艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第14話 変遷のエモーション

 

 不知火の案内で明石は鎮守府の中をこっそりと進んだ。不知火が先行し、他の艦娘がいないことを確認。頷くという合図を受け取ってから明石が移動することの繰り返しをする。

 

 明石はなんとなく他の艦娘と会っても大丈夫ような気がした。だがせっかく明石のために不知火がやってくれているのだ。ならその好意に甘えさせてもらおうことにしたのだ。

 

「こちらが司令の部屋です」

 

「あ、ありがとうございます。勝手に入っちゃって大丈夫でしょうか……」

 

「司令が部屋の中で待機するように言ったので問題ないでしょう」

 

 慣れた手つきで不知火が勇の部屋のドアを開ける。先に明石が入れるように不知火はドアを開けたままにした。ちょっと不知火に頭を下げてから勇の部屋に明石は踏み入れた。

 

「綺麗に片付いてる……」

 

 ちょっと意外だった。男性の部屋というのは散らかっているもの、というイメージがあったからだ。けれど服が部屋のいたるところに散乱していたりするようなことはない。これでは自分が酔っていた時の方が酷かったと思うと、明石はげんなりすると同時に頬がかあっと熱くなった。

 

「明石さん? どうかしましたか?」

 

「い、いえいえ! なんでもないです、なんでも! ところで不知火さんは書類を書かなくていいんですか?」

 

「書類ですか?」

 

「えっ? い、いや外出許可申請書類の記入をしないんですか?」

 

「しませんよ? 司令は書類と承認判に触るなと言っていたじゃないですか」

 

 真面目そうに不知火が言う姿を目の前にして明石は頭を抱えた。どうやら勇のジョークが不知火にはまったく通じていなかったらしい。わざわざ記憶が飛んでしまうとか、絶対にと誇張したりするなどのことまでしていたのに悲しいかな、不知火には伝わらなかったらしい。

 

「あれは提督なりのジョークだと思うんですけど……」

 

「そうでしょうか?」

 

「たぶん……」

 

 絶対に冗談、というよりああいう言い方にしたのは直接的な発言を避けたからなのだろうと明石は思っていた。

 

「司令が帰ってきたら聞いてみましょう」

 

「……それでいいんじゃないでしょうか」

 

 確実に呆れかえった顔を浮かべるだろうけど、と思いながら明石が苦笑いした。

 とにかくまだ帰ってくるまでには時間があるだろう。ずっと立っているのも疲れる。心の中で謝ってから椅子を貸してもらう。

 

「遅いですね」

 

「警察にも行くって言ってましたし……」

 

 事情聴取もあるはず。どうあっても時間はかかってしまうだろう。明石がざっと診たところ、怪我は大事なさそうだった。病院に行くとはいえ、手術したりということにはなっていないはずだ。

 

「ところで明石さんは工廠に戻っても大丈夫なはずですよ。待機命令は不知火だけですから」

 

「あ……」

 

「長時間、歩いてお疲れでしょう」

 

「すみません、提督に相談があって……」

 

「なるほど、そういうことでしたか。なら待ちましょう」

 

 カチカチと時計の秒針が回る。話題が尽きてしまった。けれど明石は問題なかった。あれほど警戒していた他の艦娘と、狭い部屋で2人でも恐怖は感じない。

 

 もちろん、不知火だからということもある。なによりあの状況を共に潜り抜けた者同士だ。

 

 窓の外では陽が落ち始めていた。緋色の夕陽が勇の部屋に差し込み、白いベットのシーツを染め上げる。

 

 がたん、とドアが開いた。明石と不知火が振り向くと勇が立っている。頭部に包帯が巻かれ、顔にもガーゼが当てられていたりするなど怪我はしていたが、割と大丈夫そうだ。

 

「おかえりですか、司令」

 

「ただいまっと」

 

「怪我はどうでしたか?」

 

「明石の言うとおりだったよ。怪我は大したことないってよ。消毒して終了。あばら骨はヒビが入っているだけだから放置でいいんだと」

 

 さすがに笑うと震動でヒビの入った骨が痛む。けれどあの土壇場で相手を打ち倒すためではなく、怪我をしないようにガードすることを優先していたせいで大事にはならなかった。

 

「で、不知火。書けたか?」

 

「何がですか?」

 

「え、いやだから外出許可申請……」

 

「承認判にも書類にも触れるなと司令は言ったじゃないですか」

 

