魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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 この話も上手く説明出来てると良いのですが。


第十六話 ボロスローの決着

 時間が一旦、四半刻前まで戻る。場所はボロスローの城塞。

 開きっぱなしの城門へ、千の騎兵が近付いていた。

 

「よし、門は開いたままだ。中はほぼいないだろう、いても少数。一気に攻め落とし、その後はレグニーツァを側面か背後から突く」

 

 彼等はルヴーシュ軍だった。エリザヴェータは四千の内、千を別動隊として用意。

 挑発と、本来はもう少しあとになってから実行する筈の作戦を行なったあと、空になった城塞を占拠し、その後にレグニーツァを奇襲する作戦だったのだ。

 今日、レグニーツァが出てきたため、作戦は不要になったが、手間が一つ消えただけ。問題は無かった。

 千の部隊は城門から次々と中に入り、先の部隊が広場から一気に広がって城塞を制圧しようとする。その時だった。

 

「んっ? 何だ、今の音――」

 

 馬蹄の音で掻き散らされたため、耳の良い一部しか聞き取れなかったが、何かが千切れたり、壊れたような音がした。

 そして、次の瞬間――彼等の下にあった大地が沈み、突入の勢いのせいで次々とルヴーシュ兵と馬がぶつかり、躓き、落下していく。

 

「う、うわぁああ!? 何だこれ!?」

 

「こ、これは……落とし穴か!?」

 

「な、なんで、そんなものが!?」

 

 底こそは一人がすっぽり入るちょっとだが、範囲が桁外れに広い。数十はおろか、数百は簡単に入る程の広さがある。

 

「お、落ち着け! とりあえず、ここから脱出を――」

 

「させると思うか?」

 

 部隊を率いる騎士が混乱した兵を纏め、穴から脱出しようとしたが、その前に声がした。全軍出陣し、誰もいないはずの城塞なのに。

 その騎士や兵士達が恐る恐る周りを見る。其処には、矢をつがえた弓や土を構えたり、投石機を向けているレグニーツァ兵がいた。

 しかも、百や二百程度ではない。最低でも四百はいる。

 

「な、な……!?」

 

「誰一人動くな。僅かな素振りを見せれば、その瞬間に一斉に放つ」

 

 体格の良い一人がそう言い放つ。思わぬ展開に、落とし穴から逃れた数十人が無意識に城塞から脱出しようと振り向くも、そこにも弩を構えた兵が多数待ち構えていた。

 

「動けば……分かるだろう?」

 

 城門の路にいるため、兵は密集している。この状態で貫通力のある弩を放たれれば、一発で二、三人、運が悪ければそれ以上が確実に死ぬ。彼等は誰一人動けなかった。

 

「大人しく向こうに行け。抵抗すれば、その瞬間、前にいる貴様達の仲間達も皆殺しになるぞ」

 

 ルヴーシュ兵達は恐る恐る手を上げ、広場に向かう。そこで落ちている仲間達がいる落とし穴に入れられた。

 

「これで全員だな。次だ。少しずつ出てこい。逆らえば勿論、射つぞ」

 

 抵抗も許されてないルヴーシュ兵は死の恐怖からもあり、その指示に素直に従って次々と捕縛されていく。

 

「な、何故だ……! 何故貴様等はここにいる……!? 何故、こんなものを仕掛けている……!?」

 

 ルヴーシュの将の一人が、困惑のあまり思わず尋ねる。全軍で出撃したはずのレグニーツァに、何故まだこの城塞にいて、罠も仕掛けているのか。まったく分からなかった。いや、理解したくなかった。

 

「そんなもの、理由は一つに決まっているだろう。貴様達の作戦など全て、こちらはとっくに見抜いただけだ」

 

 正確には、一人の青年が、だが。

 

「馬鹿な……そんなはず……!」

 

「何なら、この場で言ってやろうか?」

 

 

 ――――――――――

 

 

 時間は更に、マサト達が軍議を始めた頃にまで戻る。

 

「恐らく、向こうは我等を挑発でこちらの目を惹き付けながら、城塞を迂回してレグニーツァの村や町、公都に迫る。――振りをし、城塞のこちらを誘きだし、野戦で迎え撃とうとすると思われます。同時に、他の場所に隠した別動隊で、空か少数になった城塞を落城。その後にこちらを別方向から攻め、壊滅させる」

 

 野戦で戦わせるだけなら、最初から迂回をすれば良いが、おそらくエリザヴェータはより確実な勝利を求めた。

 ただでさえ、レグニーツァの者は自分の母国を攻められた。それに、彼等の主は病弱なのにである。既に相当な怒りがあるはずだ。

 故にその怒りを更に高めた状態で利用し、冷静な判断力を奪おうとする。

 

