それでは、本編をどうぞ。
やるべき事がはっきりしていると時間はあっという間に流れていき、とうとう模擬戦の日がやってきた。
ビットの統計取りから始めたオルコットさんの戦術解析については半年分という量の多さに苦労させられたが、昨日の夜の内に何とか終わり、ここ半年の間にオルコットさんが使ってきた戦術については9割方理解できたし、それに対応する戦術も考えた。
おまけに何度も映像を見ている内に彼女がビットが動かす時のクセらしきものも把握できたので、後は実際の試合でリアルタイムで対応していくのみだ。
基礎機動も戦術考察を終えた後で時間が許す限り訓練した甲斐あってなんとか全種類覚える事が出来たものの、使いこなしているレベルにはなっていないので少々不安だが、模擬戦開始まで8時間程度しか残っていない為、訓練後の休憩時間などを考慮すると妥協するしかない。
武装の展開も初心者用の武装名を発声しながら展開する方法を使えば100%展開できるようになったし、待機形態から戦闘形態への移行についても特定動作の補助を用いたイメージ補強を使えば確実に移行させる事が出来るようになったので、何とか戦えるはずだ。
ただ、模擬戦対策として実機訓練の時間を増やしたり、戦術解析に時間を消費した代償として一般教養の学習が遅れている為、模擬戦が終わったら急いでその分の勉強をしなければならないし、操縦訓練も
それにここ数日は訓練とインタビュー漬けだったし、忙しいのはしばらくの間変わらないだろうから、リフレッシュの為にもどこかで休みが欲しいところだ。
「……特別入試が終わったら、1日オフを貰えないか訊いてみるか」
それまでは我慢しようと思えば可能だが、2週間以上休みなしは流石にきついので、折を見て政府の人と交渉するとしよう。
現在時刻を腕時計で確認すると、午前7時15分。研究所までは徒歩10分程度の距離なので、今から向かえば模擬戦のアップを始める前に勉強をする時間がとれるはずだ。
(待機形態が腕時計になってくれたのは助かったな。普通は何かしらのアクセサリーになるらしいけど、これなら日常的に身につけてても違和感ないし)
昨日の昼頃にスカイ・ブレードの調整が終わったので、早速フィッティングとパーソナライズを行い、
見ようによっては女性用腕時計っぽく見えてしまうデザインだが、女性用の機体を調整した名残と考えればある程度納得できるので、その事については殆ど気にしていない。
機体同様にISスーツも
上半身用のトップスと膝下までのスパッツのようなボトムにわかれたセパレートタイプになっており、まずないとは思うが、襲撃を受けた時に備えてISスーツは服の下に着込んでいる。
「それじゃあ、とっとと研究所に行くとするかね」
念のためにガスの元栓と戸締りを点検し、全て問題がない事を確認した後、玄関に鍵をかけて研究所へ向かう事にした。
◆◇◆ ◆◇◆
研究所に着いた後は遅れてしまった分の一般教養系の学習を少しでも進め、昼に軽く食事を取った後は、ウォーミングアップと基礎機動の復習を兼ねて少しアリーナ内を飛んでおいた。
そうして体も温まり、機体も待機形態に戻して待っていると、約束の時間まで後5分程になったところでオルコットさんがアリーナにやってきた。
「こんにちは、オルコットさん」
「ええ。こんにちは、アルバートさん。……時間も惜しいですし、すぐにでも始めてしまいたいのですが」
お互いに挨拶を交わすと、オルコットさんが即座に模擬戦の開始を提案してきた。
「わかりました。よろしくお願いします」
「ええ、叩き潰して差し上げますわ」
その提案を了承すると、やる気に満ちた声が答えが返ってきた。
それと同時に彼女の左耳についているイヤーカフスが光の塊と化し、その直後にオルコットさんの身体全体がISの量子変換時独特の白光に包まれる。
(こうして発声や特定動作の補助なしで普通に展開してるところを見せられると、年季の差を思い知らされるな)
オルコットさんは代表候補生なのでこれくらいの事はやれて当たり前なのだろうが、ISを動かせるようになって1週間に満たない俺からすれば未だ高みにある技術をあっさりとこなしている姿を見せられると、彼我の技量と訓練時間の差を否応なく理解させられてしまう。
(けど、これからその人と一戦交えるんだ。今の俺が出せる全力でかからないとな)
