魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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 ここからは、新しい話です。戦いが無理なく表現出来てると良いですが……。
 あと、都合が良い要素があったり、会話が苦手な人もいると思います。


第十五話 限界の領域

 異界の烏と、雷渦の閃姫が激戦を繰り広げている頃。

 少し離れた場所でのザウル率いるレグニーツァ軍と、エリザヴェータの代わりにナウムという騎士が率いることになったルヴーシュ軍も、激しくぶつかり合っていた。

 

「突撃する! ルヴーシュを蹴散ぞ!」

 

 レグニーツァ軍のザウルがいる騎馬隊五百は進路を途中で横に変え、大きく迂回。ルヴーシュ軍の右側面を攻める。

 その威力と勢いは凄まじく、侵略者であるルヴーシュ兵を次々と突き刺し、踏みにじり、蹴散らしていく。

 

「やはりそうくるか」

 

 想定通りと言わんばかりに、ナウムは呟く。騎馬隊と歩兵部隊では速度に差がある。

 それはレグニーツァが怒り心頭で移動し、ルヴーシュ軍が後退していたことで更に広がっていた。

 そうなれば、五百の騎馬隊は当然ながら突出する。来るまでの間、味方のカバーを得れない以上、多方向から攻撃に脆くなってしまう。

 防ぐには、歩兵が来るまでの時間を稼ぐしかない。騎馬隊を止めるか大きく動かすしかないが、今のレグニーツァの士気を考えると、後者は難しい。つまりは、大きく動くしかないのだ。

 ――流石に、冷静な将が一人ぐらいいて当然か。

 侵略や挑発で激情を抱いたとしても、全員がそうなる保証は無い。特に、一部の将は冷静な判断が出来て当然だ。でなければ、将失格である。

 ――まぁ、所詮は一部に過ぎん。

 レグニーツァの大半の将兵が怒りでこちらの御しやすい状態であることに、変わりはない。対処は簡単だ。

 先ずは機動力がある騎馬隊を撃破するべく、後退しながら崩していない迎撃用の陣形で迎え撃つ。

 次は、冷静な動きが出来ない部隊を一つずつ崩しつつ、怒りに身を任せた部隊の暴走を更に促す。そうして潰して行けば良い。

 

「指示を。予定通り、右翼は誘導に専念。後方の騎馬隊は機動力を活かし、誘導されたレグニーツァの部隊を側面か後方から攻めろ」

 

 ナウムや数人ルヴーシュの武官の指示に従い、右翼と後方が動きを見せる。そのまま、当初の予定通りにレグニーツァの騎馬隊に大打撃を与えると思いきや。

 

「ナウム様! レグニーツァの騎馬隊は右翼を攻めた後、進路を斜めに変更し、そのまま後方の騎馬隊と交戦しました!」

 

 ――そう来たか。

 怒りで一時的に増した機動力と突破力で、こちらの騎馬隊、機動力を先に潰す。悪くない判断だ。

 ――だが、想定外ではない。

 決して、主や自分達が想定していない事態ではない。何より、そう動くと言うことは、その騎馬隊を指揮する者を優先的に叩くべき。向こうが勝手にそう証明してくれたのだ。狙いは着けやすい。

 ――それに、どこまで制御出来るかな?

 怒りに身を任せている部隊を普段通りに動かすのは、容易ではない。何しろ、荒れ狂う炎を精密に動かせと言っているのと同意義なのだ。

 何時、勝手に燃え上がり、自分達を焼くのか分かったものではない。

 ――さて、上手く誘導し、油を撒かねばな。

 現状は、レグニーツァの歩兵部隊が自軍の中央部隊と交戦。騎馬隊もこちらの騎馬隊と交戦している。

 ナウムは自分がおり、レグニーツァの歩兵部隊とぶつかる中央の半分に後退を。

 もう半分はレグニーツァ騎馬隊に側面の攻撃を命じ、左翼に誘導したレグニーツァの歩兵部隊を側面からの襲撃を指示。

 後方と右翼には騎馬隊の攻撃を命じるが、確実な対応を行なうため、それぞれもう一つの命令を足しておく。

 ――問題はどちらかだが……おそらくは。

 自分の考えている通りで正しいはず。ナウムは迎撃の部隊に移動し、ある方向に向かって馬を走らせる。

 ――当たりか。

 その先には、自軍に追われるレグニーツァの騎馬隊がいた。彼等はルヴーシュの左翼を目指している。

 ――しかし、力任せも良いところだ。

 自分達がそう誘導しているとは言え、ナウムはつい苦笑する。彼等は自軍の騎馬隊としばらく交戦すると、また進路を斜めに変更して大規模な移動を再開し、ここまで来たのだ。

 ――余程の信頼の持ち主と、兵の制御が上手いと見える。

 しかし、それもここまでにしてもらわねばならない。ある人物に狙いを済ませるとナウムは馬の腹を蹴った。

 

 

 

 

「今、どうなっているか……!」

 

 目の前のルヴーシュ兵を特殊合金製の剣で斬り捨てながら、ザウルは苦しそうに呟く。

 今、レグニーツァの歩兵部隊はルヴーシュの中央部隊と左翼、更には騎馬隊がいない時に備え、右から攻めるように指示された右翼との三方向から攻められていた。

 非常に不利だが、彼等もただ黙ってやられはしない。主が病弱なのに、生まれ育った故郷を攻められた。

 その怒りをぶつけるように槍や剣、斧などの武器に込めて叩き込む。兜ごと脳天を、鎧ごと身体を切り裂く。

 例え、盾で塞がれようが砕いてやる、三方向から攻められようが、だからどうしたと、寧ろ逆に捩じ伏せてやると言わんばかりに荒々しく戦う。

 その感情から破壊力はやはり凄まじく、レグニーツァの歩兵部隊は前と左右の三方向から攻められながらも、崩れていなかった。今は。

 ――とにかく、持たさねば……!