「成る程……」

 

「……理に適った策だな。それに嫌らしい」

 

 マサトの説明にレグニーツァの武官達は納得せざるを得なかった。

 自分達はレグニーツァの平和や民を守るためにここにいる。向こうが城塞を迂回し、村や町に攻めようとすれば自分達は打って出るしかない。それがブラフとしても。

 しかも、怒りを植え付けた後に行なうというのが更に嫌らしい。冷静さを欠かせた上でこんなことをされれば、怒り心頭で最悪、陣形もへったくれもなく突撃してしまうだろう。そして、大敗する。

 

「なので、こちらはそれを行われる前に向こうに痛い目に遭ってもらいましょう。――徹底的に」

 

 氷のような冷たさを含んだその瞳と台詞に、ザウル達は背筋が凍る感覚を感じた。

 但し、その感情が向けられている相手はルヴーシュ軍ではなく、エリザヴェータだ。

 

「ど、どう痛い目に遭わせるのだ?」

 

「相手の策を利用するのも一つの手ですが、その場合は向こうも本番とあって、気を引き締めてる可能性も有り得るので、完全に上手く行く保証もありません」

 

「向こうの策が貴殿が言ったのと少し異なる可能性もある。その場合は、こちらも苦戦は免れんな」

 

 例えば、大勢に見せ掛けた陽動部隊で引き付け、側面と背後からこちらを突き、三方向で殲滅するという戦法も有り得る。

 この場合、対応しようとすると、ルヴーシュが策を見抜かれたことに気付く恐れが非常に高く、最悪撤退も有り得る。これでは一番高い勝率を逃してしまう。

 

「なので、今回はその前にこちらの流れに巻き込まれて貰います。具体的には、彼等が挑発している間を狙います」

 

「敢えて、向こうの思惑に乗り、自分達が有利だと思い込ませて油断を突く」

 

 

「別動隊に対しては、こちらも別の部隊を用意し、彼等に罠を仕掛けて一気に殲滅。その後はルヴーシュを奇襲する」

 

「また、ルヴーシュに悟られぬよう、この策を知るのは自分達と別動隊の者達だけ。こんなところでしょうか?」

 

「罠に関しても、味方にも悟られぬようにしつつ、出陣の邪魔にならないよう、穴に板や支えが必要ですね。通ったあとは直ぐに支えを壊さねば」

 

「お見事です」

 

 戦姫という存在がレグニーツァの武官達を悩ませていたが、それでも冷静になればこれぐらいは出来る。彼等にも能力がある証左だ。

 

「しかし、危険が大きい策だな……」

 

 だが確実に裏をかける利点がある。一方、ルヴーシュの本番の裏をかくのは、負担は小さいが逆に裏をかかれたり、逃がしてしまう可能性があるのが欠点。武官達はどちらを良いか、悩んでいた。

 マサトですら、多くの死者が出る可能性が大きいこの策には大いに迷ったのだから。しかし、どれだけ考えても一戦で完全な勝利を得るには、これ以外に無かったのである。

 

「あと、一つ違う点がありますが」

 

「……どういうことだ?」

 

 一つだけの差異について、マサトは詳細を事細かに話す。武官達は最初は納得できなかったが、説明を続けていく中で納得するしかなった。

 

「気持ちは分かるが、我等はレグニーツァの兵士。レグニーツァの為に最善を尽くすべきだろう」

 

「……確かにな」

 

「やむを得まい」

 

「了解だ」

 

 只の勝ち、善戦では意味が無い。本当の意味での勝利でなくては、駄目なのだ。それを理解したが故に、武官達は納得する。

 最大の問題である戦姫も、この後マサトが担当することになり、この策が実行されることになったのだ。

 

 

 ――――――――――

 

 

 マドウェイから自分達の策を明かされ、ルヴーシュの将は目を見開く。全て見抜かれていた。

 つまり、自分達は彼等の手の平の上で動いていたに過ぎなかったのだ。

 

「話も終わりだ。やれ」

 

 マドウェイ達は、こちらの動きが怪しまれぬよう、時間を掛けてルヴーシュの別動隊を全て捕縛すると、牢の部屋に押し込む。本来はこんな大人数を想定してないので、ぎゅうぎゅう詰めになる。

 

「念のため言って置くが、暴れたりしないようにな。――部屋ごと燃やされたいか?」

 

 冷ややかな視線と冷酷な言葉に、ルヴーシュ兵は悪寒が走る。冗談ではなく本気なのは、誰の目を見ても明らかだった。

 事実、マドウェイの近くに油を持ったレグニーツァ兵がそれなりにいたのだから。

 

