魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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暫くは毎日投稿。あと、タイトルがちょっと納得出来なかったので変更しました。


第二話 烏と姫

「え、えと……本当に何が起きたんだろう?」

 

 夜中。女性が目の前の光景に戸惑っていた。病気から目が覚め、少し時間を潰したあとに寝ようとした時、部屋の天井近くから人が現れ、自分が身を預けていたベッドに落下したのだ。

 自身は直前に回避したが、そのあと彼女はひたすら戸惑っていた。いきなり人が出現し、落下してきたのだから当然だろう。

 女性は色々と考えるも、まったく分からない。一番可能性が高いのは、自分を狙う暗殺者だが、それにしては間抜け過ぎる。

 第一、この部屋の天井には人が隠れれる空間は無い。さっきのも突然現れた様子だった。

 

「――御無事ですか!?」

 

 部屋の扉が開き、また別の声が響いた。但し、今度のは女性が知っている者の声だ。

 ガチャガチャと金属が擦れ合うような音を足音を立てながら、鎧を纏う騎士や兵士達が部屋に入ってきた。

 数人が女性の元に歩み、残りが部屋に灯りを付ける。すると、マサトの姿がはっきりと全員に写った。

 

「曲者!?」

 

「おい、お前達! 部屋の確認を怠ったのか!?」

 

「そ、そのようなことは決して! しっかりと確認はしております! 前の確認時も、戦姫様以外は誰一人おられませんでした!」

 

「では、この者は一体……?」

 

 全員が何処にいたのか分からない侵入者に困惑していると、その内の纏め役と思われる一人が女性の身の安全を確かめつつ、話を聞く。

 

「一体何が……?」

 

「……落ちてきた」

 

「――はい?」

 

「だから……落ちてきた。あの人が。部屋の天井辺りから」

 

 その騎士や、周りの者達がマサトと現場、その上を交互に見る。当然ながら、全員頭に疑問符を浮かべた。

 

「ど、どういう……?」

 

「聞かれても困るよ! 本当にあの人が落ちてきたとしか、言い様が無いから……」

 

 再度、ここにいる全員がさっきと同じ行動を繰り返し――そして、やはり疑問符を浮かべた。

 

「……とりあえず、この者の処遇はどうしますか?」

 

 普通に考えれば、処刑が妥当。しかし、この事態はどう見ても普通ではない。自分で判断できる範疇を超えすぎていたので、騎士は女性に判断を仰ぐ。

 

「……話を聞きたい。何者なのか、どうやって此処に来たのか。だから、その者を空いている部屋に寝かせて。ただ、万一に備えて身体や持ち物の検査、腕の拘束はして欲しい」

 

 薄くはあるが、暗殺者の線はまだ完全に捨てきれず、身分を知るためにも身体や持ち物の検査、拘束は必須だった。

 

「分かりました。――戦姫様の命令だ。その者の所持品と思われる物は全て回収、調査し、その者は腕を拘束したあとに空いている部屋に寝かせろ」

 

 騎士を通しての主の指示に、兵士達は急いで動く。数十秒で壊れたベッドは破片一つ残さずに片付けられ、マサトや彼が持っていた道具は運ばれて行った。

 

「新しいベッドを至急用意しますので、暫し御待ちください」

 

 女性はある病に掛かっているため、床に寝かせるのはご法度。ベッドでの安らかな眠りは当たり前だった。

 

「分かった。……ただ、目が覚めちゃったから、寝れるかな」

 

 あんなとんでもが起きたため、女性の眠気は完全に吹き飛んでいた。

 

「……気持ちは察しますが、御体のためにも寝てください」

 

「何とかそうする」

 

 それから四半刻後、女性は用意された新しいベッドで横になる。そのまま寝ようとしたが、途中、さっきの人物が頭に過る。

 ――本当に何なんだろう、あの人?

 一体何者で、どうしてあんな風に現れたのか。それを知るためにも、今日はもう寝るべきだ。

 どんな人なのか、女性はそれを一度だけ考えたあと、すやすやと寝始めた。

 

 

 

 

 

 翌朝。ベッドが何時もとは違うせいか、或いは昨日の人物が気になったせいか、女性は早く目覚めた。

 呼鈴を鳴らし、侍女長を呼び出して昨日のことを知っているのかを先ず尋ねる。侍女長が頷くと改めて尋ねた。

 

「少し御待ちください」

 

 侍女長が部屋を出る。その数分後、一人の騎士が入室。昨日の騎士だ。

 

「もうお目覚めでしたか」

 

「うん、何時もと違うからかな。それより、昨日の人物のことなんだけど」

 

 昨日の人物、マサトについて尋ねると、騎士は困った表情になる。

 

「どうしたの? 何か問題でも起こした?」

 

 であれば、直ぐにそれ相応の対応を取らねばならない。

 

「いえ、まだ目覚めてはおられないようです。ですが……」

 

「どうしたの?」

 

「……彼の持ち物が気になるのです」

 

「持ち物?」

 

「はい。所持していたのは、武器らしき黒い物。そして、彼の篭、もそうですが、中身も変なのです」

 

「変?」

 

 彼という言葉から、女性は昨日の人物が男性だと把握するが、篭もその中身も変という言葉に頭を傾げる。どういう意味なのだろうか。

 

「彼の篭には、他国の文字を記した記録本が大量に詰まっていました。ほぼ全てと言っていいほどに」

 

「……そんなに?」

 

「その他にも、筆記具と思われる物や……このような奇妙な物が、中に」

 

 騎士が箱から一つの物を取り出す。掌よりも一回り程度の大きさしかない薄い板らしき何かだ。

 

「これは……染めた金属板?」

 

