魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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 これはリメイク前と大差はありません。なので、もう一つのと一緒に投稿します。


第四話 異なる瞳

 レグニーツァの公都から十ベルスタ程離れた場所に、ある女性が率いる数人の馬に騎乗している集団が公都に向かっていた。

 

「――見えてきましたわ」

 

 先頭を進む麗しき女性。腰まで到達するほどに赤色の長髪、身に纏った優雅なドレス、腰に掲げた黒鞭等が彼女の美貌を際立たせる。

 が、彼女を見て一番興味を惹くのは、ジスタードでは『異彩虹瞳(ラズイーリス)』、マサトの国では『オッドアイ』と呼ばれる、左右で違う色の瞳だ。

 女性は不意に、金色の右目で数秒間景色を眺め、次に碧色の左目で同様に見る。これは彼女の癖のだった。

 ――……やはり、変わりませんわね。

 違う色の瞳で世界を見ても、変わりはしない。そう分かっていても、ついついしてしまう。女性は割り切ると思案しつつ、馬の操作に意識を少し戻しながら馬の脚を進ませる。

 彼女達の今日の予定は、レグニーツァの公宮で一ヶ月前に起きた海賊の件について、アレクサンドラやその臣下達と会談するのだ。

 ――向こうには悪いのですが、こちらの『目的』のために、使わせてもらいますわ。

 彼女達はレグニーツァとまともに話し合う気は無い。最低限に留めつつ、適当な所で話の進行を止め、会談を長引かせるつもりだ。

 ――元々、向こうが原因ではありますもの。

 隙を付き、こちらを有利にして目的を果たしたり、利益を得るのは常套手段の一つだ。利用できる物は徹底的に使わねばならない。

 ――……ただ、今は都合が悪いですわね。

 自分の標的は、もうすぐ隣国のブリューヌとある理由から起きる、戦の指揮を国王からの命で執ることになっている。

 彼女とアレクサンドラの関係はともかく、戦の事を考えると、今レグニーツァに攻め込むのは難しい。どう見てもジスタードに対する妨害や反逆としかならないからだ。

 不安なのはその戦いで標的が戦死するか、捕縛されること。彼女の強さは身を持って知っているので、おそらく杞憂で済むだろう。

 自分が動くのは最低でもその後からだ。その戦いが自分に充分な口実を与えてくれる、何らかの切欠になれば嬉しいが、彼女はそんな上手く事が進むとは考えてない。

 事態が大きく変化してくれば運が良い、今はその程度の認識で動き、機会をゆっくりと狙う。それだけだ。

 ――あら、結構近付いてきましたわね。

 考えている間に、レグニーツァの公都にかなり近付いた様だ。臣下達に少し急ぐと伝え、馬を走らせた。

 

 

 ――――――――――

 

 

 それから時間が経ち、ルヴーシュとの交渉が始まる少し前。マサトは今日も主君の部屋で、僅かばかりの治療をしていた。

 

「どうですか、体調は?」

 

「それほど悪くは無いかな」

 

「あまり無茶しないように。時間は最大でも半刻までで、発作が出たら直ぐに部屋で身体を休めてください」

 

「分かった」

 

 話が纏まり、マサトはアレクサンドラや部屋の外で待っていた同僚達と一緒に廊を歩き、会議室の扉前で止まる。

 

「では、何か有れば、直ぐに報告してください」

 

 再度の確認に、アレクサンドラがもう一度頷くと、彼等は執務室へと入室。一方のマサトは、部屋前で待つ騎士達と共に待機する。

 自分の今の役目は、アレクサンドラに発作が起きれば即座に部屋に戻し、容体を安定させること。それだけである。

 昨日、アレクサンドラから折角だから参加してみる?と冗談半分に言われたが、余計な面倒が起きるので却下ですとマサトは断っていた。

 ――発作が起きる前に纏まると良いんだけど。

 チラッと扉を見、マサトは自分の出番が来ないことを祈ってから、緊急用の毛布や担架を用意し出した。

 

「――来ましたわね」

 

