俺と一夏がそれぞれの国でISを起動させてから3日が経過した。
世間は突如として現れた俺達二人の話題で持ちきりになっており、俺達の事を少しでも知ろうと世界各国の報道関係者の人達がインタビューをしようと研究所の前で待ち構えているが、俺が思うに報道関係者の人達以上に忙しいのはそれぞれの国のIS系のメーカーに勤務している人達だろう。
現に研究所では特例として認められ、2週間後に行われる事が決定したIS学園の入学試験に間に合うようにスカイ・ブレードの調整と、俺専用のISスーツ開発の為に研究員の人達は慌ただしく動いている。
それに付随して特例の入学試験を受けられる事が決まった瞬間に『高度な政治的判断』という名のゴリ押しによって半年早い俺の中学卒業が決まったので、入試に向けて本格的なISの専門知識と一般教養関係の勉強を同時進行で進めている。
もっとも、各種調整作業との兼ね合いがあるので許可をもらって母さんに
なんでも一部の調整は俺が直接機体に搭乗しないと出来ない物もあるらしく、そういった時は内線で呼んでもらって一般研究区画に向かい、調整を終えたら個人研究室で勉強の続きを行うというのをここ3日ほど繰り返している。
なお、友人一同にはISの勉強や機体の調整で忙しくなるので緊急の用件以外では来所しないように言い含めておいたし、インタビュー目的で研究所に来所してくる報道関係者の方々には帰宅する前にまとめて受けさせてもらう事を伝えるように受付の人に頼んであるので、勉強を中断して直接話をするとすれば、ISを起動させた時にも話をしたスポンサーや政治家の人達が電話で話せない何か重要な案件を伝えに来た時くらいだろう。
プルルルル…………プルルルル…………
「はい、もしもし」
『ああ、アルバート君? 正面受付だけど、代表候補生のセシリア・オルコットさんがキミにお願いがあるって言って来所してきたの。アポイントは取ってないみたいなんだけど、通しちゃっても大丈夫かな?』
そんな風に考えていたのだが、意外なところから面談希望者が現れた。
代表候補生というのはその名の通りの意味で、モンド・グロッソをはじめとした国際的なISの行事に出場する国家代表IS操縦者の候補生の事だ。
セシリア・オルコットさんもイギリスの代表候補生の一人であり、彼女はその代表候補生の中でも選りすぐりのエリートである専用機持ちだ。
専用機の名前は『ブルー・ティアーズ』。俺の専用機となった『スカイ・ブレード』の姉妹機で、イギリス製第3世代ISの1号機でもある。
当然母さんも機体の開発に係わっていたので、弁当を届けに行った時にはオルコットさんと会う事もあったし、その時から話をする程度の交流はあったが、初めて話をした時に理由は不明ながら疎ましく思われているのがわかった為、それ以降は話をした回数そのものを最小限にとどめておいたので、関係としては知り合いの域を出ていないはずだ。
(そのオルコットさんからのお願いか。十中八九ISを起動させた事絡みだよなぁ……)
世間を騒がせている真っ只中のタイミングで来た以上、他の用件で来所したとは考えられない。あまり待たせても悪いので、了承しておいた方がいいだろう。
「ええ、大丈夫です。通してあげてください」
『わかったわ、すぐにそっちに向かうように言っておくわね。それじゃ』
面談の了承を伝えて通話を終えた後、研究室内の簡易キッチンスペースに向かって電気ケトルのお湯の残量を確認する。
(うん、これだけあれば二人分のお茶くらいは淹れられるな)
ケトルの中には8割程のお湯が残っていたので、それを使ってお茶の準備を進めておく。
ビィーッ
ティーポットにお湯を注ごうとしたところで来客を知らせるブザーが鳴った為、お茶の準備を中断して扉のロックを解除する。
「失礼いたしますわ、アルバートさん」
「こんにちは、オルコットさん」
圧縮空気の抜ける音と共にオルコットさんが研究室内に入ってきたので、挨拶を交わす。
「あと少しでお茶の準備が終わりますから、少し座って待っていてくれませんか?」
「お茶は結構ですわ。わたくしとしては、すぐにでも用件を済ませてしまいたいので」
「はぁ、わかりました」
そう言ってオルコットさんはソファに座るので、俺もお茶の準備を止めて対面に座る。
「それで、何かお願いがあるって事ですけど、どういった内容でしょうか?」
「簡単なことですわ。わたくし、あなたに模擬戦を申し込みに来ましたの。出来る事ならば今すぐにでも始めたいのですが、いかがでしょうか?」
内心でかなり緊張しながら来所理由を問いかけてみたところ、思わず見惚れてしまう満面の笑みを浮かべながら、オルコットさんはとんでもない提案をしてきた。
