学校が終わったあと、オサムは急ぎ足(歩いていないが)である場所に向かっていた。それは、学校に最も近い警察署。昨日の犯の素性
しかし──
「え……今なんて?」
オサムはポカンと口を開けて相手の言葉を聞き返す。その行動が目上の人に対して失礼だと分かっていてもそうしてしまった。
「だから、君の関わってる事件はここ数日の間にはありませんよ」
目の前では警察用の携帯端末を弄っている制服警官がいる。視線を上下に動かし──恐らく事件一覧でも見ているんだろう──そして再び「うん、やっぱりない」と言った。
「……でも確かに昨日襲われて……ここでお世話になりましたよ」
こんなことを言いつつもオサムには分かっていた。何を言っても無駄だ、こんなやり取りは茶番でしかない、と。
昨日のような大きな事件が学校で生徒に知らされなかったことが既に異常なのだ。大体今目の前にいる男も、昨日の同じ署内でのかい事件くらい把握しているはずなのだから、オサムからしたらその態度は白々しいことこの上ない。どうせこの男はしらばっくれるに違いない。
そしてオサムの予想通り警察官は首を横に振った。
「少なくともうちの署では扱ってませんよ」
「は、はあ………そうですか……」
オサムはそうとしか返事が出来ない。そんなはずはないのだが……。
「というかね……」
しばらくオサムが黙りこくっていると、警察官が不機嫌そうに声を上げる。
「そろそろこの悪戯やめてもらえるか? こっちも忙しいんだよ。こんなふざけた冗談に付き合ってる暇はないんだ」
「ッ……!?」
そしていかにもめんどくさそうに警察官はそう言った。口調もざっくばらんなものになっている。その表情は自分に一切の否はなく、被害者であると言わんばかりである。その発言と表情にオサムは思わず怒鳴りかけたが、すんでのところで押し留まった。
その様子が相手には絶句しているように見えたのだろう。得意げな表情に変わった警察官は呆れたように溜め息をついて(しかし得意げな表情が隠れていない)言った。
「今回は学校や親御さんに連絡しないでやるから、とっとと帰れ」
「………すみませんでした」
オサムにはそう言って警察署を後にするしか選択肢はなかった。
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(どういうことだよ……)
帰宅途中、オサムは黙考していた。
(俺は昨日……確かに襲われた……)
実戦は初めてだったオサムにはとてもクリアに思い出せていた。
(事件がなかったことになっている……)
それはつまり……
(警察に何らかの根回しがあったってことか?)
「…………」
それが本当ならば、これは自分が考えているより相当やばい案件なのかもしれない……オサムはそう考えて背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
この自らを疑うよりも公を疑い、大きな何かがあると考える思考回路。いかにも高校生らしい子供っぽい思考回路だ。21世紀初頭には中二病と言われるものである。
それはともかく。
しかし、それほどのことがもしあるのならば、今の自分を襲ったところで、そのリスクに対するリターンが得られない。
身代金目的でも、影井家は大して金持ちではない。せいぜい平均より少し上、といったところだ。つまり可能性から除外出来る。
襲撃者が日本の非同盟国と繋がっていたならば、優秀な魔法師(の卵)を殺害orさらうなどすれば日本の軍事力低下に繋がる。しかし今のオサムは二科生だ。魔法力もそれに見合うものまで低下している。はっきり言ってオサムを狙う意味がないのだ。大体、非同盟国と繋がっているような奴らが警察に根回し出来るはずがない。むしろ警察はその手に手錠をかけるはずだ。
(結局、一高校生がわかるはずがないのか……)
オサムが考えうる可能性を片っ端から自分で否定した結果、何も残らない。オサムはその結果に大きくため息をついた。
(俺が他の人と変わっているのは……この足と、収束・発散系統に大きく偏った魔法演算領域だけだしな)
フッと自嘲気味に考えながら帰路についた。
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「チッ」