「貴様達……目的は何だ!?」

 

 別動隊を率いる将が、マドウェイに疑問をぶつける。ルヴーシュに勝つためなら、自分達を捕縛せずに罠に掛かった瞬間に殲滅した方が手間が掛からないはず。

 なのに、マドウェイ達は時間を掛けてまでわざわざ自分達を捕縛した。その理由が分からない。

 

「この戦いが終われば、直ぐに分かる。貴様達はそこで大人しくしていろ。――ここは任せるぞ」

 

 マドウェイはルヴーシュの武官の質問を無視。監視、城の防御、いざと言うときの始末を任された百人のレグニーツァ兵に告げ、残り四百の騎兵と共に城塞を出て、一気に向かっていった。

 そして、ルヴーシュ軍を横から襲撃し、陣形と平常心を崩した。

 ――遂に来たか!

 待っていたこの時が。そのタイミングを見計らい、ザウルは少し驚いている本隊に指示を伝える。

 

「全員! 今こそ全力を以て、我等が生まれ育ったこの地を侵略したルヴーシュを撃退する時だ!」

 

 他の策を知る武官達もほぼ同じ台詞を大声で叫ぶ。別の意味での予想外の事態に戸惑うレグニーツァ兵だが、その激励により迷いを瞬時に消し去り、闘志を極限まで昂らせ、ルヴーシュ兵を睨み付ける。

 

「全軍……突撃!」

 

 戦場全体を揺らし兼ねないと思える程の鬨の声と共に、レグニーツァ軍は大いに崩れたルヴーシュ軍に猛攻を仕掛ける。

 怒涛の攻めに、ルヴーシュ軍はたちまち崩れていく。何しろ、兵も将も完全に予定外の出来事が起きたのだから。絶対的優勢の欠点が、ここに来て遂に現れたのだ。

 

「落ち着け! 陣形を整えろ!」

 

 ナウムや、他の数人の何とか冷静に事態を見極めようとした武官達が必死に陣形を立て直そうにも、精神的にも大きく崩れたルヴーシュ兵には届かない。

 第一、レグニーツァの猛攻により、そんな余裕が無い。戸惑いから右往左往に動き回り、そこを突かれて分断されて倒され、それが原因で更に混乱して討たれるという、完全な負の循環と化していた。

 ――駄目だ! もう……!

 ルヴーシュに勝機が無いのは、火を見るより明らかだった。しかも、戦姫であるエリザヴェータは未だに戻らない。いや、下手すると彼女すら倒されている恐れすらあった。

 

「――全軍撤退! 戦姫様の身柄も確保する!」

 

 遂に、ルヴーシュ軍が撤退を始めた。その動きはとにかくこの場から離れたいというもので、戦う前の優位さは微塵も感じない。

 

「逃がすな! 奴等を徹底的に潰せ! その身と心にこの地を踏み込んだ罰を叩き込んでやれ!」

 

 撤退を始めたルヴーシュ軍に、ザウル達は更に追撃。次々とルヴーシュ兵を討ち取っていく。

 そんな戦況をザウルは冷静に確かめ、一番良いタイミングを見計らう。

 ――頃合いだな。

 ルヴーシュ軍の状態を見て、ザウル達は例の行動を兵に指示。

 自分達はまだ追撃を続ける――と見せ掛け、ルヴーシュ軍の後方を良いところで分断。

 武器を突き付けて威圧し、尚逃げようとするルヴーシュ兵達を止める。

 

「な、何だ! お前達の勝ちだろ! もう馬鹿にしないから、早くここから逃がして――」

 

「武器や甲冑を捨て、向こうに行け。でなければ、殺す」

 

 精神的に追い詰められていたルヴーシュ兵は、その言葉やレグニーツァの睥睨、武器で直ぐに黙らされ、指示通りに武具を捨てさせられ、歩かされる。

 

「そっちはどうだ?」

 

「充分な数だ」

 

 マドウェイ達と合流し、向こうに包囲されているルヴーシュ兵を見る。彼等も武具を捨て、威圧されていた。

 

「我等の方と合わせて三百……いや、四百、負傷者を含めればそれ以上いるか?」

 

「あぁ、成果としては予定通りだろう。後は、彼だが……」

 

 未だに戦いを続けているか、もう終わっているか。一人の青年を二人は脳裏に浮かべる。

 

「……その前に、こいつらを城塞に送る。彼の確認は、予定通りにその後だ」

 

「……その間のせいで、彼が亡くなるかもしれんぞ」

 