 今は維持しているとは言え、怒りから何時勝手に動くか分からない。ザウルは騎馬隊に指示し、敵の左翼を深く突く。

 レグニーツァの歩兵部隊の左の部隊も騎馬隊の行動に戦意を昂らせ、ルヴーシュの左翼を一気に攻める。

 しかし、そのあと百を数える時間のあと、ルヴーシュの後方部隊がザウル達を背後から参加し、坩堝と化した。

 乱戦になり、目の前の敵を斬れば直後に別方向の敵から斬られる事態が双軍共に頻繁に発生したが、この状態を制したのは士気の高いレグニーツァだった。

 ルヴーシュの左翼は崩れる前に移動を開始する。しかし、その方向は中央――と見せかけて逆方向、つまり、遠ざかっていく。

 ――これは不味い!

 この動きに乗れば、部隊の一部が細長く伸びてしまう。分断の危機があった。ザウルは先に自分達が動き、自軍の行動を阻止しようとする。

 ザウルは指示を出しながら手に持つレアメタルを使った特殊鋼の剣を振るい、ルヴーシュ兵の武器や鎧を断ち、斬り捨てていく。

 

「――はっ!」

 

「――むっ!」

 

 特殊合金と、鋼の刃が衝突。火花が走る。

 

「貴様は?」

 

「私はルヴーシュの騎士、ナウム。貴様も名乗れ」

 

「私はザウル。貴様達を打ち倒し、この地を守るレグニーツァの騎士だ。今はここの総指揮官でもある。貴様が今ルヴーシュの戦姫様に代わり、部隊を指揮している者か?」

 

「そうだと言ったら?」

 

「――ならば、死ね」

 

 ザウルは躊躇いなく、少し異なる白の刃で斬りかかる。ナウムは鋼の刃で防ぎ、反撃する。

 相手の指揮官の討つべく、二人の騎士は前後左右に刃を振るう。鎧に刃の痕が刻まれるも、互いに致命傷は無い。

 ――かなりの業物だな。

 二人の騎士の実力は、ほぼ互角。しかし、武器はレアメタル合金の剣を持つザウルの方が上だった。

 現にザウルの剣の傷は少しずつだが、ナウムの鋼製の剣には皹が一つ付くと、一撃ごとに増し、広がっていく。

 実力が拮抗している状態で、武器の差は大きい。このままではやられてしまうだろう。

 数度の刃の交錯後、ナウムの剣は亀裂が致命的に広がり、不快な金属音を立てて真っ二つに折れ、刃が地面に突き刺さった。

 

「終わりだ!」

 

「――それはどうかな?」

 

 敵の剣が折れ、止めの一撃に大振りに振るうザウルだが、直前に危険を感じた。

 剣の軌道を強制的に曲げると、強い衝撃が剣から腕に伝わり、馬の手綱を余分に動かしてしまう。直後に制御に専念したので、落馬せずには済んでいる。

 

「……隠し持っていた短剣か」

 

 ルヴーシュの騎士の剣を持っていた手とは逆の手に、刃渡りが短い剣があった。

 ナウムはさっき、ザウルの攻撃が大振りになった瞬間に隠していた短剣で不意を突いたのだ。

 結果は失敗だが、ザウルの利き腕の籠手には鋭い斬撃の痕跡が刻まれていた。

 あと一瞬でも判断が遅れていれば、即死は避けれても、重傷は免れなかっただろう。

 

「倒せたと思ったのだが……やはり、かなりの腕前だな」

 

 指揮能力も相当なもの。個人としては死なすのは惜しいと思うナウムだが、騎士としてはザウルは討ちべき敵でしかない。故に、容赦はしない。

 

「……ある人物との試合で、不意を突かれるのは慣れてるのでな」

 

「なるほど。こちらは主な武器が折れている。それに――それなりに時間は稼げた。一旦下がらせてもらおうか」

 

「貴様……!」

 

「――早くせぬと、本隊の暴走は酷くなるぞ?」

 

 それだけ言うと、ナウムはルヴーシュの本隊に向かう。敵騎士の後ろ姿を眺めたレグニーツァの騎士は、向こうの思惑に気付いて舌打ちする。

 ――私に本隊への指示をさせないためか……!

 ナウムは今までの行動を見て、本隊から自分の指示を奪うため、自分に少しの間の一騎討ちを仕掛けたのだ。

 怒りで勝手に動きかねない本隊を暴走させようと。あわよくば、自分を討とうとするところも強かだ。

 ザウルが戦場を見渡すと、自軍が自分達の予定外の動きをしていた。これは不味い。被害が想定よりも大きくなってしまう。

 

「……ザウル、どうする?」

 

 迫るルヴーシュ兵を斬り捨てながら、近くにいた武官の一人がザウルに聞く。立て直すこと自体は可能だ。

 問題は、そうすると自分達の作戦が向こうに気付かれる恐れが高いことだ。

 

「……被害は増すかもしれんが、暴走を誘導し、破壊力を存分に活かせ。ただ、的確には狙うな。もうしばらく耐えてくれ」

 

「分かった」

 

 自軍に負担を掛ける作戦だが、これしかないのが現状なのだ。将として、最善を尽くすために。

 ――まったく、きついな……!

