艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
不知火を伴って勇が廊下を進む。目的地は医務室だ。
つい先ほど、明石から執務室に連絡が舞い込んだ。榛名が目を覚ました。救出作戦から3日ほどかかったが、命に別状はないらしい。
不知火はついて来ると言って聞かなかった。もしもなにかあったら、とのことだがまだ榛名は完治していない。そもそも物理的な怪我ではないために、高速修復材だけで完治とはいかないのだ。
「不知火は医務室外で待機。いいな?」
「わかりました」
不知火が脇に避けたことを確認してから勇が医務室のドアを開ける。
最初は榛名の殺意がこもった視線のようなものかと思っていた。だが勇の予想は裏切られた。
「……」
ぼんやりとたたずむ榛名が勇を迎えた景色だった。物音に気づいたのか緩慢な動きで榛名が首を動かして勇を見た。
榛名がベッドの上に座り直すと、すっと目の温度が落ちる。極低温の瞳に宿るものは読めない。
「どうして助けたんですか?」
「戦艦を失うのは惜しいだろう」
「なら建造すればいいでしょう。代わりなんていくらでもいます」
「そういう問題じゃないことくらいわかってるんだろう?」
「望まれていないのにどうして生き恥を晒し続けなくちゃいけないんですか!」
榛名が吐き捨てる。勇が眉間にしわを寄せた。
そもそも提督代理を引きずりおろされただけで榛名が自殺の道を選んだこともわかっていない。加えて生きることを望まれていない、ときた。
「なんのことだ?」
「惚けないでくださいよ。霧島に言われていたじゃないですか。私を引きずりおろしたお礼を」
きっと榛名が睨みつける。そんな会話を交わした場所は一ヶ所しかない。この医務室の前だ。
すべて聞かれていた。だがそれでようやく腑に落ちた。妹が自分を引きずりおろすように依頼していたことを知れば、落ち込んだ心境にトドメを刺してしまったことは想像に難くない。
「あなたにとっても邪魔でしょう。さっさと沈めてくださいよ」
「ああ……そういうことか。ようやく繋がったよ」
「あなたが何を理解したのかなんて興味もありません」
「お前がそれを言うとは意外だな」
「あなたに何がわかる!」
榛名が立ち上がりかけて、よろめくと再び座り込む。鋭く、刺し殺してきそうな視線は勇に向けられたままだ。
「なにも、なにも知らないでしょう! それなのに理解? 知った口を利かないでくださいよ、吐き気がします!」
「ああ、俺は何も知らなかった。だがお前も知らないことがあるだろう」
「どうだっていい! もう何も知りたくなんかない!」
榛名が耳を塞ぐように手を頭部に当てがおうとする。だが片手を勇が先に掴んだ。ここで話を終わらせられるわけにはいかない。
「やめてくださいよ! もう、いいじゃないですか。妹にすら必要とされていないんですよ!」
「いいから聞け!」
榛名の絶叫に負けてしまい、届かないようでは何の意味もないため勇も叫び返す。
「霧島の言葉を一部しか聞いていないのに勝手に絶望してんじゃねえ! 霧島はな、『榛名姉さまに休んで欲しいから提督代理から引きずりおろしてほしい』って言ったんだよ!」
抵抗していた榛名の動きが鈍る。元々から激しくなかったが、さらに鈍った抵抗はほとんど意味を成さない。
「言って聞かないなら無理やり辞めさせて休ませるしかない。だから霧島は俺に頼んできたんだよ!」
「私は……」
「無理なんかしてないとは言わせないからな」
現に倒れたのは榛名が無理を続けたせいだ。それが祟ったから体を壊してしまったし、無理をしていたからこそ榛名は提督代理の座から降りることになってしまった。
弱まった抵抗に勇が榛名から手を離す。けれど口は決して止めない。
「考えてみれば当然だよな。先代が急にいなくなって残されたのは鎮守府運営の仕方もわからない艦娘だけ。最古参のお前に自然と指示を仰ぐ形になるだろうよ。だがお前も手探りなことに変わりはねえ。ノウハウもなく、とにかく轟沈だけは出さないように運営していくのが精一杯では余裕なんかあるわけもない。加えて人間不信に陥ってる艦娘を守らなくちゃいけない。だから慣れなくとも上層部と折衷して人間は一人以上は鎮守府へ入れないように交渉した。いつ、それが覆るかわからない状況下では戦果を出して体制に問題がないように取り繕わなくちゃいけなかっただろうな。そんなことをし続けていれば、そりゃ改革なんて手が回らねえよ」