落ち着く為に一度目を閉じて深呼吸をした後、待機形態として左腕を胸のあたりまで持ち上げ、腕時計を右手で掴んで左手首を回す。
その動作によって戦闘形態に移行するスカイ・ブレードのイメージを補強し、腕時計は光の塊となってから俺の全身を包み、本来の姿である空色のISアーマーに変化していく。
光が完全に収まると、俺はスカイ・ブレードを纏って地面から数センチ浮いており、視界の端には武装用エネルギーとシールドエネルギーの残量、自機の簡易パラメータが表示されていた。
「それがあなたのISですか」
そう問いかけてくるオルコットさんもブルー・ティアーズの展開を終えており、いつでも模擬戦を始められる体制になっていた。
「ええ。機体名はスカイ・ブレードといいます。開始の合図はどうしますか?」
『それに関しては観測側で合図をするから、二人は気にしなくて大丈夫よ』
オルコットさんが模擬戦を開始する為に20メートルほど距離を取り15メートル程浮き上がったので、俺もそれに
「……どうやら合図を決める必要はないようですわね」
オルコットさんはそう言いながら左手を肩の高さまで上げた後、腕を真横に突き出す。
その動きだけで彼女の左手には
――警告 敵ISのセーフティ解除を確認。武装の展開を推奨――
おまけにいつの間にか
「ブレード、ダスト、
流石にそれは勘弁してほしいので、俺も武装を展開する。
簡略化したとはいえ武装名を発声しながら展開を命じたので、コマンドに従って右手にサブマシンガン《スターダスト》が、左手にバスタードソード《スカイ・ブレード》が展開され、同時に二つの武装の安全装置が解除。いつでも模擬戦を始められる状態になる。
『二人とも準備は出来たみたいね。それじゃあ…………始め!!』
声がかかったのと同時にブーストを吹かせてオルコットさんに近づこうとするが、彼女も全速力で後ろに下がったので距離はそれほど詰める事が出来なかった。
「その装備を見るに、あなたの機体は近接格闘型。近づこうとしてくる事などお見通しですわ!! さあ、わたくしとブルー・ティアーズの奏でるワルツで踊りなさい!!」
オルコットさんはそう言うと、
ISの持つ基本機能である全方位視界接続でビットの大まかな位置を把握し、統計データに従って最初に攻撃してくるビットがどの位置の物かあたりをつける。
(右斜め上後方65度、左斜め下30度、右斜め下80度、左斜め上前方40度!!……最初に攻撃が来るとしたら、右斜め上後方!!)
統計を取ったデータによると、オルコットさんの操るビットは9割以上の確率でより確実にダメージを与える為に、対戦相手の反応が最も遅れる角度にあるビットから攻撃してくる事が解った。
このデータが取れた理由として考えられるのは、通常生活での視野とISを纏っている時の視野に大きな差があるからだろう。
ISを纏っている時は360度全方位を見渡す事が可能だが、それが『全方向で起こった出来事に即座に反応できる事を保証するか』と訊かれると、疑問が残る。
何故なら操縦者がISを展開せずに普通に生活している時の視野はおおよそ前方の左右120度、上60度、下70度の間なので、ISを操縦している時もその範囲内の反応が最も速くなるだろうし、それ以外の場所はどうしても反応が一泊遅れてしまうだろう。
そして、通常生活での死角である背後や真上から接近してくる物はたとえ見えていようと反応するのに時間がかかるはずなので、通常生活での死角から攻撃を加えれば、高確率でヒットさせる事が出来ると考えても何らおかしくはない。
だが、それは裏を返すと『自分が一番反応の遅れる所に意識を集中するか、反応の遅れる箇所に意図的な隙を作れば、ビットを攻撃できる確率が高まる』という事なので、利用しない手はない。
もっとも、今墜とそうとしているビットは腕の動きだけで狙いをつけるには少々厳しい位置なので回避行動を取りながら振り返り、ビットのある右斜め上に向けてBTビームモードでサブマシンガンを撃つ。
「なんですって!? 避けなさい、ティアーズ!!」
初見で対応されると思っていなかったらしいオルコットさんが驚きの声を上げ、
ドォン!!
だが、コマンドを送ったのが僅かに遅く、銃撃を回避できなかったビットは自律稼働用大型コンデンサを破損して爆散した。
(今の内に、他のビットも出来るだけ叩く!!)