 将の自分達にも、兵達にも大きな負担を掛ける策だが、全ては確実な勝利を得るため。

 第一、兵士も考案した人物も必死に戦っている。自分だけが辛い訳ではない。ここで降りるなど、絶対にあり得ない。

 今はレグニーツァの総指揮官でもある騎士は一ヶ所から馬の意匠が施された銀色の丸い物体――オルガから借りた懐中時計を取り出して今を見る。

 ――もうしばらくだな。

 それまでは必死に知恵を絞り、その時が来るまで味方の犠牲を最小に留めつつ敵を攻め方法を騎士は模索する。この戦いに勝つために。

 

 

 ――――――――――

 

 

 九つに別れ、それぞれの方向から敵を狙う雷撃の鞭が迫る。烏は手に持つ黒銃で弾き、移動でかわしていくが、その動きは少し荒さを感じる。呼吸の間隔も早い上に乱れている。

 

「はあっ、はあっ……!」

 

「ひっきりなしに動き回りますわね……!」

 

 姫と烏の戦いは、まだ続いていた。ただ、エリザヴェータはほぼ無傷なのに対し、マサトには傷が増えてきていた。

 直撃こそまだ避けているが、疲労から徐々に攻撃をかわしきれず、かすり傷や火傷を少し負っていたのだ。

 

「いい加減、倒れなさい!」

 

「誰が……!」

 

 まだ最低限の役目すら果たしてない。なのに、倒れる訳には行かない。だからこそ、必死に足掻く。

 弾が放たれる。今までのよりも大きさがあり、二つある。二つの弾丸は時間差で放たれ、速度も異なる。途中までは一直線に向かっていたが、最初の弾はある程度まで進むと下に軌道を変える。

 弾は地面に着弾すると、大量の霧を放つ。またまた視界を防がれたエリザヴェータだが、何度も食らえば流石に直ぐに対処出来る。

 足元にも警戒しながら、棒状にした雷渦から強烈な雷撃を放って霧を消す。霧が霧散し、迫る次の弾には移動で回避――した瞬間、軌道を調整した弾で破裂。

 中から蜘蛛の巣がエリザヴェータに向けて射出される。同時にマサトも接近していた。

 ――また同じ行動?

 蜘蛛の巣で捕らえられた時と似た場面に、エリザヴェータは少し不審に思うが、あの時同様に雷刃にした雷渦で蜘蛛の巣を焼失させる。しかし、マサトは力の余波の範囲外で足を止めていた。

 

「――レイン」

 

 接近しないマサトを、エリザヴェータは奇妙に思ったが、そんな彼女の上空から小さな弾丸の雨が降り注ぐ。

 一発の威力は非常に低いが、雷精を反応させて無駄撃ちさせ、防御体勢を取らせるぐらいは可能だ。

 ――注意を上空から反らす為の……!

 狙いに気付いたエリザヴェータだが、マサトが右方向に拡散する生命の弾丸を集中的に放ち、直ぐに刃を展開。左から接近する。

 エリザヴェータは雷渦を棒状に変化させ、弾を無視してマサト目掛けて走り、生命の刃と撃ち合う。

 十数度の激突のあと、生命の刃が砕け、マサトが再び再構築。疲労からか、少し荒さを感じる一撃を放つ。

 エリザヴェータは刃を上手く弾き、マサトの隙を作ろうとしたが、雷渦と生命の刃が衝突する瞬間、刃の形が急激に変化。空振りに終わってしまう。

 

「なっ……!? このっ……!」

 

 予想外の一撃に、回避しようとしたエリザヴェータだが、その足がマサトが設置した生命の塊に引っ掛かって体勢が大きく崩れた。

 そこを、マサトは自分の足をエリザヴェータの足に引っ掛け、体勢を完全に崩させる。

 更にエリザヴェータの隙だらけの左腕を腕で掴みながら、体捌きを駆使してぐるんと背から放り投げる。所謂、一本背負いだ。

 流れるような一連の動作にエリザヴェータは一瞬呆気を取られたが、次の一瞬には気を引き締め、雷渦をばらけた状態で強引な攻撃を仕掛けた。

 危険を感じたマサトは咄嗟に腕を放し、その場を離れる。直後に大地に九つの雷鞭が乱雑に突き刺さった。

 エリザヴェータは伸ばした雷渦を縮め、一気に着地。同時にその勢いを使って、大地を今まで以上に持ち上げた。

 その一撃はマサトが警戒に更に距離を取っていたために外れたものの、エリザヴェータはヴァリツァイフを最大まで伸ばし、雷撃を纏わして広範囲に広げて一気に振り下ろす。

 金色の扇に見える鞭は迸る雷の奔流を解き放ち、空に舞う土塊と大地を焦がし尽くす。

 しかし、人の手応えが無い。攻撃を見て、大きく後退していたようだ。雷が消えると、奥からマサトが迫る。

 姫と烏は激しく振るい合うが、黒銃は全てかわされるか防がれるに対し、雷渦は直撃こそはしないが稲妻の余波や僅かに接触もしていた。

 数撃後、強い衝撃と共に腕が弾かれた。黒銃こそは手放さないが、青年の確かな隙が生まれた。

 

