艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
翌日、勇は眠気の残る目をこすりながら廊下をぼんやりと歩いていた。
昨夜は死んだように勇はベットで眠り続けていた。霧島の話に受けた衝撃は相当のものだ。しかし艦娘の総意に本部への報告が含まれていないのならば、引継ぎ書類をもう一度、確認して作成する必要はないし、荷造りをすることもしなくていい。
だからのんびりと寝てもいい。どのみち霧島の話から榛名を今すぐに提督代理から引き摺り下ろすことはできないのはわかっている。
「5対5、か」
単に数字を並べただけでは意味不明もいいところだ。だがこの数字はまさに昨日、霧島が勇に対して説明する際、提示した数字だった。
勇を信用し、従おうとする艦娘が半分。そしてまだ決めかねている艦娘が半分。それがここ、佐世保第三鎮守府の現状だ。
つまり不知火を助けるために飛び出した勇に共感した艦娘がいたのだ。そして残りの艦娘はまだ保留としている。
「あんなに間違ってるのにな……」
勇が自らを嘲笑う。もちろん、後悔はしていない。だが間違いを犯してしまった自覚はあった。
前戦に出る司令官がいるものか。最悪の選択肢もいいところだ。
「だめだ、思考が纏まんねえ」
どうもマイナスに思考が傾きがちだ。まだ疲労が抜けきっていないせいかもしれない。加えて急に提督代理から榛名を引き摺り下ろしてほしいなどと言われれば受けた衝撃は相当なものだ。
一旦は思考することを停止する。今は別のことを考えることにすべきだ。なにより一番に確認したいことがある。それを確認するためにこうして廊下を歩いているのだから。
「明石、入るぞ」
「あ、大丈夫ですよ!」
明石によって入室の許可が出たところで医務室に勇が足を踏み入れる。どこにいるのかと医務室に入ってから勇は見渡していると、カーテンで区切られたベッドから明石が白い病室と対照的なピンクの髪を揺らしながら現れる。
「どうだ、その……」
「あはは。不知火さんのことなら心配しなくていいですよ。高速修復材で身体はばっちり治ってます。急に怪我が治ったせいで身体の感覚が追いつかないんですよ。怪我の感覚がまだ残っているので安静にしているだけです」
「そうか……よかった」
「部位欠損がないのは不幸中の幸いですね。もちろん、入渠すればきちんと治りますけど感覚が薄れるまでにかなりの時間がかかるので」
入渠すれば怪我は治る。たとえ腕が千切れ飛ぼうとも、また腕は修復されるのだから。しかし、いきなり怪我が修復されれば身体の感覚が追いつかないのは当然だ。感覚が追いついてくるまではひたすらに患部だった箇所に疼痛が走り続けることになる。
「安静にさえしておけば問題なんてなにもありません。よければお話されていってはどうですか? ああ、私は外しておきますね」
気を使ったのか明石が医務室から出て行く。そんなに大層な会話をするつもりはないのだが、わざわざ外すといってくれたのだから好意に甘えることにした。
「不知火、今はいいか?」
「司令ですか。ええ、構いませんよ」
カーテンのようにベッドの周りを囲っている布を手で押し開ける。上体を起こしてベットにもたれかかっている不知火が勇を迎えた。
「怪我は大丈夫なのか?」
「はい。引きつったような痛みはありますが、怪我という意味でなら完治しています」
「ならよかったよ。しばらく安静にしていてくれ」
「いえ、そうもいきません。明日から護衛の任に戻ります」
「無理しなくていい。怪我の具合が悪くなるといけないだろう」
早くとも不知火の復帰に3日はかかると思っていた。だがここでまさかの明日に復帰すると来たものだ。もう少し身体を大事にしてほしい。つい昨日に深海棲艦の艦隊を相手に不知火はたった1人で勇が到着するまでボロボロになりながらも耐え続けたのだ。
そんなことが起きた2日後には現場復帰をしようとしているのだから不知火の生真面目さはかなりのものだ。
「もしや不知火は解体、ですか……?」
「いやいやいや! そんなことをするつもりは毛頭ねえ! むしろなんで解体なんてしなくちゃなんねんだ」
「いえ、五十鈴さんに対して勝手に不知火を殿にするよう進言したのは独断でしょう」
「それを言ったらそもそも俺なんて前線に出てるからな?」
「そういえばそうでしたね。司令、それについて不知火からも言うことがあります」
不知火が身体の向きを軽く捩って勇に向き直る。すうっと目が細められ、初めて佐世保第三鎮守府で会った時のような睨むような目つきに変わる。
「不知火、さん……?」
「だいたいです! なんで司令が前戦に来ているんですか。司令は後ろで不知火たちを指揮することが仕事でしょう? それが職務を放棄してタグボートのような船で出撃してくるとはどういうことか説明してください!」
