艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第29話 撤退のバイスタンダー

 

「おー、やってるやってる」

 

 首を捻って後方を肩越しにのぞき見た陽炎が力の抜けた声で言った。

 

 一種、阿鼻叫喚とでもいうべきか。

 

 これでもかという数の艦載機が支援艦隊から飛び立ち、深海棲艦の爆撃隊や雷撃隊を海へ叩き落とし、あるいは深海棲艦に向かって爆雷撃を加えていく。絨毯爆撃もかくやと言わんばかりだ。

 

 そして艦載機たちの攻撃範囲から抜け出した深海棲艦は、すぐに砲撃が命中していた。その陣頭指揮を執っているのは霧島だ。

 

「うわ、親の仇みたいにボコボコにしてるわね」

 

「霧島さんにとっての姉妹の仇という意味ならあまり大差はないのではないでしょう」

 

 勿論、榛名は死んでいない。もしも意識があれば勝手に殺すなという旨のことを言ったかもしれない。

 

「見てるだけってのも暇ね。少しくらい……」

 

「陽炎」

 

「わかってるってば。あ、空母が逝った」

 

 陽炎の視線の先で頭部を粉々に吹き飛ばされた空母型の深海棲艦が力を失ったように海中へ没していった。

 

 陽炎たちの口調は軽い。だが深海棲艦は抵抗する暇も与えられず、ひたすら蹂躙されていた。

 

 榛名は深海棲艦の群れとなっている中心に自ら飛び込んだ。それをこれ幸いと深海棲艦たちは攻撃していた。

 

 だがそれに集中しすぎた。急に来た救援艦隊の攻撃によって艦列に穴を開けられたことでそちらに意識を取られてしまったのだ。そしてそれが結果的に霧島を含める支援艦隊の発見に遅れを生じさせた。

 

 初動で出遅れた。対応の遅れがさらに首を絞めていく。

 

 状況や、敵勢を把握する余裕すら与えられずに非情とも言えるような徹底した攻撃をされ続ける。完全な錯乱状態に陥ってしまえば、指揮系統なんてあってないようなものだ。

 

 逃げ惑う深海棲艦に爆撃隊が爆撃の礫を食らわせる。包囲網を形成するかのように雷撃隊が魚雷を切り離した。

 

 もしも運良く、攻撃隊の包囲網から逃れることができたとして、上空の観測機から報告を受けた霧島たちが狙い澄ましたように砲撃を叩き込む。

 

 二重に敷かれた攻撃の網に絡め取られた深海棲艦に打つ手など残されていなかった。

 

「司令もえげつない作戦を立てるわよね。これじゃあ、戦闘なんて呼べないわ。ただの殲滅よ」

 

「こちらに損害が出ないのはいいことですよ」

 

「ま、その通りなんだけどね。ここまでくると深海棲艦に同情するわ」

 

 心にも思っていないことを陽炎は自らの口でさらさらと紡ぎ出す。同情なんてかけらもしていなかった。

 

「そういえば陽炎、榛名さんはどうですか?」

 

「完全に伸びてる。下手にじたばたされると厄介だし、これでいいでしょ」

 

 曳航している榛名をちらりと陽炎が見た。ぐったりとしているが、きちんと息はしている。もしも意識があれば、沈めろと喚くであろうことは容易に察されるので、こうやって静かにしてくれている方が陽炎としても楽でいい。

 

「目が覚めて暴れられても面倒だし、早いとこ帰投しない?」

 

「もう少しオブラートに包むなり、建前を出すなりして誤魔化したらどうですか?」

 

「私らしくないかなーって」

 

「……そうですか」

 

「待って、その憐れみのこもった視線はお姉ちゃん堪えるからやめて」

 

 陽炎としては以前に建前ばかりを使ってしまったせいで、妹たちと司令を否定することの優先順位を逆転してしまったことの反省を生かしたつもりだったのだが、残念ながら不知火にこの思いは届かなかったらしい。

 

「おっと。不知火、右舷。マルヨンからマルゴー」

 

「わかっていますよ」

 

 不知火が主砲を構える。咆哮にも似た轟音が響くと砲弾が放物線を描き、ほとんど死に体で二重の攻撃網から運良く抜け出せた駆逐艦級を沈めた。

 

「ん、お疲れ。あれ1体だけだったみたいね」

 

「そうですね」

 

 不知火が主砲を下げる。陽炎は榛名の曳航で手が塞がっているため、即応が難しい。そのため不知火が陽炎の側についているのだった。

 

 どこか誇らしげに微笑む不知火に頼もしいものを感じる。同時にやはり同伴に選んでよかったという感情も湧いていた。

 

「そういえば不知火」

 

「なんですか?」

 

「なんだか最近、表情が柔らかくなったんじゃない?」

 

「……そうでしょうか?」

 

 不知火がきょとん、と首を傾げる。まさにそういうところだと陽炎は思っているのだが。

 

「なんかね。もっとこう……アレだった」

 

「伝わりませんよ……」

 

 不知火がため息をつく。そういうところだ。指をさしてやろうと思ったが、榛名のせいで余裕が無いため断念する。

 

「ま、何事もなく帰れそうね」

 

 後ろからずっと響いていた砲撃音や爆発の音が止んだ。振り返る必要を陽炎は感じなかった。

 

 間もなく、不知火の通信機が小さく鳴った。

 

 

 

 

 

「ああ、予想はしてたさ。ほら、笑えよ……」

 

