艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第19話 絆のコリュージョン

 

 海面についていた膝を持ち上げる。軋む体に動けと脳から無理やり指示を飛ばして不知火は煙幕の中で立ち上がった。

 

 ここで終わる覚悟を決めかけていた。短いながらもそれなりに充実していた、などと思い返しながら。

 

 思えば護衛役の任務を受けてからもいうものの、不知火はあっちこっちへと引っ張り回された。

 

 時には執務室と勇の自室の間を書類運搬のために往復し。

 時には食堂の様子見に付き合わされ。

 時には大浴場の清掃を手伝い。

 時には鎮守府の外まで出た。

 

 本当に大忙しだった。勇が一つのことをする度に不知火の護衛が必要になるのだから仕方ないことではある。結果的に不知火は勇の行くところへ必ず連れ回される羽目になった。

 

 けれど不思議と嫌ではなかった。

 

 始めは特に深い理由もなく、ただ単純に命令だから付いていたのみだった。そこに何かの感情は伴っていなかった。

 

 いつからだろう。どこかあの時間を楽しんでいる自分がいたのは。

 

 いつからだろう。自分が楽しんでいることに気がついたのは。

 

「意地で浮いてろ、ですか……」

 

 不知火が口元を手袋をはめた手の甲で拭う。こびりついていた血を拭い去ると、下から小さな笑みが外へ現れる。

 

 これで簡単に死ぬことはできなくなった。だがそれすらも心地いいと感じている自分がいた。

 

「『命令』ではなく『お願い』ですが、それでも反故にするつもりはありませんよ、司令」

 

 勇は不知火に生きるよう『命令』をしなかった。ただ『頼む』と言っていた。

 

 それはつまり、『司令官』が生きるよう『命令』したのではなく、『竹花勇』が不知火に生きてほしいと『お願い』したのだ。

 

 だから不知火に選択の意志は残されていた。ここで沈むか、それとも一縷の希望にかけてギリギリまで粘り続けるか。

 

 視認できた深海棲艦の数は6。1艦隊だ。ただし目視しただけで2隻の戦艦と1隻の重巡洋艦、そして軽巡を1隻と駆逐艦が2隻いた。

 

 対してこちらは不知火だけ。速力は半減し、対潜哨戒用の装備に換装していたおかげで攻撃力も心許ない。

 

 煙幕展張をして、その中に紛れ込んでいるおかげで敵が攻撃の的を絞り込めずにいるが時間の問題ということも不知火はわかっていた。

 

 だんだんと着弾地点は不知火のそばに近づいてきていた。このまま煙幕の中に隠れ続けていたとして、あと5分もしないうちに不知火に砲弾は当たるだろう。

 

 どれだけ控えめに言っても状況は最悪。生存率は確実に1桁のはず。

 

 だが不知火はすべて飲み込んで立ち上がったのだ。

 

「さて、生き残りましょうか」

 

 覚悟は決めた。ただしここで沈む方の覚悟ではない。

 

 助けが到着するまで粘り続け、生きて鎮守府へと戻る覚悟だ。

 

「せめて駆逐艦の1つくらいは落としましょう。ただ逃げ回るのは性に合いませんから」

 

 それに1隻でも減っていればそれだけでも少しは負担が軽くなるだろう。そんな魂胆を腹の底に不知火は主砲を構えた。

 

 着弾地点から、どれくらい離れたポイントに深海棲艦がいるのかだいたいの距離を逆算する。大まかなあたりをつけると煙幕の中から狙いを定める。

 

 砲撃した瞬間、不知火の位置は向こうにもわかってしまう。だから撃ってはその場から退避し、そしてまた撃つの繰り返しになるだろう。

 

 視界が悪い中での戦闘。それはまるで旧大日本帝国海軍が多用した夜戦と奇しくもそっくりのシチュエーションだ。

 

「主砲装填。仰角調整。砲塔旋回」

 

 真横に水柱が立つ。だが気にすることなく不知火は主砲をその場で構え続ける。

 

「撃て」

 

 轟音を撒き散らして不知火の主砲が砲弾を吐き出した。煙幕を切り裂いて飛んでいく砲弾が着弾する瞬間を確認することなく、不知火はサイドステップで右へ。そして同時に煙幕を再び焚き始める。

 

