艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第31話 それでも監査はやってくる

 

「不満そうですね、司令」

 

 不知火が廊下を進む勇にそう声かける。榛名と医務室で会話を交わしてからおかしい。そんな直感が不知火を動かした。

 

「そう、見えるか?」

 

「なんとなく、ですが」

 

 察されている。そう考えると勇は思わず苦笑せずにはいられなかった。できるかぎり表情にはしないようにしたつもりだったのだが、感情は漏れていたらしい。

 

「まったく気取られるつもりはなかったんだがな」

 

「不服そうに感じたので」

 

「間違ってねえよ、不知火。実際のところ、はらわた煮えくり返ってる」

 

 とにかくひたすら腹立たしい。それが勇の腹の中だ。

 

 誰に、など問うてほしくない。そんなもの、自分自身以外の何者でもないに決まっているからだ。

 

「どうしてですか? 司令は間違ったことをしていないでしょう?」

 

「間違ったことはしてない? 違うな。正確には何もしていない、だ」

 

 自分を痛めつけんばかりに勇が吐き捨てる。誰もいない廊下でもなかったらできなかっただろう。少なくとも不知火でもなければ、こんな姿を見せるわけにはいかない。

 

「何もしていないなんてことはないでしょう?」

 

「いや、何もだ。俺は榛名に対して解決の手段を提示できなかったんだ」

 

「しかし、救援艦隊や支援艦隊を出したじゃないですか」

 

「根本的には何も変化していないんだよ。榛名は死ななかった。その結果としての変化が皆無だ」

 

 死んでいない。ただ生きているだけ。これでは解決なんて言葉はおこがましくてとてもじゃないが使うことはできない。

 

「どうしてそう思うのですか?」

 

「この鎮守府にいる誰もが榛名に怒っていないからだよ」

 

 良いことだと言ってしまえばそれまでだ。嘆願書は榛名を思って書かれたものである以上は決して悪いことではない。

 

 だから問題はそもそも誰一人として榛名を恨んでいないことだ。

 

「誰も怒っていない。誰も恨んでいない。じゃあ、榛名は誰に許しを請えばいいんだ?」

 

 榛名は自分を責めている。それはつい先ほど医務室で交わした会話から明らかだ。

 

 しかし、怒っていないものを誰が許すことができるだろう。恨みも怒りもない相手に許してくれと言われたところで困惑するだけだ。

 

 つまり、誰も榛名を許すことができない。

 

「なら司令はどうするつもりなんですか?」

 

「結論だけ言うと、何もしない。こればっかりは俺が何かできるようなことじゃないんだ。榛名の内面の問題であって、外側からかけられるアプローチがない。時間が解決してくれるのを待つしかないんだ」

 

「時間の解決、ですか」

 

「それっぽいだろ? ただ放置するだけなのにな」

 

 皮肉っぽく勇が口元を自虐的に歪める。時間が解決してくれるまで待つとだけ言えば聞こえはいい。だが実態はなにもせずに放置するだけだ。

 

 本当に腹立たしい。霧島に頼まれておいて、結局のところ榛名を助けることなぞ何もできていない。それでもって霧島から礼を言われてしまった。

 

 そんなもの受け取る資格なんて勇にはかけらもないというのに。

 

 榛名は一度、自分を見つめ直す期間が必要だ。そう判断したから、期限なしの謹慎処分を与えた。

 

 ああ、なんて耳触りのいい言葉だろう。

 

 何が時間の解決を待つ、だ。ただなにもできなかっただけじゃないか。

 

「しかし、どうしようもないことでしょう」

 

「かもしれない。でもな、どうしようもないから何もしないことと、始めから何もしないこと。どこに差があるっていうんだ?」

 

 そこになんら違いはない。なにもしなかったという過程も、結果も。

 

 どうしようもなく無力な自分を突きつけられたような気分だった。結局、なにもできやしないのだと。

 

 執務室の扉を押し開ける。いつもより大きく開いてしまったのは力が入りすぎたせいか。勇が入ると、不知火もその身を滑り込ませる。

 

「確かに差はないかもしれませんね」

 

 不知火が秘書艦の席に着きながら言った。一瞬だけ考えて、さっきまでの話かと勇は思い当たる。

 

「かも、じゃねえ。まったくないんだ」

 

「仮にそうだとしても、司令がなんとかしたいと思い、苦心していたことを不知火は知っています。司令のしたことは絶対に無駄じゃありませんでした。そう、不知火は思っています」

 

 まっすぐに不知火が勇の目を覗き込む。思わず勇は視線を外した。そんなにも一直線に迷いなく見つめられるとなんとなく居心地が悪かった。

 

 励まされているのだろうか。だとするのならずいぶんと遠回りだ。だが、これが不知火なりのやり方なのだと思うと微笑ましくもある。

 

「ありがとな」

 

「不知火は思ったことをお伝えしたまでなので」

 

 素っ気無く不知火が言い放つ。顔を背けてしまったため、どんな表情か差し込む夕陽が逆光になっているせいでわからない。

 