 力なく勇が机に突っ伏しながら誰もいない執務室でぼやく。別に仕事量が多すぎて処理できなくなったというわけではない。

 

 一昨日の榛名救出のために救援艦隊と支援艦隊を出した。それに関しても後悔はない。

 

 問題は両方とも連合艦隊で出撃させたので、資材の消費量が思ったよりも多かったことだ。

 

 もちろん、火の車となるほど危ないわけではない。鎮守府運営が傾くほど足りないのでないため、ピンチとはいえかなり優しめのピンチだ。

 

「遠征シフトの組み直しだよ、ちくしょう」

 

「司令がやったことじゃないですか」

 

 不知火が執務室に入りながらばっさりと切り捨てる。不知火の言う通りすぎるため特に反論はしない。

 

 もっとおぞましいものを見てしまったからだ。

 

「不知火さん、その両腕に抱えていらっしゃるものは……」

 

「書類です」

 

「だよなー。うん、わかってた……」

 

 さらにげんなりするが、これも仕事。割り切っていくしかない。

 

「よし、やるか!」

 

「その調子ですよ」

 

 不知火が秘書艦のために用意されている椅子に座った。再びやる気を出した勇はペンを握り直す。

 

 カリカリ、とペンが紙面上を走る。かなり量があるけれど、書類仕事をやればいいだけというのは平和の証拠だと無理に納得させる。

 

 商店街から食品を受け取った件を報告する書類、足りなくなってきた備品の購入申請、外出許可申請、嗜好品の購入許可証の発行、エトセトラ。

 

 世の中は紙とサインだけで回っているんじゃないか。そんな考えが頭をよぎるくらいには書類は多かった。

 

「司令」

 

「どした?」

 

「一昨日の作戦、見事でした」

 

 はて、と心当たりを探る。しかし、思い当たってしまえば考えるまでもなかったことだった。

 

「ああ、榛名救出作戦か」

 

「はい。こちらの損害は榛名さんを除いて軽微。いえ、皆無と言っても差し支えないでしょう」

 

「そう持ち上げるな。ただ単純に不意を突いて圧倒的な物量で押し潰した。それだけだ」

 

 まともにぶつかり合う作戦立案が上手く立てられなかった。だから搦め手や奇襲などに頼った。

 

 勇としてはあれをまともな作戦とはあまり言いたくなかった。もちろん、損害軽微なのはいいことだが。

 

「霧島さん、ちゃんと出撃させたんですね」

 

「救援艦隊に編成することはできない。確かに俺はそう言ったが、支援艦隊に編成しないとは言ってないからな」

 

「どうして前言を撤回すると取られるようなことをしたのですか?」

 

 かたん、と机に勇がペンを置く。顔を上げると不知火と視線が交じりあった。

 

「救援対象者に身内がいる場合は救援の際に編成してはいけない。これがセオリーだ。実際に正鵠を射ていると思う。身内の安全を優先しちまって冷静な判断を失わないと言い切ることはできない」

 

 不知火が無言で首肯する。続けて、という意思を感じて勇が口を開く。

 

「ただ指を咥えて見てるだけってのも歯痒いはずだ。特に霧島は戦艦だろう? 自身の戦力には自負があるはずだ。それなのに蚊帳の外に置かれたら不満だろう。(はるな)がピンチなら気が気じゃないはずだ」

 

「だから出した、と」

 

「まあな。救援艦隊に入れなくとも、榛名を攻撃していた深海棲艦を叩く役なら私情を挟む余地も幾分かは減るだろう。それに守りたいものがあるやつってのは強い」

 

 事実、霧島はよくやってくれた。榛名を襲っていた深海棲艦の内で相当な数を落とした。采配が正解かと言われると微妙ではあるが、終わりよければすべてよしという言葉もある。

 

「そういうことでしたか」

 

「そういうことなんだ」

 

 納得したのか不知火がうなづく。疑問の解消になったようでなによりだ。

 

 実は霧島を支援艦隊とはいえ編成して大丈夫か帰還まで内心でヒヤヒヤしていたのは秘密だ。

 

「問題の榛名さん、起きませんね」

 

「時間がかかってるだけだと思うけどな。高速修復材も使ったんだ。怪我は完治してるはずだ」

 

「監視体制を強めましたし、また脱走することはないと思いますが……」

 

「待つしかないさ。目が覚めてくれるまで」

 

 勇が肩をすくめながら不知火の運んできた書類に手をつける。はじめの一枚目に目を通したところで眉をひそめた。

 

「不知火、これって……」

 

 続けて二枚目。さらに三枚目。次へ次へと読んでいく。

 

「はは、書類ってそういうことかよ」

 

 勇が額に手を当てる。思わず笑い声が零れた。

 

「悪い、不知火。用事ができた。ちょっと執務室を空ける」

 

「わかりました。どうぞ行ってきてください。書類は司令が判を押すだけでいいところまでやっておきます」

 

「助かるよ」

 

 執務室の扉を開け放つ。いくつか確認しなくてはいけないことができた。それも榛名が目を覚ます前に。

 

 時間はどれほど与えてもらえるかわかったものではない。行動は迅速に。

 

 これが最後のチャンスかもしれないのだから。

 





だから言ったじゃないか、戦闘は苦手だって。だからこそ一方的にボコる描写になってしまったわけなのですけども。
言い訳がましくなってきましたし、ここらでやめときましょうか。とりあえず榛名の救出には成功しましたね。被害もかなり抑えられたようですし、なによりなにより、ということで。
あと1話くらいで終わればいいな! そしたら次に取り掛かれるのに!
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