「一見、そう思われ、調べましたが……どうにも分からないのです」

 

「分からない?」

 

「はい……。物知りの文官達にも見せましたが、全員がまったく知らず、その上……」

 

 騎士が薄い方を出し、ある箇所を押す。すると、黒の面に光、模様が表れ、次々と変わりながら音を鳴らす。それが止むと、また違う模様が幾つも出てきた。

 

「え、えぇ!? これ、何……!?」

 

「わ、分かりません! このような代物、私も他の者達も見たことは勿論、聞いたことすらありません……! 判明しているのは、押して動かすと模様が動いたり、面がまた変化するぐらいしか……」

 

 その様子を見せてもらう。すると言った通りに変化する。

 

「これ、本当に何なの……?」

 

 今の現象に、女性はただ驚くばかりだ。

 

「分からないのです! 方法が判明しても、その原理や用途自体がまったく! その為、調査も全然進みません……」

 

 仮に国宝の様な物だとすれば、壊してしまうと大問題になる。そのため、解体自体が出来ず、調査は慎重に慎重を重ねざるを得なかった。

 暫く呆然としていた女性だが、とりあえず深呼吸。無理にでも平常心になって、物事を判断する。

 ――……とりあえず、暗殺者の線は無いね。

 こんな貴重、いや、唯一無二と言っていい道具を持ち、大量の記録を記した本を所持している。そんな暗殺者など存在するはずがない。

 では、彼は何者なのか。可能性が高いのは、学者。それも、かなりの功績を上げ、国王から評価された者。

 これならば、大量の本や見たこと無い道具を所持していることに辻褄が合う。

 

「今すぐ彼の拘束を解くように。あと、持ち物も全て返却して欲しい」

 

「し、しかし……」

 

 女性の指示に、騎士は何とも言えない表情だ。

 

「彼はおそらく、他国の重要人物の可能性が高い。このままの拘束は、問題になりかねない」

 

「ですが……あの者は、貴女様の部屋に――」

 

「それは何らかの事故に巻き込まれた結果だと思う。でないと、人がいきなり現れるなんて、あり得ない」

 

「恐れながら……人が他の場所に飛ばされる。そのようなことがあり得るのでしょうか?」

 

「『これ』、知ってるよね?」

 

 常識的な返答に、女性はポンポンと双剣を叩く。それを見て、騎士はハッとする。

 

「『これ』だって、何もないところから現れたんだ。人にも同様の事案が起きても不思議じゃない」

 

「なるほど……」

 

 本人達はそれについて知っているので納得しているが、知らない他人からではさっぱりの内容の話だ。

 

「納得は致しました。しかし、拘束を解くと言うのはやはり……」

 

「問題を避ける為だよ。ただ、武器らしき黒い物だったかな? それは預けてもらうように頼んで欲しい。あと、目覚めた場合は食事も用意。それが終わり次第、僕との話し合いを」

 

 普通の狼藉者相手なら、寛大過ぎる対応だが、対象はそんな範囲の人物ではない。これぐらいは仕方ないだろう。

 

「承知しました。ですが、万一もありますので、護衛を最低でも一人か二人は必ず付けてください。また、体調が悪化した場合は延期してもらいます」

 

「分かった」

 

 自分の立場及び、状態を考えれば当然の判断。女性は断らなかった。

 話を終えると、騎士は女性に一礼。道具を持って退室しようとするも、扉が叩かれた。

 女性が尋ね、許可を与えると、また男性が入ってくる。聞くと至急報告したい事があるとのこと。

 

「どうかした?」

 

「いえ……。あの人物について、急いで報告せねばならない事がありまして、その報告に……」

 

「何の報告だ?」

 

「こ、これです……」

 

 一つの黒い何かを受け取る。自分が持っていたのとはまた違い、大きさは一番小さく、材質は革に近い。

 ただ、金色の刺繍らしきものによる文字や、花の意匠が気になる。それと道具の一つと同じ開くらしい。

 ここまでなら、立派そうな革製の何か。大した物ではない。彼等にとって問題なのは、その中身だった。

 

「これは……」

 

 それを見て、女性は目を大きく見開くが、文官の報告に更に驚愕することになる。

 

 

 ――――――――――

 

 

 黒以外、一切何もない闇の世界の中で誰が声を掛けてくる。それが誰なのか、何処にいるのか、何を話してきているのか、まったく分からない。

 何しろ、ここにいる人間、マサトは微かな意識しか無いのだから。

 ただ、闇の中に『何か』が存在しており、そして、その何かは自分を見詰めている。それだけは分かった。

 ――誰だ……?

 そう問い掛けても、何故か声が出ないのでその『何か』には届かない。数秒か、数十秒か、数分か、或いは数十分か。

 どれだけの時間が経ったか、分からない頃に、暗く冷たい何かが自分に触れ、語りかけてきた。

 青年には届かなかったが、何かは笑みを浮かべながらこう言っていた。また会おう、と。

 そして、マサトの意識は闇に飲み込まれるように、途切れていった。

 

「……ここ、は?」

 

 何処かでのマサトの意識が途切れたと同時に、現実で彼の目が開いた。知らない天井が視界に入る。

 ――何だ、この感じ……?

 同時に身体に妙な違和感を感じる。体を起こしてそれを把握しようとしたが、両腕がどうしてか思うように動かせず、体勢を少し崩して背から倒れた。柔らかな感触が伝わる。

 ――ベッド?

