魔法大学附属第一高校の生徒。それだけでみんなから憧れを集めることが出来る称号。しかしその中には光(ブルーム)と影(ウィード)がいることを、少しでも魔法に関わる者なら知っている。二科生(ウィード)は本来補欠だ。光が当たることのない雑草。
しかし、光が当たる者がいることがある。それは光が影に堕ちたとき。すなわち、一科生が一科生でいられなくなったときだ。
それが起こるには様々な要因がある。しかし一様にあることと言えば、自信の喪失だ。そういう者はもう魔法士として二度と立ち上がれない。つまり、一科生が二科生になったとき、その者の魔法士生命は尽きたと考えてよいのだ。
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廊下はタイヤが転がっているとは思えないほどの静けさだ。響くのは、僅かなモーター音だけ。エレベーターにたどり着き、そこで階を上る。
エレベーターが着いた階は、発車した階とは違って喧騒に溢れていた。しかしそこに慌てる要素はない。それは当たり前のことだからだ。学校において生徒のいる教室が騒がしくないのは授業中だけ(なはず)だ。
ここは魔法科大学附属第一高校の三年生のフロアだ。受験生になったものの、まだ五月なのでそこまで緊張感はない。
A組からH組までズラリと並ぶ廊下を一人の男が進んで行く。エレベーターのある場所の関係上、AからD組までの一科生の教室の前を行くことになる。
彼が先月までいた教室の前を。
すれ違うと何本か視線が彼に突き刺さる。ひそひそと彼を噂する声が聞こえる。
「あいつ、ウィードに落ちたっていう──」
「運が悪かったね。もうお先真っ暗じゃねえか──」
「かわいそうに……」
耳を塞いで大声をあげてたかった。聞きたくもないのに耳に入る、侮蔑、同情……。二年生の時まで「すごい」と彼を称賛していた連中が、今は彼を軽蔑するだけだ。彼は言い返したかった。自分がウィードに落ちたからといっても、お前らは万に一つも俺に勝てない、と。
彼はそのまま進む。一科生のクラスであるD組の横も、通り過ぎた。
彼は黙って進む。悔しさで奥歯を軋ませながら。
そして新しく配属されたクラスの前に着いて、ついついクラスの表示を見る。
『3-E』
E組、『E組』だ。AからD組じゃない。
自分はウィードなんだという事実が、刃物のように喉元に突き付けられた気がした。その事実が「お前はもう終わりだ」、と囁いてくる気がした。
背筋がゾッとして、それで意識が戻る。時計を見ると、始業5分前だ。二科生は先生がいないからと言って、流石に初日から遅刻は外聞がよろしくない。彼は普段、あまり外聞を気にする性格ではないが。
横開きのドアに手をかけ、一気に開いた。ガララララッという音が、勢いよく教室に響く。
一瞬で視線が集まる。始業5分前ということもあり、ほとんどの人が揃っているようだ。そして彼──影井オサムは言った。
「よう皆! これからこのクラスに所属される影井オサムってもんだ! これからよろしくぅ! あははははは!」
シラけた。とにかくシラけた。
一瞬動きを止めた生徒達は唖然《あぜん》とした表情でこちらを見ていた。しかしそれも数秒のことで、全員何事もなかったかの様に目を逸らし、もともとやっていた作業を再開する。
しかし、後味の悪い雰囲気がそこには残っていた。そして、オサムに対して嫌な感じの何かが纏わり付いた気がした。
「あ、あれ……?」
一人、その理由が全くわからない男……オサム本人はわけが分からないといった感じでそこに立ち尽くし……否、座り込んでいた。
「オ、オーイ……」
思わず小さな声で呼び掛けてみるが、返事の一つもない。皆、そこに何もいないように行動している。
そうこうしているうちに、携帯端末に始業時刻である旨を伝えるメールが届き、オサムは自分の席につかざるをえなかった。
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1時間後、机に突っ伏しているオサムの姿が観測出来た。
(ダメだ……全然馴染めない……)
お調子者キャラであるオサムは自分の言葉に反応してくれないのが一番困った。これではクラスに馴染めようがない。