 レグニーツァが勝った。つまり、向陽雅人は自分達の敵では無いことが証明されたのだ。

 なのに、力を尽くした彼を助けに行かないのは、幾らなんでも良心が耐えられなかった。

 ザウルも苦しくはあるが、今は将としての判断を優先した。

 

「……勝っている可能性もある。その場合、無駄だ」

 

 実力差を考えると、マドウェイの言っていることの方が現実的だが、例えそうだとしても、先ずはルヴーシュ兵を城塞に連れていくことの方が優先だった。確実な安全のために。

 

「全軍に指示! こいつらを城塞に連れていくぞ!」

 

「……仕留めないのですか? わざわざ手間を掛ける必要が無くなります」

 

「奴等が戻って来る可能性も――」

 

「無いな。向こうにそんな余力があるはずがない」

 

 優位な立場を崩され、完敗した今のルヴーシュに、そんな余裕などあるわけがなかった。

 

「それよりも、さっさと城塞に連れていけ。こいつらを生かす理由は戻ったら直ぐに話す」

 

「……はっ」

 

 納得はしきれないが、だからと言って命令に背くことをレグニーツァ兵はしなかった。

 五百以上のルヴーシュ兵を連れ、ザウル達は城塞に戻っていった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 少し時間が戻り、マサトから自分の作戦をばらされたエリザヴェータは、理解せざるを得なかった。今頃、自軍は大打撃を受けているのだと。

 但し、たった一つだけ。マサトにも想定外の出来事が起きていたのだが、それはある人物以外誰も知らない。

 

「貴方……何処、まで……!」

 

「…………ほんと腹立つな、あんた。ちょっと裏をかかれた程度で動揺しやがって。その程度の対策と意志で攻めてきてんじゃねえよ。舐めてんのか?」

 

 自分の考えが読まれ、困惑、動揺するエリザヴェータに、マサトは静寂と激情が混じり合う黒い瞳で睨み付けていた。

 ただ、エリザヴェータも生半可な覚悟で攻めてはいないし、策もしっかりと考案したものだ。マサトというジョーカーがいない中での。

 なので、彼女が動揺しても当たり前の話なのだが、だとしてもマサトからすれば、その程度の意志で人の命を奪う選択をしたとしか写らないのである。それ故に、更なる怒りを抱いたのだ。

 

「そんな、ことは……!」

 

「…………もう良い、無駄話も面倒だ。目的は達成した。後は――あんたを倒すだけだ」

 

 最低限の結果は果たした。次は、最上の結果を果たすだけ。

 高濃度の結晶を四つ取り出し、二つは黒銃の砲口に射し込み、残りの二つは体内に吸収。

 双銃を構えると、結晶に力が次々と蓄積、球体状に変化しつつ圧縮していき、まるで宇宙に浮かぶ数多の星のように輝いていく。

 ――負けたく、ない……!

 それを見て、エリザヴェータは雷渦を頭上に構える。漆黒の雷鞭に、金色の雷が眩しいほどに迸っていく。

 確かに公国同士の戦いは負けた。戦姫のいない公国に負け、既に無様だが、まだこの青年との戦いには負けてない。

 追い詰められた今のエリザヴェータを支えていたのは、自身の意地だった。負けたくない、これ以上惨めになりたくない。それだけだった。

 

「――ライブドプラネット」

 

「――天地撃ち崩す灼砕の爪(グロン・ラズルガ)!!」

 

 静かな声と激しい声が響く。次の瞬間、星を模した生命の弾丸と、雷で構築された金色の剛爪が、凄まじい音と共に豪速で放たれ、衝突する。

 最大威力で放たれた命の弾と雷の爪は、互いを撃ち破らんと激しくせめぎ合う。その余波は男女に届き、二人を傷付けていく。

 そして、十数える時間の後――互いを吹き飛ばした力により、数十アルシンにまで届く膨大な光と爆音、強烈な衝撃が発生。巻き上げられた土と風、衝撃と光が二人を襲う。

 視界が晴れ、音が消えると、互いの力によって擂り鉢状となった大地と、汚れ傷付きながらまだ立つお互いが目に入った。

 ――……互角。

 マサトは平然とその事実を受け止めていたが、エリザヴェータは全身全霊を込めた最大の技が防がれ、震えていた。

 ――負けたく、ない……! 負けたくない……! 負けたくない!

