艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第32話 持ち込まれたモノ

 

 結局のところ、勇は徹夜して鎮守府清掃に奔走したのか。

 

 答えはノーだ。さすがに体力が持たないし、そもそも徹夜したところで終わるような量ではない。佐世保第三鎮守府は結構、いやかなり広いのである。

 

 だが、まったく清掃が行き届いていない状態で監査を迎えるわけにもいかない。苦肉の策として、勇が取った手段は細かいところに目をつぶり、目に見えやすいところだけを清掃することだった。

 

 幸いだったのは仕事の合間を縫って清掃をしている勇を見かけた艦娘が協力してくれたおかげで、思っていたより勇自身にかかった負荷が軽く済んだことか。

 

 いずれはきちんとした清掃シフトを組まなくてはならない。艦娘の人間不信が薄まり、ゆくゆくは清掃員を配置することも視野に入れていきたい。

 

 兎にも角にもやれることはやった。あとは天命を、いや監査を待ち受けるのみだ。

 

 いつ来るかはわかっている。だが時間はさっきまで早く流れていくように感じたのに、今は刻一刻として進まない。

 

「だからといってペンギンのように執務室を右往左往されても困るのですが」

 

「察してくれ、不知火。そもそも俺はこの鎮守府が初めての着任先で、いきなりトップ。そして今回が初めての監査だ」

 

「緊張している、と」

 

「そういうこと」

 

 正門まで行って迎えをしたいところだが、書面に迎えは不要とはっきり書かれていては対応のしようもない。

 

 仕方なく執務室で待ち続けているのだが、もどかしいことこの上ない。

 

「司令が浮き足立っていては、うまくいくものもうまくいきませんよ。もっと毅然としていればいいんです」

 

「それがきっついんだけどなあ……ん、とりあえず歩き回るのは止める」

 

 不知火に諭されて、ようやく勇が椅子に腰を落ち着かせる。大きく息を吸って、そして吐く。

 

 再びボールペンを握ると、サインしなくてはならない書類たちへと向きなおる。いつも通りのことをしていた方が平常心でいられる気がした。

 

 どれほど経った時だろうか。執務室のドアがノックされた。少し慌て気味に勇が立ち上がる。

 

「どうぞ」

 

 声が震えなかったことを自分でも褒めてやりたいくらいだ。目配せすると、小さくうなづいた不知火が執務室のドアを開けた。

 

「海軍総務部監査課所属の朝潮型駆逐艦十番艦の霞よ。今日の監査を担当するわ。よろしく」

 

 リクルートスーツに身を包んだ少女が執務室に入ると勇に向かって敬礼する。急いで勇も霞に返礼した。

 

「佐世保第三鎮守府司令長官中佐竹花勇です」

 

 名乗ってから不知火にアイコンタクトを送る。ちゃんと気づいてくれたのか、不知火も勇の脇まで来ると敬礼の姿勢を取った。

 

「陽炎型駆逐艦の二番艦、不知火です。佐世保第三鎮守府の司令長官付き秘書艦を務めています」

 

「ええ、知ってるわ」

 

 さらりと霞が言い放つ。事前にある程度はチェック済みということか。

 

「遠路はるばるありがとうございます」

 

「仕事だもの。さて、早速だけれど案内してもらえる?」

 

「はい。では参りましょう」

 

 傍目から見れば、少女に大人がペコペコするという、とんでもなく逆転した絵面だ。

 

 だがわかってほしい。相手は本部から送り込まれた監査だ。いくらそれが駆逐艦の艦娘だったからとはいえ、相当の敬意を持って応するのが当然だろう。

 

 ありえないことだとは思うが、執務室にしっかり鍵をかけると勇は不知火を伴いつつ、霞を先導して歩いた。

 

 

 

 

 

 そうしておおよそ3時間。鎮守府を隅から隅まで回り、食堂で明石の作ったお昼を頂いてから再び執務室に3人は腰を落ち着けていた。

 

「うん、うん……うーん……」

 

 なにやら霞が唸りながらボードに挟まれた紙に何かを書き連ねていく。

 

 そんな姿を勇は内心で冷や汗をドバドバに流しながら、不知火は何を考えているのか伺いしれぬ様子で見守っていた。

 

「そうね。これならまぁ、いいわよね、私の判断でいいって言われてるし」

 

 続いてぶつぶつと何かを呟き始める。相変わらずボードの上ではボールペンを握った右手が踊っている。

 

「よし!」

 

 霞がボールペンの頭を強めにノックして芯を引っ込めさせる。そのままボールペンをボードに挟んで固定すると、来客用の机に安置させる。

 

「本来であれば一旦は本部に持ち帰って後日、結果を送るのがセオリーだけど今回は特例としてここで結果を伝えるわ」

 

「…………はい」

 

 唾を飲み込む。勇は呼気を溜めた。

 

 すぅ、と霞が息を大きく吸った。そして十分に肺へ空気を送り込むと、一気に解放した。

 

「ぜんっぜんなってない! お話にならないわ!」

 

「な、なぜですか?」

 

 噴火もかくや、という勢いで霞が怒鳴る。一瞬で挫けそうになる心をなんとか補強して勇は聞き返した。

 

「まず清掃。あんな表面ばかりの掃除で私の目を誤魔化せると思ったの? はっ、ちゃんちゃらおかしいわね! 覚えときなさい。誤魔化すために纏ったオブラートってのはね、わかる人間にはすぐにバレるものよ」

 

