艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
明石はどうやったら救えるか。それを勇は一晩中、ずっと考え続けていた。明らかに明石は
「トラウマの療法っていうと……薬物療法か。だがこれは絶対にだめだ」
薬物でトラウマを抱えているのに、薬物で癒せるわけがない。むしろ悪化させる未来しか見えないため、この手はアウトだろう。そうなれば別の手を考える必要がある。
「ショック療法……これ以上のショックなんてそうそう転がってねえぞ。グループ療法……こんな体験してるやつがゴロゴロいてたまるか」
トラウマを植えつけることは容易くとも取り除くことは難しい。なによりケースがケースのために薬物療法が使えないことが痛い。
「となると残るのは認知療法か……」
認知療法とは、簡単に言うと物事を捉えていた視点を変えて違う見方ができるようにすることだ。思い当たるというよりも、残っているのはこの療法しかない。
「視点の変更っていってもそう簡単なことじゃねえぞ、ったく」
きちんとしたプランは立たない。完全にぶっつけ本番になるだろう。だが、これならというものはできた。
だから今、勇は工廠の前まで来ていた。しっかりと護衛役の不知火も付いていているが、今回ばかりは不知火に明石の視界が届く範囲にいてもらっては困る。
「不知火、俺は工廠から明石と出てくるが、明石に気取られないようにできるか?」
「可能です」
「なら頼んだ」
どうせ護衛をやらなくてもいいと言ったところで不知火の性格からして絶対に続けようとするだろう。だが明石は艦娘と接触することを極端に恐れている。
ならばいっそのこと明石に気づかれないように勇を尾行してもらえばいい。これならば不知火は護衛の任務を果たせるし、明石は直接的に他の艦娘と接触することはない。
「おお……さすが妖精さん。ここまで綺麗に片付くか」
ゴタゴタとしていた装備の山はきちんと仕分けされ、隅に並べられていた。使えないものはすでに廃棄処分したらしく、かなりすっきりとしていた。
明石の部屋に到着すると前回と同じようにノック。祈るような気持ちで返答を待つ。
「はーい」
今回は声がしっかりとしていた。朝からは飲んでいるわけではないようだ。これで酔っ払っていたらそもそもの始まりから躓くことになるため、勇はほっと一安心した。
部屋の中は片付いているとは言い難いが、この前のように服が散乱しているようなことはなかった。部屋の隅に食堂のプレートが置いてある様子を見るに、部屋から出なくても食事はちゃんと摂っているらしい。
「あ、新しい方でしたか。先日はお見苦しいところをお見せしました」
「いや、別に俺は気にしてないから大丈夫だ。ところで今、時間あるか?」
「時間、ですか?」
明石が首を傾げる。だがその動作の中に警戒が含まれていることを勇は敏感に感じ取った。
まだほとんど話したことのない新人司令官に時間はあるかと聞かれたのでは仕方のないことだ。
「ああ。難しいか?」
「いえ、時間はありますけど……」
「じゃあ少し俺に付き合ってくれないか?」
「外に出るのは嫌ですよ」
案の定、明石は拒絶した。だがこれは予想の範囲内だ。ただ外に出るといえば真っ先に艦娘と会ってしまうことは想像に難くない。
「明石、お前は他の艦娘と会いたくないから外に出たくない。これであってるよな?」
「……ええ、まあ」
「なら裏を返せば他の艦娘と会わなければいいんだろ?」
「……そうです」
「だから艦娘のいないところへ行く。俺にも用事があってな。それの助手としてついてきてほしい」
「そんな場所、鎮守府内に、あるわけないです」
「鎮守府内にはな。だが外ならどうだ?」
明石がはっと息を飲む。鎮守府内に艦娘がいないところなんてほとんどない。だが果たして鎮守府の外ならどうだろう? 艦娘と巡り合う可能性のほうが低い。
「ここに外出届けがある。記入事項はほとんど書かれて俺の承認つきだ。あとは明石が名前を書くだけで完成する」
「外出届け……」
「あとはお前のサインだけだ」
「……あなたは私に何をしてほしいんですか?」
「大したことじゃない。ただ市街地に行くから同伴者がほしいってだけだよ」
勇が肩をすくめる。少し芝居臭かったかと思ってすぐにポーズを解いて明石の様子を見守る。これで乗ってきてくれなければすべて水泡に帰してしまう。だがなんとしても明石は引っ張り出さなくてはいけないのだ。
このまま工廠に居続けても明石は苦しみ続けるだけだ。工廠がトラウマを喚起させるにも関わらず、ずっと工廠で生活していることが精神衛生的に問題がないわけがない。
