なんか今回は『なあなあ』な感じなってますけど、一応物語を動かし始めました。
「ふう……やっちまったなぁ……」
オサムは一人、3-Eの教室に戻って来ていた。
『やっちまった』とは言わずもがな、さっきの模擬戦の話である。
あの場でオサムは|あえて(・・・)2工程の魔法を使った。模擬戦は、普通1工程の魔法を使い、いち早く魔法を発動することによって先手をとるのがセオリーだ。所詮は模擬戦なので、1工程の魔法で充分ケリがつけられる、という理由もその最たるものだ。
しかし、オサムは2工程の魔法を使った。普通、2工程では1工程よりも発動が遅くなる、ということは分かっていた。模擬戦のセオリーも理解していた。
それ故、だ。
2工程の魔法でも発動スピードで圧倒出来ると相手に知らしめるためだ。
模擬戦をするきっかけとなったあの一幕で、オサムは悟ったのだ。いや、『見限った』の方が表現として正しいかもしれない。
元1科生としての自分と、最初から2科生の彼ら、その二方の間に確かに存在する『溝』を埋めることは不可能だ、と。
しかしそれでも、『やっちまった』と漏らしてしまったのは、元来の彼の性格故だろう。
ぞろぞろと、観戦に来ていた生徒達が教室に戻りつつあった。オサムは、このままここに居ようと考え、弁当箱を広げ始めた。どうせクラスメート達は、自分達の『お弁当スポット』に行くのだろうし、ここにいれば迷惑はかからない、と考えたのだ。第一、彼の移動手段は車椅子なので、そこまで気軽に移動出来ない。
『きゃあっ!』
オサムがそんなことを考えていると、廊下からタップリ聞き覚えのある声の悲鳴と共に、ズテーン! という見事なこける音が聞こえた。
オサムのこの時の顔は非常にわかりやすいものだった。余計な奴が来た、と。オサムは真剣に逃げようか検討したが、そもそも気軽に逃げれるのならばこんなところで弁当を食っていないという事実にたどり着き、深々とため息をついた。
数秒後、丁寧に扉が開かれた。
入って来たのはオサムの予想通りの少女。彼の幼なじみにして親友。重い(色の濃淡的に、だ)黒髪を、肩の辺りまで下がったポニーテールにしている。髪の色とは逆にその肌の色は白い。目鼻立ちは整っており、少し吊り目がちの美少女。
その少女の名は深河(ふかかわ)恵美(えみ)と言った。
眉間にシワがよる程でないにしろ、眉は釣り上がっている。要するに怒っている。
恵美は、一番後ろのオサムの席にスンズン歩いてくる。先程まで(ドアを閉じるまで)は洗練された動きをしていたのだが、どうやらオサムを見て堪忍袋の緒が切れたらしい。
それを、オサムは恵美をハラハラしながら見ている。そして恵美は、オサムの席にたどりついた。思わず(少しわざと)げんなりした表情になるオサム。恵美からブチッ! という何かが切れた音が聞こえた。
「オサム……あんたねえ……!!」
「おう、どうしました麗しのお嬢様?」
「初日から何かましてんのよ! 初日から模擬戦? これからどうするのよ!」
「まあまあ、落ち着けよ恵美。どう、どう」
「私は暴れ馬じゃない!」
フーッ! フーッ! と華の女子高生の口から出るべきでない音(この音が出るのは怒っている猫のはずだ)を口から漏らしている。どうやら相当お怒りのようだった。
「で、どうした? 何のようだ?」
オサムは一旦、茶化すのをやめて恵美に尋ねた。何やら真面目そうな話題だったのだ。まあ基本、この少女は普段(・・)真面目な性格なのであまり冗談は口にしないのだが。
恵美はため息を一つつくと、隣から席を借りて座り、オサムと目線を合わせた。
「どうしたも何もないでしょ! あんた初日から喧嘩ふっかけてどうするつもりなのよ」
「俺がふっかけたんじゃない。なんだかんだでふっかけられたんだ」
どうやらオサムと岸がE組全体を巻き込んで模擬戦をやらかしたことは学年に知れ渡っているらしい。情報早過ぎだろ……と思ったが、模擬戦をやることを決めたのは一限と二限の間の休み時間だ。知れ渡っていても不思議ではない。