 一方のアレクサンドラは部屋に入ると、女性に声を掛けられる。

 煌炎の朧姫が視線を移すと、ルヴーシュの者達数人と一人の女性が目に入る。赤い長髪と左右で違う瞳、オッドアイ。そして、大胆な服装。

 アレクサンドラが今見ている彼女こそ、ルヴーシュの戦姫、『雷渦の戦姫(イースグリーフ)』の異名を持つ女性、エリザヴェータ=フォミナだ。

 

「遅くなってすまない。エリザヴェータ」

 

「病人なのですから、仕方ありませんわ。アレクサンドラ」

 

 二人には歳に四つも差があるが、対等に話し合っている。

 

「体調はどうですの?」

 

「普通にしていれば、半刻までは大丈夫と思う」

 

「では、今回はそれまでにしましょう。早速始めますわよ」

 

 彼女のその台詞を切欠に、二つの公国は交渉を始める。

 簡単に纏めると、一ヶ月前に海でレグニーツァとルヴーシュの軍が協力して、海賊達の討伐を行なった。

 レグニーツァやルヴーシュは海に接している公国。一つの国だけでも海賊を退治する事自体は出来るだろう。

 ただ、完全に討伐するとなると片方だけでは、動いていない方に海賊達が逃げてしまい、しばらく潜伏した後、再度現れ被害を出してしまう。二つの公国の連携が必要不可欠と言えた。

 今回の討伐そのものは、問題なく済んだ。しかし、アレクサンドラやレグニーツァにとって問題なのは、主の軍が海賊達を故意にルヴーシュの軍に誘導させ、大きな負担をかけたというエリザヴェータの言い分だった。

 アレクサンドラとしては、部下が故意にそんなことをしようとしたなど思っていない。

 その時の現状から、思わずそうなってしまった。それが今回の結果だろう。人間である以上、どこかで失敗することは避けられないのだから。

 しかし、だからと言ってはいそうですかと相手が納得するかは別。それが政治。

 そして、話や情報を聞く限り、失敗をおかしたのはこちら側。その責任やアレクサンドラが戦えないのもあって、後手に対応せざるを得ない。それが、アレクサンドラ達の現状だった。

 ――他に問題は無い。要点はやっぱり、彼女が言った点のみか。

 今はエリザヴェータとその点について、話し合っている真っ最中だが、自分がどんなに伝えても、向こうが納得しようとしない。完全に平行線だった。

 ――やっぱり、何か不自然だよね。

 最初の報告の時もそうだが、こうして真正面からエリザヴェータと向き合うと話や態度に、アレクサンドラは違和感を覚える。

 批判すること自体は、一統治者としては正しい。然るべき点は批判しないと、甘く見られたり、不利益を被るからだ。

 引っ掛かるのは、そうしている側にしては何の案も出そうとしてないこと。

 被害に怒りを示している風にまったく見えないのだ。まるで、最初から此方の話を聞くつもりが無いかのよう。

 しかし、そうだとすると、会談は自分の体調を考え、半刻まで延々と話し合い、次に続くことになる。下手すると、その繰り返しになるかもしれない。

 ――まさか、それを狙ってる? いや、理由としては小さすぎるよね。でも、何らかの目的を果たすために話を延ばしている……。

 これは十二分にあり得る話だ。だとしたら、その思惑に引っかかるとレグニーツァにいずれ危険が来る可能性がある。今の内に、終わらせて置くべきだ。

 ――よし。

 アレクサンドラは一呼吸すると、意を決した。

 

「――エリザヴェータ」

 

「何かしら?」

 

「君の言い分は、こちらがそちらに負担を強いた。だから、それについての責任を取ってほしい。これで合ってる?」

 

「大方、間違ってはいませんわ」

 

 エリザヴェータはアレクサンドラがどうして今更そんなことをと、疑問を抱いた。

 ――何を考えてますの?