 ぐ、と言葉に詰まる。図星も図星。必死になって覆い隠そうとしたものはあっけなくヴェールを剥ぎ取られて、暴かれた。

 

「あと、司令長官に仕事が集中しすぎ! 秘書艦だけで回りそうにないなら秘書艦補佐を付けるなり、他の艦娘に任せられることはやらせて報告させる形式に切り替えなさい! なんで遠征の出撃と帰還の確認から工廠の開発管理、挙句に食堂の食糧事情まで全部を1人で管理してるの! 担当の艦娘をつけて責任者としなさい! 責任者からの報告にするだけで歩く距離も時間もぐっと短縮されるから! なんで仕事を足で稼いでるのよ! 被疑者を尾行する刑事か何か!?」

 

 まくし立てるどころの騒ぎではない。もはやここまでくるとマシンガントークの部類だ。

 

 だがいずれも役に立つ情報ばかり。決して忘れてなるものかと脳内へ勇は全力でメモを残していく。

 

「はあ、はあ……とにかく! 全部をひっくるめて、これじゃあ及第点しかあげられないったら!」

 

 息も切れ切れになりながら、最後に霞が言い放つ。一言たりとも漏らすまい、と聞いていた勇は最後の最後に霞が放った単語を聞き漏らさなかった。

 

「及第点? ということは……」

 

「問題なしってことよ」

 

 ガッツポーズしかけるが堪えた。とりあえずは合格点をもらうことだけはできたらしい。

 

「表情に出過ぎ。ポーカーフェイスくらいできるようになっときなさい」

 

 霞から鋭い指摘を受けて勇は顔を引き締める。やれやれと言わんばかりに霞が息を吐いた。

 

「ごめん、不知火。のどが乾いたから冷たいお茶をもらえる?」

 

「はい。少し時間をもらいますが」

 

「ゆっくりでいいわよ、ゆっくりで」

 

 念を押すように霞が繰り返す。わかっていますよ、と不知火がうなづきながら執務室を出ていった。

 

「さて、と。もういいわよ、その気持ち悪い敬語、取っても。ここからあとは監査なしだから」

 

 敬語を取れ、という霞からのメッセージ。何を考えているのかはわからない。だがそういうオーダーならば答えるしかない。

 

「気持ち悪いとは失礼な。きちんと対応しようとしてたんだがな」

 

「わざとらしさがなかったのは高評価かもね。違和感を覚えさせた時点でアウトだけど」

 

「手厳しいな」

 

 別に勇と霞は知った仲というわけではない。完全に初対面だ。

 

 わざわざ霞が不知火を部屋から出した理由はわからない。だが明らかに勇とのみ話したいから人払いをしたのは確実だ。

 

 その上で敬語を取れというのなら、霞の流儀に則るのも一種の礼儀だろう。

 

「大まかに鎮守府を見させてもらったわ。さっきはああ言ったけれど、見事なものよ。たったこれだけの期間でここまで再構築できていれば期待値以上の成果といえるでしょうね」

 

「そう、仙谷少将に報告するのか?」

 

「私じゃない。それをするのはあのクズよ」

 

 少しあてが外れた。てっきり霞は仙谷少将の部下かと思っていたのだが、直属ではないらしい。あのクズというのが誰かはわからないが、彼か彼女かわからないその人物が霞から報告を受けて、それをまとめたものを仙谷少将へ報告するのだろう。

 

「それでどうして急に? これでおしまいだって問題はなかったはず」

 

「ここから先は監査としてではなくて、ただの伝令役としての仕事だからよ。間宮の異動期間がすぎたわ。もうこちらに戻して頂戴」

 

「そろそろとは思っていたがもうか……」

 

「1週間は猶予があるけど、それ以上は待てない。そう言われてるわ」

 

 素っ気なく霞が言った。一方で勇はこめかみをぐりぐりと悩ましげに指で押している。

 

 本音を言うのなら、もうすこしいてほしかった。明石が上達して、いまや厨房の陣頭指揮を執ることができるまでに成長したのは聞き及んでいる。けれど、あと少し間宮が見守る期間がほしかった。

 

 だが約束は約束。もとから期限付きで異動してもらっていたのだ。

 

「わかった。間宮にはそう伝えておく」

 

「確かに伝えたわよ。それから……はい」

 

 クリップボードから霞が1枚の紙を外すと勇に手渡した。訝しみながらそれを受け取ると内容に目を走らせる。

 

「っ! こ、これは……」

 

「この任務を渡すかどうかは私に一任するってあのクズが言ったから。あなたの艦隊なら渡してもいいかと思ったのよ。使うも使わぬも自由。好きになさい」

 

 内容だけを見ればいたって普通の出撃任務だ。そう、内容だけならば。

 

 問題は任務報酬だ。

 

「たった1個限り。もし使うつもりなら誰にするかは熟考することね」

 

 ほんの一瞬、そっと霞が左手の指を愛おしそうに撫でる。しかし、そんな様子すら勇には見えてこない。

 

「以上で監査と伝令は終了よ。お疲れさま」

 

 監査は無事に終わった。監査は。

 

 新たな悩みの種が持ち込まれたが。

 





まあ、なにが持ち込まれたのかは言わなくて良いですよね?

そしてさよなら間宮さん! 長らくいてくれた食堂の味方がついに明石に引き継ぎになりました。ろくに活躍シーンなかったな、間宮さん。

そろそろ追加で書いている話がなにを主体にしたいか察したかたも多いのではないでしょうか。まあ、アレですよアレ。そう、提督ならわかりますよね?
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