艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第21話 逆転のオフェンシヴ

 

 想定していたよりも敵艦隊の数が多い。

 

 それが最初に陽炎が抱いた感想だった。聞いた話によると6隻の1艦隊ぶん。だがその海域には合計で10隻もいた。

 

 六六艦隊を基調として深海棲艦が行動していることを鑑みるに2隻ほど足りない。1隻はたった今、陽炎たちが沈めた駆逐イ級。もう1隻は不知火が単独で落としたのだろう。

 

「逃げながらも一矢報いた、ね。さすがは私の妹」

 

「陽炎、誇らしげなんはええけどさっさとせな」

 

「わかってるわよ。散開!」

 

 陽炎の支持に呼応して散開すると、つい先程までいた場所に砲弾が降り注ぐ。素早く陽炎は妹たちの状態に視線を走らせた。

 

 ひとまず損害はなし。

 

 ならば今度はこちらの番だ。

 

「てぇっ!」

 

 バラバラと砲撃が複数、繰り出される。しかし言い方は悪いが所詮は駆逐隊の砲撃。タグボートに搭載された機銃よりも威力は増したが、有効打には程遠い。同じ駆逐艦級を落とすことには成功したが、それ以上の艦種に対しては大きな効果が見られない。

 

「あちゃあ、こりゃジリ貧やなあ」

 

「思いの外、敵艦隊の編成がガチだったわね。戦艦2隻はちょっと想定外よ」

 

 陽炎のすぐ脇を額に手を当てて苦笑いを浮かべた黒潮が航行する。

 

「ま、なんとかするしかないんや」

 

「そうなんだけど、ねっ!」

 

 陽炎の主砲が火を噴く。重巡クラスに命中はしたが、遠目に見てもかすり傷程度しか負わせられていないのが丸わかりだ。

 

「姉様」

 

「わかってるわよ、磯風」

 

 磯風に向かって陽炎がうなづく。このままでは真綿で首を絞められていくだけだ。陽炎たちが到着したおかげで少し死刑執行の時間が伸びただけ。これでは事態は何も好転していない。

 

 タグボートが深海棲艦に挟まれている以上は、深海棲艦を撃破する以外に選択肢はない。けれど陽炎型が単に暴れるだけでは解決の糸口を掴むことはできない。

 

 そしてそれが理解できない陽炎ではなかった。

 

「聞こえてるんでしょ?」

 

「俺か」

 

「そ。あなた」

 

 勇を呼び出しておきながら、素っ気なく陽炎が対応する。

 

「戦術もなく暴れるだけじゃ勝てない。たぶんみんな沈む」

 

 だから、と陽炎が言葉を続ける。

 

陽炎型(わたしたち)を預けるわ。指示をちょうだい、()()

 

 ああ、と陽炎は内心で嘆息する。まさかこんな日がくるなんて思わなかった。

 

 敵対視をずっと続けた相手に自分の命も妹たちの命も預けることになるとは。

 

 けれど不思議とそんなに悪い気はしない。きっとやってくれる。そんな根拠のない自信があった。

 

 不知火(いもうと)を必死になって助けようとしてくれた司令になら託せる。あまりにも漠然としすぎて、もはや直感に等しいものだが信じようと思えた。

 

「さあ、この状況を打破してみなさい。私の誇りたちが司令の指揮下に入ったわよ」

 

 まばらに砲撃していた陽炎たちがピタリと砲撃を止めて指示を待つ。しばしの沈黙に砲撃音だけが混ざる。

 

 やがて勇が決意したように指示を紡ぎ始めた。

 

「艦隊を2つに分ける。磯風以下第十七駆逐隊と萩風以下第四駆逐隊は3時の方向へ。重巡を旗艦とする敵艦隊を協同して叩くんだ。残りは9時の方向、戦艦2隻を中核とする敵主力艦隊へ。いけるか?」

 

「聞いたわね? 全員、行動開始!」

 

 勇が指示を出し、陽炎がまとめ上げる。あとは各々が出された指示通りに行動していく。

 

 奇しくもずっと勇を敵視していた陽炎が勇と手を組んだのだ。

 

 タグボートのすぐ側を豊かな黒髪をたなびかせて少女が減速する。そして操縦席に向かって声を張った。

 

「この磯風、司令の盾となり矛となろう。存分に使ってくれ!」

 

「ならお言葉に甘えさせてもらうぞ」

 