 感触からその様だ。確かめようと、もう一度身体を起こそうとしたが、やはり腕が動かない。視線を何とか移すと、縄で縛られていた。結びや縛りは固く、外すのは困難だ。

 幸い、足は動かせたので、身体や足だけで起き、ベッドに腰掛けると周りを見渡す。机や椅子、棚などが置いているので何処かの一室だと伺えた。

 ――機械や、コンセントは無いな。

 周りを確かめるが、自分の世界の主な国なら必ずあるものがこの部屋に無い。

 考えられるのは、ここには何らかの理由で存在しないか、それらがそもそも無いから。この二つのどちらかだろう。

 その割には、自分を拘束しているのが手錠ではなく縄なのが引っ掛かるが。

 ――……どうなってるんだ?

 現在の状況が分からない。一室で丁重に寝かされてると思えば、腕は縛られている。ちぐはぐだった。

 

「物は……無いな」

 

 近くに鞄や黒銃が無い。取り上げられたと考えるのが妥当だろう。にしては、自分が寝ている場所が気になるが。

 

「出れるか? いや……」

 

 こんな状態で出ても、あまり良いことにはならないだろう。寝かされていたことを考えると、誰かが来るまではこの部屋に留まった方が良い。

 ただ、それまでは少しでも自分の立場を良い状態にするため、色々と考えていく。それが数分経つと、扉が開かれた。

 

「――おや、もう起きてたいらしたか」

 

 聞き覚えのある言語と、聞き覚えの無い声色。マサトが入り口を見ると、一人の男性が入ってきた。年齢は自分よりも一回りは上そうで、少なからずの風格を感じた。

 

「……貴方は?」

 

「この国の言語を話せましたか。話が早くて助かります」

 

 その人物は良かったと安心している一方、マサトはあることが引っかかっていた。

 ――……何で、この言語で話せるんだ?

 マサトが今話しているのは、彼が元いた世界に存在する他国の言語。つまり、異世界の言葉だ。それが何故、違う世界の者と話せるのか。

 ゼロの時の疑問が再度浮上するも、今は現状確認を優先し、後回しにした。

 

「縄を御外します」

 

「あ、はい……」

 

 腕を出すと、男性は縄を手早く外す。拘束が無くなり、少し気分が楽になった。

 

「では自己紹介を。私はザウル。レグニーツァで勤める騎士です」

 

「レグニーツァ……?」

 

「ジスタードの七つある公国の一つです。ここはその首都である公都、その中心となる、統治者が御住まう公宮の一室です」

 

 ――ジスタードに、公国か。

 その話で、マサトは今いる国を知る。地図は無いので、現在地はまったく不明だが。

 

「御丁寧に。自分は――マサトと申します」

 

 後ろめたくはあるものの、マサトは名だけを告げる。姓は不味い可能性があると予想したからだ。

 

「――中々、特徴的な名で。気分はどうですか?」

 

 ほんの僅かだが、ザウルには間があった。

 ――今の……。

 その間が、マサトはどうにも気になった。

 ――俺の名を、知ってる……? いや、そんな方法は……。

 そこまで考え、方法があることに思い至る。あるのだ、文字さえ読める人がいれば、簡単に知る方法が。

 ――この様子だと、もう見られてたか。

 だとすれば隠す意味は無いが、かといって、素直に打ち明けるのも抵抗がある。今はまだ言わないことにした。

 

「悪くはありません」

 

「それは良いことで。お腹は空いてますか?」

 

「それなりには……」

 

「では、直ぐに御用意します。あと、所持品を御返しします」

 

 自分の鞄を丁寧に渡される。中を確かめると、鞄の中の物は全てあった。

 

「自分、黒い色をした一対の物を持っていたと思うのですが……」

 

「……あります。しかし、こちらとしては安全のために武器は預かって置きたいのですが」

 

 マサトは少し考える。身を守るためには黒銃を手元に持って置きたい。しかし、経緯はどうあれ、自分は統治者の公宮に不法侵入したのだ。

 それに、ザウルの提案は主を守る騎士としては当然のもの。無理を言えば返してもらえるだろうが、後ろめたさがある。

 

「分かりました。それは暫しお預けします」

 

「感謝致します」

 

「それと……自分、昨日誰かとぶつかりそうになっていたと思うのですが、その人は無事でしょうか?」

 

「御安心を。傷はありません」

 

「そうですか。それは良かったです……」

 

 ほっと胸を撫で下ろすマサトを見て、ザウルは女性の推測が正しいと思うようになる。ただ、警戒は緩めないが。

 

「では、料理を用意しますので、この部屋で御待ちを」

 

 マサトがはいと頷くと、ザウルは部屋前で誰かと話し、そのあと壁際に立つ。

 ――監視役か。

 自分の見張りとしてここにいるのだと、直ぐに分かった。

 

「本があるようですが……拝見しても?」

 

「どうぞ。読めますか?」

 

「おそらく」

 

 適当な一冊を取り出し、本を読むフリをしながら、マサトは思案する。

 ――さて、どうするか。

 向こうの対応、不法侵入した人物なのに、見張りはいるが一度した拘束は解き、所持品も武器以外は返し、食事まで用意する。

 この事から、向こうは自分を何らかの重要人物だと見ているのだろう。 ――となると、問題は……。

 自分を異界人と明かすか明かさないか、である。ただ、そうするには自分は余りにもこの世界を知らない。

 ――ゼロからもっと、話を聞いて置けば良かったな。

 とはいえ、そうしても道具を見られている可能性が高い。こんな状態では上手く話を進めれないだろう。

 ――ここの主と話をする中で、何とかするしかないな。

 行き当たりばったりだが、それ以外に選択肢が無い。思案を続けていると扉が叩かれた。ザウルが返答すると、侍女と思われる女性が入室。料理が届いたらしい。

 ――先ずは、腹ごしらえか。

 腹が減っては戦ができぬ。ここの主と話をするためにも、食事はしっかり摂ることにした。

 部屋にサービスワゴンに乗せられた料理と共に香ばしい匂いが入り、青年の鼻を刺激する。

 メニューはニシン、たまねぎとマッシュポテトを加えた焼いたパイに、鰻をパンのような種で包んだ焼いた料理、野菜と肉を摘めた湯気の無いスープ、お酒やデザートのすももや無花果まである。

 ――……結構、豪勢じゃないか、これ?