 ただ一つの想いと共に、エリザヴェータは再度ヴァリツァイフを高く掲げる。再び、膨大な金雷が集まっていく。

 短時間での最大威力の竜技の連発。体力を凄まじく消耗するが、今のエリザヴェータには関係無かった。ただ、どうやってもマサトを倒す。それだけだった。

 ――……二発、目。

 これは非常に不味かった。何故なら、マサトはもう限界だったのだ。

 さっきの大技、ライブドプラネットは本来黒銃では発揮できない威力を引き出し、その制御をするため、身体にダメージを受けながらも体内に高濃度の生命を取り込む必要がある諸刃の剣。

 一日に一度が限界の大技。これ以上は一つしか取り込めない。

 つまり、今のでマサトは限界寸前。リミットフローは辛うじて続いてはいるが、絶体絶命なのに違いはない。

 ――考えろ……。

 目的は果たした。何時でも死んでも良いという言葉に嘘は無い。だが、まだすべきことがある。

 最大の結果を残すため、エリザヴェータを倒す。それを完全にこなすまでは、無抵抗に死ぬ気はない。だからこそ、考える。

 どうすればこの危機を突破し、エリザヴェータを倒せるのかを。

 ――ライブドプラネットはもう無理。

 無理に取り込もうにも、身体が拒絶してしまう。どう足掻いても結晶を取り込めるのは、一つが限界。

 ――回避も……無理か。

 雷の速度と範囲を考えると、回避は現実的ではない。防御はもっと無理がある。

 ――これしかないな。

 青年の頭に一つの考えが浮かぶ。ただ、これを行うには強い覚悟と意志が必要不可欠だ。

 ――両方でも耐えられないしな。

 結晶を一つ取り出し、利き腕である右腕に取り込む。更に右腕の籠手や脛当てをリンクを使って左手の籠手に接続させる。

 傷付いたコートにも、付与を加えて強度を少しでも上げる。

 ――準備完了。

 後は――考えを実行し、エリザヴェータに勝つだけだ。

 

「――来い」

 

「グロン・ラズルガ!!」

 

 姫の雄叫びと共に、相対する敵を滅ぼす稲妻の爪が再度放たれる。凄まじい速さと威力で迫る稲妻に青年は――雷目掛けて走る。

 これに、エリザヴェータは目を瞠る。力を使わずに身体の耐久力だけで突破しようと言うのか。そんなことは、不可能だ。

 勿論、マサトはそんな自殺行為はしない。力を取り込んだ右腕と右の黒銃を真っ直ぐに構え、雷が黒銃に触れる寸前に――力を解き放った。

 

「――ライブドショットガン」

 

 轟音が、鳴った。同時に、雷の一部が大きな凹み、それに隠れて何かが軋み、折れた音を本人の耳は確かに聞いた。

 ――後は……持ってくれよ!

 まだ止まるわけには行かない。青年は防御を集中させた左腕を頭を覆うように出し、雷の塊に突き進む。

 雷の威力と熱により、レアメタルを使った合金の防具が焦げ、砕けていく。

 破片が腕に突き刺さり、身体や顔に切傷と火傷を刻む。途中で痛みが無視出来なくなったのか、激痛が走る。それでも、青年は進む。

 ――勝っ、た!

 一方、エリザヴェータは雷に飲み込まれた青年を見て、自分の勝利を確信する。一度稲妻が飛散したが、その後は何の変化も無い。自分は勝ったのだ。

 そう思った刹那、雷の一部が何かの影によって破られ、その影がエリザヴェータへと向かってくる。

 影の正体は、マサトだった。技で雷を凹ませ、そこに向かって防具を一点に集中させて進むことで、雷の塊を突破したのだ。しかし、その代償は軽くなかった。

 ――腕が、折れ……!? 雷渦の戦姫の左右で異なる瞳が見た。一点に力を集約し、近距離で最大の破壊力を持つ技を放った青年の右腕は、威力に耐えきれずに有らぬ方向に曲がっていた。

 防御を集中させた左腕も雷熱の火傷と、砕けて防具の破片が突き刺さり、見るも痛々しい。

 コートもボロボロで、下の服も焦げ、皮膚も至るところに火傷を負う、満身創痍の状態だった。

 それでも、青年は雷渦の戦姫に向けて走る。全身から来る激痛を意志のだけで抑え込み、自攻撃範囲にまで距離を詰める。

 

「う、あ……あぁああぁあっ!」

 

 目前の、傷だらけでもまだ向かってくる烏と、彼の揺るがぬ意志を宿す瞳を見て、恐怖を抱いた紅の戦姫が棒状にした雷渦を突き出す。

 それを、青年は身体を捻ってかわし、黒銃から刃を展開。戦姫目掛けて振り掛かる。

 エリザヴェータはとにかく迎撃しようとしたが、その瞬間、黒銃が止まる。何故、と思った直後、彼女の顎に左から強い衝撃が伝わる。

 ――ひ、左から……!?