「私相手に、よく頑張りましたわ。けど――これで終わりですわ」

 

 稲妻の突きが迫る。糸で回避や妨害する間も無い。完全に決まったと、エリザヴェータは確信していた。

 だが、それはあらぬ方向からの鋼色の線によって阻止された。ぎりぎりの回避で直撃はしなかったものの、右腕に腫れ上がったような傷痕を残す。

 

「三つ目の、腕……!?」

 

 外套から、両腕以外の第三の腕が現れていた。その腕は隠し持つ殺傷能力の無い短剣を持っている。これがエリザヴェータに不意を突き、一撃を食らわせたのだ。

 ――あの腕……。

 エリザヴェータは距離を取って確かめる。一見、化物かと思ったが、よく見るとマサトの武器が放つ力と色が同じだった。つまり、あの腕は力で作った偽物と言うことになる。

 マサトは疑似腕を外套の中に隠すと、再び構えを取って一定の距離を取りつつ、警戒を続ける。

 

「……本当、色々な手で仕掛けて来ますわね」

 

 特にさっきの刃の変形を使った、空振りからの体勢崩しや、力で作った腕での奇襲は意表を完全に突かれた。

 よく考えれば、力を色々な形状で使用しているので、出来ても何ら不思議ではないのだが、見るまでは完全に頭にも無かった。

 ――こうしてみると、強いと言うよりは厄介、が似合いますわね。

 純粋な実力はそこまで高くない。自分と戦える最低限ちょっと程度だが、力の使い方や裏をかくのがとても上手い。

 武器もそれに応える力を持っており、武器と使い手が互いの能力を引き出していた。

 ――でも。

 やはり、素の実力は低くも無いが、高くもない。幾度も裏をかかれ、隙を突かれているのにも関わらず、自分がほとんど無傷であること。

 一方で、マサトは疲労の色が濃く、動きや呼吸に乱れを感じるのがその証明だ。しかし。

 ――……良い目だわ。

 傷だらけの中でも、マサトの瞳には一切の揺らぎが無かった。寧ろ、意志の光が輝きを増しているようにさえ思えた。

 

「……惜しい、ですわね」

 

「……何が、です?」

 

 惜しいと言われ、マサトは眉を顰めるも、何時でも対応できるように警戒は続ける。

 

「確か、マサト……でしたわね? 貴方――私に仕えなさい」

 

 予想外の台詞に、思いもしなかったマサトは目を見開く。

 

「……勧誘ですか?」

 

「えぇ」

 

 最初は始末しようかと思ったが、実力が大きく離れている格上に対し、ここまで必死に粘る意志の強さ。

 特殊な武器を所持している。伸びしろも充分に感じるし、はっきり言って殺すのが惜しくなったのだ。

 臣下達には色々と不評を言われそうだが、そんなことが気にならないほどに、マサトの意志にエリザヴェータは強い興味を示していた。

 

「病気で戦えない、アレクサンドラよりも、私の所の方が貴方の力を引き出せますわ。その意志の強さも私の元でならもっと輝くでしょう。ですから――」

 

「……くくっ」

 

 青年が顔を俯かせ、震える。エリザヴェータが怪訝に思うと――マサトはいきなり笑い出す。

 

「ははっ……! あははっ! ははははっ!」

 

 心の底から、青年は笑う。おかしくて仕方がないと言いたげに。その様に閃姫は少し苛立ちを感じた。

 

「……何がおかしいのかしら?」

 

「くくっ……! 済みませんね、つい下らなくて笑ってしまいました」

 

「……どう下らないのかしら?」

 

「先に言って置くけど、俺はあの人に忠誠なんか誓ってない。色々あって仕えているだけだ」

 

 口調が変化するも、戦姫にその事を気にするつもりはない。

 

「……だったら、どうしてレグニーツァの兵として、貴方は戦うのかしら? しかも、私と。弱味でも握られてますの?」

 

「まぁ、弱味はあるな。けど、どうでも良い。俺の戦う理由は一つ。命を守る、これだけだ。そんな俺が――何で、あんたなんかに仕えなきゃ行けない訳? 命を奪う選択をした敵に」

 

 マサトの表情が一転。見る者に思わず悪寒を感じさせる、絶対零度の冷たさを、その瞳に宿した。エリザヴェータも例外ではなかった。

 

「戦姫相手に、よくなんかと言えますわね。言葉遣いも最悪ですわ」

 

「はぁ? じゃあ、あんたは罪の無い人達を次々と殺す王に対して、敬意を払える?」

 

 そんな非道な王に、払える訳がない。しかし、それよりも。

 

「私がそれと同じとでも言いたいのかしら?」

 

 まるで、今の自分がそんな非道な王と大差が無いと言わんばかりの説明の方が、不愉快だった。

 

「何が違う? こっちは落ち度を認めて、賠償しようとしているのにそれを無視した挙句、兵を引き連れて侵略。どっからどう見ても、単なる悪だろ」

 

「貴方達に責任を求めに来ただけですわ」

 

「力で押し黙らせに来たの間違いだろうが。殺人者」

 

「貴方、何を言って……」

 