だからレーションが食堂に残り続けた。大浴場を清掃するように指示を出す暇もなかった。先代の行っていた無理な進撃による轟沈や艦娘の酷使、薬物投与による艦娘強化実験は止めることができても、末端まではメスを入れることができなかったのだ。
「なあ、榛名。お前も無理な運営をしていたことくらいはわかっているはずだ。なのになんで文句が艦娘から出なかったと思う?」
「……」
無言で榛名が座り込む。ようやく勇もベットの側にあるスツールへと腰を下ろすと、手に持っていた紙袋を床に置いた。
「俺はお前が寝ている間、鎮守府の艦娘に話を聞いてきた。みんな揃って同じことばかり口にしたよ」
時間はあまりなかった。けれど聞かなくてはいけなかった。だから勇は鎮守府中をその足で回ってひとりひとりから話を聞いて回った。
そしてそのカードを切るならば、ここしかない。
「文句なんて言えるわけない。だって榛名さんに押し付けてしまったのは私たちだから。私たちが押し付けてしまったから榛名さんは身を削って、必死になってこの鎮守府を守ってくれてる。そんな過酷なものを背負わせてしまったのに、文句を言うことなんてできない」
「っ……」
「信じられないか? でも納得できないということもないんだろ?」
なによりその無言がすべてを如実に示している。
「それにな、みんな見てるんだよ。お前は恨まれ役をしているつもりだったのかもしれない。だがな、全部バレてるんだよ」
「なにが気づかれているっていうんですか」
「例えば、だ。酔っ払って引きこもっていた明石に食事を運んでやってたの、お前だろ?」
「何を根拠に……」
「工廠が片付く前、ごたごたと積みあがった装備の隙間は明石の部屋に続いていた。俺がギリギリ通ることができるか、できないかくらいだ。だが、男の俺が通りにくい道を俺より体格が細いお前が通れないことはないだろう。食事に関しても間宮からも確認は取れた」
ひっそりと厨房に食事を受け取りに来ては、食堂で食べることなく榛名は立ち去っていたらしい。一度、どこへ運ぶか見ていたところ工廠の方向へと榛名が歩いていっていたと間宮が証言した。
「抜本的解決ができないのならせめて、ってとこか」
「そんなのどうだっていい!」
榛名が俯きがちにベッドのシーツへと言葉を叩きつける。
「私は不知火さんを見捨てたんですよ! 守るつもりがいつの間にか私が仲間であるはずの艦娘を使い捨ての兵器として見てしまった! 私はもう、白くない。どうしようもないくらいくらいに真っ黒です。だから……」
榛名の声色が急速に萎んでいく。震える手がぎゅっとシーツを握り、皺を形成した。
「私なんていなくなってしまえばいいんです……」
その感情を吐露した言葉が榛名のすべてを語っているようだった。悲壮感すらも漂わない。ただそこにいるだけの抜け殻を見ているようだ。
「それを聞いたら悲しむやつが続出するな」
「あなたが並び立てる言葉が信じられると思うんですか?」
それでも自嘲的な口調のままで榛名が言う。だが適当なことを勇も言っているわけではなかった。
「俺の言葉が信じられないことくらいわかってるよ。だが仲間の言葉ならどうだ?」
紙袋から取り出したものを榛名のベッドに安置する。一掴みでは到底、掴みきれないその束を次から次へと勇はベッドへと運搬した。
「これは……」
「嘆願書。この鎮守府に所属する艦娘から榛名を引いた枚数ぶんだけある」
つい先日に、執務室へ不知火が運んできたもの。それがこの嘆願書だ。
「内容、読んでみろ」
恐る恐る榛名が一枚を手に取る。慎重に取り上げた一枚を開いて読み進めるにつれて驚きの色に瞳が揺れる。
勇が適当に嘆願書の山から数枚を選んで開く。書いてあることは違う。だが内容は非常に似通ったものばかり。
『ごめんなさい。でも、ありがとう』
そんな言葉たちが綴られたようではもはや嘆願書とは言えないだろう。しかし、それがわかっていながらも彼女たちはこれを書いた。
勇が榛名へ渡す。そして榛名がこれを読んでくれると信じて。
「なんなんですか、もう……」
俯く榛名の声が揺らぐ。くしゃりと紙の端が握り締められてよれた。
「全部がこんなのばっかりだ。あとはそうだな、お前を解体しないでほしいとかひどいことをしないであげてとかそういう内容だ」
すべてに目は通してある。だが、いずれも榛名を庇うような内容ばかり。
「望まれてないってさっきお前は言ったよな。逆だよ。望まれてるし、感謝されてるし、謝罪されてる。そして心配もされてる」
そうでなくてはこんなふうに嘆願書など誰も書かない。この数が榛名の生存を願っている艦娘の数だ。