 しかも、頭に。ふらつきながら、紅の戦姫はマサトを見る。すると――青年の有らぬ方向に折れた腕が写った。

 ――まさか……!?

 殴ったと言うのか。折れた腕で自分を。そんなことをすれば、どれだけの激痛が走ると思っているのだ。

 あり得ないと否定するエリザヴェータだが、それは事実だった。マサトは折れた右腕で彼女を殴ったのだ。失神するほどの痛みを承知で。

 ――痛っ、てぇ……!

 腕から、全身に激痛が電撃のように走る。脂汗が全身から滝のように溢れる。それでも尚、青年は意識を手放さない。

 ――これで……終わりだ!

 左腕の黒銃を振るう。痛みで若干鈍りはすれど、倒すにはまったく問題ない一撃が戦姫に迫る。

 ふらつきながらも、本能的に防ぎ、反撃を試みようとしたエリザヴェータだが、黒銃がまた途中で止まった。

 エリザヴェータはまた、まさかと思う。さっき同様、この一撃は囮で、もう一度折れた腕で殴ろうとしているのではないかと。

 常識で考えれば、あり得ない。しかし、マサトはさっき、痛みもお構い無しに殴った。その事実が、エリザヴェータの判断と行動を僅かに遅らせる。

 その時間が、この戦いの結果を決めた。紅の戦姫の稲妻の一撃も極限の領域にいる青年に見切られてかわされる。

 青年は同時に左腕の肘を紅の戦姫の鳩尾に叩き込む。先程以上の強い衝撃が身体を貫き、エリザヴェータは身体のくの字に仰け反り、肺の中の空気を全て吐き出した。

 だが、これで終わりではない。青年は攻撃を放ったその体勢から――腕と腰、足を上手く動かすことで追撃であり、止めの一撃を再び顎に撃ち込む。

 短期に三度の攻撃を受け、エリザヴェータは大きく転がる。強烈な痛みに耐え、土まみれと身体を起こそうとするも、顎の打撃による脳や視界の揺れでまともに動かない。

 ――負ける……!? この、私が……!?

 その現実を、エリザヴェータは受け入れられなかった。まだ戦える、まだ負けてないと心が思うにも、身体が追い付いてくれない。

 

「はぁー……! はぁー……!」

 

 酷く荒れた呼吸が聞こえる。ふとエリザヴェータの見ると、彼女に異彩虹瞳にふらふらとふらつき、顔を青ざめさせ、脂汗を流し、全身に怪我を負いながらも、まだ瞳に光を失なわずに立つ青年の姿があった。

 青年は一歩一歩短いながらも距離を確かに詰めてくる。痛みで、何時失神してもおかしくないのに。己の役目を果たそうと、動く。

 ――なんて、強い……意志……瞳……。

 青年の意志の込もった黒の瞳に、エリザヴェータは見とれた。限界をとっくに越えても、まだ己の成すべき役目を果たそうとするその意志は、眩しいほどに煌めいていた。まるで、漆黒の宝石だ。

 ――……負け、ですわね……。

 黒の瞳を見て、圧倒されたエリザヴェータは、僅かに微笑むと静かに己の敗けを認めた。もう、抵抗する気など欠片も無かった。したくもなかった。

 ――もう、少し……!

 距離をあと数アルシンにも満たないまでに詰め、エリザヴェータを捕らえようとしたその時。

 

「――う、あ……? あ、れ……?」

 

 頭が何かに掻き回されかのように、ぐちゃぐちゃする。更に酷い酔いみたいな感覚を感じる。

 意識を保つのも苦しい。だが、進もうとすると――意識と視界がプツンと途切れ、マサトは流れるように大地に倒れていった。黒銃もカツンと二三音を立て、地面に落ちた。

 

「……え?」

 

 その出来事をスローモーションのように見ていたエリザヴェータは、しばらく何が起きたのか頭が理解出来なかった。

 三十数える時間のあと、竜技連発の疲労と頭の揺れに耐え、ふらふらしながらもエリザヴェータは何とか立ち上がる。

 

「倒、れた……?」

 

 近くに駆け寄るも、マサトは何の反応もせず、ピクリとも動かない。

「とっくに……限界、でしたのね……」

 

 その通りだった。マサトはとっくに限界を超えていた。いや、超えすぎていた。

 リミットフローによる脳や神経への過剰負荷、技の反動での骨折、竜技で受けた傷や火傷の痛み。おまけに折れた腕で殴りまでしていた。

 身体が悲鳴を上げ、それを意志だけで無理矢理押し込めたのだ。倒れて当然の結果だった。ここまでよく持ったぐらいだ。

 