 マサトの論に態度を崩さずに反論したエリザヴェータだが、直後の台詞に思わず動揺する。

 

「今戦場になっているこの地じゃあ、何人もの兵士の人達が死んでるだろうな。レグニーツァもルヴーシュも構わずに。――その原因は誰?」

 

「それは、貴方達が――」

 

「その責任は必死に果たそうとしたよな? あんたがそれを受けたりさえすれば、今ここじゃあ、誰一人死ななかったんだよ。あんたの決断が、今多くの人達の死を招いてるんだよ。それが殺人以外の何だって言うんだよ」

 

「兵士が戦場で死ぬのは、当然でしょう。稼ぎのために戦う者だっていますわ。第一、戦は政治的な理由で戦が起きることだって幾らでも――」

 

「そんなのが政治かよ? 一人でも多くの人を生かすのが、本当の政治じゃねえのか?」

 

「私だって、ルヴーシュの民の為に――」

 

「だったら、それを最初から言えよ。本当の目的を隠したり、大義があるって言い訳するための苦し紛れにしか聞こえねえんだよ」

 

 痛いところを、エリザヴェータは突かれる。

 

「あとさ、兵士が戦場で死ぬのは当たり前? だから何? 簡単に死んでいいとでも思ってんの? 死んだ人達には、未来があったんだぞ。友達や家族、恋人だっていただろうな。毎日仕事で汗水流して苦労して、頑張って、色々と悩んで時には喧嘩したりもして。それでも、多くの楽しみや希望に満ちた未来があったはずなんだよ。それを、あんたの選択が奪ったんだろうが」

 

 賊などとの話が通じない相手との仕方のない戦いなら、納得はしなくてもまだマサトは受け入れざるを得なかった。だけど、今回は違う。

 エリザヴェータの判断次第では、そもそも戦う必要すら無かったはずなのだ。

 なのに、エリザヴェータは攻めてきた。奪う選択をした。彼女なりの理由があるしても、納得も理解もする必要など皆無だった。

 

「あんたが、ここにいる人達を殺したんだ。それ以外の何があるんだよ?」

 

「……子供ですわね。綺麗事や正しいだけの言葉しか言えないなんて」

 

「子供? あぁ、結構。言い訳や屁理屈並べて殺すことしかできない、大人なんかよりも――綺麗事を貫いて、一人でも多く生かせる子供の方がよっぽど良い」

 

 まぁ、無邪気なお子様とかは大嫌いだけど。マサトは苦笑いしながら心の中でそう発言する。

 

「……貴方のせいで死んだ人だっているでしょうに、よく言えますわね」

 

「だろうな」

 

 エリザヴェータの言は正しい。特に、自分はそんなの何度も体験している。

 ある人物や、自分の力無さから、助けられなかった人達。自分の考案した策や考えのせいでこれから死ぬ人達。これらは決して消えないだろう。永遠に。

 さっきはエリザヴェータを人殺しと評したが、この後に亡くなる者達を考えると、自分も彼女と大差は無いだろう。

 知恵を絞って助けようとしても、全ての命を守ることは不可能。無意味かもしれないし、偽善なのかもしれない。自分が人殺しになることも変わらない。

 だけど、そうだとしても、自分がやるべきことは変わらない。変わっては行けないのだ。

 

「俺はこれまでだって、一人でも多くの人を助けようと頑張ってきた。これから先もそれはずっと変わらない」

 

 どれだけ辛くとも、苦しくとも、人の命を一人でも多く守る。

 それが自分の、向陽雅人の『全て』なのだから。だからこそ、青年は揺るがない。

 

「そう言えば、あんたはさっき綺麗事とか言ってたけどさ。あんたはどうして戦姫であることを受け入れた?」

 

「な、何ですの、急に……!」

 

 自分の事をいきなり問われ、エリザヴェータは動揺する。

 

「あくまで推測だけど――その目を受け入れてくれたから、とか?」

 

 先天的な体質で、瞳が左右で異なるエリザヴェータ。周りからはおそらく、奇異の眼差しで向けられたのだろう。

 ならば、その場所の人達がその目を受け入れてくれれば、頑張らない訳がない。

 

「……」

 

「黙り? まぁ、その反応で図星だって分かるけど。――さて、あんたはさっき、俺が綺麗事しか言えないと否定した。だけど、だとしたらあんたは何だ? 受け入れてくれた場所の為に頑張る想いも、綺麗事だろうが」

 

「違う……!」

 

「違わない。あんたは今――自分で自分の想いを否定したんだよ」

 

「違う……! 違う違う違うっ!」

 

「――おっと」

 

 逆上したのか、エリザヴェータは雷渦を乱暴に振り回す。マサトは咄嗟に射程外にまで後退するも、異彩虹瞳を怒りで染めたエリザヴェータが接近してくる。

 今までと違い、荒れ狂う雷雨のような、力任せな攻撃。粗さこそはあるし、隙も目立ちはするが、逆に面倒でもあった。

 ――……きつ。

 話で多少の体力回復こそはしたが、当初と比べても明らかに動作が鈍い。

 おまけにエリザヴェータがめったやたらに攻撃してくるせいで、周囲の地面が次々と荒れてしまい、上手く動かないと足を取られてしまう。

 ――大分、『覚え』はしたけど……。この分じゃ、役に立たないか。

 範囲の広い鞭と、その余波の雷撃が迫る。大きく移動して逃れるも、足を付けたその場所の土が崩れ、体勢が歪む。

 ――これ、やば……!