「そう簡単に沈みませんよ、不知火は」

 

 機関がやられているのなら、自らの動きでカバーするしかない。

 

 足りない速度は足で稼げ。崩れかけたバランスは全身を使って保ち続けろ。

 

 こんなところで沈んでたまるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 埠頭に佇む少女の影があった。泡立つ白波を無言でじっと見つめ続ける陽炎という名の少女の影に別の少女の影が交わった。

 

「行ってもうたなあ」

 

「無駄よ。あんなやり方でうまくいくわけないんだから」

 

「せやな。成功確率が低いんはうちも同感や」

 

 陽炎の隣にショートの黒髪を揺らしながら黒潮が並んだ。相変わらず軽薄な笑みを浮かべている。

 

「で、どないするん?」

 

「どうもこうもないでしょ。あの新人がどうにかできるわけない。不知火は……沈む、でしょうね」

 

「そないなる可能性が高いなぁ」

 

 絶対を黒潮は言おうとしない。あくまでもかもしれない、という言い方でお茶を濁す。だが陽炎もこういう黒潮の話し方には慣れていたので特段、気にかけたりはしなかった。

 

「うちは不知火に沈んでほしない」

 

「……私だってそうよ」

 

 でもどうしようもないじゃない、と陽炎がコンクリートの破片を海に蹴り入れた。

 

「どうせあの新人は成功しない」

 

「それ食堂の件の後も言うとったやつや。でも事実として食堂改革は成功した。少なくともあん人に敵意を向ける娘はおらんくなった」

 

 黒潮が的確に事実のみを述べる。陽炎はただ無言でそれを聞くしかなかった。

 

 それが事実だから。そしてその現状をこの目で見ているから。だから否定ができない。

 

 ふっと黒潮の顔から作っていた笑みの表情が消えた。そして陽炎の顔を覗き込むと真っ直ぐにその瞳を捉える。

 

「はっきりさせよか」

 

「何を……」

 

「陽炎が大事なんは意地を張って新しい司令はんを否定することか? それとも妹の命か? どっちや?」

 

「それ、は…………」

 

 陽炎は言葉に詰まった。完全に虚を突かれたのだ。

 

 陽炎は先代が何をやったか詳しくは知らない。陽炎が着任したのは本当に先代が殺される少し前だったのだ。

 

 だがそれでも、艦娘を使い潰す姿は十分すぎるほど見た。

 

 だからこそというべきか、新人のやることも間違っているに決まっている。妹たちを守るためには、絶対に阻止しなければと強迫観念じみたものをずっと抱え込んでいた。

 

 そしていつしか妹たちのためという前提は薄れてしまっていた。

 

 大馬鹿者だ、私は。

 

 内心で陽炎は自嘲した。本当に大事なものを見失っていたようでは本末転倒どころの騒ぎではない。

 

 大切な妹と自分の下らない意地。どっちが天秤にかけたら傾くか。そんなことわかりきっていることだったのに。

 

 それなのにいつまで意固地になってるつもりだ。

 

 どっちが大事か? 愚問の極みだ。そんなもの妹に決まっている。

 

 だからいい加減に目を覚ませ。しゃんとしろ。私は駆逐艦陽炎。数多くいる陽炎型の長女でしょうが。

 

 陽炎がゆっくりと両手を持ち上げていく。そして手のひらで顔を挟み込むようにして頬を引っぱたいた。

 

 陽炎と黒潮しかいない埠頭にパシーン! と頬を張る音が鳴り響く。じんじんと痛む頬は赤くなっていた。

 

 詰めていた息を一気に吐き出す。くるりと陽炎は黒潮に向き直った。

 

「黒潮、悪いんだけど付き合ってもらうわね」

 

「ええけど、どうするん?」

 

「不知火を助けに行く。私にはっぱかけたんだから黒潮は強制参加。拒否権なんてあげないからね」

 

「ええって言うたやろ?」

 

 陽炎が反転し、工廠の隣に併設されている格納庫を目指して歩き始める。その1歩ぶん後ろに黒潮が追随していく。

 

 問題は陽炎と黒潮の2人でいかにして深海棲艦の艦隊を相手取るかだ。正面から殴り合いながら不知火とタグボートを守り続けるのは無理。となると速攻で逃げるしかない。

「砲撃で気を散らせたらすぐ逃げるわよ。ま、私と黒潮の2人ならこれが限度ね。こんな大馬鹿に他の娘を付き合わせるわけにもいかないし……」

 