「……ホントに、何したのよ…」
「ちょっとな」
「『ちょっとな』って……オサムはいチュッ!」
恵美が説教の続きをしようとしたとき、不自然に言葉が途切れた。オサムからしたら、『またか……まあもうそろそろやると思ってたけど』、という感じだったのだが。
恵美の顔が桜色に染まっていく。長らく恵美と一緒にいるオサムには、これは恐らく羞恥よりも痛みが先行しているのだろうと予測がついた。
「オサムぅ……」
「……おう」
「舌、噛んじゃったぁ……」
「……うん」
恵美は目に涙を浮かべ、顔を赤らめ、上目遣いでこちらを見ている。
恵美は普段、真面目な少女だ。しかし、ドジなのだ。何もないところで転ぶなんて当たり前(現に先程廊下で悲鳴とともに盛大にこける音がしたが、それは恐らく恵美がこけたのだろう)、というレベルなのだ。あんな勢いよく喋っていたら噛まないはずがない、と思っていたオサムは正しかった。
それに、恵美はドジると何故か幼児退行化する。そしていつもオサムに小さな子供のように接して来る。だからオサムも慣れたもの、というわけだ。流石に高3にもなってやられると頬が引き攣るのを防げないが。
「よしよし、痛かったな……」
「うん……」
そう言って頭を撫でるオサム。普段やったら頬で紅葉(もみじ)が刻印されるのは免れないが、この場合に限って言えばこれでいい。泣き止むまで恵美の幼児退行は終わらないのだ。
これがこの二人の日常の光景だ。特別変なことをやっているという意識はない。
しかし、妙な視線を感じたのでオサムは恵美の頭を撫でつつ顔を上げた。すると、微妙な表情のクラスメート達がいた。オサムはそれを見て『はて……?』といった感じで首を傾げる。
「………?」
『………』
考えても分からなかったのでスルーして、オサムは恵美の頭を撫で続ける。大体この時間は長くても5分で終わる。恵美は今日も2分程で泣き止み、今まで見せていた弱々しさはどこに行ったのか? と聞きたくなるような感じで表情を戻す。先程の少し怒った表情に。
「『ちょっとな』って……オサムはいつもそうやって──」
ガミガミ、という擬音が出そうな感じで叱り続ける恵美。ドジるとその前からやり直すのもいつものことだ。もう慣れている。
そして相変わらず微妙な視線を送り続けるクラスメート達。
オサムはそんな状況にため息をつきたくなった。
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二人の妙齢の女性が向き合って話しあっている。彼女達はまともに向き合って話すのは本当に久しぶりだった。しかしそこにはその事実を喜ぶ感情はない。どこか冷たい雰囲気が漂っていた。
「で、覚悟は決まったの?」
一人の女性が尋ねる。
「覚悟も何も、私は別に迷ってなんていないわ」
もう一人の女性がそれに答える。二人とも表情が読めない、どこか不気味な笑みを顔に浮かべている。
「そう、ならいいのだけれど」
尋ねた女性はあくまでも淡々としている。
「ええ、流石に試したことのない魔法だから、|色々と(・・・)準備はするけれど……整い次第、すぐに始めるわ」
それに対して、答える女性にはどこか焦りがある気がした。しかしそんなことは微塵も伺わせない笑みを口元に保ったままだ。
尋ねた女性はそれに気付いているのか、いないのか、分からないが、同じく笑みを浮かべたままだ。
「そうしてもらえると有り難いわ。でもこの魔法の結果を聞きたがっている方々が急かし始めてるから、ちょっと急いで欲しいわね。でも失敗は赦されないわよ」
ピクン、と答えた女性の肩が震えた……気がした。しかし、その女性は答えた。
「ええ、分かりましたわ。忘却の川(レテ・ミストレス)の名にかけて、必ずや成功させて見せます」
不穏な事件が、始まろうとしていた。
もう会話の途中で気づいていた方も多いと思いますが、例の姉妹です(笑)。
一応どう絡んでいくかは決めていますのでご安心を。