艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
一足先に弁当を食べ終わった勇は自販機で買ったペットボトルのお茶を飲んでいた。少し今日は暑い。冷たい飲み物は喉に嬉しかった。
隣でパチン、と箸を閉じる音。明石が勇に遅れて食べ終わったのだろう。
「ごちそうさまでした……その、おいしかった、です…………」
「満足してもらえたならよかったよ」
ほら、と勇が自販機で買っておいた明石のぶんのお茶を渡した。明石は小さく頭を下げるとペットボトルのお茶を受け取って飲んだ。
「ふぅ」
「いい天気だな。眠くなっちまいそうだ」
「そうですね……でも私にはこの日差しはちょっと厳しいです」
眩しそうに明石が空を見上げた。よく考えればずっと明石は工廠にある仮眠室で引きこもっていたのだ。少し気遣いが足りなかったと勇は反省した。
「すまん、気づかなかった。日陰に行くか」
「いえ、いいんです。もう少しここにいたい気分なので」
明石が首を横に振った。ちゃんとペットボトルに口をつけて水分補給をしているので少しくらいは大目に見てもいいだろう。ちょっとでも体調が悪そうだったら日陰なり建物になり連れていけばいい。
「それにしても本当においしかったです。私もいつかやってみてもいいかもしれませんね」
「へえ、明石が?」
「私だって女ですよ。……まあ、やったことはないんですけど」
「いいんじゃねえの?」
勇がベンチに深く腰掛けてもたれかかった。目を閉じて、そしてゆっくりと開く。
「俺だって鎮守府を任されたのは初めてだよ。何をすればいいのかさっぱりわかんなかった。いや、今でもわかっているかって言われると微妙か」
「でもいろいろやってるみたいじゃないですか」
「がむしゃらにやっただけだよ、俺は。いきなり鎮守府の運営をしろって言われてもな。それに俺の場合はとにかくやれることをやってたらこうなったって感じだな」
初めて鎮守府勤務と聞いた時には耳を疑ったものだ。仙谷少将に呼び出された時はすでに聞いていたのでそこまで驚かずにすんだが、最初に話を持ってこられた時の驚きはやはりとても大きなものだった。
「へえ……そうなんですね」
「やってみたいと思ったなら間宮に話を通してみようか?」
「で、でも私はやったことないからお邪魔になっちゃいますし……」
「誰しも最初は初心者だ。それに間宮が人手はいくらあってもいい、みたいに言ってたからな。ま、気が向いたら言ってくれ」
「……わかりました。考えておきますね」
「そんな難しく考える必要はないからな? 頭の片隅に留めとくレベルでいいよ」
ただせっかくなら乗ってほしくはあった。明石は工廠から離れた方がいい。食堂の手伝いがそのきっかけになるのは勇としては喜ばしいことだ。無理強いするのはよくないため、強く推すつもりはないが。
「そろそろ行くか。明石、行けるか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ちょっと待ってくれ。ゴミだけ纏める」
空の弁当箱や割り箸を袋に入れて口を縛る。あとは周囲を見渡して手近なゴミ箱を見つけるとそこに叩き込んでしまえば完了だ。
あとはのんびりと鎮守府へ帰って不知火のガイドを受けながら明石を工廠の仮眠室へ連れていくだけ。今回の目的はだいたい達成できたし、勇としては満足だった。
だから最後の予定外はすべてをぶち壊した。
後頭部に鈍い痛みが走った。意識は飛ばずにすんでのところで踏みとどまったが、生暖かいものが顔を伝う。
何かで殴られた。そう頭が理解した瞬間に勇は無意識で明石の前へ一歩、出た。
「ずいぶんなご挨拶だな」
「佐世保第三鎮守府の司令長官だな」
金属バットを持ってマスクなどで顔を隠した男が勇を睨めつける。その両隣に2人ずつ同じく顔を隠した男たちがいた。
5対1。加えて向こうは得物を持っている。明らかにこちらが不利だった。
「明石、逃げるぞ」
「えっ? きゃあっ!」
勇が明石の手を取って走り出す。勇は軍人だ。だが拳銃など持ってきていないし、なにより素手で得物持ちとやり合うのはとてもじゃないが無理だ。しかも相手は1人だけでなく5人。
問答無用で逃げる以外の選択肢はなかった。
走りながら後ろを振り返る。顔を真っ赤にして息を荒らげて走る明石の向こう側には5人の男が追いかけてきていた。
「艦娘たちを解放しろ!」
「彼女たちにも人権はある! 艦娘を提督の私物にするな!」
裏路地に入って何度か曲がっているのだがぴったりと後ろに着いてきていた。その証拠に怒鳴り声はずっと後ろから聞こえてきていた。
ウワサの艦娘を解放させようとしているグループの内の過激な活動家らしい。
「す、すみま、せん……もう限界、です…………」
「明石? いや、そうか」
