艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第35話 英雄はブリキなり

 海を割って合計で12の艦娘が飛び出した。第一艦隊の先頭に榛名、第二艦隊の先頭に不知火を据えて進撃を始める。

 

 会話と言えるようなものはない。それだけ厳しいものになるとわかっているからだ。周辺警戒は怠らないのは余計な深海棲艦との遭遇を防ぐためだ。

 

「まもなく接敵します。総員、警戒を」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 榛名の指示に声を合わせて返答。陽炎が内心で小さく笑った。さすがに腐っても最古参。伊達に戦闘を幾度も経験してきたわけではないようだ。

 

「ま、しこりなんてないからこそできる芸当か」

 

 陽炎が口の中で小さくつぶやく。唯一、陽炎だけは後頭部で手を組みながら気ままな様子だが、それを榛名が見逃したのは十分に気を張っているのがわかっているからだろう。

 

「そら来た」

 

 まだ点サイズを視界に収めただけ。しかしビリビリと伝わってくるプレッシャーだけでそれが強敵だとわかる。

 

 ニィ、と陽炎が嗤う。だがその笑みには余裕の欠片も存在しない。むしろ額から嫌な汗が吹き出した。

 

 あれは、ヤバい。

 

「アラアラ、来タノネェ……」

 

 奥底から響くような音、いや声だ。どこから聞こえているか一瞬、周囲を見渡すがそんなことをしなくとも音源はわかっていた。

 

「お待ちだったみたいよ」

 

「陽炎」

 

「わかってるわよ」

 

 不知火が陽炎の軽口を諌める。いつものごとく軽口で返しはするが、互いの表情に余裕はない。榛名が無言で右手を上げると、全員が主砲を一斉に構える。

 

 撃ちはしない。だがいつでも撃てる体勢だけは整えておく。向こうも近づいてきているのか、距離がじりじりと詰まっていた。

 

 少しずつ点だった敵影が大きくなっていく。そしてその巨躯を視界に収めた瞬間、榛名は上げていた右手を振り下ろした。

 

 それが合図だった。主砲を構えていた艦娘が一斉に砲撃を開始し、空中に待機していた艦載機が爆撃を仕掛けに突撃する。

 

 連続で砲弾が突き刺さり、間髪いれずに艦載機の放った爆弾が炸裂する。連続で屹立した爆炎が深海棲艦の群れを覆い隠した。

 

「フフフ、カワイイ攻撃ネ」

 

「あー、そうですか無傷ですか……」

 

 陽炎が苦虫を噛み潰したような表情でぼやく。随伴艦の中には相応のダメージを負った艦もいたようだが、中心にいる戦艦棲姫はほとんど無傷だ。

 

 陽炎の口調は軽いがそれは余裕の表れではない。むしろ自身を誤魔化すための飾りだ。

 

「第二射用意。まだ始まったばかりです」

 

 榛名が冷静さを滲ませた声で告げる。あまりにも沈着な榛名の様子に動揺が走っていた艦娘たちが落ち着きを取り戻す。

 

「イイワネ。勢イガ良クテ」

 

 勘弁してよね、と陽炎が内心で愚痴る。駆逐艦である自分の砲撃が大したことではないのはわかる。だが霧島や榛名の砲撃は洒落で済むような威力でないはずだ。

 

 随伴艦に威力が分散したとはいえ、ほとんど無傷とはたまったものではない。

 

 だがまだ一射。戦闘は幕を切って開けたばかり。早々に随伴を落としつつ、本丸である戦艦棲姫を落とせばいい。連合艦隊であるならばぎりぎりではあるかもしれないが、できないことではない。

 

「艦隊戦、開始します。総員、回避行動を取りつつ砲撃を……」

 

「フフ、ウフフフフ。見事ニ釣レタワネェ」

 

「釣れた?」

 

 榛名の言葉を遮って戦艦棲姫が嗤う。榛名が警戒の色を露わにしつつ、聞き返す。

 

「エエ。揃イモ揃ッテ強者バカリ。イイノガ釣レテ大変ネエ、鎮守府ハ」

 