 ここの統治者ほどでは無いだろうが、マサトからすれば、かなり豪勢な料理だ。思わずポカンと口を開いた。

 

「……頂いても良いのですか?」

 

「はい。初めて見る料理ばかりで、お気に召さないのであれば、御下げしますが」

 

「そんな失礼なことはいたしません。有り難く頂戴します。ただ、このあとの為にもお酒は遠慮したいのですが……」

 

「では、代わりに果実水を用意させます。あと、スープにはお酒が入っていますが……」

 

「強いので無ければ、これだけは何とか行けます」

 

「大丈夫です。さっぱりする程度ですよ」

 

「なら、頂かせてもらいます」

 

 椅子に座り、両手を合わせていただきますと告げ、料理を有り難く頂いていく。

 

「――ごちそうさまでした」

 

 全てを平らげ、マサトは食べる前と同じように両手を会わせる。直後に侍女がまた入って来て、食器や皿を回収していった。

 

「お口には合いましたか?」

 

「はい、とても」

 

 パイは生地の食感と中の具の味加減が絶妙。鰻を包んだ物は、外の生地のパリッとしながらも柔らかな感触と中の鰻の脂身やタレが次を誘発する。

 スープは冷たいが、肉や野菜にはしっかりとした味と食感があり、スープの冷たさや僅かな炭酸が口の中をさっぱりさせる。

 デザートのすももや果実水も、甘味や酸味が程好く両立していた。

 

「正直、自分には勿体無いと思うほどの御馳走でした」

 

 ――ふむ。

 その台詞に、ザウルはマサトが控え目な性格なのかと考える。

 はっきりとした根拠は無いので実際はまだ不明だが、料理の作法がしっかりとしていたことから、最低限の教養を学んでいたことは見抜いていた。

 ――そもそも、他国の私と話せる訳だからな。

 そして、あの鞄や道具の存在もあり、ザウルからすればやはり重要人物としか思えなかった。

 

「このあと、話し合いとのことですが」

 

「少し御待ちを。我等の主は最近、体調を崩しがちなため、調子が良い時を選んで置きたいのです」

 

 そのような事情があるなら、仕方ないだろう。一通り考えもしたので、今度は本当に本を読んで時間を潰すことにした。

 その本を半分程捲ると、また扉が開いた。但し、今度来たのは女性ではなく男性。それもかなりの高齢だ。

 

「御人、そちらに不都合が無ければ、我らが主との会談を行いますが」

 

「こちらこそ、お願いします」

 

「では、案内します」

 

 鞄を肩に掛けたマサトは、老人とザウルの間の位置で廊下を歩く。途中、何人かが見知らぬ他人であり、昨日の件のマサトに視線を移していたが、本人は気にせずに歩を進める。

 ――ふーん……。

 その際、マサトは目だけを動かし、公宮の内部を見ていた。統治者が住む場所にしては派手さは無く、寧ろ質素にも見え、ほっと安心出来る造りだった。

 回廊を通り抜けると、三人は一つの扉の前に立つ。統治者の部屋なのだろう。

 

「御人、先程も彼から聞いたと思いますが、我等の主は最近、体調を悪くされてるので会談は半刻までとさせてもらいます。また、護衛としてその者も入室します」

 

「構いません」

 

 つまり、この部屋にいるのは自分、ザウル、統治者の三人だけになる。異界人であることを明かすにしても、その方が有難い。

 ザウルが扉を開き、彼の後に続くようにマサトも入室する。

 

「アルシャーヴィン様、例の御人をお連れしました」

 

「こちらに」

 

 ――あれ? この声……。

 何処かで聞いたような声。とりあえず、そのまま入ると、この部屋の主の姿が目に映る。

 

「ようこそ」

 

 自分と同じ黒髪に、黒の瞳。違うのは髪型と、性別。つまり、女性だった。

 ――この人が、公国の統治者……?

 国のトップが女性。というのはあり得なくは無いが、ありふれたものかと言えば否。おまけに、年齢も二十歳未満に見える。若いにも程がある。

 ――それに……。

 腕しか見えないが、女性だからとしても細すぎる気がする。肌の白色も、正直健康的よりも病的に見える。

 

「こちらへ」

 

 女性に言われるがまま、マサトはベッドの近くにある椅子に座る。ただ、距離は一人分離れており、女性の近くにはザウルが直立不動に立っている。

 

「初めまして、ではありませんね。昨日、この部屋で一応会っていますから」

 

 昨日と違い、女性は敬語で話す。これは相手が何者か不特定だからだ。

 ――……一応? あっ!

 一方、何度かの声や、今の発言でマサトは目の前の女性が昨日ぶつかりそうになった人物だと理解する。

 ――ん? 待てよ?

 ここでマサトは情報を纏める。女性はこの公国、レグニーツァを統治する人物で、ここはどうやら彼女の部屋。最後に、昨日自分はこの部屋で彼女と会った。つまり。

 ――俺、公国のトップの部屋に転移したの!?