 

「――じゃあ、その方針で進めてみる?」

 

 にっこりと微笑んでそう告げたアレクサンドラの言葉にエリザヴェータだけでなく、ここにいる全員が驚愕する。

 

「あ、アレクサンドラ様、いきなり何を――」

 

「結局どう言おうと、その当時にこっちが彼女達側に負担を強いたのは、紛れもない事実じゃないか」

 

「それはそうですが、しかし――」

 

「なら、潔く受け入れるのが、ルヴーシュに対する誠意だと思わないかい?」

 

 ――まさか。

 嫌な予感がエリザヴェータの身体に走る。もし、アレクサンドラの思惑が自分の予想した通りだとすれば、これは非常に不味い。一瞬だけだが、思わず表情が固まる。

 ――なるほどね。

 そして、その表情を見て、アレクサンドラはこの選択、正確には、前日にマサトが言った案が正しかったと確信する。

 

「エリザヴェータ。仮に僕等が今回の件で賠償すると仮定して、こちらはどれだけ支払えば良いかな?」

 

 その提案とは、ずばりこちら側から終わりを促す。簡単に言うと、賠償を進めることだった。

 マサトがそう提案した理由はアレクサンドラから、あまり進まない交渉を上手く終わらせる方法は無いかと尋ねられ、その時にある言葉を思い出したからだ。その言葉とは、発想の逆転。

 つまり、それまであった、どうすれば向こうが納得して話が終わるのか、ではなく、向こうが納得せざるを得ない話をぶつけて終わらせる。といった感じの慎重から大胆への逆転。

 これを聞いた時、アレクサンドラはその手が有ったかと、思わず手を叩いたものである。

 ――それに、同じ論点を繰り返して、長引くよりは……。

 いっそのこと、大胆に終わらせる方へと重点的にしたほうが良いかもしれない。そう判断し、自身も妙だと思ったと伝えてきたので、提案を使ったのだ。

 アレクサンドラはエリザヴェータの狙いについては、よく分かってはいない。しかし、この話を長引かせては行けないと、戦姫としての勘が告げていた。

 仮にその勘が的中しているとすれば、このまま終わりまで持ち込まれた場合、困るのはおそらくエリザヴェータの方。

 それにこの提案は、人材や資材は多く減るかもしれないが、危険を確実に回避出来る手段でもある。

 アレクサンドラは異界の青年の提案で生まれたこの機会を、活かさないつもりは無かった。

 

「それでは、故意に強いた事を――」

 

「あれ? それを認めてはいないはずだけど。僕はこちらの失敗のせいで、そちらが受けた被害に対する謝罪と、被った損害に対する賠償の話をあくまで仮定として、話しているだけだから」

 

 エリザヴェータはさっきの発言を思い出す。アレクサンドラが話したのは自分達の失敗でこちらに被害を与えてしまったことへの謝罪と、それの賠償だけだった。

 不手際の中に悪意があると認めておらず、また払うともまだはっきりと言ってはいない。あくまで『仮定』なのだ。

 

「――ならば、受けれませんわ。重要なのは被害を強いた事なのですから」

 

 この提案を受けるのは不味いので、エリザヴェータは何としても、話を長引かせようとする。

 

「――どうして?」

 

「……えっ?」

 

 これまた予想外の問いかけに、エリザヴェータは思わずそう呟いた。

 

「どうして、そこが重要なのか、って聞いたんだけど」

 

「それによって、こちらの被害が――」

 

「なら、被害の詳細について改めて教えて欲しい。どれだけの人材と物資を失ったのかを。それを元にしなければ基準を決めれない」

 

 思わずエリザヴェータは目を細める。アレクサンドラが賠償する方向で解決させようとするのは、完全に予想外だった。

 しかも、言い分は間違っていない。何より、こう提案した以上は被害を与えてしまった臣下に充分な罰を処す可能性も考慮しているだろう。

 部下を処罰する理由についても、国の重臣である戦姫を立腹させた罪などで、その部下は納得してしまうだろう。

 悪意は無くとも、被害を増やした事実は変わらないのだから。

 そして、アレクサンドラがそれを出してしまえば、エリザヴェータはそれを重点に話すしかない。

 話している論点も、アレクサンドラの部下が判断を間違えたせいでルヴーシュの被害を大きくしたことなのだ。

 レグニーツァが失敗を許容すると、それを前提に次の話に移行するしかない。

 その点で無理を押し付けようにも、向こうは被害の細部を聞き出そうとしている。

 責任を口実に大きくすることは可能かもしれないが、あまり過剰にし過ぎると向こうが加害側としても、ルヴーシュの不当な言及になりかねない。程々に増やす、これが限度だった。

 ――今から、手を加える……遅すぎますわね。

 今の話を聞いて、レグニーツァが自分達の被害を調査しない訳がない。 誇張が知られれば、糾弾されるのは火を見るより明らかだった。

 それにエリザヴェータ個人としても、隠すはともかく、嘘をつくという下策は取りたくない。

 ――でも、どういうこと……?

