艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第7話 浴槽のミスリード

 ぐぐ、と勇が背筋を伸ばす。それから近くにあった基地内無線に手を伸ばした。

 

 

「不知火、今は大丈夫か?」

 

 

《問題ありません。どうしましたか?》

 

 

「鎮守府に大浴場があるだろ? 俺が利用できる時間はいつかわかるか?」

 

 

《司令、残念ですが大浴場は使えません》

 

 

「は? なんで使えないんだ?」

 

 

《見た方が早いですね。案内します》

 

 

「あ、ああ。よろしく頼む」

 

 

 通信が切れてすぐに不知火が部屋のドアを叩いた。相変わらず行動が早いなと苦笑をこぼしながら勇が廊下に出た。

 

 

「準備はよろしいですか?」

 

 

「大丈夫だ」

 

 

「では行きましょうか」

 

 

 不知火に案内されるがままに勇が付いて行く。ゆ、の文字か染め出されたのれんをくぐってほこりっぽい着替え場に進む。

 そのまま大浴場に続くドアを開いて、勇は絶句した。

 

 

 タイル床の目地は黒くカビらしきものが生え、浴槽は水垢が覆っている。蛇口やシャワーはまだ使えそうだが、桶などは酷い有様だ。

 

 

「……不知火、ここは使われなくなってどれくらいだ?」

 

 

「わかりません。不知火の着任したときにはもう使われていませんでした」

 

 

「ずっと別に設置されたシャワーだけか?」

 

 

「そうですね」

 

 

 入渠用の風呂は定員の都合上、最大で4人しか入れない。そして出撃して損傷を受けた艦娘が優先される。つまり、損傷していない艦娘は湯船に浸かることができないのだ。

 そういった艦娘のために大浴場が設置されているのだが、この状態では使えるわけがない。

 勇としては久しぶりに大浴場を利用して、疲れを癒そうと考えていたのだがこんなことになっているなど露ほども考えていなかった。いい加減、部屋にある備え付けのシャワーだけでは物寂しいと感じていた矢先にこんな問題が舞い込むとは思わなかった。

 

 

「不知火、これは掃除しないのか?」

 

 

「掃除のシフトはありませんから」

 

 

「少し待ってくれ。榛名と話をつける」

 

 

 上着の無線機を取り出すと執務室に内線を飛ばす。3回ほどコールをかけると榛名は出てくれた。

 

 

《なんですか?》

 

 

「榛名、この大浴場は?」

 

 

《大浴場になにか?》

 

 

「掃除してないだろ。鎮守府内の施設は清掃する必要があるんじゃないか?」

 

 

《使用しなければいいでしょう。兵器に入浴は不必要です》

 

 

「そんなことを聞いてるわけじゃない。これは掃除してもいいんだよな?」

 

 

《するならご勝手に。榛名は関与しません》

 

 

 プツン、と一方的に通信が切られた。相変わらず冷たいことだが、許可らしきものは下りてくれた。

 それにしてもまた兵器と来たものだ。勇とて頭では艦娘が兵器であるという認識をしなくてはいけないとわかっている。だが実際に接してみて、彼女たちを兵器として見ることなんて、無理だと思わされた。

 艦娘は人類を守るために深海棲艦と戦っている。兵器というのは間違っていない。だがそれと同時に彼女たちには感情があるのだ。

 そこにいる不知火だってそうだ。表情は硬いものの、コロッケをおいしいと言って食べ、大浴場の惨状を見て顔をしかめた。

 勇にできることは少ない。榛名に鎮守府運営をされている状況では特に。

 

 

 だからこそ、彼女たちの生活環境くらいはちゃんとしてあげたい。

 

 

 はあ、と深いため息を吐いた。さすがにこの惨状を片付けるのはいささか面倒だ。だが風呂は命の洗濯という言葉もある。大浴場が利用できるようになることが艦娘たちのためになるなら、そして艦娘たちに守ってもらっている人類のうち一人としてこのくらいの恩返しはしたい。

 

 

「しゃあねえ、一丁やるか」

 

 

「なにをですか?」

 

 

「掃除だよ」

 

 

 デッキブラシを両手に、腕とスラックスの裾をまくる。タイルの目地にカビ落としの薬剤を吹きかけてデッキブラシで擦り、汚れを落としていく。

 

 