「えーっと……模擬戦の申し出そのものは非常にありがたいんですが、機体の調整もISスーツの製作も終わってないので、流石に今すぐは無理です。母さん達に作業完了までどれくらい時間がかかるか確認するので、少し待っていてくれますか?」
独断で模擬戦の予定の組むのはまずい気がするが、IS学園の入学試験では操縦適性調査を兼ねて実機を使用した模擬戦が行われると聞いたので、ISを使った実戦の勘を少しでも掴む事を優先するならオルコットさんの申し出は受け入れておくべきだろう。
もっとも、今のところ俺が確実に起動させる事が出来る機体は現在調整中のスカイ・ブレードだけなので一言断りを入れておく。
「………そういう事ならば今すぐにというのは諦めますが、わたくしにも予定があるのでアリス博士に連絡を取るのなら早くしていただけると助かりますわ」
「わかりました。少し待っていてください」
俺からの返事を聞いたオルコットさんは憮然とした表情でそう言ってきたので、席を立って共同研究室に内線をかける。
プルルルル……
『どうしたの、アル。教本の内容で何かわからないところでもあった?』
1コールで母さんが内線に出たので、オルコットさんを待たせないように即座に本題に入る。
「それとは別の要件。今オルコットさんが部屋に来て、出来るだけ早く模擬戦をしたいって言ってきたんだ。IS学園の入学試験でも模擬戦をやるみたいだから提案を受けようと思ってるんだけど、スーツも機体もまだ調整が終わってないから、作業完了までどれくらい時間がかかるか確認しておきたいんだけど………まずいかな?」
『大丈夫よ。折を見てセシリアちゃんには私達からの正式な依頼として模擬戦の相手を頼む為に連絡しようと思っていたから、アルが気にする必要はないわ。…………そうねぇ、スーツの方はあと一日、機体の方は二日あれば調整作業は終わるから、模擬戦をするならそれ以降の日にしてちょうだい』
どうやら調整作業はそれなりに進んでいるらしく、そこまで時間はかからないようだ。
「わかった。詳しい日程が決まったら、もう一度連絡する」
『頼むわね。……模擬戦、頑張りなさい』
母さんからの励ましを最後に内線が切れたので、俺は受話器を置いてソファに戻る。
「お待たせしました、オルコットさん。ISスーツはあと一日、機体は二日あれば調整が終わるとの事です」
「そうですか。では……模擬戦は3日後の午後3時に行うとしましょう」
オルコットさんにそう告げると、胸ポケットから手帳を取り出して中のページをいくつか確認した後でそう言ってきた。
(3日後って……この話し合いの後で量産機を起動させられたとしても、相当厳しいぞ)
スカイ・ブレードの調整完了まで二日かかる以上、確実に実機を使用した訓練が出来るのは多く見積もっても12時間程度。もしも量産機を起動させられなかった場合、その時間の中で最低でもIS操縦の基礎を覚えきらなければならなくなるし、量産機を起動させる事に成功してある程度基礎機動を覚える事が出来たとしても、格上である代表候補生を相手にする事を加味すると、俺の方が不利どころかまともな模擬戦になるかも怪しいところだ。
恥も外見も気にしないなら、ハンデとして基礎機動を完全に習得できるだけの時間をもらってから模擬戦に望んだ方が明らかに利口だし、僅かではあるが勝率も上がるだろう。
(けど、ここでゴネて元から低い俺の評価をさらに落とすってのもやりたくないからなぁ……)
初対面の段階で何故かかなりの悪印象を持たれていたので、これ以上印象を落とすようなことはしたくない。無謀なのは十分承知しているが、悪印象を少しでも改善するためにも提示された条件で模擬戦を受諾するとしよう。
「わかりました、3日後の午後3時ですね。母さん達には俺の方から伝えておきます」
そう言って模擬戦の時間を了承すると、オルコットさんの表情が一層険しくなる。
「……あなた、自分が言った言葉の意味を理解しておりますの? もっと他に言うべき言葉があるのではなくて?」
オルコットさんが険しい表情を浮かべたままそう問いかけてくる。この反応からすると、どうやら俺の返答が気に入らなかったようだ。
「猶予期間が短いので、模擬戦を行う事そのものが無謀だっていうのは言われるまでもなく理解してますよ。ただ、代表候補生の人と模擬戦を行うチャンスなんて滅多にないですし、入学試験対策の為にも強い人とは一度は戦っておきたいんです。それにこう見えて武術の経験がありますから、そっちの技術を応用すればある程度は何とかなると思います」