 さっきまでは、こちらが強引に吹っ掛けた無理を慎重な説得で解決させようとしていたのに、急に敢えて受けを選び、大胆に話を進ませようとする。明らかにおかしいが、考える間はない。

 ――このまま話が進めば、一気に終了してしまうわ……。

 他の件を出す、完全に悪手だった。エリザヴェータはアレクサンドラにそんな手が通用するとは思えず、簡単に見抜いて追求され、泥沼に嵌まるだけと却下した。

 次に彼女はいっそ攻め込むことを考えたが、これも悪手だと却下する。本来の目的は果たせても、その後がかなり不味い。

 レグニーツァは今度戦をするライトメリッツと近い公国。アレクサンドラも自分の標的と親密な関係の人物だ。

 にも関わらず、今強引に攻め込めば、同国の足を引っ張ること以外の何でもない。批判は避けられないだろう。

 おまけに都合の悪い話から逃れようと起こしたと国王や他の公国からの糾弾され、最悪の場合、今後の行動を大きく制限される可能性も充分にあった。

 ――もっと想定して置くべきでしたわね……。

 ここでエリザヴェータは己の未熟さを痛感する。

 アレクサンドラに付け入る隙と、彼女が戦えないことで油断しており、こうなることについて思案は録に出来てなかったが、それ以上に解決という選択が厄介過ぎる。拒否が出来ないのだ。

 ――どうしたら……。

 現状のまま会談が纏まる方向になれば、いずれレグニーツァが賠償してそれで終了。

 エリザヴェータは目的を果たせず、何時来るか分からない次の機会を待つしかなくなる。しかし、彼女が必死に考えても、打開する方法が浮かばない。

 

「大丈夫? さっきから口をつぐんでるよ?」

 

「そんなことはありませんわ」

 

 自身の信条から、エリザヴェータは弱さを見せまいと強引にでも強がる。

 

「それよりも、賠償を進めるのなら、そちらの誠意を見せてほしいですわ」

 

「――例えば、土下座とかかい?」

 

 アレクサンドラは爽やかな表情でとんでもないことを告げ、エリザヴェータを筆頭にまた周囲が固まる。

 

「そ、そこまではありませんわ」

 

 多かが小さな揉め事程度で国王に次ぐ重臣の戦姫を土下座させるなど、大問題に発展しかねない。エリザヴェータは慌てて否定する。

 

「じゃあ、余計な負担で亡くなった者の親族や親しいものに、負担を掛けた者やその部下達を謝罪させる。とかはどう?」

 

 ――また面倒な提案を……。

 確かに今のは謝罪としては、かなりの提案だ。しかし、それはこちらの被害が甚大で、尚且つ、本当に今回の一件を深く根に持っていた場合。

 実際はこちらがそこまででないのを、機会と捉えて強引に吹っ掛けているに過ぎない。

 閃姫もその部下達も、それを知っているが故に押し黙っていた。

 ――追撃させて貰うよ。

 当然、この機を逃す気はないアレクサンドラは、容赦なく仕掛ける。

 

「これ以外には、増した損害分をこちらが負担するぐらいしかないね。どう?」

 

「悪くはない話ですわ」

 

 気丈に振る舞うエリザヴェータだが、内心は穏やかではない。

 交渉事としては有利に進んでいるが、自分の目的を果たすには不利な方へと確実に進んでいるのだから。

 

「そう。じゃあ、話を続けようか」

 

 と言っても、終わりは見え始めている。後は向こうに主導権を与えぬまま、進ませるだけだ。

 

「僕は何度も言ったけど、賠償する方針で進めたい。君はどう?」

 

「それには、そちらに悪意があったことを認めていただかないとなりませんわ」

 

 ――しつこい。

 閃姫の言い分に、朧姫は眉を潜めた。しかし、それを解決せぬ限りは進まないだろう。

 ――なら、することは一つ。

 

「じゃあ、その場合、どれだけの賠償、及び、謝罪をすれば良いのかな?」

 

 ――本当に厄介ですわね……!