先程の時間、オサムは授業中(その授業は実習形式だったのでほとんどの者が席を立っていた)、ウケをとろうとしては失敗しとろうとしては失敗し……の繰り返しとなったのだ。
(どうしよ……『クスッ』の一つもないなんて……)
オサムは溜め息の一つもつきたい気分だったが、そうこうしている暇はない。幸い、今は休み時間中だ。このまま誰も友達がいないまま一年を過ごすのはキツすぎる。
もともと一科生であった彼には、AからD組に友達と呼べる者はいたが、今はもう話し掛けてすらくれないだろう。
どこかの会話に混ざれるものはないかと物色しようとした、その時だった。
一人の男子生徒がオサムに近付いて来た。どうして分かったかというと、視線が明らかにオサムに向いていたからだった。
「どうした? 俺に何かようか?」
オサム出来るだけフレンドリーな口調(馴れ馴れしい、とも言う)で話し掛けた。その顔はついついにやけてしまう。元々彼は、人といるのが好きな性格なのだ。感情を抑制出来なくても仕方がない。第一、抑制する意味がなかった。
その笑みが相手の背中を後押ししたようだ。ただし、オサムの望む方向ではなかったが。
「……どういうつもりだ?」
それが第一声だった。
男子生徒は冷たい目でオサムを見下している。
「は?」
その言葉の意味が、オサムには分からなかった。オサムは混乱し過ぎて、二人以外の誰もが会話の行方に耳を傾け、クラスが静まりかえっているのに気がつかなかった。
「自分は一科生だったから、俺達を見下しているんだろ!」
「え……」
オサムの中で、思考が止まった。
「『え』、じゃねえ! 白々しいんだよ!」
「………」
「大声でぎゃあぎゃあ騒ぎやがって……『俺は余裕です』ってか? 冗談じゃない」
男子生徒は吐き捨てるようにそう言うと、見下すようにオサムを見た。
「大体お前は『元』一科生だろ。今はもう二科生……魔力も俺達となんら変わんねえんだよ。それを上から目線で……」
そこまで言うと、男子生徒は一拍おいて、決定的なことを言った。
「その上、脚が動かねえ! 車椅子の野郎が俺達を見下してんじゃねえよ!」
オサムは黙っていた。立ち上がって言い返さなかった。否、立ち上がれなかった。
彼の脚は、動かない。
魔法事故が起きたあの日から、オサムの意思で動くことはなくなった。
今はただ、慣性に従ってぶら下がってるだけだった。
「やめろよ岸! 流石に言い過ぎだ!」
黙って見ていた生徒達の一人がオサムと相対していた生徒──岸にそう言う。
「何だよ! やめる理由がどこにある! 俺達が二年間何をされてきたか覚えているだろ!」
岸は止まらない。
「一科生は俺達のことをウィードと蔑み、哀れみ、笑った! それを今、ここで返せるんだ! やめるなんて冗談じゃない!」
再び静まり返る教室。声を上げた生徒も何も言わない。二年間、色々なことがあったのだろう。全員一科生に思うところが少なからずあるのだろう。
オサムは顔をあげて、岸の顔を直視した。その顔はニヤニヤと笑っている。その卑屈な笑みは、自分より下がいることを喜んでいる笑みだ。見下している笑みだ。
それを見て、オサムの心はスッと冷却された。
「お前、ホントに俺と魔法で同等だと思っているのか?」
「あ?」
笑みが引き攣ったものに変わる。
「正直、お前なんて動かなくたって倒せるぜ」
ニヤリと不適な笑みを浮かべてやる。
コイツらに合わせる必要はない。そう思い知った。
「何ぃ……生意気なこと言ってやがるんだよお前……」
岸が傲慢さを見せる。しかしそれは同時に小物であることを教えただけだった。
「お前本気でそれを言ってるんだとしたら相当やばいぜ?」
そこまで言うと、岸は黙った。怒りで握った拳が震えている。
「……模擬戦だ」
そしてぼそりと呟いた。
「あ?」
「模擬戦だ! 白黒ハッキリさせてやる!」
こうして影井オサムの波乱の二科生生活が始まった。
なんか達也さんと服部さんみたいな展開になってるけど気のせい、のはず!
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