「これ明らかに司令官(おれ)の仕事じゃないよなあ」

 

 

「司令がやるって言いはじめたことじゃないですか」

 

 

「いや、ここまで大変だとは思わなくてな」

 

 

「ならやらなければいいじゃないですか」

 

 

「思いの外、大変でな。だがやるのは俺の意志だよ。愚痴っぽくなって悪いな。というか不知火、お前はやらなくていいんだぞ?」

 

 

「いえ、不知火の任務は司令の護衛ですから」

 

 

 不知火もデッキブラシを使って風呂のタイル床を擦っていた。その不知火も、ローファーと靴下を脱いで、いつもつけている手袋も外している。

 不知火にとってはこれも護衛の一環らしい。まあ、この広大な風呂掃除をするのならば一人ではきついため人手がいるのは助かる。

 

 

「それにしても風呂掃除、ですか」

 

 

「なんか変か?」

 

 

「いえ。司令はなぜこのようなことをするのか、と」

 

 

「生活環境っていうのは大事だろ? だからそこを整えてるだけさ」

 

 

「鎮守府の建て直しを司令はしたいのでしたよね?」

 

 

「そうだが?」

 

 

「これは関係あるのですか?」

 

 

 まっすぐな不知火の質問に勇は手を休めずに苦笑した。不思議に思われても仕方ないだろう。風呂掃除は明らかに司令官の仕事ではない。

 

 

「俺はな、不知火。お前たちには笑っていて欲しいんだよ。確かに艦娘は兵器かもしれない。でも出撃してないときくらい兵器じゃなくたっていいだろ?」

 

 

「……司令は変な人ですね」

 

 

「不知火、お前は歯に衣でも着せたらどうだ……」

 

 

「……? どういう意味なのでしょうか?」

 

 

「いや、なんでもない……」

 

 

 不知火にザックリと刺されてダメージを受ける勇を気遣うように不知火が寄る。不知火の放った言葉が勇を抉ったのだが、無自覚らしい。

 

 

「ま、それはさておき。片付けるか!」

 

 

「はい」

 

 

 浴槽の水垢を落とし、タイルの目地に根付いたカビを浮かせて擦り落とす。桶と風呂椅子は勇のポケットマネーで大量生産品を購入し、備え付けのシャンプーやボディーソープも購入したものを洗い場に設置した。佐官である勇はそれなりに給料はもらっているため、この程度の出資はなんとかなる。

 時間はかかった。だが根気よく掃除を続けていくと、だんだん大浴場は元の姿を取り戻し始めた。

 あとは空き時間に今後の掃除シフトを作っておくことくらいだろうか。3日に1回ていどのペースで掃除すれば十分に清潔感は保てるはずだ。

 

 

「きれいになるものなんですね」

 

 

「根気と時間は必要だけどな」

 

 

 それでもこの広い大浴場はきれいになっていった。手間取った男湯に比べて慣れてきたからか、女湯の方は時間をそこまでかけずに掃除は終わった。あとは湯沸し装置を整備したら電源を入れて浴槽にお湯を満たして終了だ。

 

 

「よし。これでいいだろ。付き合ってもらって悪かったな、不知火」

 

 

「いえ、これも不知火の任務です」

 

 

「今度、何かしらの形で礼をさせてもらうよ」

 

 

「ですが任務ですので……」

 

 

「俺がしたいんだよ。まあ、借りを作りっぱなしだからな。ちょっとくらい返させてくれ」

 

 

「……ではなにか考えておきます」

 

 

「そうしといてくれ」

 

 

 不知火にどんな恩返しをしようと考えながら、ひとまずは部屋に戻った。さあ、これでようやく湯の張った大浴場が整った。掃除をしたせいで汗もかいて疲労はピークだ。あとは風呂用のタオルと着替え、バスタオルを持って男湯の着替え場へ不知火を置いてきてしまうくらいのスピードで滑り込んだ。すぐに堅苦しかった軍服を脱ぎ捨てて籠に投げ入れると、洗い場で体を隅々まで洗ってから広々とした浴槽に肩まで浸かった。

 

 

「ふぅー」

 

 

 思わず弛緩した声が漏れる。湯加減はちょうどいいぐらいだ。体に溜まった疲労がじんわりと温かい湯によって解されていく。

 

 