「……人の命を守るため、そうなるまで戦えますのね。……凄い、ですわ」

 

 エリザヴェータは悔しさに満ちながらも、目の前の青年を賞賛する。

 結果だけを見れば、マサトの敗け。それは変わらない。だが、エリザヴェータは自分の勝ちとは微塵も思えなかった。

 今頃、レグニーツァは勝利しているのだろう。彼が死に物狂いで役目を果たしたから。

 一方で自分はどうだ。戦姫としての最低限の役目、戦わせたルヴーシュを勝利に導くことも出来なかった。悔しくて仕方なかった。

 

「何とか……人を……」

 

 辛い身体を動かし、エリザヴェータは辺りを見渡そうとする。敵のマサトは見捨てることも出来るが――したくはなかった。

 となると今すぐ助けを呼ばないと、自分はともかく、マサトは早く助けを間違いなく命に関わる。それほどに酷い状態だった。

 

「……音?」

 

 何処からか、大地が揺れる音が聞こえる。ルヴーシュかレグニーツァか。敗北を感じている自分としては後者が良いが、そんな余裕もない。

 とにかく何らかの音がして、しかも物凄い速さで近付いてくるのは事実だった。エリザヴェータは何とか確かめようとするも音が揺れた頭に強く不快に響き、膝を着いてしまう。

 

「――離れろ!」

 

 強くも幼げな声が聞こえる。直後、エリザヴェータは強い衝撃と共に吹き飛ばされた。

 大きく転がり、また服を土で汚す。何とかしてそちらを見ると――見事な装飾が施された斧を持った一人の少女が、青年を庇うように立っていた。

 

「マサト……!」

 

 少女の正体は、オルガだった。近くには乗ってきた馬もいる。

 彼女は不安から居ても立っても居られなくなってしまい、サーシャとの約束を破り、マドウェイ達の目を掻い潜ってここに来てしまったのだ。

 武器を構えながら、少女は青年を見る。地にうつ伏せに力なく倒れ、全身ぼろぼろでまったく動かない彼を。

 少女はふるふると震え、音が聞こえるほど歯を食い縛り、竜具を持つ小さな手が真っ白になる程に強く握り締める。

 

「よくも……! 許さない!」

 

 来る途中に呼んだ自分の竜具、ムマを振るい、オルガはエリザヴェータに襲いかかる。但し、殺しはしない。気絶に留める気だ。

 マサトとの激戦で、限界寸前のエリザヴェータには既に余力は無かった。辛うじて自分の竜具で一撃を防ぐことには成功したものの、また吹き飛ばされる。

 ――つ、強い……!

 今の一撃で、エリザヴェータはオルガの実力を瞬時に読み取る。疲労困憊の現状では、勝ち目が皆無だった。

 ――けど、どういうこと……!?

 目の前の少女は青年と互角か、或いはそれ以上の実力がある。しかし、そうだとすると、何故レグニーツァはこの少女を最初から出さなかったのか。

 そもそも、この少女は何者なのか、エリザヴェータは疑問で一杯だった。

 

「寝ていろ!」

 

「ま、待って……!」

 

 再び攻撃が迫る。月姫の怒りが込もった羅轟を、閃姫はこれまた雷渦で防ぐ。同時に雷渦から強い閃光を放ち、月姫の目を眩ませた。

 

「くっ!? 小細工を……!」

 

 思わぬ反撃に怯み、オルガは一旦マサトの近くにまで距離を取る。目が少し眩んだが、まったく見えないほどではない。エリザヴェータを捕らえようと、また接近しようとする。

 

「う……く……!」

 

 その時、微かな唸り声が青年からしたのを、少女の耳は確かに聞いた。見ると、僅かだがピクリと動いた。

 ――まだ生きてる!

 しかし、怪我が酷い。直ぐに介抱し、ボロスローの城塞で手当てせねばならない。

 ――その前に……!

 エリザヴェータを捕らえ、連れていく。そうすればレグニーツァの完全勝利に終わる。マサトも安心できる。何としてもエリザヴェータを捕らえようとしたその時。

 

「――戦姫様!」

 

 遠くから、馬の馬蹄による地響きと共に声が聞こえる。二人の戦姫がそちらに向くと、敗走したルヴーシュ軍がエリザヴェータを助けようと徐々に近付いていた。

 ――駄目か……!