 強引に離れようとしたが、力が上手く伝わらず、多少しか動けなかった。そこに、雷刃を構えるエリザヴェータが迫る。

 防御はしたが、異常な力が激痛を、雷撃が火傷を身体に刻み込む。後退しようとしたが動作が鈍って上手く動けない。そこにエリザヴェータの蹴りが容赦なく脇に叩き込まれた。

 ――……マジで死ぬかも、これ。

 一度劣勢になると、実力の差がはっきりと出てしまう。力で翻弄しようにも、今のエリザヴェータは力で捩じ伏せることを優先しており、まったく効果がない。

 それでいてよほどの危険には、反応するのだからたまらない。六十を数えるまでの間に、マサトは次々と傷つけられていく。

 何とかして離れはしたが、もうぼろぼろで、痛みと疲労から立つのも辛い。身体も動くなと警告を出していた。

 

「随分と無様な姿になりましたわね?」

 

 雷渦の閃姫が、冷笑を浮かべる。猛攻で怒りがある程度発散したのか、落ち着きを取り戻したようだ。そんな自分に嫌悪しているのも事実だが。

 

「……だから?」

 

「まだ減らず口を言える余裕が……!」

 

 ――それに……!

 瞳の輝きが、まったく衰えていない。今にも倒れそうで、声を出すのも辛そうなのに、輝きが消えない。それがエリザヴェータには腹立たしかった。

 

『マサト、降伏しろ! もうこれ以上は――』

 

「……黙れ、ぼけ」

 

 黒銃が使い手の身を案じ、降伏を促すも即座に却下される。降伏など、あり得ない。命を奪う敵相手にそんなことをしたくもない。

 ――……あと、数分も持つかも怪しいな。

 やはり、戦姫との差は大きかった。どうやら、ここが限界らしい。だが。

 ――……まだ、だ。

 懐中時計を取り出し、中を見る。まだ、時間にはなっていない。ならば、稼がねばならない。

 ――命令しろ、集中しろ……!

 身体にもっと動けと命令し、何時来ても良い様に深く深く集中する。限界を越えても、関係ない。

 自分の身体だ。どう使おうが、自分が決める。だから、身体に無理矢理指示する。動けと。

 そんな無理を伝えた時だった。『異変』が起きたのは。パキン、と何かが砕けた音が響いた。

 

「そろそろ、決着を着けましょう。――終わりですわ」

 

 死をもたらす雷渦が迫る。近付く鞭の竜具に対し、マサトは全く動かず――エリザヴェータは勝ったと確信していた。

 ――あ、れ……? 何だ、これ……?

 その異変に最初に気付いたのは、本人である青年だった。

 彼は身体を動かすと――戦闘当初の万全な時と変わらない速さ、いや、それまでを上回る速度で動き、今まで以上の無駄の無い動作で尖端を的確に捌いた。

 

「……え?」

 

 思わず呆然としたエリザヴェータだが、そんな余裕は無い。マサトが迫っている。最後の抵抗だと思い、九つに分けた雷渦で捕捉しようとするが。

 

「…………」

 

 ――あ、当たらない……!?

 幾ら振るおうが、マサトには一切届かない。余波を含めて全て紙一重で回避される。まるで、こちらの攻撃が見切られているかのように。

 ――どういうことですの……!?

 疲労困憊のはずなのに、その動作からは、微塵も疲れを感じさせない。寧ろ、精錬さが増しているようにさえ見えた。

 ――余力を残していた……!? いや、何か違う……!

 雷の蛇を潜り抜け、懐までに近付くマサトにエリザヴェータは棒状の雷渦を振るう。

 しかし、その一撃は軽々とかわされ、左右の攻撃が迫る。エリザヴェータは避けるも、その動きが読まれたかの如く、攻撃の軌道が変化。

 身体を動かし、必死にその一撃も避けたが、次の瞬間、腹に強烈な蹴りが叩き込まれた。

 蹴りの威力に地面に転がされるも、エリザヴェータは体勢を整え、マサトを見る。

 こっちには来てないが、何やら動作を確かめるように身体を動かしている。

 

「…………」

 

 ――雰囲気が、違う……。

 さっきまでの怒りや、冷静とも異なる、静寂さ。ただ、静かなのだ。目も何故か大きく見開き、瞳の色には輝きに深さが混じっている。

 ――この感覚、は……?

 自分の身体が思った以上に動く。相手の動作が見える。痛みは完全には消えないが、疲労は欠片も感じない。何処か、全能感のような不思議な感覚が心身を満たしていた。

 ――まさか、これ……フロー?