 よりによって、どうしてそんな場所に転移したのだろうか。偶然とはいえ、起こした件の重大さにマサトは冷や汗を流す。

 

「……昨日は、誠に申し訳ありませんでした」

 

 椅子から離れ、正座からの土下座でマサトは頭を深々と下げる。

 

「いえいえ。故意でないのなら、貴方も被害者。お気になさらず。顔を上げてください」

 

「寛大な御言葉、ありがとうございます……」

 

 顔を上げるも、マサトとしては座りづらい。しかし、女性にどうぞと促されたので座ることにした。

 

「では、自己紹介から。私は、アレクサンドラ=アルシャーヴィンと申します」

 

 ――アレクサンドラ=アルシャーヴィン。

 それが、レグニーツァの統治者であるこの女性の名。

 

「次は自分――と言いたい所ですが、その前に」

 

「何でしょうか?」

 

「既に、知っているのでは?」

 

 マサトがそう答えると、アレクサンドラとザウルが僅かながら無言になる。その時間が終わると、アレクサンドラはにこりと微笑む。

 

「はい、知っていますよ。――向陽雅人殿」

 

 ――やっぱりか。

 アレクサンドラが自分のフルネームを言い当てたことに、マサトは思わず溜め息をつく。

 

「身分証明書、とても良いものですね。その人の身分や、所属国名まで記してあるなんて。見習いたいぐらいです」

 

 マサトの世界の主な国では用意される、自分の身分を証明するもの。アレクサンドラ達はそれを見て、マサトの名や身分等を知ったのである。

 但し、身分についての意味は完全に分かっていない。

 

「時間もありませんので、率直に尋ねます。貴方は、何者ですか?」

 

 ――さぁ、どうする。

 ここで素直に言うか、誤魔化すか。選択肢はこの二つだけだ。

 ――けどな……。

 誤魔化そうにも、身分証明書は見られている。そして、自分がこの世界についてほとんど知らないのが致命的だ。

 ある程度は誤魔化せるだろうが、例えば、自分の国と似た国に連れて行かれた場合、確実にバレる。十数秒だけ悩み――答えを出した。

 

「アルシャーヴィン様、こんなことを考えたことはありませんか? 木や油を使わずに火を起こせたら。火以外の明かりがあれば。遠く離れた人とやり取りが一瞬で済めば。空を飛ぶ乗り物があって、それで移動や物を運べたら。馬よりも何倍も早く、多くの人を乗せる乗り物があれば。長期に渡っての食料の保存技術があれば。高度な医療が存在し、病を直ぐに治し、止めることが出来たら。道具一つで、多くの情報を知れたら」

 

「あります」

 

 それらは、何れも一度は考えたことのある想像ばかりだ。絵空事だと、直ぐに割り切っているが。

 そして、彼女がそう告げたことでマサトはこの世界の範囲を把握する。

 

「自分は――そんな世界から来ました。簡単に申すと、異界人です」

 

「異界、人……?」

 

 アレクサンドラもザウルも、その返答は流石に予想外だった様で、暫し呆気を取られた表情でマサトを見る。

 

「……その割には、外見は私達と差ほど変わらず、こうして話せますね。文字も、この国のではありませんが、半分以上が他国のと同じでした」

 

「その辺りは自分にも分かりません。偶々似ている、そうとしか言いようがありません」

 

 これは本意だろうと、アレクサンドラは思っている。第一、今はそんなに気にする必要も余裕も無い。

 

「分かりました。ところで、異なる世界の貴方が、どうしてこの世界に?」

 

 ――これはどうするか。

 黒銃、ゼロが関与しているのを話すか、知らない間に来たと話すか。後者は誤魔化してこそはいるが、嘘ではない。

 ゼロの存在も、自分かゼロが言わない限りは知られる事はない。マサトの選択肢は――後者だ。

 

「知らない間に飛ばされたらしく、目が覚めたら――」

 

「こちらに来てしまった、という訳ですか」

 

「はい」

 

「事情は分かりました。次に、貴方の身分ですが」

 

「平民です」

 

「平民なのに姓が?」

 

 こちらでは一部例外を除き、貴族しか姓を持っている者はいない。彼はその例外なのかと思うアレクサンドラだが。

 

「向こうでは一人一人を正確に区別するために、姓を持つことになります」

 

 名前だけなら同じ人は沢山いるだろうが、そこに姓も加われば早々同じにはならない。

 合理的な考えに、アレクサンドラとザウルは思わずなるほどと頷く。

 

「次に自衛隊、でしたか? それについて伺いたいのですが」

 

「簡単に申せば、兵士です。国の為に戦い、災害が起きた際には被災地で救助活動を行ないます」

 

「兵士?」

 

 アレクサンドラは少し驚いた様子を見せる。一方で、ザウルは身体を調べる際にマサトのしっかりとした身体付きに納得していた。

 同時に、二人は少し落胆もしていた。その様子がマサトには引っ掛かる。

 

「はい。と言っても、目立った戦争が無い、ある事情から自分の国は戦いを起こせないので未経験です。救助の方は大きな災害がかなりの頻度で発生しますので、幾度も経験してますが」

 

「どんな国なのですか、貴方の国は……?」

 

 戦いは起こせないわ、災害は頻繁に発生するわと、色々と可笑しい。

 

「そういう国だと、理解していただけると助かります」

 

「そうします。次に、変わった道具についてですが」

 

「これらのことでしょうか?」

 

 マサトは鞄から、二つの道具を取り出す。アレクサンドラがさっき見た道具だ。

 

「それらです。一ヶ所を押すと光が溢れ、動く模様や、音が出る……原理はともかく、どんな用途の道具かは気になります」

 

「一つは、連絡を取るための道具で、情報も調べることも可能です。あと、画も作れたりします」

 

 説明しながら物を二人に見せ、それぞれがそういう道具だと伝える。

 

「……それ一つで? 便利過ぎないでしょうか?」

 