 とはいえセオリー通りの戦闘をして勝てる相手ではない。戦力差がいくらかは埋まったが、依然として艦種の差は埋まらない。

 

 しかし、だ。

 

 司令官と認められた。そして今、戦闘の推移が勇の双肩に託されたのだ。

 

 ならば司令として期待に応える以外の選択肢などありえない。

 

「磯風、まずは軽巡クラスを狙え。浜風は磯風のフォローだ。谷風と浦風で重巡クラスを抑え込め」

 

「了解だ」

「了解だねぇ」

「了解です」

「了解じゃけえ」

 

 第十七駆逐隊がそれぞれ返答する。

 

「萩風たちはもう1隻の重巡だ。おそらく他の艦からの妨害が考えられる。気をつけろ」

 

「了解しました」

 

 四駆は代表して萩風が応答した。

 

「第十六駆逐隊は戦艦と重巡。陽炎、黒潮と親潮をつける。残りの戦艦と軽巡、駆逐とやり合えるか」

 

「こちら初風。それくらい余裕よ」

 

「司令、誰に向かって言ってるのよ。私の妹ができない訳ないでしょ」

 

 陽炎が余計な心配だ、と勇の懸念を跳ね除ける。しっかりと司令、と呼んでいるのは認めた証左だろうか。

 

「それだけ指示をくれれば大丈夫よ。大船に乗ったつもりで見ときなさい」

 

 ざあっと一斉に陽炎型が統率のとれた動きでそれぞれ勇によって指示された己が敵へと向かっていく。

 

 磯風が軽巡クラスに照準を合わせ、引き金を引いた。一撃で仕留められるとは最初から思っていない。次弾装填を急がせる。

 

「浜風、足止めしてくれ」

 

「ええ。逃がしませんよ」

 

 そして磯風が装填をしている間に浜風が軽巡を孤立させるように砲撃する。

 

 目論みに気づいた重巡クラスが砲口を磯風に向けた。だが磯風は意識をそちらに割くことはしない。

 

 重巡の真横に衝撃。いくら大したダメージにならずともバランスを崩すだけなら駆逐艦の砲撃でもお釣りがくる。

 

「おっとっとぉ、そっちはやらせないよ?」

 

「ちっとばっかしうちらと戯れてきぃ」

 

 谷風と浦風が不敵に笑う。重巡から殺意が迸り2人を襲うが、下がるどころか前へ踏み出した。

 

 重巡が周囲に目を走らせて見渡す。だが目と鼻の先に水柱が屹立し、否応なく浦風たちに集中させられる。

 

「お仲間さんに助けを求めても無駄じゃけえ」

 

「萩風たちもやるからねぇ」

 

 バン! と少し離れた場所で砲撃音と比べると小さい爆発。しかし振り返ることなく浦風と谷風が重巡に狙いを付けた。

 

 振り返る必要なんて感じられない。第四駆逐隊の実力は知っているからだ。

 

「らあああっ!」

 

 嵐が赤髪を振り乱しながらもう1隻の重巡に肉薄する。撃とうとして重巡が構えた砲を掌底で弾きあげると、2つ目の爆雷を重巡の顔の目の前に放ってバックステップで距離を取った。追撃しようとする重巡に萩風と野分の砲撃が炸裂する。

 

「舞!」

 

「はいはーい! さあ、舞風と踊ってもらうよっ」

 

 するりと舞風が軽巡と駆逐艦の目の前に躍り出る。タタン、とつま先でリズムを刻むと舞風が踊るように攻撃を回避していく。

 

「ほらほら、テンポに乗り切れてないよー。えいっ」

 

 軽いステップで砲弾を舞風が避けるとバック転するように回りながら軽巡の胴体を蹴り上げた。ぐらり、と軽巡がよろめく。野分と萩風が砲撃を仕掛けて、タイミングを見計らっていた舞風が後ろへ大きく下がった。

 

「今だよっと」

 

「わかりました。てーっ!」

 

「雷撃戦、始めますっ!」

 

「あいよ! 撃ちかーた始め!」

 

 3人から魚雷が発射される。3人分の雷跡が尾を引いて深海棲艦に吸い込まれていき、爆炎と共に海中へ誘った。

 

 嵐が撹乱し、舞風が陽動をする。常に野分と萩風が支援を続けることで、安全圏まで離脱させ、そして3人分の魚雷を叩き込む。

 