「えぇ……」

 

 明石の想定どおりというべきか、勇は困惑した。勇としては帰ってきた時点で不知火が許可申請書を書き上げて、あとは自分のサインだけという状況だと思っていた。まさかあの冗談を真に受けて本当に書類にも承認判にも手を触れていないとは思わなかった。

 

「はあ……不知火、今からこいつに必要事項を記入するんだ」

 

「わかりました」

 

 不知火が机に向かい、勇の差し出した申請書に記入を始める。ようやくか、と思いながら勇が明石に向き直る。

 

「明石、今回は巻き込んですまなかったな」

 

「あ、頭を上げてください!」

 

 頭を下げた勇に明石が驚く。まさか鎮守府の長たる勇があっさりと頭を下げてくるとは思わなかった。

 

「巻き込んじまったのは俺の手落ちだ。嫌な思いをさせたのもな」

 

「気にしないでください。それに私のせいで怪我を……」

 

「それこそ気にしないでくれ」

 

 そもそも襲われたのは勇のせいだ。明石は完全に巻き込まれてしまっただけ。むしろ申し訳なく思っていた。

 

「ところでなんで明石はここにいるんだ?」

 

「あの、提督にお願いがありまして……」

 

「俺に?」

 

 勇は首を傾げた。頼まれるようなことがあったかと考え始める。さんざん迷惑をかけたのだからできることくらいはするつもりだが。

 

「提督、私が間宮さんのところで働くことはできますか?」

 

「明石が……?」

 

「工作艦として働くことはできます。でも私は工廠から少し離れた方がいいと思うんです」

 

「……そうかもな」

 

 工廠に明石が今後も居続けることがいいとはあまり思えない。自ら工廠から出ようと明石が言ったのは勇にとって思ってもみないことだった。

 

「でも何もしないのは嫌なんです。でも提督が言ってくれたじゃないですか。やってみたいのならやればいいって」

 

「言ったな。なるほど、そういうことか」

 

「すみません、仕事を放棄して食堂に行ってしまって」

 

「かまわねえさ。どのみち改修工廠はしばらく回せない。開発が最優先だ」

 

 そして開発ならば明石ではなく妖精さんだけで事足りる。ならばしばしの間、明石が工廠を留守にしたところで問題はない。

 

「だが……大丈夫なのか?」

 

「提督が帰ってくるまで不知火さんとずっといました。でも全然、怖くなかったんです」

 

 明石が小さく微笑んだ。その笑い方に無理をしているようなところは一切、見当たらない。本当に自然で穏やかな笑顔。

 

 これなら大丈夫だと勇には思えた。それに事実として明石は不知火と共に勇が帰ってくるまでの間、勇の部屋にいたのだ。

 

「善は急げ、だ。明石がよければ間宮にすぐ連絡をいれるぞ?」

 

「お願いしてもいいですか?」

 

「了解っと。ちょっと待っててくれ」

 

 勇は通信機を取り出して基地内線を食堂に。明石と不知火が口を閉じて勇を見守った。

 

「ああ、間宮か? ちょっと用事が……」

 

《こんな忙しい時になんですか!》

 

「ま、間宮?」

 

《提督、今は夕食の仕込み中です。いくらヘルプで他の艦娘に入ってくれてるとしても大忙しであることに変わりはないんですよ!》

 

 間宮が珍しく声を荒げていた。あまりの剣幕に勇が半歩ほど下がった。よく考えればもう陽が落ちかけている。あと少しで夕食の時間であるということは今は言葉にできないほど忙しい時間のはずだ。

 

「すまん。だが明石が食堂のアシスタントに入りたいって言っててな」

 

《……アシスタント?》

 

「あ、ああ。今までのシフトとは違って毎日でも入れるようにするつもりらしい。間宮が構わないなら、だが……」

 

《……提督は自室ですか?》

 

「明石も、だが……」

 

《わかりました》

 

 ぷつん、と通信が途切れた。どうですか、と明石が目線で尋ねてきたがわからないと肩を竦めるしかなかった。

 

 ドタドタドタ、と廊下を駆ける足音がすると勇の部屋のドアが大きく開け放たれた。

 

「ま、間宮!?」

 

 息を荒げた間宮がそこには立っていた。割烹着姿のままで走ってきたのだろう。

 

「提督、アシスタントが入るって本当ですか?」

 