オサムは舌打ちをすると車椅子に体全体の体重を預けた。帰って晩御飯を食べてからずっと部屋に篭り、魔法の練習を続けている。いっこうに戻らない魔法の速度にいらついていたのだ。オサムにも、魔法の修練がすぐに実を結ぶものではないとは分かっている。文字通り、やるしかないのだ。しかし、ちっとも進歩しないのを見るとやはり苛立ちが募るものだった。
そんなとき、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
「兄さん、入っていい?」
「正か……いいよ」
オサムは父親も母親も好きではない。だからこそ家にあまり寄り付きたくないのだ。しかし、弟である正はその限りではない。元来真面目な性格で、落ちぶれた兄《オサム》にも真摯に接してくれる、数少ない人間の一人だ。
「お父さんが……『ノイズ』が鬱陶しいって……」
「ハァ……左様かい」
オサムは少し茶化した感じでそれに返答する。ここで言う『ノイズ』とは、魔法を行使するときに出る光波ノイズのことだ。父親は車椅子の関係上1階に部屋があるオサムとは違って2階に自分の部屋を持っている。今もその部屋にいたはずだ。それなのに光波ノイズを感じたということは、感じるためにわざわざ神経を尖らせていないと無理である。そもそも父親は魔法の才に乏しいのだから、ほとんどそれに集中していないと無理だろう。
(そこまでして諦めさせたいかあのクソ親父が……)
心の中で悪態を尽きながら、オサムは一つため息をつく。
「親父に言っといてくれ。んなことしてる暇があるんだったら仕事でもしてろってな」
それを聞いた正はプッと軽く吹き出して、口元を押さえて声を出さずにしばらく笑っていた。
一通り笑い終えると、正はどこか嬉しそうにオサムに話しかける。
「今日は随分頑張ってるね」
「ああ……まあな」
オサムがそう答えると正は本当に嬉しそうに笑った。
「何だよ急に笑って」
「いや、兄さんが魔法を捨てたわけじゃないんだって……」
「……まあ、俺にはこれしかないからな……」
何が嬉しいのか、その言葉を聞いてまた笑顔になる正。やはり正はオサムをよっぽど心配していたのだろう。
しかし、次の言葉はあまり明るいものではなかった。
「でも、焦っているように見える」
「え……」
『焦り』。オサムは今その感情が自分の中にあると自覚していなかったので、驚いていた。
「そう見えるか?」
「うん、そのせいかいつもよりノイズ多いし」
親父が気付いたのはそのせいか、とオサムは気付き、再び舌打ちをしたい気分になったが抑える。それにしても、自分は焦っていたのか?と考えるがどうにも分からない。こういうのは他の人から見た方が分かりやすいものなのだろうかと考える。
「焦り……ねえ……」
「何かあったの?」
「いや、特に」
家族には昨日の襲撃について話していない。理由は面倒臭いからということのみだ。
「即答するのは逆に怪しいよ」
しかし一瞬でばれてしまう。恵美といい正といい、どうして自分の周りには嘘を見抜くのが上手い人が多いんだ、とオサムは頭を抱えたくなる。……ここには単にオサムが嘘をつくのが苦手という面があるのだが、オサムはそれに気付いていない。
「隠したいんなら聞かないけど、焦んない方がいいよ」
「……そうか」
正が何も聞かなかったのをいいことに、オサムは自分の焦りの原因を話さない。正はいいと言っているしな……と自分の中で言い訳をする。そもそも何のために自分が焦っているのかすら分からないのだ。
以前のような自分に戻らないことにか。
あるかどうかも分からない襲撃に備えるためか。
あるいはその両方か。
「まあ大したことじゃないから、気にしなくても大丈夫だ」
「……そう、ならいいけどさ。無茶はしない方がいいよ?」
「分かってるよ」
そう言い残して正は部屋を出て行った。
(俺は……これからどうなるんだろうな……)
先程のように弟と他愛もない会話に興じることが出来るのだろうかと、少し不安になる。この間の襲撃は運よく対処出来たが、次も出来るとは限らない。
オサムはこの日、よく眠れなかった。
正君初登場! 別に重要じゃないけどね!!