 一見は簡単そうだ。けれど実際はそう容易いことではない。全員が互いの得意なことを把握しきった上で、それぞれが長所を生かして動かなければできることではない。

 

 ここは磯風と萩風に任せても問題ないレベルまで弱体化させた。磯風も重巡をほぼ無力化させている以上、後は残党狩りだ。

 

「あっちもやるじゃない」

 

「司令のおかげですね」

 

 ひょいひょいと雪風が戦艦の砲撃を軽々と避ける。否定はしないけどね、と初風が賛同するようなことを言いながら肩をすくめた。

 

「初風、お願いしていいですか?」

 

「好きにしなさいよ」

 

 小さく雪風が嗤った。底冷えのするような笑顔に、まったく笑っていない瞳。そんな表情で雪風が戦艦に向かって突っ込んでいく。

 

 駆逐艦の砲撃では有効打にならない。だからこそ雪風は接近することを選択した。

 

「今日は運がいいですね。弾が当たりません」

 

 砲弾が飛来し、雪風の残した航跡に刺さる。だが刺さったときに雪風はもうそこにいない。着実に戦艦との間合いを詰めていく。

 

「雪風は沈みません」

 

 だから、と雪風が小さな声で続ける。

 

「誰も沈ませたりしません」

 

 たん、と雪風が飛び上がる。主砲が空中で構えられ、戦艦に向けられた。砲撃が繰り出され、爆炎が戦艦を包んだ。

 

 雪風が速度を上げた。戦艦の主砲が雪風に向けられるが、初風が1mm寸分の狂いもなく戦艦の主砲を狙い撃ちにして雪風への砲撃を逸らした。

 

「無茶しすぎよ、雪風」

 

「初風がうまくフォローしてくれるでしょう?」

 

 付き合わされるこっちの身にもなれ、という意味で初風は言ったのだが、飛んだ切り返しを食らったものだ。

 

「ま、いいけど……ねっ!」

 

 雪風の動きと合わせて初風が雷撃。雪風が砲撃することで戦艦をその場に張りつけて逃がさない。

 

「あなたはあんまり運が良くなかったみたいですよ?」

 

陽炎型(わたしたち)を相手にするなんてね」

 

 初風の放った魚雷が炸裂した。さらに追い討ちをかけるように雪風が魚雷を発射させる。沸き立つ水柱が全てを飲み込んでいった。

 

「ねえ、天津風ー。天津風的にはこれっていい風が吹いてるってやつなんじゃないの?」

 

「そうかもね。でも今日はいい風を吹かせたい気分なの」

 

「お、天津風やる気だねー。それじゃ、あたしもちょっと本気を出しちゃおっかなー?」

 

 時津風が笑みを深くした。その隣で天津風が腰を低く落とす姿勢を作る。

 

「がーるるぅ!」

 

 時津風が手近にいた重巡に飛びかかる。軽々とその身を操り、重巡の周りを時津風が跳ね回った。砲口を定めようとしても、ちょこちょこと動き回る時津風を捉えられない。

 

「おーにさーんこっちらー!」

 

 苛立たしげに重巡が繰り出した拳を時津風が飛び上がって避けると、肩に飛び乗った。ぐぐ、と足腰に力をかけると思いっきり飛び上がった。反作用で重巡に力がかかり、体がグラつく。

 

「ほらほら危ないよー。足元にご注意くっださーい」

 

 時津風がニィと笑いながら重巡の足元を指差した。きらり、とそれが陽光を反射する。

 

「連装砲くん! 撃ち方、始めて!」

 

 天津風がパージさせた連装砲くんに砲撃指示を飛ばしつつ、自らも魚雷を時津風と共に撃ちこんだ。よろけた姿勢でダメージを受け流すことなど叶わず、きっちりとすべてがクリティカルに直撃した。

 

「あーあ。沈んじゃった」

 

「あとは……陽炎姉さんね」

 

「じゃあもう終わるでしょ」

 

 ほら、と時津風が遠くを指差した。ゆっくりと天津風が振り向いていく。だがそれは疑いの眼差しではない。長女の決着を見届ける目線だ。

 

「あれが親玉ね」

 

 陽炎は最後まで残り続けた戦艦級と軽巡を睨んだ。自分がどちらを相手にするかなど始めから決めている。

 

「黒潮、悪いけどよろしく」

 

「そういうんははよ言うてほしいわ。親潮、あのバカ姉をフォローするで」

 

