艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第9話 不可視のトーチャー

 明石の部屋を出て、またしてもあの細い通路ともよべない隙間をゆっくりと時間をかけて抜けると、ようやく一息つくことができた。

 

 

「このゴタゴタを片付けるにしても1日やそこらじゃ難しいな」

 

 

 ぐぐっと伸びをすると身体中の骨がバキバキと鳴った。いかんせん使われていない装備が多すぎる。それらが山のように積んであっては片付けるにも一苦労だ。

 

 

 気づけばもう夜。工廠に向かったのが夕方だったので当然といえば当然だ。

 

 

「明石……」

 

 

 奥の部屋で見つけた明石のことを勇は思い出さずにはいられなかった。

 明石は完全に酒で酔い潰れていた。だが意識は途中まではっきりしていたし、言っていることも支離滅裂ではなかった。

 

 

 なにより最後の言葉が引っかかって仕方ない。

 

 

「どんな顔して、か。先代の時になにがあったんだ……」

 

 

「終わったんやな? お疲れさん」

 

 

 工廠を出るとすぐに声をかけられた。虚を突かれた勇は一瞬、怯んだが声をかけた人間は誰かと探した。

 その声の持ち主はすぐに見つかった。黒髪ショートの少女が工廠の出入口の脇で背中をもたれさせていた。

 

 

「っと……黒潮、だったよな?」

 

 

「お、正解や。まったく話したことないのによう知っとったなぁ」

 

 

「名簿か何かで顔写真があった。覚えてたのはまあ、ぶっちゃけると偶然だ」

 

 

「素直なんはええことや」

 

 

「どうも。で、黒潮はなんでここに?」

 

 

「聞かんでもわかっとることを聞くんは愚問やないの?」

 

 

 試すような笑みを浮かべて黒潮が勇の顔を覗き見た。

 いや、事実として試されているのだろう。どうしてここにいるか当ててみろ、といったところか。駆逐艦と侮れない。なかなかどうして賢しい。

 だが試されている以上は答えなくてはいけないだろう。それも黒潮が求める答えを正確に言わなくてはいけない。

 

 

 全力で頭を回転させる。時間はかけられない。制限時間がどれくらいかはわからないが、黒潮が設定したそれはあまり長いとは思えない。

 

 

「……不知火の交代要員か?」

 

 

「正解や。ぼちぼち切れるみたいやなあ」

 

 

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

 黒潮がぴゅうっ、と口笛を吹いた。それから両手のひらを打ち付け合ってパチパチと拍手をする。

 余裕そうな表情で黒潮の賞賛を勇は受けていたが、内心では冷や汗が大量に噴出していた。よくぞ答えが出せたものだと本気で思っていた。

 勇は工廠に行くと告げたのは榛名だけ。そして護衛を付けたがっているのは榛名だ。けれど不知火は出撃シフトで外している。代わりになりそうな陽炎は謹慎処分となっているため黒潮にお鉢が回ってきたのだろう。

 

「お前は俺を責めないんだな」

 

「ん? ああ、あのことか。どーせ不知火が任務とかいって突入してきたからあんたが焦って大声を出してもうたとこに陽炎が運悪く居合わせたとかやろ?」

 

「その通りだよ。榛名から説明でもあったのか?」

 

「ない。ただ、あんたが風呂場で陽炎に殴られて気絶したゆうことだけ。後はウチの想像や。でも当たっとったみたいやしなぁ」

 

 当たりも当たり、大当たりだった。姉妹だからだろうか、だいたいこういう行動を取るだろうという予想は付けられたのかもしれない。

 

「で、や。見たんやな?」

 

「補語を付けてくれ」

 

「言わんでもわかっとるんやないの?」

 

「……明石のこと、だろ」

 

「せや。あんたもけったいな人やなぁ。わざわざ面倒ごとに突っ込んでくなんて」

 

 ケラケラと黒潮が笑う。なんとも他とは違ったタイプだ。ストレートに敵意をぶつけてきた陽炎。敵意をぶつけるわけでもなく淡々と任務をこなす不知火。奥が読めない榛名。

 黒潮は全く違う。露骨に敵意を出したりはしない。こちらを常に試すような会話をしてくる。

 