 最早、自分の主張が言いがかりに近いと向こうも分かっているはずだ。

 だというのに、これですら真っ向から受け止め、終わらせようとする。拒否の選択すら潰されていく。

 ――もう手が……!

 これ以上は完全に駄目だ。例えば、法外な値をふっかけ、話を延長させる手段も無くはない。

 だが、効果はあっても、国王の性格を考えるとこの交渉に干渉し、自分が批判されるのは確実だ。

 向こうもそれが分かっているからこそ、ここまで大胆に動けるのだ。

 要するに一時の僅かな成果しか得れない浅はか下策だ。しかも、とびっきりの。

 最早、雷渦の戦姫は諦めるしかないと悟り、せめてもの利益を得ようと、向こうの要求を飲もうとした。

 

「――こほっ……!」

 

 その時、エリザヴェータの耳に咳の音が届く。そして、その音にアレクサンドラの臣下達は動揺する。

 

「こほっ、こほっ……! くっ……!」

 

 アレクサンドラは背に痛みを感じ、身体が重くなり、呼吸も少し辛くなりだする。発作が現れたのだ。

 ――よりによって、こんなときに……!

 今はエリザヴェータを追求する絶好の機会。逃せば彼女が離れ、猶予を与えてしまう。だというのに、狙ったかの如く発作が現れた。

 ――つくづく、この病が憎い……!

 これのせいで臣下達の足を引っ張っている。アレクサンドラは苦しさから胸を押さえるが、痛みが和らぐ気配はなかった。

 

「今回はここで終わりにしましょう」

 

「ま、待って、エリザヴェータ……」

 

「……そんな状態で、話を続けてもまともに出来ませんわ。無理して、更に悪化させる気かしら? 自分の身を案じなさい、アレクサンドラ。貴方達も早く、彼女を介護なさい」

 

「あ、アレクサンドラ様を至急部屋に! 急げ! 彼にも伝えろ!」

 

 朧姫の臣下達はマサトを呼び、慎重に運ぶために数人で担ぐタンカを大至急、用意し始める。

 同時にマサトも入室。この時、エリザヴェータを初めて見る。

 ――この人が、ルヴーシュの戦姫か。

 派手な格好は気になるが今は無視。容姿を記憶すると、アレクサンドラの方を優先する。その間、銃が奇妙な感覚に陥っていた。

 ――この感覚は……?

 銃、ゼロはエリザヴェータから『それ』を感じるも、銃は一旦それを後回しにした。今はアレクサンドラの方が重要だからだ。

 

「アルシャーヴィン様は?」

 

「こちらだ! 手早く頼む!」

 

 体調を確かめながら、アレクサンドラに毛布を被せる。そして、優しく担ぐとストレッチャーに乗せる。

 

「貴方達も手伝いなさい」

 

「しかし……」

 

「発作を起こした病人を見捨てるつもり? 二度は言わないわ」

 

 ――悪いひとじゃ無さそうだな。

 純粋なのか打算なのか。病人の発言から、多分純粋にアレクサンドラの身を心配しているとマサトは予想していた。

 エリザヴェータの臣下達は主の命に従い、マサト達に協力。

 彼等の手助けもあり、マサトはアレクサンドラを揺らさないように手早く部屋に運べた。

 ゆっくりとベッドに乗せて掛布団を丁寧に掛け、彼等を退室させ、体温や体調を確かめていく。

 

「大丈夫ですか? アルシャーヴィン様」

 

「だ、大丈……夫」

 

『説得力が……』

 

 荒い呼吸、額に浮かぶ脂汗、悪い顔色。どう見ても、大丈夫ではなく、ゼロの言う通り、説得力が無い。

 