 ゾーン、ピークエクスペリエンス等とも呼ばれる、人が物事に完全に集中し、成功しているような感覚を感じる精神状態。能力が無駄なく引き出せるとも言われている。

 ――それが出来るようになった? いや、でも……。

 フローには色々と条件があるが、その一つに他者から妨害されない環境が必須なのだ。

 戦闘中のケースが無い訳ではないが、疲労困憊で上手く動けるか分からない状態でなれるのだろうか。

 集中状態なのに思考も出来てる。それに肉体の疲労や痛みを無くし、軽減する効果などないはずだ。

 ――フローじゃ、ない。

 その通り。マサトのはただのフローではない。脳の制限を外し、今必要な要素、筋力、思考、計算などの能力や、神経の伝達速度を限界にまで無理矢理引き出し、それ以外の不要な要素を強制的に無視させる。言わば、リミットフロー。限界の領域。

 極限の集中と、特殊な感性が持つか特殊な訓練を行なった者のみに使用可能の、人が持つ力を限界まで発揮させる、諸刃の剣。

 オルガとの鍛錬の中で芽生え出した片鱗が、この戦いの中で覚醒したのだ。

 ――……けど、多分長くは持たないな。

 この推測も正しい。限界寸前の肉体に、能力を強引に引き出している負担は非常に大きい。

 そもそも、これは普段でも負担がきついのだ。訓練無しで発現した場合、制御不能になる。

 長時間の使用は最悪、何らかの障害が残る可能性が高い。つまり、今のマサトの状態は非常に危険なのだ。

 ――充分だ。

 しかし、マサトには関係ない。寧ろ、有り難かった。何しろ、まだ動ける上に、これならエリザヴェータと互角か、それ以上の戦いが出来るかもしれないのだから。

 『この後』なんて、どうでもいい。果たすべき『今』を果たせるのなら、自分はどうなっても構わなかった。

 ――もうしばらくだけ動いてくれよ。

 ある程度の理解も出来た。集中を再開し、意識を深く深く沈める。そして、青年は動く。

 ――来ましたわね……!

 どういう手品かは不明だ。もしかしたら、力を使って強化したのかもしれない。しかし、そんなことはどうでもいい。

 一つ確かなのは、今のマサトは間違いなく戦姫級の実力を持っていることだけ。集中し、雷渦を振るう。

 ――分かる。

 鞭の雷渦がどんな軌道を描くのかが、どんな変化を付けようとするのか。その両方がはっきりと。

 ――覚えて正解だったよ。

 これにはリミットフローと、もう一つはマサトが雷渦の動きを見切ろうとしたことにある。

 マサトはオルガとの訓練で、始動点である腕や手の動きを覚えれば、そこから鞭がどのように動くのかを見切れると考えていた。

 残念ながらこの状態に入るまでに覚えるのは不可能だったが、事前の訓練やこの戦い中に大体を見たおかげで、今は完全に見切ることが出来た。

 ただこの状態になっただけでは、不可能だっただろう。持てる力を限界まで引き出すとは言え、何でも可能にする訳ではないのだから。

 前後左右上下、あらゆる方向から稲妻の鞭は迫る。しかし、その全てをマサトはやはり回避。距離を瞬く間に詰めた。

 ――鞭では……!

 その動きに、エリザヴェータは歯を食い縛りながらも理解するしかなかった。マサトは完全に、ヴァリツァイフの軌道を見切っているのだと。

 血の滲むような鍛錬で漸く使いこなした武器を、短期間で見切られた。悔しいが、無駄である以上は固執しても効果はない。

 雷渦を鋼鞭に切り替え、青年の黒銃と振り合う。さっきは思わぬ速さからの動揺で一撃を受けたが、しっかりと集中さえしていれば同じ不覚は取らなかった。

 雷渦の戦姫と、異界の黒烏。二人は一進一退の攻防を繰り広げる。互いの武器が相手を傷付け合う。両者の実力は今、完全に拮抗していた。

 ――ったく、本当に強いなあ。

 限界になって、漸く互角。つくづく天才だなと、そして、どうしてその強さを生かすために使えないのかと、マサトは思ってしまった。

 規格外の膂力での雷渦の横薙ぎが迫る。マサトは黒銃で防ぎ――衝撃を活かせて身体を加速。薙がれた方向とは逆から黒銃を振るう。

 エリザヴェータはそれをかわそうとしない。刃の部分が接触はする程度のみにし、雷渦での反撃を行なう。

 当てれば重傷を負わせるが、同時に反撃を受けて敗北する。振るいを止め、別角度からの攻撃を仕掛けるが、これも受けるを承知の上でのエリザヴェータの攻撃に止められた。

 ――……面倒なことをしてくるなあ。

 どうやら、エリザヴェータは自分には人を殺めれないと気付き、肉を切らせて骨を断つ、捨て身の戦法にシフトしたらしい。これはとても厄介だ。

 

「あら、やはりこれは苦手の様ですわね」

 

「…………あぁ」

 

 二人のあらゆる意味で対照的な声と共に、戦場に様々な音がひっきりなしに響く。一際大きな激突音が鳴ったあと、二人は互いに後退する。

 二人共に、全身汗だくで、胸が呼吸で常に早く動いている。相当疲れてはいるが、マサトもエリザヴェータも相手を見つめることは止めない。

 

「……どうしてかは不明ですが、大したものですわ」

 

「…………意外だな。誉めるなんて」

 

 もっと悔しがるかと思いきや、ここでの賞賛。表情に変化は無いが、マサトは驚く。

 

「個人としては、不快な相手であろうとも、認める所は認めるべきでしょう?」

 

 これは本心だ。個人としては不快だが、戦士としてここまで必死に戦う者を罵倒する気は無い。

 

「…………それが出来るだけの器量があるなら、どうして強引に攻めてきた」

 

「……それは」

 

 痛い所を突かれ、エリザヴェータは口を紡いでしまう。

 

「…………そういや、まだ一つだけ聞いてなかった」

 

「……何をですの?」

 

「…………あんたはこの戦いを――『公主としての判断だけ』で起こしたのか?」

 

