攻撃の動作を取っており、マサトは漆爪を、エリザヴェータは雷刃を振るっていた。
黒の爪と雷の刃、そのまま激突するかと思われたが、マサトが黒銃を止めてその場で跳躍。
雷の刃は空気だけを切り裂くが、その後に弾丸が迫っていた。マサトが時間差で放ち、自分の身体で隠していたのだ。
跳躍したマサトは更に、上からも少し遅れたタイミングで高火力の弾を放つ。
左右、前、上からの三方向からの攻撃だが、エリザヴェータは慌てない。後退し、黒鞭を広げて横に回転させる。
先に来た威力の低い弾を消し、次に後からの弾を移動で回避しようとしたが、その時高火力の弾が無数に拡散。
速度は増し、上下左右のあらゆる方向からエリザヴェータに迫る。さっきと同じ方法で弾こうにも、後退しても弾が当たる方が速い。
その脚を、エリザヴェータは前に動かした。広範囲の拡散攻撃は一見、回避不可能に見えるが、広がるが故に前が安全地帯と化していたのだ。
但し、その間は人一人分ちょっとのみ。しかも、僅かでも擦れれば身体に当たる。その無数の雨を前にも、エリザヴェータはまったく怯まずに直進、全てを避ける。
攻撃を避けきると、着地寸前のマサト目掛け、移動の間に雷刃に変えた黒鞭を振るう。
しかし、その一撃は不自然な動きで回避される。マサトが籠手から放った先が尖った糸、アンカーを射出、それを地面に突き刺すと縮めることで離れたのだ。
エリザヴェータはその場で回転。後ろから迫るさっきの拡散弾を一薙ぎで掻き散らすと、一旦、利き腕の具合を確かめる。
さっき、マサトがぶつかったため、支障を来していないのかを調べていた。
痛みはあるが、振るうことには問題ない。雷撃を喰らい、突撃が弱まったおかげだろう。
「思った以上に出来ますわね。今の攻防で潜り抜けるなんて」
二、三度程、彼を倒せると思ったが、結果はこの通りだ。それに、最大威力ではないとはいえ、『天地撃ち崩す灼砕の爪』が相殺された。
素直にマサトを褒めるエリザヴェータ。一方、マサトは答えず、荒くなった呼吸を整える。
――……無茶苦茶な力だな。
先ずは身体、髪が少し焦げ、レザーコートやズボンの一部がさっきの突撃で焼け、服や皮膚の部分が露出している。火傷を負っている箇所まであった。
腕は、まだびりっとした痺れと、骨には痛みが残っているが問題ない。ただ、受けた時は巨木で殴られたのかと思うほどの衝撃があった。
力や黒銃でガードしたのに、だ。直撃なら今頃即死か、重傷で敗北が決定していただろう。
――にしても、本当に強い……!
力や武器に頼った様子など、皆無だ。あの膂力が無くとも、自分の予想を上回るほどに充分強い。
戦姫の強さはオルガとの試合で身を持って知ったつもりだったが、再認識させられた。
一瞬の判断を的確に当て、意表を突かれ、裏をかかれても直ぐに対応、反撃してくる。正直、食らい付くのが精一杯だ。
互いに汗は掻いているが、息が荒れて少なからずの傷があるマサトと、呼吸が安定していて、ほぼ無傷のエリザヴェータ。そこからも差が分かる。
――……もうすぐで、やっと十五分。
こっそりと懐中時計を取り出し、時間を見る。移動を差し引くと、戦ってから四半刻の半分も経ってないのに、こちらは消耗し始めている。
毎日貯めていたので、力がまだまだ使えるのが幸いか。
――よし、戻ってきた。
呼吸が安定し、数度の深呼吸が体力を少しでも回復しようとしたが、雷の鞭が迫ってきた。
後退するも、新たな雷精を展開したエリザヴェータが迫っているため、次が来る。
「回復など、させるはずが無いでしょう?」
「――確かに!」
蛇の如く、自分を狙い、迫る雷渦を避けながら、マサトは必死に思考する。
やはり、自分とエリザヴェータの差は大きい。武器は互角なのだが、実力は彼女の方が一回りも二回りも上だ。
だが、それがどうした。エリザヴェータが強敵なのは、最初から分かりきっている。勝ち目が低いことも予想していた。
その上で、自分は彼女と一騎討ちをすることを選んだのだ。この戦いに勝つ。そのための最善を尽くすために。
身体は少し重くなってきた。だが、まだまだ動ける。戦える。ならば、それで充分。
「――行きますよ」
「――来なさい」
己の敵を、雷渦の閃姫を、揺るがぬ意志を宿した黒い瞳で捉えると、異界の烏は大地を蹴り、駆けていった。