「強がりは駄目です。ゆっくり休んでください。会話も寝ながらです」

 

「……うん」

 

 アレクサンドラの病について、今は未知の部分が多すぎるため、効果のある薬はない。負担があるためまだ付与も出来ない。

 報告書で一番効果があると記されたのは、薬を飲んで安静にする。それぐらいだ。なので、前の医師から受け取った薬を飲ませる。

 ――後で、この薬も調べておかないとな。

 前の医師の物だ。毒ということは無いだろうが、本当に効果があるのかを確かめる必要がある。

 寧ろ、血の病のメカニズムが不明なため、逆に悪影響を与える代物だった場合、放棄せねばならない。

 

「……もうちょっと、だったのになあ」

 

 ぽつりと、アレクサンドラはそう溢した。

 

「交渉の事ですか?」

 

「……うん。助言で出来た機会も活かせなかった」

 

「次があります。今は休んでください」

 

「……マサト、話の後がどうなったか、聞いてくれる?」

 

 しばらくゆっくりしていると、少しは楽になってきた。動けはしないが、最低限の状況確認だけはしたい。

 

「近くに入れば聞きます。いなければ、しばらく後です」

 

 アレクサンドラがこくんと頷く。マサトは一礼してから部屋を出ると、数人の臣下と出会す。様子を知るまで待っていたらしい。

 

「アレクサンドラ様の調子は?」

 

「とりあえず、落ち着き出しています。安静は絶対ですが。それと、アルシャーヴィン様が交渉の後がどうなったのかを聞いてましたので、話してくれませんか?」

 

 一人がわかったと言うと、自分がアレクサンドラの部屋で看ることになった後の顛末を話す。

 あの後、エリザヴェータは己の臣下達と一緒にこの部屋の近くにまで来ていたらしく、彼女の身を案ずる発言をしていた。

 それにレグニーツァの臣下の一人が礼を返すと、彼女はこう言っていた。

 

「大したことではありませんわ。それと彼女の体調が戻り次第、これからは文通でやりとりをすると伝えなさい」

 

「文通で……ですか?」

 

「えぇ、今回の様な件を避けるためですわ。貴方達もその方が良いでしょう? 後、最初の文通は私達が被害について再度慎重に調べてから、送ります」

 

 それを彼等は承諾し、承諾を聞いたエリザヴェータは自分の臣下達と一緒に、公宮の外へ向かったとのこと。

 ――上手く延ばしたな。

 一件、アレクサンドラを気遣った風な発言に聞こえるが、マサトやゼロはこの発言の厄介さに気付いていた。

 これは、送るのはエリザヴェータ――つまり、ルヴーシュから任意の時間で運べる。

 調査が長引いても、向こうがまだ調べているから待ってほしいと言われれば、加害側であるこちらは後手に回るしかない。

 ――はぁ、仕方ないか。

 自分はその時不在。仮にいても、アレクサンドラが倒れた時に臣下でもない自分が駄目だと言っても、状況を考えると誰も耳を傾けないだろう。後の祭りだし、諦めるしかなかった。

 ただ、思わずため息を溢しそうになったが、それをぐっと堪える。彼等は主を心配して判断しただけ。

 その判断にしても、アレクサンドラが戦えない以上、レグニーツァの負担を無しにしたいと思うのは当然。

 向こうの思惑が不明でもあるし、批判するのは酷だろう。第一、権利も無い。

 

「分かりました。アルシャーヴィン様は自分がしっかりと看ます。そちらは各々の仕事を頑張ってください」

 

 言われずとも、そういいたげに彼等は部屋の前から放れていった。マサトも部屋に戻り、今のをアレクサンドラに話した。

 

「そうなっちゃったか」

 

「さっきも言いましたが、仕方ありません。過ぎたことです。それよりは、身心共に楽にしてください。あと、聞きたい話があればしますが、どうなされますか?」

 

「漫画の話って、駄目?」

 

「命令とあれば」

 

 色々と考え、代表的な作品を話す。駄目な少年の未来を変えるべく、未来からのお世話ロボットが彼の元に現れ、ロボットが持つ道具で様々な非日常な体験をする毎日の漫画。要するにドラえもんだ。