 連絡、情報集め、絵を作る。簡単にはできないそれらを、たった一つの道具でこなす。マサトの世界の凄さが充分に分かる話だ。

 

「無限には使用出来ません。バッテリー――燃料が何時かは必ず尽きるので。あと、買う以外にも資金を払う必要もあります」

 

「制限はある、と……」

 

 それでも、高性能な道具なことに代わりはない。

 

「もう片方は?」

 

「携帯音楽プレーヤー――一言で言うと、様々な歌を保存し、何時でも聞くための娯楽用の道具です」

 

「これで娯楽用……」

 

 確かに歌らしきものが出ていたが、一種の装飾品と言っても過言ではなさそうなこれが娯楽のための道具。

 騎士と共にまたまた驚くアレクサンドラだが、冷静にして話を続ける。

 

「……後二つ聞きます。一つは一対の黒い物体について。あれは貴方の武器ですか?」

 

 これは黒銃のことだと、直ぐに分かった。というか、持ってないのはそれだけなので、分かった当然だが。

 ――こいつはどうするかねー。

 誤魔化すか、話すか。またの選択肢にマサトは悩む。とはいえ、一度黒銃に関係ある話で誤魔化した以上、それを通すしか無い。

 ――問題は……。

 話していく中で、アレクサンドラに隠し事を見抜かれた場合。これが一番怖い。自分は彼女を知らないため、どれだけ交渉能力があるか不明。

 ――仕方ないか。

 非がある、立場も不利なのはこちらだ。ぼろが出る前に潔く話した方がまだマシだろう。

 昨日の件を要点を纏めつつ、簡潔に話した。

 

「――ということです。なので、ここの移動は二度目です」

 

 さらっと隠し事を話すマサトに、ザウルは不満気な表情で見つめるが、アレクサンドラは彼を手で制する。

 隠し事をしていたのは確かに失礼だが、向こうはいきなり飛ばされた異界人。警戒は当然だろう。最終的には明かしたことなので、アレクサンドラは批判しなかった。

 

「ここに来るまでの経緯は分かりました。最後の質問ですが――これから、貴方はどうしますか?」

 

「先ずは、この世界を知ろうかと」

 

 自分が成すべきことを成すために。それには、情報が必要不可欠だった。

 

「帰ろうとは、思わないのですか?」

 

「自分は、母国や元いた世界などには欠片も興味ないので」

 

 二人はこれまた呆気を取られる。兵士にもかかわらず、生まれ育った国にも、元いた世界にも興味がないと言う。

 

「貴方は兵士、ですよね?」

 

「はい。ですが、兵士になった理由は国の為ではありません。――少しでも多くの人の命を守るためです」

 

「人命……」

 

「自分はそれを守って死ぬのなら、何処の所属だろうが、構わないのですよ」

 

「……貴方の国の人命を、最優先にはしないのですか?」

 

「帰れるかは不明ですし、未練もほとんどありません」

 

 ――矛盾、してる……。

 いや、違う。マサトは人命を守るために働く。たったそれだけなのだ。それ以上でも、それ以下でも無い。

 故に、その場所は問わない。母国や元いた世界での救助は、其処にいたからこなしただけ。そして、帰還の選択肢も無理だと分かれば簡単に放棄する。彼にとっては、『たったそれだけのこと』。

 目前の異界人のその有り様に、アレクサンドラは戦慄を抱かずにいられなかった。しかし、同時に理解もしたため、徐々に冷静さを取り戻せた。

 

「雅人殿、貴方はさっき、この世界を知ることから始めると言いましたが……衣食住の当てはありますか?」

 

「いえ、まったく。このままだと、運が悪ければ何処かで野垂れ死ぬのが末路でしょう」

 

「では、ここで働くのはどうでしょうか?」

 

「ここで……ですか?」

 

 アレクサンドラの提案に、ザウルは勿論、マサトも驚きを隠せない。正直、癖のある上、異世界の自分を雇ってもメリットは薄そうなものだが。

 

「貴方の持つ知識を、このレグニーツァを豊かにするために活かして欲しいのです。それと――これは強制です」

 

「何故――……ベッドですか」

 

 事故とはいえ、統治者の私物を壊したのだ。その賠償をしろと、アレクサンドラは言っているのだ。

 

「物分かりが良くて、助かります。ちなみに、絨毯も台無しにしていますよ?」

 

「……破損したベッドが絨毯を大きく傷付けた、と」

 

「はい。そして、賠償の金額ですが――」

 

 その金額を告げられるも、マサトにはピンと来ない。なので、事細かに変換した上で伝える。

 

「……やたら、高くありません?」

 

 分かりやすい変換を聞いた上での賠償金だが、べらぼうに高い。自分の国で言うと数億。兵士として働き、余程活躍しても十年は確実だった。

 

「最高の品質や職人によって、造られた代物なので。ただ、何時どう払うかは貴方に一存します」

 

 期限内に払え、ということはしないようだ。立場も無い自分には出来ないと考えてだろう。この方が自分には有難いが。

 

「……分かりました。ここで働かせてもらいます」

 

 どうやら、この世界で自分が最初にすべきことは、アレクサンドラへ出来てしまった借金を返すことらしい。

 

「ですが、自分を此処に留めるのは難しいのでは?」

 

「こちらで考えますから、そこは安心してください」

 

 どうあっても、手放さない。という意味だろう。大人しく従うことにした。

 

「了解しました」

 

「では、今日から宜しくお願いします。――いや、宜しくね。マサト」

 

 アレクサンドラの砕けた口調に聞き、マサトはそっちが素かと理解する。彼にはどうでも良いが。

 

「宜しくお願いします。アルシャーヴィン様。ところで、こちらからも良いですか?」

 