「不知火!」

 

「はい!」

 

 最悪のシナリオが陽炎の頭に浮かぶ。なりふり構わず不知火の名を叫んだ。不知火も陽炎と同じ考えに至ったのか通信機を取り出して鎮守府に繋いでいた。

 

「司令! 司令! 応答してください!」

 

 慌てたような不知火の声。滅多に聞けるようなものではないが、こんな状況で聞きたくはなかったと陽炎は思った。

 

《……よぉ、不知火か》

 

 通信機から勇の声が聞こえる。だが聞こえてきたのはそれだけではない。

 

 爆発のような音。さんざん聞いたこの音は明らかに艦載機の爆撃音だと陽炎は認識せざるを得なかった。

 

「状況を教えてください!」

 

《大したことはねえ……とは言えないか。だがこっちはなんとかするから気に…………》

 

 途中まで言いかけた勇の言葉を砲撃音がかき消す。そして通信が一方的に切られた。

 

 大したことはないと言うのはできないがなんとかする、と勇は言った。だが陽炎はその言葉を信用することができなかった。鎮守府が深海棲艦に襲われているのは明らかだ。そして主力艦はすべて戦艦棲姫の戦闘に出払ってしまっている。

 

 加えて勇の性格を陽炎は知っている。あれは不知火と似て、変なところで意地を張るクセがある。すべてはこちらに余計な負担をかけまいとしているからだが、言い換えればそれだけピンチだということだ。

 

「不知火、霧島さんと……そうね、艦隊の半分を連れて鎮守府に戻りなさい」

 

「ですが……」

 

「いいから戻れ!」

 

 陽炎が不知火を怒鳴る。なにが目的が戦艦棲姫の言葉から察せてしまった。だからこそ、思い通りにさせてはいけない。

 

「こいつらの目的は私たちを引き付けて別働隊に佐世保第三鎮守府自体をぶっ壊させることよ。思惑通りやらせるわけにはいかないでしょう。だから半分でも戻りなさい。それだけであの司令官ならなんとかしてみせるわ」

 

「しかし……」

 

「不知火、あんたは司令の家内なんでしょうが! なら守れ!」

 

「っ……」

 

 不知火が言葉に詰まる。その表情が苦悶に満ちたものになっていく。だが陽炎は無言で不知火を睨みつけることで行けと伝え続ける。

 

「必ず……必ず帰ってきてください」

 

「はいはい。なんとかしてみせるって」

 

 不知火が背を向ける。陽炎がふっと表情を柔らかくして笑ってみせる。後髪を引かれるような顔で霧島は榛名を見るが、榛名は微笑んで小さく頷いたのみだった。

 

 不知火たちが艦列を離れようとしていく。だがそれを追うように戦艦級と軽巡級が迫った。戦艦棲姫が腕を振って随伴艦の2隻に追うよう合図をしたのだ。

 

「ソウ簡単ニ逃ガストデモ?」

 

「っ!」

 

 背後から引き戻すような声に不知火が息を飲む。だが戦艦級も軽巡級も砲撃のひとつをする前に爆ぜて海中へ叩き返された。

 

「「逃がさない、とでも?」」

 

 陽炎と榛名が主砲から硝煙が立ち上らせつつ、声を揃えて言った。フフ、と愉快そうに戦艦棲姫が嗤う。

 

 ふっ、と陽炎が詰めた息を吐き出して肩を持ち上げる。そして艦娘たちへ振り返ると、小さくぺろりと舌を出した。

 

「ごめん、みんな。私のせいで戦力が半分になっちゃった」

 

「大丈夫ですよ、陽炎さん。陽炎さんが言わなければ榛名がやっていました」

 

 賛同するように残りの艦娘たちがうなづく。余裕なんてこれっぽっちもない。だが全員がその顔を緊張に滲ませつつも、戦意に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「アラアラ、半分ニナッチャッタワァ」

 

「ずいぶんとお優しいんですね、待ってくれるなんて」

 

「フフフ。ジャア、ソロソロ始メヨウカシラ」

 