「黒潮、お前は何か知ってるのか?」

 

「ウチはなーんも知らんよ」

 

「知らないが薄々、察していると」

 

「……評価を改めよか。あんたは切れもんや」

 

「明石のこと、としか俺は言っていないのに面倒ごとって断定しただろ」

 

「なるほどなぁ」

 

 笑っているところを見ると、やはり黒潮によって敷かれたレールらしい。ようやくもたれさせた背中を黒潮は離した。

 

「教えてくれ。どこまで気づいた?」

 

「教える義理はないなぁ。ま、せいぜい気張りや」

 

「じゃあ、別のことだ。黒潮、お前が俺の護衛を受けたのはなんでだ?」

 

「これ受けとけば今日の遠征シフトから外れてサボれるからや」

 

 最後まで人を食ったような態度で黒潮との会話は幕が切れた。ほな行こか、と黒潮が言ってその足が食堂に向けられた。

 と、思った瞬間に黒潮が足を止めた。

 

「なかなか面白い時間やったしなあ。ヒントだけはあげるわ」

 

「ヒント?」

 

「せや。工廠はすべて見てみ。あんたが見つけた明石はんの部屋は氷山の一角にすぎんで」

 

 結局のところ何がやりたかったのかわからない。だが、もう黒潮は足を止めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はもう遅かった。だから翌朝に勇は再び工廠へと赴いた。今日はシフト外のようで、不知火が護衛役についている。

 

「不知火は工廠の中に入らないでくれ。ここで待機だ」

 

「……司令、聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「なんだ? 俺に答えられる範囲ならいくらでもいいぞ」

 

 珍しいな、と思いながらも不知火の質問を待つ。引き止めたことも珍しいし、質問というのも珍しい。

 

「司令は工廠で何をするつもりですか?」

 

「この中に明石って艦娘がいるのは知ってるか?」

 

「はい。姿を見たことはありませんが」

 

 不知火がうなづいて肯定。明石がいる、ということは知られていてもその実態を知る艦娘は少ないということなのだろう。おそらくだが、黒潮は例外中の例外だ。

 

「明石は苦しんでる。だから少しでもいいから楽にしてやりたいんだ」

 

「司令はどうして艦娘(わたしたち)にそこまでするのですか?」

 

「……難しいな」

 

「難しい、ですか」

 

「俺もなんでかはわからん。まあ、一つ言えることがあるならお前たちが兵器には見えないってことかな」

 

「では司令の目にはどう映っているのですか?」

 

「戦ってない時は、いろんな感情に揺れる女の子、だな」

 

「女の子ですか? 兵器に対して」

 

「確かに役割は兵器かもな。だからと言って本質まで兵器になる必要なんてないと俺は思う。そんだけだよ」

 

 嘘偽りのない本音だった。勇の中では彼女たちが兵器だと頭で理解していても、他は違うと否定の声をあげているのだ。できることはあまりないかもしれない。けれど明石が目の端に浮かべたものは他言するつもりがなくとも、脳裏にくっきりと刻み込まれていた。

 

「もう終わりか? なら俺は行く」

 

「もしも工廠内で何かあった場合はお呼びください」

 

「了解」

 

 不知火が相変わらずきっちりとした敬礼をして勇を見送る。ちゃんと返礼をしてから勇は工廠へと踏み込んだ。

 

「黒潮が言ってたのは……こっちか」

 

 明石の部屋へは狭いながらも通路らしきものがあった。だが反対側はそんなものすらなく、ぎっちりと使われない装備が詰まっている。

 

「……上等!」

 

 自らを奮い立たせるために、両頬をバチッと手で叩くと行く手を遮る装備の山を切り崩していく。黒潮もこの山を何かしらの方法で突破したのだ。ならば大の大人である勇が突破できないなんて理屈はない。

 

 人が1人、やっと通ることができるような間を作っては奥へ進むことを繰り返す。骨の折れる作業ではあるが、やってやれないことはない。

 

──提督さん、なにやっているのです?