「あ、ああ。明石、それでいいんだよな?」

 

「え、ええ」

 

 ぎらり、と間宮が明石を見つめた。明石がじり、と下がりかけたがその腕をがしっと掴んだ。

 

「採用です。だから今すぐに入ってください」

 

「ええっ!?」

 

「さあ行きましょう! 今のシフトに入ってる子がちょこっとドジな子とお料理が壊滅的な子だから実質、私ひとりだけなんです! この際、経験者かどうかなんて言いません。ただ普通に言われたことをやってくれる人なら!」

 

「あ、あの……ちょっとーーーー」

 

 明石が間宮によってずるずると引きづられて行く。あの間宮が頭を抱えていたということはよっぽど入っている艦娘が料理が不得手だったのだろう。なんだかんだ明石は工作艦だ。手先は器用なはずだし、少し慣れれば明石は立派な戦力に変わるだろう。

 

 あとは間宮に与えている部屋の隣にある部屋を明石のために当てれば十分のはずだ。食堂の近くにある部屋のため、工廠と比べるとフラッシュバックは少なくて済むだろう。

 

 なによりも明石は不知火と接していても勇と話しているときと様子が変わらなかった。それは間宮との接し方を見ていても同様だ。あれほど艦娘と接することを恐れていた明石が普通に応対していた。

 

 ならきっと大丈夫だ。なにより食堂の裏方なら連続して艦娘と接することはないし、リハビリとしてはちょうどいいくらいだろう。

 

「司令、書き終わりました」

 

「ん? ああ、じゃあ申請書を貸してくれ」

 

「どうぞ」

 

 不知火から記入した申請書を勇は受け取るとペンを手にして自らの名前をサイン。ついで許可証を引っ張り出すとそこに不知火の名前と書き付けると今日の日付を書き込んだ。

 

「これでいいか」

 

「司令、本当に怪我は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だって。2週間も休んどけばちゃんと治るってよ」

 

 勇が腕をぐるりと回して平気だということを不知火に見せる。内出血やら骨にヒビが入っていたりはするものの、こうして生活するぶんには問題ない。

 

「そういえば不知火、なんで外にいたんだ? 護衛は鎮守府内だけじゃなかったのか?」

 

「……なんででしょう?」

 

「おい、しっかりしてくれ」

 

 不知火が首を傾げ、勇の目線が胡乱なものになる。どうして鎮守府の外に来たのかわからないと言われれば不思議に思うのはやむないことだ。

 

 ふっと勇が張っていた表情を崩して笑った。

 

「ま、今回は助かったよ。ありがとな、不知火」

 

 勇が右腕を持ち上げて不知火の頭に乗せた。そして髪を崩さないよう丁寧に撫でた。

 

「司令? これは……?」

 

「ん? ああ。いや、悪かった」

 

 勇がゆっくりと右手を下ろす。少し似合わないことをしたかもしれないな、と内心で自嘲的に笑った。だがそれくらい不知火と明石が駆けつけてくれた時、勇は安堵していたのだ。

 

 なによりも不知火が鎮守府の外に来てまで護衛役をしてくれたことが不覚にも嬉しく感じていた。

 

 だからこそ、勇は不知火の無断外出を咎めなければいけないと理解していてもできなかった。

 

「気を悪くさせたらすまなかった」

 

「いえ、驚いただけですので」

 

「そっか。まあ、いろいろあったし今日はもう休んでくれ」

 

「わかりました。それでは失礼します」

 

 不知火が一礼をすると勇の部屋を出た。廊下を歩きながら不知火がふと頭に自分の手を乗せてみた。

 

「……なんだったのでしょう?」

 

 不知火が不思議そうに乗せた手を左右に動かしてみる。だがさっき感じたほっとするような暖かい感覚はしなかった。





長らく続きました、明石編がこれにて終了です。そこそこ話数も行きましたね。お気に入りやアクセスの伸び方もぼちぼちと言った感じです。本当にありがたいですね!
間宮さんの言う「ちょっとドジな子」と「お料理が壊滅的な子」はいったい誰なんでしょうね?(すっとぼけ)カピバラにはさっぱりわかりません。

そして以前にも言いましたが、本当に申し訳ありません。週一更新に変えさせてください。他に積まれたものたちを消費しながらではきっついです。自分なりに満足できるクオリティで投稿していきたいので、どうかご了承ください。
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