 残り4隻になった深海棲艦の艦隊と陽炎たちが衝突する。両陣営にほとんど同時のタイミングで爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 息を荒げながら勇が外に飛び出す。執務室付近が爆撃されたせいで窓が吹き飛んだのだ。後続の艦爆隊が接近してきていると報告され、大急ぎで飛び出したのだ。

 

「執務室が吹っ飛んだぞ……」

 

 修理にいくらかかると思っているのか。それに修繕をしたら一ヶ月以上はかかってしまう。

 

 だがそんなことを考えている余裕はない。まさに深海棲艦がそこまで迫っている。

 

 ぎりぎりで回収した通信機を取り出す。まだ艦隊が見えるほど近づかれていないが、時間の問題だろう。

 

「五十鈴、水雷戦隊の指揮を執ってくれ。第十六駆逐隊をつける」

 

《了解よ》

 

「全艦娘を合計で3つに分ける。迎撃班と怪我の治療を施される班、そして休憩する待機班だ。これらをローテーションして対応する。いいか、深追いはするなよ! 体は怪我するなよ。艤装の損傷で押さえ込むんだ。なんとしてもこの鎮守府を守り抜け!」

 

()()()()

 

 すべての艦娘を集中的に出撃させているようでは不測の事態に備えられない。そして前戦でやり合う艦隊には怪我が付き物だ。その艦娘たちが軽傷で済んでいるうちに引かせて治療。その間に待機班が出撃する。

 

 こうして少しずつ敵艦隊を磨耗させていく。すぐに倒さなくてもいい。ゆっくりと削っていって最終的に弱ったところを仕留める。

 

 攻撃側は防衛側の3倍以上の戦力が必要。それがセオリーだ。

 

 ならばひたすらに削り続ける。その選択肢しか勇たちにはない。

 

《提督、基地防衛のための仮説固定砲台、敷設はあと15分で完了です!》

 

「助かる!」

 

 明石からの報告に勇が叫び返す。襲撃がわかった時点で勇は明石と手の空いている艦娘に固定砲台と固定機銃を基地内に敷設するように伝令していた。

 

 守りつつ、削る。そのために自動で砲撃してくれる機銃や砲台は必要だった。なにより主力として出撃させた艦隊に主な航空隊を搭載してしまっているせいでこちらは制空確保どころか均衡すら怪しい。

 

「敷設が完了したら明石は工廠へ行ってくれ。すまんが、損傷した艤装を直してもらいたい」

 

《了解です! 任せてください、提督。工作艦の本領発揮です!》

 

 体の怪我さえ負わなければ、なんとかなる。艤装の損傷ならば部品交換などで対応していける。

 

 出撃メンバーの編成は終わった。戦略も立てるだけは立てた。これ以上はできることなどない。後は常に足りない頭を捻り続けて状況に適応し続ける。

 

 一瞬でも適応しきれなくなれば、背後から迫ってくる死神に命を取られる。ただそれだけだ。

 

《敵艦隊、見ゆ!》

 

「ぎりぎりまでひきつけろ! まだ砲撃範囲には入っちゃいない!」

 

 五十鈴の半分以上は怒鳴るような報告を受けると勇も叫び返す。そしてじっと水平線に表れた艦隊を探す。

 

「冗談だろ……なんだよ、あの数!」

 

 海を埋め尽くすんじゃないかと思うほどの黒点。あれがすべて深海棲艦だというのだから洒落にしては悪質だ。

 

《砲撃許可を!》

 

「まだ待て。もう少しだ」

 

 五十鈴を制止させる。もう少し。もう少しだけ待つんだ。あとちょっとだけ引きつけろ。

 

 いつになったら砲弾が飛んでくるかわからない。だがそれでもまだ撃つわけにはいかないのだ。深呼吸をしつつ、目を閉じる。ゆっくりと数字を数えた。

 

 3、2、1……

 

「今!」

 

 カッ、と勇が目を開く。そして目を開くと同時に黒点たちが一斉に爆ぜた。

 

 襲撃の報せが舞い込んだ時点で勇は艦娘たちに機雷の敷設を指示した。そしてそれらに深海棲艦が引っかかったのだ。

 

