艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第16話 最末のクライシス

 不知火は艤装を装着すると海上にひらりとその身を躍らせた。周囲には他に5人の艦娘が同じように艤装を装着して、海上で佇んでいた。

 

 最近、不知火は勇の護衛についていることが多かったがそれでもちょくちょく出撃はこなしている。艦娘としての仕事はきっちりとやらなくてはいけない。

 

 周囲で他の駆逐艦が楽しそうに話している。出撃前に暢気な、と不知火は思ったが下手に固まってしまうよりはいいのだろう。それに彼女たちは姉妹艦のようだ。話も合いやすいのだろう。不知火だけ陽炎型で少し疎外感があったが、そんなものはどうということはない。

 

 そして不知火が到着して艦隊全員、総勢6名が揃った。これで出撃準備は完了だ。そのタイミングを見計らっていたようにして執務室から艦隊に通信が入る。

 

《榛名です。今回の任務は遠洋まで対潜哨戒です》

 

「こちら旗艦の五十鈴よ。任務了解。これより出撃する」

 

《武運を》

 

 なるほど、と不知火は内心で呟いた。それでこの装備なのだ。妙に爆雷やソナーが艤装に多く積まれていると思ったが、潜水艦を相手するのならば納得もいく。

 

「まあ、聞いていただろうけど対潜哨戒よ。ちょっと行って潜水艦をぶっ潰すだけの簡単なお仕事。行けるわね?」

 

「もちろんです」

 

「じゃあ行くわよ。しっかり付いてきなさい!」

 

 五十鈴を先頭に不知火と以下に4人の駆逐艦たちが続き、ざあっと海を割って突き進む。あっという間に鎮守府が小さくなり、やがて周りは海原だけになった。

 

 どうやら遠洋というのは本当のようだ。さっきから経済速度で航行しているが、結構な時間が経過している。ここまで離れてくるとそろそろ会敵の可能性が出てくる。

 

「不知火より旗艦に意見具申です。ソナーの使用を」

 

「旗艦の五十鈴より、ソナーの使用を許可」

 

 五十鈴が不知火にソナーの使用を許可した。潜水艦はどこに潜んでいるのかわからない。どれだけ早く敵の潜水艦を発見できるか。対潜哨戒はすべてここにかかってくる。

 

 ヘッドホンを装着して不知火が海中の音に耳を配る。仮に潜水艦がこちらを攻撃しようと

すれば、魚雷発射管に注水する音が聞こえるはず。その音を聞き逃さないようにしなくてはならない。

 

「どうよ、不知火?」

 

「静かですね」

 

「そ。ならいいわ。しばらく警戒しておいて」

 

「了解です」

 

 ポーン、と電子音が鼓膜を揺らす。海中は静かなものだ。潜水艦のいるらしい音はまったく返ってこない。だが、静かであるのはいいことだ。潜水艦は実に厄介なこと極まりない。海中から恐るべき魚雷を発射し、海上の船を狙い撃つ。この一撃で沈んでしまうことすらあるのだ。

 

「静かですね……」

 

 この海域に対潜哨戒の任務が回されたということは以前、この付近で潜水艦が見られたのだろう。しかもこれだけの装備と規模で艦隊を回したということは潜水艦はそれなりの数で見られたはず。

 

 だがそれにしては潜水艦がまったく見られない。深海棲艦が移動してしまったと仮定しても、これだけ広範囲を不知火たちが移動していて、一隻たりと潜水艦が見つからないのは不自然だ。

 

「不知火!」

 

 五十鈴が叫ぶ。だがヘッドホンを装着していた不知火はその声を聞き取ることがうまくできなかった。

 

「なん……」

 

 不知火はその続きを言えなかった。いきなり真横から衝撃が襲い掛かり、不知火の体を易々と弾き飛ばした。海面を鞠のように不知火の体が弾む。

 

「不知火ぃ!!」

 

「問題、ありません……」

 

 よろよろと不知火が立ち上がりながら慌てた五十鈴に無事を告げる。だが傍目から見ても、不知火が問題ないとはとても言えなかった。なんとか航行はできているが、艤装は抉れている。そして不知火自身も左腕があらぬ方向に曲がり、少なくない量の血液が滴っていた。

 

 五十鈴は素早く周囲を見渡す。対潜哨戒を前提としている艦隊のために電探ではなく、ソナーを積んでしまっているため、目視で捉えるしかない。

 

「……いた!」

 

 五十鈴の目が深海棲艦の群れを見つけた。次の瞬間、深海棲艦の艦隊が明るく光った。

 

「っ! 回避!」

 

 五十鈴が回避を怒鳴り声で指示した。同時に五十鈴も大きく跳び退る。どうやら不知火も他の駆逐艦たちもうまく避けたらしい。不知火もよろめきながら、なんとか避けきることができたらしい。

 

「はあっ、はあっ……不知火、被害報告を」

 

「機関がやられました。航行速度は半分以下まで低下しています」

 

 五十鈴は奥歯を強く噛み締めた。ついさっき五十鈴か目視で確認した深海棲艦のは戦艦2隻を含んだ水上打撃部隊。普通なら水雷戦隊である五十鈴たちの足で、逃げ切れなくはない相手だ。

 

 最大の問題は不知火の航行速度が落ちていることだ。多少ならばいいが、半分以下ではさすがに苦しいものがある。

 