 戦場が少しの間、沈黙する。それだけで、マサトには全て分かった。

 

「…………もう充分だ。例え、あんたがとても立派な人で、これが一時の流れだとしても――俺はあんたを許さない」

 

 これはレグニーツァの人達も同じ思いだろう。これからどうあれ、エリザヴェータが無理矢理に戦いを仕掛けた事実は変えようが無いのだから。

 

「……」

 

 顔を俯かせ、何も言えないでいるエリザヴェータを後目に、マサトは懐中時計を見る。時間の針は――予定の時間を過ぎていた。

 

「…………良かった」

 

「……何が、良かったのかしら?」

 

「…………目的は、果たせた」

 

「目、的……?」

 

 その言葉に、紅の戦姫の両目が大きく開く。そうだ、そもそもこれほど戦える戦士がいるのに、どうしてレグニーツァは打って出ようとしなかった。

 籠城戦を前提としていたら、尚更おかしい。怒りで打って出ようとはしないはず。なのに、レグニーツァは出てきた。こちらに『都合良く』。

 

「ま、まさか……!」

 

「…………この戦――俺達の勝ちだ」

 

 

 ――――――――――

 

 

「そろそろ、時間か」

 

 両公国の軍同士がぶつかる戦場で、ナウムは冷静に戦況を眺めていた。今は右翼との連携で厚みを増やした中央が正面からレグニーツァの攻撃を受け止め、左翼と後方が側面を攻めている。しかし、未だにレグニーツァの抵抗は凄まじい。

 生まれ育った故郷を侵略されたのだから当然の怒りだろうが、それにしても中々倒れない。部隊も崩れそうで崩れない。士気の高さが伺える。

 ――それもここまで。

 もうすぐ、こちらの策が始まる。いや、この表現は正確には正しく無いのだが。何にせよ、この戦いがあと少しで決着が着くことには違いはない。

 ――だが……。

 どうしてか、『何か』がナウムは引っ掛かる。自分だけでなく、他の将も何かを見落としているような気がするのだ。今まで戦場で培った経験が警鐘を鳴らしていた。

 ――しかし、何を見落としているというのだ?

 予定通り、レグニーツァは打って出た。戦場も、当初は猛攻に押されはしたが、今は上手く制御している。主がいないことを除けば――と、そこでナウムは違和感に気付いた。

 しかし、エリザヴェータのように直ぐには気付けなかった。言われた差が有るので仕方ないが。

 ――待て……!

 本当に、自分達の策は予定通りに進んでいるのか。その不安がナウムの頭に過る。エリザヴェータの離脱という予定外の事態があったのに。

 それに注意深く見れば、レグニーツァの部隊が初期と違い、隊列が整っている様にも見える。

 しかし、レグニーツァ兵の雰囲気はやはり怒りに満ちているし、何より予定通りの出撃している。これがどうしても、ナウムの頭に迷いを生んでいた。

 ――違う! 私は、私達は『何か』を勘違いしている!

 ナウムは必死に頭を巡らせ、今までの流れを再確認する。レグニーツァはこちらの挑発で想定よりは早いが、予定通りに打って出た。

 ――……待てよ?

 そこでナウムにある可能性が過る。そもそも、レグニーツァは本当にこちらの挑発で打って出て来たのか。

 もしかして、レグニーツァは挑発で打って出たのではなく――挑発を隠れ蓑に『自分達で出撃した』のだとしたら。

 ――……まさか!

 ナウムは、気付いた。確かに、レグニーツァは予定通りには動いていたのだ。

 しかし、その予定は『こちら』のではなく、『向こう』が立てた予定の通りに。

 そして、自分達はその通りに動かされていたのだと。自分達の策を利用したレグニーツァの策によって。

 

「――全軍撤退しろ! 戦姫様の安全を確保し、ここから離脱する!」

 

 その指示に、ルヴーシュ軍が戸惑う。特に将は、もうすぐ作戦が実行され、レグニーツァの部隊は壊滅する。そう信じて疑っておらず、ナウムにその理由を尋ねた。

 

「ナウム! 貴様、何を戯けたことを言っている! もうすぐ、我等の勝利が確定するのだぞ!」

 

「そうですよ! なのに、いきなり撤退だなんて――」

 

「違う! これは我等の策ではない! 奴等の――」

 

 必死に訴えようとしたナウムだが、その時、西から馬蹄による地響き音が聞こえる。しかも、徐々に近付いていた。

 

「おぉ、来たぞ!」

 

「よし、予定通りに動くぞ」

 

 その一団を、ルヴーシュの武官達は作戦で離れていた自分達の部隊だと当然の様に思い込む。

 しかし、ナウムだけは分かっていた。あれが自分達の部隊ではないと。

 

「――全員に告げる! あれはルヴーシュの部隊ではない!」

 

 戦場に近付く部隊に、事情を知らないレグニーツァ兵達は敵の部隊かと動揺するが、ザウルや武官達の言葉に一瞬困惑する。あれが敵では無いなら、何処の部隊なのかと。

 

「我等の――別動隊だ!」

 

 迫る一団が掲げる旗は――黄色の生地に、朱色と黄金の刃、サーシャが所持する双剣の竜具、煌炎バルグレンを模した双剣が交錯したものが描かれた、レグニーツァの旗だった。

 二つの公国の戦いの、決着が迫る。

 

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