「何かな?」

 

 今まで聞いたばかりなので、話せる内容なら話すつもりだ。

 

「貴女は、このレグニーツァをどんな国にするために、頑張っているのですか?」

 

「ありきたりな答えだけど、良い国にしたい。民達が理不尽に苦しむことなく、心の底から笑って暮らせる。そんな国に」

 

「――そうですか」

 

 それが、難病に苦しみながらも頑張るアレクサンドラが目指すもの。確かにありきたりだが、マサトには好ましく思えた。

 

「あともう一つ。貴女は――何の病にかかっているのですか?」

 

「どうして、そう思うのかな?」

 

 一呼吸分の間を置いてから、アレクサンドラはそう返す。

 

「身体が細すぎますし、髪はぼさぼさで、皮膚も荒れてる上に白過ぎです。はっきり言って、健康とは程遠く、寝たきりの病人としか思えません」

 

 仮にこの推測が正しければ、さっき二人が自分が兵士と聞いた時、少し落胆した表情なのも納得が行く。あれは、医師なら病を治せるのではと期待していたのだろう。

 

「お見事」

 

 ぱちぱちと、アレクサンドラは両手を叩く。

 

「まぁ、何れは知るだろうし、話しておくよ」

 

 箝口令等を敷けば、隠すことは可能だが、それは内にしか効果は無い。外で集められれば、知られるだろう。第一、既に病人と見抜かれてるのだ。隠す意味が無い。

 

「僕の家の女性は、『血の病』と呼ばれる病気のせいで代々短命でね。三十になるまで生きられるかどうかも分からない」

 

「貴女の身体も、その病の……?」

 

「うん。ただ、僕が重病の身でも頑張る理由は、この病の存在もある」

 

 何れは発症し、短命であるにもかかわらず、臣下達は受け入れてくれた。だからこそ、彼女は勤めを果たす。それをマサトは理解した。

 

「血の病、君の世界で聞いたことはある?」

 

「いえ。昔はあったかもしれませんが、自分は知りません」

 

 そんな病気なら、いつの間にか現れ、そしてその血が途絶えると同時に消えていっても不思議ではない。

 

「そっか。残念――」

 

「ただ――詳しく調べれば、完治までは行かなくとも、改善や進行を和らげることは可能かもしれません」

 

「……面白いことを言うね。兵士の君が医師として役に立つのかな? 根拠の無い憶測は、僕は好きじゃないよ?」

 

 口だけで言うことは許さない。アレクサンドラの黒い目が静かに、されど確かな迫力を宿してそう告げていた。

 

「確かに。自分は所詮、知っているだけ。しかし、この世界の者よりは多くを知っているつもりです。何しろ、発達した世界で生きてきたのですから。そして、命の力を振るう武器もあります。可能性は――あると思いますよ?」

 

 暫し、部屋に沈黙の時が流れる。数十秒間、静かに時が経つと。

 

「……ふふっ、面白いね。良いだろう、君を僕の医師としても雇おう」

 

「アレクサンドラ様!?」

 

 その発言には、今まで沈黙を貫いてザウルも驚きを隠せずにいた。マサトを医師として雇うと言うことは、素人の彼に命を預けるに等しいのだから。

 

「但し、期限は一年。その間に成果が何一つ出なければ外す。それまで掛かった費用も君の借金として扱う。そして、最低限の成果が出るまでは治療か、知識の提供のみに専念してもらう」

 

「他の仕事は一切させないと」

 

 知識の提供が混ざってはいるが、妥当の判断だろう。自分にそのつもりは無かったが、医師として雇われたからには、専念させるのが当たり前だ。

 

「勉強や鍛錬などは?」

 

「それぐらいは構わないよ。鍛錬はともかく、勉強は必要だろうしね。ただ、怪しい素振りを見せれば――分かるよね?」

 

「……はっ」

 

 ――思わず、冷えたぞ……。

 台詞の最後の方、アレクサンドラの瞳がとてつもなく冷たかった。何より、マサトは感じた。彼女は――強いと。

 

「あぁ、それと。止めるなら今の内だよ? 大口叩いても成果無しだと、ここでの生活に重大な支障を来すだろうから」

 

 自分から言ったのだ。にもかかわらず成果無しなら、周りからの冷たい視線は避けられないだろう。

 

「でしょうね。ですが、自分はするだけです」

 

「借金を手っ取り早く返すために、かい?」

 

「……借金?」

 

 数秒だけ本気で何の事なのか、マサトは分からない様子を見せる。直ぐ後に気付いたのか、ポンと手を叩く。

 

「あっ、確かに貴女の病を完治出来ればお金は返せますね。気付きませんでした」

 

 平然と告げるマサトに、二人はまたまた呆気を取られる。

 そもそも、マサトは医師でない自分にアレクサンドラの病を完治出来るとは思っていない。延命の方法さえ見つければ、充分なのだ。

 

「そ、そう。あと、銃だったかな? それはどうする?」

 

「治療に回せるかを試したいので、自分としては手元と置いておきたいのですが」

 

「なるほどね。だけど、あれの力を考えると、治療時以外に渡すことは出来ないかな」

 

 尤もな発言だ。生命を吸う力。信頼の無い自分に返すのを躊躇って当然だろう。しかし、護身用としては持って置きたい。

 

『――悪いが断らせてもらう』

 

 どうしたものかと悩むと、ゼロの声と共に部屋の一ヶ所から力の余波みたいなものが放たれる。しかも、何度も。どうやら、この部屋に仕舞ってあったらしい。

 

「これが、例の吸収か。それに本当に喋るんだ。――興味深いね」

 