「わ、わかりました!」

 

 親潮を伴った黒潮が駆け抜けていく陽炎の後を追う。何も陽炎は言わなかったが、何を狙っているのかはすぐにわかった。

 

「親潮、あの軽巡を落とすで」

 

「はい!」

 

 突進していく陽炎を軽巡が狙う。だが砲撃は為されなかった。硝煙を立ち上らせた主砲を握る黒潮が不敵に微笑んでいた。

 

「少し大人しゅうしといてや。うちらの長女は無茶ばっかするから面倒見たらなあかんしなあ」

 

「なら早々に片付けてしまいましょう」

 

 親潮が黒潮の横に並びながら主砲を構えた。黒潮もそれに倣うように構えると軽巡と相対する。

 

「陽炎姉さまの邪魔はさせません!」

 

「そういうことや」

 

 黒潮が砲撃し、軽巡の行く手に水柱を立たせることで行動を封じる。好きに行動させる余地を与えず、親潮の主砲が砲弾を撃ち出し、軽巡に叩き込む。

 

 続けて黒潮が砲撃を命中させれば、親潮が攻撃を着実に当てていく。相方が繰り出す砲撃の間を縫っては次弾を装填し、砲撃をすることで相方が次弾を装填するための時間を稼ぐ。

 

 ただの単純作業といえばそれまで。だが、一度でも外せばこの戦法は崩れてしまう。それを維持できるのは正確無比な黒潮と親潮の砲撃があってこそだ。

 

「こっちは任せえ、陽炎」

 

「ありがと、黒潮」

 

 陽炎が振り返らずに礼だけ言った。その瞳はまっすぐに戦艦を睨み続ける。ガコン、と主砲に砲弾が装填され、魚雷管が発射体勢を作った。

 

 蛇行するように航行して狙いをつけさせないようにする。法則性を持たせず、航行することで砲撃の隙間を縫って接近する。

 

「私の妹に手ぇ出した落とし前、きっちりつけてもらうわよ」

 

 陽炎がきっと瞳を吊り上げる。視線の先にはのっぺりとした面持ちの戦艦級が泰然と待ち構えていた。

 

たかが駆逐艦の1隻ごときが来たところで大したことはない、と言わんばかりだ。その態度が陽炎の怒りを加速させていく。だが不思議と判断を狂わせることはない。

 

 両舷全速。ひたすらに機関を回し、速力を上げていく。姿勢を低くして空気抵抗を減らすとさらに加速していく。

 

 右サイドステップで砲弾を避ける。一発の砲弾で当てようなどと考えているとしたら愚の骨頂だ。

 

「舐めるな戦艦(デカブツ)

 

 陽炎が戦艦に飛び掛ると取り付き、主砲をその口に捻じ込む。今まで余裕があった戦艦の表情が凍ったように感じた。

 

「これが陽炎型よ。この名をその身に刻め。そして死んでも忘れるな」

 

 陽炎が躊躇いなく主砲の引き金を引いた。戦艦の口の中で砲弾は炸裂し、その頭部を吹き飛ばした。撃ち込むと同時に陽炎は戦艦を足蹴にして後方へ飛び退る。

 

 頭部がなくなった戦艦の砲口からがむしゃらに砲弾が撃ちだされる。周囲に轟音と衝撃を撒き散らすたびに、無数の水柱が乱立しては砲弾の欠片が飛び散った。

 

「見苦しいわよ。もう消えなさい」

 

 発射準備の整った魚雷発射管の狙いを戦艦につける。4本の魚雷がすべて戦艦へ直線で向かっていく。

 

 爆炎。さきほどまでいやというほどばら撒かれていた砲弾がぴたりとやんだ。そして戦艦は一瞬だけ盛り上がった海に飲み込まれて、その姿を完全に消した。

 

「報告。敵勢力の完全撃滅を確認したわ」

 

 陽炎が周囲を見渡しながら告げた。もう深海棲艦の影も形も残っていない。陽炎の姉妹たちがすべて水底に叩き返していた後だった。

 

「帰るぞ、鎮守府へ」





いや、本当に戦闘回は疲れますね。なにより実装済みの陽炎型をすべて出そうとしたのが最大のミスだった。全員分の視点変更とかうまくやれた自信がまったくないです。これきっついですわ。
そんなこんなであと1話! あと1話で不知火救出編は終了して新編にいきますよっ! お楽しみいただければ幸いです!
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