「五十鈴、砲撃開始! 撃って、撃って撃ちつくせ!」

 

《了解! やるわよ! 砲撃開始ッ!》

 

 砲撃音が勇のいる場所まで轟く。確かに機雷でいくらかは黒点が減った。だがそれでも相当数が残っている。まだまだ気を抜くことはできないどころか、ここからが本番だ。

 

 五十鈴たちがぶつかり始めたのか、本格的に戦闘音が激しくなる。不安だし、心配だ。だが何度も呼びかければ邪魔になってしまう。ここは信じて報告を待つしかない。やばくなったら引くようには伝えてある。深追いはしないだろう。

 

《提督! 敵爆撃隊が接近中です!》

 

「固定機銃、放て!」

 

 明石からの報告を受けて勇が司令を飛ばす。だがすべてが落とせるわけもなく、いくつかが鎮守府の敷地内に落とされてコンクリートを抉る。

 

《3番から9番の機銃が沈黙しました!》

 

「他の機銃を回し続けろ! 壊れたのはしょうがねえ!」

 

 すでにあるだけ敷設してある。壊れてしまったら換えがないため、放置しておくしかない。修理したいところだが、明石は艤装の修理に専念しなくてはいけない。それだけで手一杯だろうに、機銃やら砲台の修理に手が回るとはとても思えない。

 

《提督! 悪いけどそろそろ限界よ! これ以上、続けたら艤装の損傷だけでは済まない!》

 

「わかった、交代だ。次の艦隊を送る」

 

《急いで頂戴!》

 

 五十鈴のせっつくような声で通信が終わる。だが終わったと思えば次の通信先に勇はかけていく。五十鈴が通信を送ってきたということはそろそろ艤装の損傷が激しくなり始めたということだ。

 

「第二艦隊、出撃だ! 第一艦隊、下がれ!」

 

《わかりました! 第二艦隊、出ます!》

 

 その返答と共に、格納庫付近から艦娘の一団が飛び出して行く。と、同時に五十鈴たちがゆっくりと下がり始めた。

 

「明石、五十鈴たちの艤装を補修してやってくれ。第三艦隊、出撃用意だ! 第一艦隊の中から負傷したものは医務室へ!」

 

 負傷者を治療し、高速修復材を使う。場合にもよるが、怪我が軽度であるならば再出撃に備えてもらい、重度であるなら以降の出撃はなしとする。この形を作った以上、艤装自体がいくら壊れても直せばいいが、艦娘の体にガタが来てしまえば戦えなくなる。

 

 だから深追いはしないように勇は徹底して指示をした。とにかく深手だけは負わないように。

 

《提督、第一艦隊の損耗だけど、2人が離脱よ》

 

「わかった。どれくらい時間があるかはわからんが、五十鈴もできるかぎり休んでおいてくれ」

 

《了解よ》

 

 やはり離脱者は出てしまった。できるかぎり負傷により戦列に出られなくなる艦娘は抑えたいところだが、どれだけ最善の策を取り続けても限界はある。完全に被害をゼロにすることなど、土台無理な話だ。

 

《第三艦隊、出撃準備が完了しました!》

 

「別命あるまでその場で待機」

 

《わかりました!》

 

 次々に交代させることによってできるかぎり艦娘の損耗を抑える作戦。だからこそあまり継続して前線に出し続けることはせず、小まめに交代しなくてはいけない。

 

「そのままローテーションを維持するんだ。小さくでもいい。削ってくんだ!」

 

 とりあえずはこの形でうまく回っていくだろう。それ以外に抱える問題はまだあるため、いったんはこのまま様子見だ。

 

「明石、固定砲台と機銃の損耗率は?」

 

《30、いえ40%です! 北西側に敷設したものは軒並み破壊されました》

 

 内心で舌打ち。表立って舌打ちをしてしまうと、勇の感じている焦りが戦っている艦娘たちにまで伝わってしまう。

 

 上が動じている姿を見せてしまうと、下も不安になる。なのでどれだけ感情を露わにしたくとも、ぐっと堪えなくてはいけない。

 