 

「この声は……妖精さんか。初めて鎮守府に来たとき以来だな」

 

 勇の肩にちょこん、と小人のようなサイズの妖精がいつの間にか座っていた。明石の部屋に行く時は出てこなかったが、今回は出てきてくれたらしい。妖精は気まぐれだと言うが、それは本当のことらしい。

 

──どうもなのです。この先に行きたいのですか?

 

「ああ。難しいか?」

 

──覚悟はあるのです?

 

「覚悟?」

 

──全てを知る覚悟です。明石さんのことを。彼女が背負っているものを。

 

「……わからない。だが俺は明石のことを見捨てたくない。だから知らなくちゃいけないんだ」

 

 妖精が目を閉じて押し黙る。無限にも思える一瞬が流れると、妖精はゆっくりと目を開いた。

 

──その覚悟、受け取ったのです。さあ、そこを退くのです。われわれがちょちょいのちょいで片付けてあげるのです。

 

「われわれ……?」

 

 勇の肩に乗っていた妖精がふわりと床に飛び降りると、どこに隠れていたのかわからないが、他の妖精たちがわらわらと集合し始めた。

 

──妖精パワーはダテじゃないのです!

 

 それ以外の指示はなかった。だが勇の肩に乗っていた妖精がそう一声かけるだけで、他の妖精たちが一斉に動き始め、あれよあれよという間に装備を片付けていく。

 

「すごいな……」

 

──われわれは艦娘さんの装備に関してならお茶の子さいさいなのです。さあ、提督さん。道ができました。

 

「ありがとう」

 

──代わり、と言ってはなんですが明石さんのことは任せるのです。

 

 妖精がつぶらな瞳に真剣味を宿らせて勇を一心に見つめる。そんなことをされなくとも勇の答えは決まっていた。

 

「任せろ」

 

 妖精が作ってくれた道を勇は進む。鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしてもあそこまで妖精が念押しをしたということはろくなものは出ないだろう。

 

 そう思っていた勇の右斜め上を現実は行った。

 

「なんだ、これ……」

 

 これでも清掃したのだろう。だが床や壁に残るドス黒い血染みはここで起きたことの凄惨さを物語っていた。

 壁の血はまるで引っ掻いた跡のようだ。壁が傷ついているところを見るに、爪が剥がれて流血してもそのまま引っ掻き続けたのだろう。

 床の日焼け跡からここにはベットが置いてあったはずだ。ベルト付きで人を縛りつけることのできるベットが。

 

 そして壁際に転がる埃の積もった()()が勇の疑惑を確証へと変えた。

 

「注射器…………」

 

 半ばから真っ二つになった注射器を勇は持ち上げた。ぶるぶると震える手からすぐに注射器は転がり落ちて、甲高い音を出した。

 

 鎮守府に着任する前、勇は言われたはずだ。艦娘への投薬がこの鎮守府にはあったと。身体能力を向上させ、戦果の効率化を図ったという事実があると聞かされていた。

 ここまで来てしまえばもうあとは早かった。

 

 明石の「どんな顔してみなさんに会えばいい」という言葉。そして工廠で行われていた艦娘への投薬による強化。

 

「明石は……艦娘の投薬強化に関わっていた。いや、関わらせられていた。先代の命令で」

 

 この事実を今いる鎮守府の艦娘たちが知らないのは当然だ。当時を知る艦娘はもういない。今いる艦娘たちは先代がいなくなってから榛名が立て直すために建造を指示して作られた艦娘ばかりだからだ。

 

 おそらく明石を除いて他は全て沈んでしまった。明石は非戦闘艦だったこともあって生き残ったのだろう。

 黒潮だって当時からいたわけではない。だから本人は「察した」という言い方をしたのだろう。

 

「明石、お前が外に出たくないのはこういうわけか……」

 

 携わってしまったがゆえの罪悪感。これが明石を縛りつけているものだ。

 




明石さんが重い。どんだけのもん抱えてんですか。
そして思ってたより黒潮が黒い。いや変な意味ではなくて。

いつの間にかUAも3000を突破してバーにも色がつきました。本当に読んでいただいてありがとうございます!このペースを維持してさくっと完結できるようにがんばりたいですね。個人的には夏休み入るか入らないくらいで完結させたいです。そんなに話を伸ばさなければ10万文字いかないくらいで片付くでしょう。たぶん。
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