俺が修めている流派の篠ノ之流は『
その為、篠ノ之流門下生だった俺・一夏・箒さんの3人に限っての話になるが、記録映像を見ればISでの戦闘中に篠ノ之流のどの型を使うのが有効か知る事が出来るし、やろうと思えば公式戦での千冬さんの動きをそれなりにトレースする事も可能なので、単純にISでの戦闘のノウハウを知る事に関してはそこまで難しくないのだ。
「随分と修めている武術に自信がおありのようですが、所詮は通常の武術。どのような流派であろうとISを用いる上で活かせる技術など僅かだという事をその身をもって理解させてあげますわ。それと今の内に言っておきますが、実力がないからと言ってわざと負けるような事をしたら、わたくしの小間使い――いえ、奴隷になってもらいますわ。一度しかISを動かした事がない割にかなりの自信をお持ちのようですから、嫌とは言いませんよね、アルバートさん?」
そう言って微笑みを向けてくるオルコットさんの目は一切笑っておらず、戦意を
「真剣勝負で手を抜くほど腐ってませんし、そもそもこっちはISの操縦に関しては素人ですからね。使えるものは何でも使って試合に臨まないと真っ当な模擬戦にすらならないでしょう。その提案は無意味ですよ、オルコットさん」
気圧されないように目に力を込めながらそう言い、オルコットさんと視線を交わす。
「っ!? ……その心がけだけは褒めてあげしょう。ですが、3日後は絶対に勝たせていただきますわ」
「こっちも一方的な試合にならないように、出来うる限りの手を打って足掻かせてもらいますよ」
「ええ、その成果ごと叩き潰して差し上げます。……用件も済みましたし、これで失礼させていただきますわ」
オルコットさんは最後にそう言うと、席を立って研究室を出ていった。
「…………あ~、緊張した」
センサーの範囲内に人がいない事を感知した扉が自動的に閉まり、オルコットさんが戻ってくる気配がない事を実感すると、話をしていた時の緊張感が一気に弛緩し、つい独り言を漏らしてしまう。
緊張していた理由はオルコットさんが代表候補生である事も一因だが、それ以上にISを起動させる以前から惚れている女性と1対1で話をしていた事の方が大きい。
具体的にいつ惚れたのかと言うと、彼女がブルー・ティアーズの専属操縦者になる事が決定し、機体のフィッティングとパーソナライズを行う為に研究所に来所してきた半年前まで
オルコットさんが来所する前日――その日は土曜日だった――に母さんが泊まり込みで作業をしていた為、その時も俺がISを起動させた時と同じように夜食と着替えを持っていき、翌日の日曜に弁当箱などを回収する為に研究所に向かったところ、偶然オルコットさんの来所時間と重なった結果、正面受付で鉢合わせする形になったのだ。
そこで彼女に一目惚れをしたのだが、いきなり告白するような度胸は持ち合わせていなかったため、その場は軽い挨拶と自己紹介を交わし、個人用研究室のある棟へ向かった事がなかったオルコットさんを母さんの個人用研究室へ案内するだけにとどめておいた。
もっとも、オルコットさんは機体の受領を済ませた後で話しかけてきてくれたので内心小躍りしながら話をしていたのだが、話をしている内に理由は不明ながらオルコットさんの機嫌が悪くなっていき、話が終わる頃には疎ましく思われているのがわかってしまった為、それ以降は内心寂しい思いをしながら必要最低限の会話にとどめていたのだが、この分だと悪印象を強めてしまったような気がしてならない。
(けど、その事を気にしすぎて模擬戦に集中できないってのはもっとまずい。……まずは母さんに模擬戦の詳しい日時を報告して、量産機を動かせるか確認するところから始めるか)
そんな事を思いながら、俺は3日後の模擬戦へ向けた準備の為に共同研究室へ内線をかける事にした。
◆◇◆ ◆◇◆
個人用研究室を去り、帰宅する為に研究所の駐車場へ向かっているセシリア・オルコットの機嫌はすこぶる悪かった。
不機嫌の原因は自らの専用機であるブルー・ティアーズを受領した時からの顔見知りであり、3日前に突如として時の人である男性IS操縦者の一人となったアルバート・ウィルソンにある。
(何なのですかあの態度は!? 猶予期間が短い事を理解しているのならそれに異を唱え、模擬戦を行う日時を少しでも先に延ばすよう交渉すればいいというのに、わたくしの顔色をうかがって自身の不利を平然と受け入れ、あまつさえISの操縦に関して素人だと認め、模擬戦を行う事自体が無謀だと理解しているにも関わらず妙な自信を持っている。……まったくもって理解できませんわ!!)