息も切れ切れに明石が勇に訴えた。まだ大して走ったわけではない。それでも明石の体力は限界だった。
艦娘らしからぬことではある。だがそもそも明石は非戦闘艦だ。しかも工廠の仮眠室に引きこもってずっと出てきていないときている。体力は大幅に低下しているに決まっていた。
「じゃあ明石、先に行け」
「え……? で、でも!」
「あいつらは艦娘解放を掲げた活動家みたいなもんだ。なら狙いは俺で明石じゃない。明石は逃がしてくれるだろ」
「それだとあなたは!」
「いいから。なに、頃合いを見て俺も逃げるさ」
だから行け。そう勇は明石の背中を押した。何度も明石は振り返っていたがようやく角に姿を消した。
艤装を装着していればバットの一撃ぐらいなら明石はなんともないだろう。だが今は生身だ。
「なら俺がやるしかないだろ」
勇は荒事が苦手だ。軍人とはいえ、幼年学校からという生粋の軍人ではなく、地方人のため体術も達者ではない。
だがせめて明石が逃げきるための時間だけは稼ごう。最低でも15分といったところだろう。
「来やがったな」
ぽつりと勇が呟きながら右拳を強く握った。カラン、カランと金属バットがコンクリートを擦る音が近づいて、そして消えた。金属バットが振り上げられたらしい。
来るなら来やがれ、と勇は内心で呟いた。どう考えても勝つことは無理だ。だから狙うのはできる限り明石が逃げられる時間を稼ぐためだ。
短いようで長い時間が始まった。
明石は走り続けた。息も絶え絶えに、よろめく足を叱咤しながらふらふらになってようやく表通りに出た。
日頃の運動不足が祟った。そんなに距離は走っていないはずなのに、もう体力は底をつきかけていた。
だが今は悠長に休んでいる暇はない。すぐに逃げると言っていた。けれど明石が息を整えながら離れたところで待っていても裏路地から勇が出てくる様子はない。
「ど、どうしよう……」
逃げろ、と言われはしたがそれでいいわけがなかった。
今すぐ戻る? だが明石は自他ともに認める非戦闘艦。そもそも戦闘経験なんてほとんどないし、艤装がない状況下ではなんの助けにもならない。
「また……また私はなにもできないっ!」
建物の壁を明石が殴りつける。強く噛みすぎた唇がプッと切れて血が垂れた。強くコンクリートに打ちつけた拳も皮膚が裂けて出血し始めている。
言われたことに従い続けた。これが艦娘の生存率を上げることになるのだと言われて投薬された艦娘のデータを取り続けた。
そしてみんな帰ってこなかった。
「私が……私がみんなを見捨てた!」
喉が張り裂けそうなくらい叫ぶ。今回だって何も違わない。他人を盾に安全地帯へ逃がしてもらっている。今までもずっと目を背けて逃げ続けていただけ。
そんな醜い臆病者。
「何が艦娘! 何が後方支援! 私は……私は!」
拳を叩きつけるたびに明石の手は傷つき、赤い血が壁に散った。
だんだんと明石の力が抜けていく。最後に弱々しくコンクリートを殴るとずるずると地面にへたり込んだ。
なにもできない。そんな絶望感がひたひたと明石を蝕んでいく。
「ああ、やっと見つけました」
上から声が降ってきた。自分が呼ばれたわけではないと思った明石は顔をあげなかったが、影がずっと自分の横に居続けているのに気づいてようやく自分だと認識した。
明石が顔を上げる。真っ先に目に飛び込んできたのは自分と同じピンクの髪。
「しら、ぬいさん……?」
「どうも。ようやく追いつきました」
座り込んでいた明石の隣に不知火が立っていた。相変わらず何を考えているのかわからないような無表情さで。
どうして艦娘である不知火が鎮守府の外にいる。そんな当然の疑問が明石の頭をよぎった。
そして同時に感じたのは今すぐこの場から逃げてしまいたいという思いだった。
「あ、あの、私は……」
「どうしましたか?」
不知火が首を傾げる。明石は少しふらつきながら立ち上がった。
私なんかに他の艦娘と関わる資格なんてない。だから一刻もこの場から離れよう。
そうするはずだった。だが不知火の言葉が明石をその場に縫い止めた。
「司令はどこにいますか?」
たったそれだけで明石の足は石のように固まった。
どれだけ続くんだ明石編! そしてさんざんいろいろなところに散りばめていたアンチブラ鎮を掲げる一般市民が本当に出てきました。まあ、ここまで低俗なのがくると主義主張をする輩というよりただ憂さ晴らしをしたいか、金品狙いでしょうが。
大詰めといったところですが明石編はもう少しだけ続きます。そしてすみません、明石編が終わったら更新を週一に変えてしまうかもしれません。正直にいって3日に一回のペースを維持することが難しくなってきてしまったのです……短いスパンでの更新ペースを保てている人って本当にすごいと思います。
や、本当ならこのペースを維持したいんですよ? でも他にもいろいろとタスクが増えてきてしまって……すみません。本当にすみません。