 興味深い、と言ったのは、黒銃の力や話すことだけではない。ゼロが話した瞬間、自分の武器が気になる反応を示したのだ。

 

「どうやら、自分と離れたくないようです。無闇矢鱈に吸おうとしてますね。効果はありませんが」

 

「あれは君がいなくとも吸える訳か。仕方ない。ザウル、彼に返して」

 

「良いのですか?」

 

「このまま暴れられて、本当に吸われたら大惨事だよ。それなら、彼に返した方がまだマシさ」

 

 渋々と言った様子だが、ザウルはマサトに黒銃を返す。戻ってきた自分の武器を、マサトは腰のポケットに差し込む。

 

「ただ、何らかの被害が出た場合は、それ相応の罰を受けてもらうよ」

 

「承知の上です」

 

「宜しい。話はこれで終わり。明日からは異なる世界の生活で大変だろうし、今日はあの部屋でゆっくり休んで置くと良い」

 

「分かりました。では、失礼しました」

 

 礼儀正しく頭を下げ、マサトは静かに退室しようとしたが、扉の前で足を止める。

 

「どうしたのかな?」

 

「いえ、最後に一つだけ言うのを忘れていたことがありました。貴女が良き為政者だとは自分なりに理解しました。今の自分には、自由が無いことも。ただ、最低限の役目を果たしながらも自分のすべきことの邪魔をすると言うのなら――」

 

 目を細め、マサトはその台詞を言い放つ。

 

「貴女は、俺の敵だ」

 

 統治者足る、自分にだろうがそう言い放つ。そんなマサトに、アレクサンドラは不敵な笑みを浮かべる。

 

「よく覚えておくよ。頑張ってね?」

 

「では、今度こそ失礼しました」

 

 扉を開け、今度こそマサトは退室した。

 

「……本当に彼をここに置いて、大丈夫なのですか?」

 

 これはマサトが万一、工作員などだった場合を危惧しての発言だ。それと、さっきの言葉もある。マサトは手が余る存在なのではないかと、ザウルはそう思わざるを得なかった。

 

「逆だよ。大丈夫にするために彼を置くのさ」

 

「どういう……?」

 

「始末するにしても、それを知られるかもしれない。向こうは発達している世界だからね」

 

 何しろ、自分達は彼の世界を知らない。何処まで可能なのかも不明だ。仮に、世界が違っても見れるとすれば、向こうを刺激するだけ。

 

「それよりは彼を懐柔して、交渉を少しでも有利にする方がまだ良い。彼が無関係だった場合は尚更必要。それにさっきの言葉も、逆に言えば、邪魔しない限りは絶対に敵にならない、そう捉えれるだろう?」

 

 理由を聞き、ザウルは納得する。どちらにしても、マサトは大切に扱うべき存在だ。

 

「あと、君にはジスタードを知らない彼への教育係、補助、監視、彼と触れ合って人柄を確かめる、そして、銃の情報収集。これらを頼んでも良いかな?」

 

「私に?」

 

「うん。僕は余計な問題を起こさない為にも、彼が異界人と公表する気は無い。そうなると、彼が異界人と知っているのは僕と君の二人だけ」

 

 この場合、済む世界や国が違うマサトとジスタード人の間を取り持てる者がアレクサンドラとザウルだけになってしまう。

 しかし、アレクサンドラは満足に動けない病人で、統治者だからこそこなすべき仕事もあるため難しく、不満も買いかねない。そうなると、残るはザウルだけだ。

 

「君も忙しい身だと分かってはいるけど、他に適任者がいない。頼む」

 

「銃の調査については?」

 

「さっき、銃の意思が話した瞬間、この子達が奇妙な反応を見せた。もしかすると、あれはこれと何らかの関係がある武器かもしれない」

 

「分かりました。流石に常時とは行きませんが、一生懸命こなさせてもらいます」

 

「ありがとう。ただ、今日は先に彼の報告を。役目に関しては明日から本格的に頼むよ。彼の報告書について今から書くから、少し待ってて」

 

 アレクサンドラは侍女を呼んで紙と筆を用意し、内容をしっかり考えてから文を書く。

 

「――これでよし。お願い」

 

「お任せください」

 

 主からの手紙をザウルは慎重に受け取り、臣下として一礼してから部屋を静かに退室していった。

 

「ふぅ、少し疲れちゃった」

 

 アレクサンドラは軽く一息付く。話の内容がとんでもないのだったので、いつになく緊張したようだ。

 

「明日からどうなるかな?」

 

 異界から来た者、マサト。彼は自分に何をもたらすのだろう。これからを楽しむかのように、姫は微笑んだ。

 

 

 ――――――――――

 

 

「色々あったなあ」

 

 部屋に付き、椅子に座ったマサトはさっきのアレクサンドラ同様、一息付く。

 今日は色々あった。いつの間にか異界に、その次は公国の統治者の部屋に飛ばされる。結果、最初からかなり高額の借金を背負う羽目になってしまった。

 

『……すまんな、マサト。異界に飛ばしてしまった挙句、金に困らせることになった』

 

「本当だ、まったく。……疫病神じゃないのか、お前?」

 

『……本当に申し訳ない』

 

 ゼロは心の底から謝罪する。顔や自分では動けないので、声だけなのが辛い。

 

「まぁ、もう終わったことだしな。何時まで愚痴を言っても仕方ないか。ただ、迷惑をかけた分は助けてもらうぞ?」

 

『――無論』

 

「宜しい。さぁ、頑張るとするか」

 

 人の命を守るために。それが自分の存在意義なのだから。

 異界――向かいの陽の名を持つ青年の生活がここから始まる。彼が何を照らし、それが何の結果を生むかは、まだ誰も知らない。

 

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