 北西側の機銃や砲台が潰された。つまり防空網に穴が空いてしまった。

 

 それを深海棲艦が見逃さないわけがない。

 

 勇の目の前で、深海棲艦の航空隊が北西に生じた防空の穴に向かって飛来していく。しかし航空隊は鎮守府を素通りしてさらに奥へ。

 

 それを見た勇の表情は一変した。今まで焦りを表層に出さないよう心がけてきたが、そんなことは吹き飛んでいた。

 

 深海棲艦の航空隊が向かったのは北西。そして鎮守府から見て北西には商店街がある。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉお!」

 

 勇の叫びも虚しく、深海棲艦の航空隊は無慈悲にも商店街の方向へと飛んでいく。しばらくして遠くから爆音が遠雷の如く響いてきた。

 

「……」

 

 呆然となりかけた意識を無理やり引き戻す。直前ではあったが避難指示は出した。きっと間に合っているはずだ。今、やれることは商店街の人々が無事だと信じて目前の深海棲艦を討つこと。ただそれだけだ。

 

 切り替えろ。今は何も余計なことを考えるな。

 

《ごめんなさい! 第三艦隊、限界です!》

 

「……」

 

《司令官?》

 

 いつのまにかローテーションが一周していたらしい。そんなことを頭の隅で考えつつ、嫌な思考を振り払う。

 

「なんでもない。第一艦隊、出撃を……」

 

《提督!》

 

 五十鈴の悲鳴じみた声が通信機から響き渡る。何事かと思い、勇は水平線を睨む。

 

 そして見てしまった。新たに深海棲艦の打撃部隊と機動部隊が侵攻しているところを。

 

 ただでさえ主力が出撃中でぎりぎりの戦いを強いられている。そんな状況下で新手。こちらはまだ軽微とはいえ損耗している。そして打てる限りの手を打ってしまった。

 

 為す術なし。もうこれ以上に勇たちにできるようなことはない。

 

「どうする……どうすれば……」

 

 鎮守府にある装備はあらかた使い切った。艦娘たちの損傷だって沈んだ艦娘はいなくとも、負傷した艦娘はそれなりの数字が出ている。事前に敷設した機雷も先行した深海棲艦の艦隊に使い切ってしまっている。

 

 万策尽きていた。

 

 何とかしなければいけない。それがわかっていながらも、道筋が立たない。

 

 進退極まる絶体絶命の危機。だが救いの手は思わぬところから差し伸べられた。

 

 なんの前触れもなく、増援として現れた機動部隊が襲撃され、瞬く間に沈められていったのだ。

 

「なんだ……何が起きてる!?」

 

《司令、ご無事ですか?》

 

 ザザ、と流れたノイズの後に不知火の声を通信機が吐き出す。勇は呆気に取られた。

 

「不知火!? どうしてここに……」

 

《陽炎たちに戻れ、と。旗艦不知火以下5名、これより鎮守府を襲撃する敵性艦隊に対する迎撃行動を開始します》

 

 ほんの僅かにだけだが滲んだ心苦しそうな調子は直後の宣言に塗り潰された。そして宣言通りに次は打撃部隊が不知火たちによって着実に沈められていく。

 

 何があったのか詳しい事情を聞くのは後だ。それよりも今は差し伸べられた好機の手を逃すことなく掴み取らなくてはいけない。

 

 好機は気まぐれだ。こちらから歩み寄って捕まえなければ、ぷいと機嫌を悪くしていなくなってしまう。

 

 なればこそ、勇はここで打って出なくてはいけない。

 

「ローテーション中止だ。全艦隊、出撃。鎮守府を脅かす深海棲艦どもを撃退せよ。撤退する深海棲艦は深追いしなくていい。向かってくるやつは徹底的に叩き潰せ」

 

 逃げていくものを追い詰めるとろくなことにはならない。追い詰められたものが発揮する最後の悪あがきは馬鹿にならないのだ。故に逃げるものは追わず、向かってくるものは叩き潰す。

 

「鎮守府の興廃はこの一戦にあり、だ。各員、絶対に沈むな!」

 