 

「変わった名前の機械だね。それに、耳が無くて太ってて二足で立つ青色の猫って……なんか、狸の方が似合ってない?」

 

「言ったら、傷付くから止めた方が良いです」

 

「あっ、そうなんだ。じゃあ、どんな不思議な道具があるのかを聞きたいな」

 

 ご要望に従い、マサトは色々と話す。頭に付けて空を飛ぶ道具。どこにでも繋げれる扉。大きさに大きくしたり小さくしたりする光を放つ機械。食べると、知らない国の言語を理解する食べ物。敷いて料理の名を言うと、ご飯が出てくるクロス。写すと、写した物が向きが真逆の状態で出る鏡。包むと包んだ対象の時間を操る風呂敷。

 他にも多種多様な道具とその効果を話していく。

 

「何でもありだね、その道具って」

 

「空想ですからね。何があっても、未来の道具で通ります」

 

『はっきり言ったな』

 

 しかし、真理である。

 

「作れたりしない?」

 

「無茶言わないでください」

 

 期待に満ちた子供のような表情で無茶を言うアレクサンドラに、マサトは少し困った表情で返す。

 

「残念。他にどんな面白いのがあるの?」

 

「面白いですか」

 

 そこでマサトはある歌を思い出し、つい照れ臭さを隠したような表情になる。

 

「ねぇねぇ、どうしたの?」

 

 異界人の初めて見るその表情に、アレクサンドラはニヤリとする。

 

「別に。単に、これが面白いか迷っただけです」

 

「言ってよ。聞きたいから」

 

「……分かりました」

 

 数秒の逡巡のあと、マサトははぁとため息を吐く。正直、かなり恥ずかしいが、彼女を楽しませれるだろうと割り切る。

 覚悟を決め、マサトは初期のドラえもんの歌、『ぼくドラえもん』をロシア語で歌唱する。それなりの時間が過ぎると歌は終わるが、彼の顔は少し赤くなっている。

 

「……以上です」

 

「ぷっ……! ふ、ふふっ……! あははっ! な、なにその歌! すっごく面白おかしい!」

 

 歌の内容を聞き、アレクサンドラは大爆笑。マサトが真顔でそれを言ったのが余計に笑える。彼の表情を見て、急いで口や腹を抑えるも、笑いを隠せてない。

 

『くくくっ……! それを、そなたが言っているのが、更に……!』

 

「――潰すぞ、てめえ」

 

 自分だけに微かに聞こえた一言にゼロは危険を感じ、黙ることにした。

 そんな相棒は無視し、マサトは黒髪の戦姫を見るが、未だに笑っている。

 

「ごめんね。笑っちゃいけないって分かってはいるんだけど、どうしても抑えれなくてさ……! ふふふっ……!」

 

「……まぁ、楽しんでいただいたようですし、自分は構いませんが」

 

 むす~と若干、しかめっ面ながらも、マサトは本心を語る。恥ずかしくはあったが。

 しばらくすると、黒髪の戦姫の笑い声が収まる。笑みは消えてないが。

 

「ところで、一つ聞いて宜しいですか?」

 

「何を知りたいの?」

 

「エリザヴェータ=フォミナ様。彼女は、貴女――いや、レグニーツァを攻める敵になるかどうか」

 

 こちらの世界は、向こうほど戦いを抑制されてない。故に、聞いて置きたかった。

 

「それは、分からないかな。僕と彼女はそこまで親しくないからね。ちなみに、もし彼女が攻めてきたら君はどうする気?」

 

「戦いますが?」

 

「僕の臣下じゃない君が?」

 

「貴女の臣下で無かろうかが関係ありません。自分は、自分の戦いをするまでです」

 

「まだ最低限の役目すら果たしていないのに?」

 

 今のマサトは、医師か知識の提供者としか動けないのだ。

 

「ならば、それまでに果たすだけです」

 

「頑固。僕としては、君を臣下にしたいんだけど」

 

「知識の為ですか?」

 

 自分が持つ知識を効率よく得るため、臣下にする。当然の考えだろう。

 