「あー、いやそれはだな……咄嗟に体が動いたというかなんというか……」
「あなたは司令官でしょう。後方で指揮をして大きく構えていればいいんです」
珍しく、本当に珍しく不知火が声を荒げていた。いや、珍しくというよりも勇は不知火が興奮するように声を荒げている姿は初めて見た。その剣幕に半歩、勇が下がる。
「いや……まあ、それはそうなんだけどな……というかそれをいうなら陽炎だってだな」
「陽炎もあとできっちりとっちめます。独断専行と命令無視の出撃ですから」
「お、おう……」
心の中で陽炎に合掌。今のところ陽炎は見舞いに来ていない。そもそも陽炎だけでなく陽炎型が自ら望んで営倉に入っていた。
勇に対して自分たちを営倉入りさせるように陽炎は言ったのだが、始め勇は反発した。命令したことにでもするから必要ない、と。しかし陽炎が「それだと命令されなきゃ姉妹を見捨てる艦娘と思われるから嫌」と言われ、しぶしぶ折れた勇によって一日の営倉入りを命じられていた。
おそらくあの姉妹のことだ。営倉から出たらすぐに不知火の見舞いに来るにちがいない。そして不知火に説教を食らうことになるのだろう。
「これくらいにしておきましょう。少し幻痛もしますから」
「本当に大丈夫か?」
「ニセモノの痛覚です。体は問題ありませんから」
「起きているのも辛かったら寝ていていいんだからな?」
「怪我人扱いをしないでください。もう完治はしているんですから」
むっと不知火が頬を膨らませる。だが痛覚が残っているのなら似たようなものだ。勇としては万全の状態なるまで大人しく寝ていてほしかった。治るまでは寝ていていいといっておきながら翌日に復帰しようとしていることだって無理をするのではと内心ではハラハラなのだ。
ただでさえ霧島から榛名を提督代理から引きずりおろすように依頼されているせいでどうしたものかと頭を抱えているにも関わらず、ここにきて不知火が無理を押してでも仕事に戻ろうとしている疑惑まで浮上してはさらに頭を悩ませるのも止む無いことだろう。
「司令、どうしましたか?」
「え? あ、いや……」
「なにかありましたね?」
「……まあ、な」
「教えてほしいとは言いませんよ」
見透かしたように不知火が穏やかに言った。言わなくていいと先手を打ってくれたことはありがたい。霧島との会話をどこまで言ってもいいものかわからないのだ。
榛名を提督代理から引きずりおろす。言うだけなら簡単だ。霧島がどうして引きずりおろしたいと勇に言ったのかも説明されている。
だからこそ勇は迷っていた。果たしてどう行動することが正しいのか。
「司令、迷っていませんか?」
「……何でもお見通しか」
「そんなことはありませんよ。何があったのか不知火は知りませんから。ですが、司令がやりたいようにすればいいと思いますよ」
「それが間違ってるかもしれない」
「そうかもしれませんね。けれど司令が悩んで、それでも行動しなければ不知火はここで司令と話すことはなかったでしょう」
静かに不知火が予想を述べる。想像したくはないが、不知火が放置されていたらほぼ確実に沈んでいたはずだ。
「司令はどうしたいですか?」
「俺が……?」
「司令はどうして不知火を助けに来てくれたのですか?」
「不知火に沈んでほしくなかったから、だな」
気まずいため、そっぽを向きながら歯切れも悪く勇が言った。何度も言うだけでも気恥ずかしいというのに、本人の目の前で言わされるとなると一種の拷問に近いものがある。
「司令のやりたいようにやってみてください。間違えたら不知火が止めてみせます。それに……」
不知火が言葉を区切ると勇に視線を合わせた。その口元が綻んでいるような気がしたのは果たして幻か。
「司令がいなければ不知火はあの海で沈んでいました。ありがとうございます」
ぺこり、と不知火が頭を下げる。ただひたすらまっすぐに投げかけられた感謝の言葉。
果たして本当に自分は正しかったのだろうか。司令官として間違ったにも関わらず、今後も厚かましく司令官の地位に居座り続けることが躊躇われていた。
不知火が発したのはたった一言だった。けれどその一言だけで勇の抱えていた胸中の霧が晴れた気がした。
まったり不知火と話すだけの回でしたが、前回の霧島発言から今回で何か動くんじゃないかと思っていた方々はすみません。もうちょっと不知火が書きたかったんです。そこらへんは次回からやれたらいいなあ、と考えておりますゆえ。
謎の意地っ張り陽炎とかやりたかったのもありますけども。次回から絶対にろくなことが起きない気がしてるので緩衝材の話とでも思って読んでいただければ幸いです。