 なら迎撃すればいいかと言えばそうではない。五十鈴たちの装備は対潜哨戒を目的にしたものだ。ソナーや爆雷で戦艦と一戦を交えるのは無理があった。

 

「不知火より旗艦へ意見具申です。殿(しんがり)は不知火が務めるので撤退を」

 

「このバカ! 正気!?」

 

「この状況下ではそれが妥当な判断でしょう」

 

 不知火の提案は単純なものだった。殿を務めるというのは言い方を変えただけで、実態はただの囮だ。

 

 つまり不知火は自分を囮にして逃げろ、と五十鈴に進言したのだ。

 

 通信で救援を呼ぼうにも、無線は封鎖中。鎮守府に連絡することはできない。この状況下で下せる判断はこれ以上のものがないか。

 

 眉を五十鈴は顰めて頭を回す。

 

「ーーーーっ! ああもう!」

 

 五十鈴がやけっぱちに叫ぶ。求められているのは五十鈴個人の判断ではなく水雷戦隊旗艦としての判断だ。

 

 五十鈴個人の判断を優先させれば、艦隊は全滅してしまうかもしれない。だが旗艦としての判断を優先すれば、不知火だけの犠牲で済む。

 

「総員、不知火を殿にして反転ッ……」

 

「五十鈴さん!? それって……」

 

「二度も言わせないで!」

 

 口を開こうとした駆逐艦を遮って、五十鈴が海面に向かって搾り出すように言葉を吐き捨てた。タイミングを見計らったように、巨大な水柱が天を突くように屹立する。

 

「行ってください」

 

 右腕だけで不知火が唯一、持っていた主砲を構えた。ざあっと不知火の真横を五十鈴たちが通り過ぎていく。

 

「見捨てるつもりはないわ。でも、もしもの時は……せめて私を恨んで」

 

 五十鈴の声でそんな言葉が砲撃音に混ざって聞こえた気がした。不知火は五十鈴たちが通り過ぎきってしまう前に口を開く。

 

「これが不知火の判断ですから」

 

 澄ました顔で不知火が深海棲艦の群れに相対する。背後から聞こえる波をかき分ける音は次第に遠ざかっていった。

 

 不知火のやるべきことは単純だ。五十鈴たちが逃げる時間を稼げばいい。それが単純であった簡単ではないことはわかりきったことだ。

 

「司令は明石さんを逃がす時、こんな気持ちだったんですか?」

 

 不知火が答えの返るはずのない問いを虚空に向けて投げかける。半減した速度で左右に回避行動を行う不知火を飛来した砲弾が掠めた。

 

 不知火はおそらくここで沈む。その覚悟を決めた上で殿という名の囮を買って出た。

 

 だがこれが一番、合理的な判断だと不知火は確信していた。速力が半減していたのは不知火だけ。だが他の艦娘は被害は小さく、航行速度が低下していない。もし不知火を守りながら撤退すれば、艦隊全体の速度が落ちてしまう。いくら戦艦の足は水雷戦隊に劣ると言っても、速力が半減した不知火を守りながら撤退をするのはさすがに無理がある。

 

「っ……さすがにきついですね」

 

 飛び散った砲弾のかけらが不知火の額を切り裂く。たらり、と流れる血液が不知火の顔を染める。

 

 万全の体勢なら、それなりにやり合うこともできたかもしれない。だが左腕は持ち上がらず、艤装もまともな状態とはとても言えない。装備も主砲が一門あるだけで、それ以外は爆雷ばかり。

 

 深海棲艦たちが不知火に向かって砲撃しながら、五十鈴たちが撤退した方向へ抜けようとする。痛む体を無視して不知火は深海棲艦に砲口を向けた。

 

「行かせませんよ」

 

 不知火の主砲が火を噴く。だが駆逐艦の火力では戦艦の装甲を抜いて、有効打を与えるのは不可能だ。

 

 けれど攻撃が通るとは最初から不知火も思っていない。駆逐艦の主砲レベルで戦艦を倒せるならば、始めから囮なんてする必要がないからだ。

 

 だから気を引くことさえできればいいのだ。不知火を倒さなくては、五十鈴たちを追うことはできない。そう深海棲艦たちに思い込ませることさえできてしまえばいい。

 

「知性があるかどうかはわからなくとも、本能はあるでしょう? なら私を見ろ」

 

 そして目を離すな。不知火が深海棲艦を鋭く睨みつける。深海棲艦がまるで苛立ったように体の向きを不知火に向け、砲撃を繰り返す。

 

「っ!」

 

 痛みに不知火が顔を歪める。砲弾の破片がいくつも体に突き刺さった。だが気丈に不知火は血に染まる視界で深海棲艦を睨み続けた。

 

「そんなので不知火は沈みませんよ」

 

 低下した速度で動き回る。アドレナリンが痛みを和らげてくれていたおかげだった。

 

 あと少し。あとほんの少し。それをただひたすらに不知火は繰り返していた。




日常回なんてなかった()
今回は不知火視点のみでしたがいかがでしょうか? ぬいぬいがピンチ! というわけですけれど個人的には五十鈴が結構、気に入ってたり。この個人の感情と旗艦の責務に板挟みにされている感じとか好きです。ああ、早くもっと暖かく優しい日常を書けるように状況を進めねば……
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