「市街地に出るまでみなさんに会っちゃうかもしれないじゃないですか」
「会わずに済むルートを確保してある。裏口から出てけばそこまで目立つこともないはずだ」
「そこまでして……」
「明石、ずっと工廠にいるのはよくない。特にお前は。だが鎮守府を歩くのは難しいんだろ? だからもっと外に行けばいい。そう思っただけさ」
艦娘と会うことが怖い。だから引きこもる。それもわざわざトラウマを思い起こしてしまうような場所だとわかっていながら。
それはどれだけの苦痛だろう。
だが明石はそこにいなければいけないということは決してない。なればこそ、明石は新しい自分の居場所を見つけなければいけない。
「……貸してください、外出届け」
「誘っといてどの口がと思うかもしれねえが、いいんだな?」
「私も……ここにずっといるのは嫌なんです。でも私は…………」
「たまの気晴らしくらいだれも責めやしないさ。ほら」
明石に外出届けとボールペンを手渡す。明石は僅かに躊躇ったが、受け取ってスラスラと名前を書いた。
これで明石の外出届けは一丁上がりだ。勇の承認済みである外出届けがあるので文句無しに正式なものだ。
「じゃあ行けるか?」
「……はい。たぶん、大丈夫です」
「無理だと思ったら言えよ」
半分以上、無理やり連れ出しといてなんだが目的は明石が立ち直ってくれることであって明石を苦しめることではない。
工廠から明石を伴って出る。不知火は影も形もなかった。言った通りにしてくれているらしい。おそらくどこかで見張りつつ、尾行してくれるはずだ。
「誰も通らないルートを使うから少し遠回りになるがいいな?」
「歩く距離が増えるくらい……みなさんに会うことを考えるなら瑣末なことです…………」
明石が俯きがちになりながら言った。その声色に寂しそうな色があるように感じたのは勇の気のせいだろうか。
《司令。そこの角を右に曲がってください》
耳にはめた小型の通信機から不知火の声。頭を掻く振りをしてインカムを2回目、トントンとつついた。
誰も絶対に通らないルートなんてあるわけがない。大まかに人が通りにくい道を見つけることはできるが、絶対はないのだ。だから勇は不知火にガイドを任せていた。不知火が行く先に誰もいないかを確認し、通信で勇に知らせる。勇は不知火の指示通りに進むだけで他の艦娘と会うことなく鎮守府から出ることができる。
もっともこれは不知火の協力がなければできないことだが、不知火自身が了承してくれたおかげで成り立っているのだった。
「本当に誰もいないんですね……」
「少しは信じてくれよ」
ポーズとして苦笑してみせるが、罪悪感がちくりと勇の心を刺した。仕方ないこととはいえ、明石を騙しているのだ。
だがこれをやる必要があるのは鎮守府の中だけ。外に出てしまえばインカムのお世話になる必要はない。
《次の十字路は直進してください》
再びインカムを2回、小突く。2回だけ突つくことが了解の合図だった。誰にも会わないのは不知火がしっかりと果たすことをやってくれているおかげだろう。
「大丈夫か、明石」
「は、はい。問題なさそうです……」
横目で明石の顔色を伺う。もしもこれで明石の顔色が悪かったのならば引き上げるつもりだった。だが明石の顔色は至って普通だ。取り立てて異常とわかるような反応もない。大丈夫だと判断していいのだろう。
「よし、これで裏口だ」
「本当に誰とも会いませんでしたね……」
「な?」
声には出さずに不知火へ感謝の言葉を送る。よくぞここまで誰とも会わずに済むルートを確保しつつ、勇をナビしてくれたものだ。この前の風呂掃除に付き合ってくれたことといい、絶対に何かしらの形で恩返しをしようと心に誓った。
「鎮守府の外はどうだ?」
「……なんて言えばいいんでしょう。よくわかんないです」
「そっか。ま、たまには悪くないだろ?」
「そうですね。たまには」
ぎこちないながらも明石が笑みらしきものを浮かべる。ただの愛想笑いか、それとも本心からのものか。
わからないが、滑り出しとしては好調だ。
そんなわけで明石編、まだまだ続きます。地味に3日開けてペースでの更新が辛くなってきましたが、なんとか維持していければと思います。そのために文字を量産せねば……
そしてお気に入りが50を突破しました。やっぱりお気に入りという目に見える形になるとうれしいものです。俄然、やる気が湧いてきます。
ぬいぬいの出番はここらにして、これからあとは明石と勇のデートです。いやあ、お熱いですねえ。リア充爆ぜちまえ。なおキャッキャウフフになるかと言われると微妙な模様。