話し合いをしていた時にアルバートがとった不可解な行動とあまりにちぐはぐな言動が理解できないのも機嫌を損ねる原因の一つではあるが、セシリアにとってはその事以上にアルバートの存在そのものが気に入らなかった。
彼と初めて会ったのは代表候補生に就任し、自身の専用機となる事が決定したブルー・ティアーズを受領する為にこの研究所に来た半年前からの付き合いになるが、アルバートの姿を初めて目にした時の第一印象そのものは自分の理想の男性像――他者に媚びず、常に強い意志を持っている事――に近いと感じた為、そこまで悪くはなかった。
しかし、機体の受領を済ませた後に話をしてみたところ自分の顔色を
だが、先程話をしていた時にはセシリアの提案を一蹴した上で、初めて会った時と同じ『他者に媚びる事無く、強い意志を秘めた瞳』を向けてきた事に僅かとはいえ驚かされてしまった。
(お父様のように他人の顔色を窺うような言動をしているかと思えば、わたくしの顔色を全く気にせず自分の意思をまっすぐに伝えてくる事もある。……どちらがあなたの本当の顔なのかはっきりしてほしいものですわ!!)
それがますますセシリアの感情を刺激し、アルバートに対する怒りを募らせる直接的な原因となっていた。
(こうなったら3日後の模擬戦で手も足も出させずにボコボコにして、二度と生意気な事を考えないようにさせてあげますわ!!)
自身の理想の男性像としての面と、その真逆の存在である亡き父と同じ情けない男としての面を連続して見せられた事に対する八つ当たりとして3日後に行われる模擬戦でアルバートの打倒を決意するセシリア。
外に出た途端、アルバートが出てきたのかと思いカメラを持ちあげ、セシリアだとわかった落胆するようにカメラを下げる各国の報道陣に腹を立てながら研究所の駐車場に停車しているロールスロイスに向かうと、幼馴染であり自身の専属メイドでもあるチェルシー・ブランケットがいつもの微笑みを浮かべながら扉のそばで控えていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ええ。ただ今戻りましたわ、チェルシー」
チェルシーはいつものように挨拶をしながら扉を開くので、それに答えながら乗車する。
扉が閉まり、自身の話し相手としてチェルシーが隣に座ると、その事を確認した運転手がエンジンをかけて車が動き出す。
「3日後の午後3時に研究所でアルバートさんと模擬戦を行う事になりましたから、時間に間に合うよう移動の手配をしておいてちょうだい、チェルシー」
「……その時間は休暇となっていたはずですが、よろしかったのですか?」
チェルシーは主であるセシリアの専属メイドなのでスケジュールは一通り把握しており、今のところその日の午後は全て休暇に宛がわれている事もあり、念のために確認を取る。
「相手は世間の注目を浴びている男性IS操縦者ですが、所詮はISを起動させただけの素人。すぐに倒して休暇を満喫させてもらいますから心配ありませんわ」
「かしこまりました。では、そのように準備を進めておきます」
セシリア自身、代表候補生に就任してからも持ち前のISへの適性の高さに慢心せず、常に努力を続けて最新鋭機であるブルー・ティアーズの専属操縦者に選抜されたという自負があったし、チェルシーも主の努力を身近で見ていただけに、セシリアの発言に対して疑問を感じなかった。
それ故、先の発言の中に無意識とはいえアルバートに対する驕りが含まれている事に気付かず、セシリアは通常通りのトレーニングをこなすだけだった。
そんなわけで、今回はここまで。次回はアル側の準備と、実際の模擬戦の話になると思います。
第一話のあとがきでも書きましたが、今のところストックがないので次回の更新がいつになるかは未定となっており、気長に更新をお待ちいただけると助かります。