「榛名、お前は間違ったのかもしれない。でもまったくの無駄じゃなかった。やろうとしたことは正しかった。だからもう、自分を蔑ろにするな」
「どうして、どうしてそんなこと言うんですか……」
「霧島に頼まれた。言っただろ? 助けてほしいって」
「私にそんな資格なんかない!」
「それは前の霧島を目の前で失ったからか?」
今度こそ榛名が驚きを隠しきれなくなった。目を見張り、わなわなとした手の震えが激しくなっていく。
「記録、調べたよ。お前が単独で出撃したあの海域。あそこで沈んだんだってな」
「それが……それがどうだっていうんですか!」
「いつまで自分を責め続ければ気が済むんだ?」
榛名の肩がすとんと落ちる。きつく握られていたこぶしが解かれてシーツが解放された。
「……許せるわけないじゃないですか。私が見捨てなければ霧島は生きていたかもしれない。それなのに私は切り捨てたんです」
「仕方ない……とは思えないか」
「思えるわけないじゃないですか」
乾いた笑いが榛名から漏れる。うなだれたおかげで垂れた濡れ羽色の前髪は表情を隠した。
「それだけじゃないんです。明石さんが薬物投与実験に関わっていることも知っていながら私は黙っていました。無茶な作戦に次々と沈んでいく娘から目を背けました。レーションから普通の食事に戻すこともしなかった。大浴場も清掃せずに放置し続けました。そして不知火さんも見捨てました。これでどう仕方ないと思えるんですか?」
「榛名」
「はい」
榛名からの短い返事。あれだけ表に出ていた感情が一気にごっそりと抜け落ちてしまったようだ。
それでも止めるわけにはいかない。まだ終わらせてしまうには早すぎる。
なにより、これではなにも始まらない。
「自分を許すことは難しい、か」
「私は何に許しを請えばいいんですか? 何を許してもらえばいいんですか? 死ぬ理由はなくなったかもしれません。でも、だからといって私のやってきたことがすべてなくなったことにはならないじゃないですか。それとも……」
榛名の言葉尻が切れる。ゆっくりと垂れていた頭が持ち上がると潤んだ目が勇いぶつかった。
「それともあなたが私の泪を受け止めてくれますか?」
期待、渇望、諦観、拒絶。捲くし立てるようにその瞳が様々なものを連続して映す。
赦して欲しい。でも赦して欲しくない。矛盾したそんなふたつの気持ちが揺れ動く。そんな様子が手に取るようにわかる。
それがわかっているからこそ勇が取りうる選択肢はひとつしかない。
「悪いがそれはできん」
「そうでしょうね」
あっさりと榛名が引く。断られることが最初からわかっていた。そうとしか思えない淡白さで。
「結局、誰が悪かったんでしょうね」
「誰も悪くない、だろ。だれも悪くないからこそ、誰も赦すことができない。俺が赦したところで釈然としないまましこりが残るだけだろう?」
だから。
「俺はお前を救わない」
「……ひどい人」
榛名が儚げに微笑みながらそっと胸に嘆願書を抱いた。それを横目に勇はスツールから立ち上がった。
「こちらがいいと判断するまで戦艦榛名を鎮守府にて謹慎とする」
「謹慎、了解です」
それだけ言い残してしまえばもう、残すことはない。立ち上がると勇は医務室を立ち去る。鼻をすするような音が背後から聞こえていたが、なにも聞こえないフリをした。
「行くぞ、不知火」
「はい」
廊下で待たせていた不知火と合流すると執務室を目指して歩く。わざと勇を待ち受けていた霧島と目を合わせないように。
「ありがとう、ございます……」
やめてくれ。そう口を突きかけるのを押し留める。霧島が眼鏡の下から目元を拭う。その姿が視界に飛び込み、嫌になって目を逸らした。
何も解決していないのに、礼なんてもらえるわけがなかった。
はい、どうもこんにちは。
これを解決したと取るか、否と言うべきか。その判断は自分ではなく読者の皆々様に委ねたいと思います。どう捉えていただいても構いません。いろいろな解釈があるとおもいますが、個人の解釈を大事にしていただければと思います。
そして、なんとまだ終わりません。長げえよ! って思われた方。まだ続くんでもう少しお付き合いをお願いします! もう、鎮守府に問題なんて残ってないじゃん! という風に考えられる方もいると思います。
ここから先は私の趣味100%です。もう既に完結を迎えてもいいように思われるかもしれませんが、まだやりたいことがいくつか残っているのでそれを書いていきたいと思っていますゆえ、どうぞひとつよろしくお願いします。
さあ、これから勇の物語が始まります!