《了解!》

 

 まだ怪我を負っていない艦娘たちが一斉に海へ飛び出していく。そして飛び出した者から手近な深海棲艦へと猛攻を加えていく。

 

 今まで抑え込んでいたもの。それは自分たちの家とも言える鎮守府に土足で踏み込み、そして荒らした怒りだ。

 

 そして今、勇によってもう抑制しなくてもいいと言われた。ならば存分に蓄積した鬱憤を晴らさずして何をする。

 

 怒濤の反撃が開始されてからおおよそ15分。鎮守府に攻め入っていた深海棲艦たちは逃げ帰るか、沈められてその姿をすっかり消していた。

 

 そこから勇はどんな指示をしたのか覚えていない。ただごくありふれたものを出したのだろう。補給と治療、そして陽炎たちへの救援。大方はそんなところか。

 

 そして不知火に鎮守府を一旦、預けるとふらふらと鎮守府から外に出た。自然と足は北西の商店街へ。

 

 何事も起きていないでくれ。ちゃんと避難指示が間に合って避難していたので、誰一人として怪我した者はいませんでした。そんな結果だけでいい。

 

 だが現実は容赦なく勇を裏切った。

 

 爆撃にあった商店街はにぎやかだった面影をまったく喪失し、瓦礫の山と化していた。

 

 それだけならばまだよかった。物的被害だけで済んだと。そう言い訳できた。

 

 しかし、そこにはためく「八」の文字が染め出しされた前掛けはなんだ? 八百屋だった建造物の前で所々が焦げているそれについている赤黒いぬめりのある液体は?

 

 弁当屋だった場所に転がる腕()()()ものらしき物体は?

 

 まだ燃え上がっている炎の中でグズグズと黒焦げになっていく肉片は?

 

「あ…………ああ…………」

 

 顔を手で覆う。見たくない。見たくない。

 

 だが1度でも目に焼き付いてしまった光景は目を塞いでも脳裏に浮かび続ける。それは勇を責め立てるように鮮烈で生々しい。

 

 何も守れなかった。何ひとつとして。

 

 ポケットの中にある通信機が鳴った。緩慢な動きでそれを取るとスイッチを入れた。

 

《やあ、竹花中佐》

 

「仙谷少将閣下……」

 

《此度の事情は聞いた。大艦隊に襲撃されたそうだな》

 

 情報が早いとは思う。さすがは少将という位にいるだけはあるのかもしれない、とどこか他人事のように勇は考えた。

 

 このタイミングで通信ということは、今回の件で市街地に被害を出した責任を取れ、とでも言われるのだろうか。

 

「はい。市街地にまで被害を出してしまい、申し訳ございま……」

 

《いや、よくあれだけの被害で抑えた》

 

「は…………?」

 

《圧倒的に不利な状況で被害をあの一画のみで押さえ込んだその手腕は賞賛に値する。後日、貴官の健闘を讃えて勲章が贈与されるだろう。おめでとう。君は英雄だ》

 

 何を言っているのだろう、この人は。そんな言葉しか浮かんでこない。批判するであろうメディアの方はこちらでなんとかするため憂う必要は無い、といった内容や勲章についてが話されるがすべて右耳から左耳へと通り抜けていく。

 

 よくわからないうちに仙谷少将は話したいだけのことを伝えたのか、別れの旨を告げて通信が切れた。力の抜けた勇の手から通信機が滑り落ち、ひび割れたコンクリートを叩く。

 

「くそったれがああああああああああ!」

 

 拳から血が噴き出すのも構わず、思いっきり加減することなく地面を殴りつける。だがその痛みすらも自分を罰してくれるものではなかった。

 




今まではね、1話当たりが4000くらいだったんですよ。
今回、なんと8000ですよ。2倍ですよ。本当にごめんなさい。読みにくいですよね。

次回も文字数がどえらいことになる予感がしますが、ご容赦をば。それでも書きたいものを私は貫きたいのです。

それではたまには次回予告を。

ーーーー良識がすべての人に備わるものならば。

どうして導かれてきたnの解法に人は手をかけるのだろう。
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