「ふ、ふふ。あっはっはっは!」

 

 格納庫の目の前まで来て黒潮が突如、腹を抱えて笑い始めた。もしかして遂に頭がどうかしてしまったのか、と陽炎が胡乱な目で黒潮を見つめる。

 

「いやー、笑わしてもろたわ!」

 

「黒潮?」

 

 まだ息を荒らげながら、黒潮が笑いすぎて目の端に浮んだ涙を指の先で拭った。

 

「せやなぁ、大馬鹿やなぁ。榛名はんに真っ向から喧嘩売るようなもんやし、司令はんがこっちについてくれても、司令はん自身が首切り覚悟で動いとるんや。こんなんやろうとするんは大馬鹿もんだけや」

 

「わかってんじゃない。だからこんな大馬鹿に他の娘を巻き込むわけにはいかないって言ってんの」

 

「それなんやけどな。もいっこ忘れとるようやし思い出させたるわ」

 

 陽炎が格納庫の重い扉を強く押した。腕にぐぐ、と抵抗がかかる。だが構うことなくそのまま力を込めて押し続けると、鉄扉は大きくその口を開いた。

 

 そして陽炎の目が驚愕に大きく見開かれた。

 

「陽炎型っちゅうんはそういう大馬鹿もんの集まりや」

 

 ついさっきまで後ろに付いてきていた黒潮が陽炎を追い越して進むと、集団の中に入る。そして回れ右をするとニカッと笑った。

 

 黒潮の隣に同じような黒髪でありながら、黒潮よりも生真面目そうな少女がいた。

 

 銀髪を2つに括っている少女がいた。

 ヘアピンで片目だけ露出させている少女がいた。

 青髪で腕まくりをしている少女がいた。

 毛先だけ髪色が灰色の少女がいた。

 勝ち気な笑みを浮かべた赤髪の少女がいた。

 

 容姿に似通ったものは見いだせない。全員が艤装をつけてはいるが、その艤装すら形もいろいろだ。

 

 だが。

 

 陽炎型がそこにいた。

 

「姉さま、指示を」

 

流れるような黒髪の少女が真っ直ぐに陽炎を見つめると短く言った。

 

 陽炎は再びざっと格納庫にいる妹たちを見渡した。艤装を装着しているということはすでに覚悟は決めたという表明だろう。

 

 ならばよし。

 

「状況説明は省くわ。どうせ知った上でここにいるんだろうし」

 

 うなづいたり、苦笑だったりが集団から漏れる。だがすぐに静けさを取り返した。

 

「クレバーな判断をするならここで大人しくしとくべきなんでしょうね。でも生憎なことに私ってそんなに頭よくないのよね」

 

 おどけたように陽炎が肩をすくめる。

 

「不知火を助けに行くわよ。で、帰ってきたら不知火も含めて全員で営倉パーティー。夜が明けるまで誰も寝かさないから覚悟しときなさい」

 

 またしても小波のように小さな笑い声が伝播した。その中で陽炎が大きく息を吸いこんでいく。最大限まで肺に空気が溜まってから1度、口を閉じて。

 

 そして開いた。

 

陽炎型(わたしたち)にちょっかいをかけた落とし前をつけにいくわよ! 深海棲艦(ヤツら)がどこの姉妹に手を出したかその身に叩き込んでやれ! 征くぞ!」

 

「「「「「「「応ッ!!」」」」」」」

 

 駆逐艦において最大級の勢力を誇る姉妹たち、陽炎型。

 

 彼女たちが一斉に動き始めた。





陽 炎 型 オ ー ル ス タ ー ズ 出 撃 !

この話は書いててすっごく楽しかったですね。姉妹の呼称とか考えるのに時間を使いましたけども。
あ、ただ先に断っておくと秋雲は出てきません。彼女が陽炎型か夕雲型かを議論すると終わらないパーティーが始まりかねないので。秋雲提督の方がいたらすみません。

ぬいぬい救出編はもうちょっとだけ続きます。いろんな方に読んでいただけて本当に感謝の言葉しかありません。コクチョウの話はまだまだ続くのでもう少しお付き合いをば。
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