 けれど、なんとなく少し気分がましになったように勇は感じた。

 

「さて、そろそろ執務を再開するとしようか。まだ今日の伝令に目を通し終わってないしな」

 

「そうですね。そうしましょうか」

 

 勇が伝令書に目を通していく。出撃や遠征に関する作戦要項に始まり、開発の指南や鎮守府に与えられる資材に経費。そういった書類の中に一枚だけ他と違うものがあるのを勇は発見した。

 

「なんだこれ?」

 

 便箋のタイプが今までの見慣れたものと違う。簡易とまでは言わないが、そこまで高い紙を使っているようには見えなかった。だがこの伝令書だけ妙に高そうというか、細かい装丁がきっちりしているようだ。

 

 机の中からペーパーナイフを探り出すと、丁寧に伝令書を切り開く。そうして切り開いたそれの内容に目を走らせていく。

 

「はぁ!?」

 

「どうしましたか?」

 

 思わず素っ頓狂な声が口から漏れる。不思議に思った不知火が勇の側に椅子から立ち上がって駆け寄った。

 

「この伝令書がどうかしたのですか?」

 

「ここ、見てみろ」

 

 勇が送り元の名前をトントン、と指でつつく。不知火が勇の肩に頭の乗せるようにして机の上に置かれた伝令書を覗き込んだ。

 

「海軍総務部監査課……これは?」

 

「簡潔に言うと、だ」

 

「簡潔に言うと?」

 

 不知火が勇の肩あたりでこてん、と首を傾げる。だが不知火も便箋に躍る文字から内容は察しているだろう。それでも勇は便箋の内容を口にする。

 

佐世保第三鎮守府(ここ)に監査が入る。それも一週間後だ」

 

 苦い表情で勇が頭を抱える。榛名を提督代理から下ろしたことによって、ようやくまともに鎮守府の運営がしていけるようになった。

 

 これからまだまだやらなくてはいけないことが大量に待ち受けている。装備の充実、演習をすることによる艦娘の練度強化、鎮守府の清掃も行き届かせなくてはいけない。

 

 そんなことを考えていた矢先に監査が入るというのだ。

 

「どうしますか?」

 

「どうも、こうもあるかよ! まだ完全に立て直しが終わったわけじゃねえんだ! むしろこれからってタイミングなのに監査なんていい結果が出るわけがねえ!」

 

 下手を打てばそのまま勇が飛ばされる、ということもありえなくはない。だが、ようやく鎮守府は軌道に乗せていけるようになったかどうかだ。

 

 控えめに言っても大ピンチだった。

 

「取りあえず一週間はあるんだ。なんとか体裁だけでも取り繕う方向でいくしかない」

 

「できるんですか?」

 

「なんとかする。とりあえず清掃だけでも行き届かせよう。装備面や練度は一週間じゃあどうしようもねえ。整えられるところだけでも整える」

 

 清掃とはいっても、鎮守府はかなり広い。単純に清掃を行き届かせると言っても、一週間ではかなりぎりぎりだ。

 

 艦娘たちを私的とも取れる理由の清掃に巻き込むわけにはいかない。業務時間ならまだしも、時間外まで清掃業務に従事させるのは勇の本意ではない。

 

「不知火も手伝います」

 

「や、なんとかできるから大丈夫だ」

 

「無理です。艦隊行動を停止させてでも……」

 

「それこそ本末転倒だ。安心しろ。清掃に関しては何とかしてみせる。不知火は気にせずにいつも通りでいい」

 

「ですが通常業務もあるんですよ? 司令だけではどうしようもありません。せめて陽炎型を動員しましょう。陽炎に不知火からお願いしてみますから」

 

「だめだ。艦娘が時間外労働をしたことに問題があるし、なにより出撃やら遠征やらで働きづめの後から清掃はきっついだろ」

 

 この件は勇ひとりで何とかするしかない。とにかく艦娘に対してのみならず、鎮守府はきちんと運営が為されている。そういう風体を一時でもいいから取り繕わなくてはいけない。

 

「なあ、不知火。知ってるか?」

 

「はい?」

 

 勇の口角がヒクヒクと引き攣ったように動く。その声の調子はどこかやけっぱちと皮肉っぽさを内包していた。

 

 はは、と乾いた笑い声が出た。艦娘にとってホワイトな鎮守府を作る。それが勇の第一目標だ。それならば多少の犠牲などやむなしだろう。

 

「管理職ってな、いくら残業してもいいんだってよ」

 

 しばしの沈黙。そしてようやく不知火が口を開いた。

 

「いえ、たぶんどこかその知識は間違っていると思います」

 

 まったくその通りだった。

 




新編スタートということで今までのタイトル法則から大きく外れてみました! いやあ、ぶっちゃけ考えるの結構たいへんだったんですよね。ボキャブラリーもとうの昔に限界を迎えていたんでちょうどよかったです。

最初の1話目、ということでかなりギャグ調に抑えました。スタートのっけから飛ばしてもよくないですもんね! 徐々に温めていけたらと思います。
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