「それもあるよ。けど、君はザウルに勝ったって聞いてる。それほどの兵士を、ただ置いておくだけなんて、勿体無いだろう?」

 

 その話を聞いた時は、思わず驚いた物である。ザウルは公宮にいる者の中でも、高い実力を持つ。その彼に勝ったのだから。

 

「あれは、初めてだから勝てただけです。第一、癖の有りすぎる自分を招くのは、お勧めできません」

 

「自分で分かってるんだ。癖が強いって」

 

「当たり前でしょう。自分のことは分かっているつもりです」

 

「良いことだね。それより、さっきのことだけど――その内、話してあげるよ」

 

 ――話す気は無いか。

 警戒しているからだろうか。まぁ、それならそれで、自分なりに情報を集めるだけである。

 

「では、今日は失礼します。また何かあったら直ぐに呼んでください。まだそんなに役に立ちはしませんが、話ぐらいはさせてもらいます」

 

「ありがとう」

 

 また一礼し、退室。廊を歩いて自分の部屋へと向かう。その途中。

 

『マサト、良いか?』

 

「どうした?」

 

 ゼロが話し掛けて来たため、歩きや態度を変えないまま小声で話す。

 

『アルシャーヴィン殿の前では言えなかったのだが……フォミナ殿に関してだ』

 

「あの人の?」

 

『うむ、我の勘違いかもしれぬが……彼女から妙なものを感じた。それも我が嫌悪を抱く「何か」を』

 

「嫌悪……?」

 

 ――何で、そんなものをフォミナ様から……?

 真っ先に考えられるのは竜具の差だが、バルグレンは良くて彼女の竜具が駄目な理由が分からない。

 ――ただ、こいつが嫌悪を抱く訳だし……。

 万一に備え、対処するべき相手と認識した方が良いかもしれない。

 ――まぁ、何れにしても……。

 自分のやることは変わらない。命を一つでも多く守るために戦う。たったそれだけだ。

 彼女が人の命を奪う選択をし、ここを攻めてくるというのであれば、持てる力全てを駆使して倒すまでだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 ――危なかったわ。

 一方、エリザヴェータはさっきの交渉時を振り返り、自分の未熟さを再度痛感していた。

 アレクサンドラの発作が起きたため、話を中断出来たが、あれが無ければ自分は確実に追い詰められていた。

 とはいえ、結果的には話を延ばせたため、しばらくは大丈夫だろう。

 ――けど、アレクサンドラはどうして……。

 急に話を賠償に切り替えたのか。あれが引っかかる。普通、少しでも説得で解決させるはずだ。

 考えられるのは二つ。一つはアレクサンドラが自分の力で思い付いた。もう一つは、別の誰かが入れ知恵していた。このどちらかだろう。

 前者はともかく、後者の場合、入れ知恵したのが誰なのかが問題だが、アレクサンドラが賠償に切り替えようとした時、彼女の臣下は全員が驚愕していたのが引っ掛かる。

 ――……念のため、レグニーツァを調べた方が良さそうですわね。

 見えない障害ほど、危険な物はない。帰り次第、レグニーツァの臣下達の調査を行うことを決めた。そのあと、雷渦の閃姫は視線を南西に向ける。

 ――エレン。

 エリザヴェータの狙いである、ライトメリッツを統治する戦姫、エレオノーラ=ヴィルターリアの愛称だ。

 彼女とエリザヴェータの間には因縁があるので、互いに愛称を呼び合う仲ではなく、エリザヴェータは心の中で呟くに留めている。

 心境でも呟いてしまうのは、彼女と因縁以外に出会った事があり、その時の親しみからだった。

 ――……どちらになるしから?

 目的を果たせなくなるか、思惑通りになるか。彼女は余程が無い限り前者と推測し、その時は潔く諦め、今回の失敗を糧にまた違う策を練り、新たな機会を伺うつもりだ。

 一通り方針を決めてしばらくすると、時間になったので乗馬する。

 

「帰還します」

 

 これからに備え、オッドアイの戦姫は兵や臣下を連れ、新たな一手を考えながら、自分の公国へと戻っていった。

 

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