 なぜ艦娘が多い職場で男湯が存在するのか。もちろん女湯よりは狭いが、勇が入っているのはれっきとした男湯である。

 

 

 なぜ男湯があるか。答えは単純。これは職員用なのだ。

 

 

 今、この鎮守府には勇しかいない。榛名が勇以外の艦娘でない人間をシャットアウトしているからだ。だが本来ならば男性職員は司令だけではなく、それこそ清掃員や医務官、給養員など複数いるはずなのだ。そういった男性職員のために用意された大浴場があるのだが、あいにくと今は鎮守府にいるのは勇のみ。

 

 

 つまりたった一人で大浴場を占拠できるのだ。

 

 

「ま、こういうとこは素直に感謝しとくか」

 

 

 湯船にタオルをつけないように気をつけながら左右に揺れて鼻歌を歌う。たった一人しか利用者がいないとはいえ、マナーは守りたい。

 

 

「失礼します」

 

 

 ガラッ、と大浴場のドアが開け放たれた。条件反射で振り返ってしまい、勇はそれを深く後悔した。

 

 

「なん……しらっ、どう…………」

 

 

「? どうかしましたか、司令」

 

 

「不知火、なんでお前は裸なんだよ!」

 

 

「お風呂に入るときは脱ぐものでしょう?」

 

 

「いやそうだけどよ……そもそもなんで来たんだ! ここは男湯だ!」

 

 

「不知火の任務は護衛です。それは浴場にいても同じことです」

 

 

 不知火はバスタオル一枚のみでそれを除けば生まれたままの姿だ。急いで顔を背けて見ないようにした。急いで自分のを隠そうとしたが湯船にタオルを入れるのはマナー違反のため、できなかった。

 不知火の裸を見てしまったことはどう考えても不可抗力だ。そうわかっていても申し訳なさを感じてしまう。

 

 

「ふつう、風呂にまで護衛にくるか!」

 

 

「ですがお風呂というのは古来より暗殺の場として有名です。かの源義朝も……」

 

 

「あー、もう! うっさいわね!不知火、何を騒い、で……いる、の…………よ」

 

 

 男湯の大浴場に怒鳴り込んできたのは陽炎だった。陽炎の言葉尻がだんだんと細くなり、途切れ途切れになると遂には無言になってしまった。

 空気が凍りつく。男湯の大浴場には全裸で風呂に浸かる勇と、バスタオルで辛うじてアウトゾーンは隠れているが同じく裸の不知火、そして服をちゃんと着て絶句した陽炎。

 

 

 陽炎視点から見ると、自分の妹が裸になって同じく裸になった一応は上官である司令官と男湯にいるという状況だ。

 どう考えても誤解されること待ったなしだった。 

 

 

「こんの……ロリコン変態ペドフィリアーーーー!!!!」

 

 

「ごふぁっ!」

 

 

 陽炎の投げた桶が勇の顔面に直撃した。湯船から上がりながら下をタオルで隠しながら桶が直撃した場所を空いた手でさすった。

 

 

「待て、陽炎! これは誤解だ!」

 

 

「言い訳無用! 妹に手を出そうとした罪は重いわよ! 神妙に成敗されなさい!」

 

 

「違うっていってるだろ!」

 

 

「何が違うのよ、この少女趣味! いくら先代でも艦娘には手を出さなかったわよ! 鉄拳制裁を食らいなさい!」

 

 

 勇のみぞおちあたりに陽炎の拳がめり込んだ。だんだんと遠のく意識のなかでぼんやりと勇は考えていた。

 

 

 先代は艦娘に手を出していない……? どういうことだ? あれだけのことをして艦娘から殺されるほど恨まれていたはずなのに、艦娘に対して性的に手を出したことはなかった?

 

 わからない。それにもう勇の意識は持たなかった。ふっと闇に飲まれて勇はブラックアウトした。

 




お風呂は大事。はっきりわかんだね。

食堂改革と比べてずいぶんとあっさりしたものでしたが、そもそも掃除するだけで片付く問題なのでしょうがないです。
それにしても「ロリコン変態ぺドフィリア」の語感が良すぎませんか? 言わせといてあれですけどセリフ自体はひどいのにこの言いやすさはなんでしょうね。
よくわかんないって人は言ってみてください。もれなく周りから不審者扱いされます。警察を呼ばれるおまけ付きかもしれません……w
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