 エリザヴェータを今すぐ捕らえようにも、疲労困憊の彼女も必死に抵抗するだろうし、捕らえれても、兵士達が助けようとするだろう。

 全員撃破してからも考えはしたが、一人や二人なら未だしも、最低でも千以上いる相手を負傷したマサトを護りながら一人で対処しないとならない。流石に無理がありすぎる。竜技を使ってもマサトを守れるかどうか怪しい。

 仕方なくエリザヴェータの確保を断念し、マサトの救助を優先。黒銃を広い、身体を担ぎ、馬に乗る。

 

「ま、待ちなさい。貴女、一体……」

 

「わたしは――オルガ=タム」

 

 咄嗟に呼び掛けたエリザヴェータの眼が見開く。行方知らずのブレストの戦姫が、どうしてレグニーツァにいるのか頭が追い付かなかった。

 

「訳あって、今は身分を隠してレグニーツァにいる。そして、わたしは彼や、アレクサンドラ殿には多大な恩がある。痛い目に遭って尚、まだレグニーツァを攻めようすると言うのなら――今度はわたしが貴女の相手になる。その結果、どれだけわたしの立場が悪くなろうとも、だ」

 

 羅轟の戦姫は、初めて会う雷渦の戦姫に向け、敵意と戦意を込めた台詞を言い放つ。

 

「――失礼する」

 

 言いたいことを言い終えたオルガは、エリザヴェータに背を向けると城塞へと馬を走らせた。

 その時、一つの黒が溢れ落ち、地面に落ちたのをエリザヴェータは見ていた。

 オルガからは死角になっていたり、音が馬蹄の音に掻き消され、気付かなかった様だ。

 

「これは……時計?」

 

 青年が外套の中から取り出し、三度ほど見ていた道具――懐中時計を、エリザヴェータは思い出す。

 広うと、落下の衝撃で開いたらしく、中の面が見える。カチ、カチ、と機械の音が鳴らしながら時間を示していた。

 

「御無事ですか、戦姫様!?」

 

 少しの間エリザヴェータは懐中時計を凝視していると、主に代わって撤退するルヴーシュ軍を纏めていたナウムと十数人の兵士が自分に近付いてきた。

 

「……えぇ、何とか」

 

 土まみれで疲れきった主の姿を見て、ナウム達は息を飲む。こうなるまでに敵に、マサトに追い詰められたのかと思ってしまった。

 

「……そちらは?」

 

「……申し訳ありません。大敗で御座います……!」

 

 やはり、本隊もレグニーツァに撃ち破られたようだ。

 

「……向こうにはまだ策がある可能性も存在しますわ。急いで陣地にまで撤退を」

 

 策が無くとも、自分の疲れ具合や大敗した自軍の士気を見ると、どう足掻いても戦況をひっくり返すことは不可能だ。

 エリザヴェータは黒の懐中時計を持ったまま、弱々しく撤退を指示。

 ルヴーシュ軍は主を馬に乗せると、そそくさとその場を後にした。

 

 

 ――――――――――

 

 

 一方のレグニーツァ軍。五百以上のルヴーシュ兵を引き連れ、ボロスローの城塞の門前にまで着く。

 

「我等だ! 入れてくれ!」

 

「分かりました! あれ……?」

 

 直ぐにルヴーシュ兵と共に城塞に入ろうとしたが、その時城壁から周りを見渡していた兵士達が何かを見た。

 

「どうした?」

 

「いえ、あちらから一つの馬影がこちらに近付いて来ていて……」

 

「……馬?」

 

 マサトは馬に降りていた。エリザヴェータもだ。ルヴーシュにしては、一つだけなのが引っ掛かる。

 兵士達を中に入るのを指示し、ザウルはマドウェイや他の数人の武官や数百の兵達と一緒に警戒していると。

 

「――ザウル殿! マドウェイ殿!」

 

「レナータ……殿!?」

 

「どうして外に……!?」

 

 城塞の中で待っているように約束していたはずのオルガの声に、ザウルとマドウェイは驚愕する。他の武官も兵士達も何故と驚いていた。

 

「叱責は後で幾らでも聞きます! それよりも、彼を!」

 

 彼という言葉に、ザウルとマドウェイはもしやと近付く。すると、全身切傷や火傷、骨折までしているマサトの姿が目に入った。

 

「何という怪我だ……!」

 

「直ぐに医師を! 急がねば、手遅れになるぞ!」

 

 武官や兵士達は慌ただしく動き、直ぐにマサトを城塞に送る。ザウル達も中に入ると、戦場となったボロスローは漸く静けさを取り戻す。

 こうして、ルヴーシュとレグニーツァ。二つの公国による、ボロスローの戦いは絶対的な不利を覆したレグニーツァの勝利で幕を閉じたのであった。

 

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