サブマシンガンのトリガーに指をかけたまま横にスライドさせて攻撃を続行、牽制を兼ねて上方にあるもう一機のビットを撃つ。
「っ!? 同じ手はくらいませんわ!!」
当然オルコットさんはビットにコマンドを送って銃撃を回避させるが、その動きは明らかに精彩を欠いているので移動先に近づくのは容易く、バスタードソードでビットを両断する。
(残り2機、なんとしても
ブルー・ティアーズの最大の利点は操縦者本人の持つBTビームライフルとビットによる連携と手数の多さなので、ビットの撃墜は手数の減少に直結する。
手数が減ればその分攻撃も回避しやすくなるので、出来る事なら全機のビットを破壊してしまいたいところだ。
「これ以上はやらせません!!」
オルコットさんも俺がビットの撃墜を優先している事に気づいたらしく、攻撃を邪魔する為にスターライトmkⅢを構えて連射してくる。
「うおっ、とっ、とおぉっ、りゃっ!!」
だが、そのすべての攻撃を無視してビットに肉薄。コンデンサ部分を斬って破壊し、背後に潜りこもうとしていた最後の1機も振り返ってサブマシンガンの射撃で撃墜する事に成功した。
「まさか、初見でブルー・ティアーズのビットを4機も撃墜するなんて。…………本当に素人?」
「ええ……素人ですよ。現にシールドエネルギーの残量は4分の1くらいしか残ってません」
ビームビットを全機撃墜した事を怪訝に思ったオルコットさんが本当に素人か問いかけてくるので、呼吸を整えながら素直に素人だと返事をする。
なにせ今の俺の見た目はあまり褒められたものではない。ビットの撃墜を優先して先程のスターライトmkⅢの攻撃をくらいまくった結果、600あったシールドエネルギーの残量は158まで減っているし、新品だったISアーマーもそこかしこが破損しているので、見た目だけを判断すれば俺の方が圧倒的に不利だ。
「それは、あなたがわたくしの攻撃を避けなかっただけでしょう!! 機体を動かし始めたばかりの素人がビットを墜とすなど、普通ならありえませんわ!! 何か理由があるのでしょう!!」
だが、俺の返答はお気に召さなかったらしく、オルコットさんは激昂した表情で素人らしからぬ戦果?を挙げた理由を問いかけてきた。
「そう言われても、この3日で基礎機動の習熟以外で主にやっていた事といえば、母さんに許可を貰って、ここ半年のブルー・ティアーズの模擬戦データを見せてもらっただけですよ?」
統計を取ったり、戦術の構築も行ってはいたが、模擬戦映像を見ていた時間が一番長いので、嘘は言っていない。
「それだけで墜とされる程、わたくしのブルー・ティアーズは甘くありませんわ!! 本当の事を言いなさい!!」
「うーん…………じゃあ、俺が修めている武術の流派を言います。IS操縦者なら、誰もが一度は聞いた事がある名前のはずです」
それでも納得してもらえないようなので、俺が修めている流派を知ってもらう事にする。
「IS操縦者なら、誰でも?……まさか!?」
俺のその一言で、オルコットさんはどの流派かあたりをつけたらしい。
「お察しの通り、俺が修めている流派の名は篠ノ之流。
「ありえません!! あの流派は織斑千冬が他者に伝授する事を拒否した上、師範である篠ノ之博士の父親の現在位置が重要人物保護プラグラムによって保護されていて、修める事が不可能なはずですわ!!」
「確かに『今から篠ノ之流を修めようとする』のが不可能に近い事は俺も認めますよ。ですが、俺が篠ノ之流を修め始めたのは『織斑千冬が世界最強の座に就き、篠ノ之博士の父親、
そのおかげで千冬さんの動きのトレースが比較的容易なのだから、人生何が起こるか分からないものだ。
『アルが言ってることは事実よ。私も千冬ちゃんや一夏君、箒ちゃんにあった事があるし、柳韻君達とも知り合いだから。信じられないなら、後でその時に撮った写真のデータを見せてもいいわ』
俺の発言を聞いていたらしい母さんの声がアリーナ備え付けのスピーカーから響き、俺が言った事が事実であると裏付けてくれた。
「……なるほど、初見でありながら4機のビットを落としたのも、ブリュンヒルデと同じ流派を修めていたというなら納得しておきましょう。ですが、そう簡単に勝ちを拾えるとは思わないでください!!」
「ここまでやったんで、意地でも勝たせてもらいますよ!!」
そう言いながらオルコットさんは再びスターライトmkⅢを構えたので、俺も彼女に近接戦を挑む為にブーストを全開にして突っ込む。
銃撃のまともな回避方法なんてのは知らないので、モンド・グロッソの映像ディスクで千冬さんが使っていた回避方法を真似て出来る限りの攻撃を回避しながらオルコットさんに近づいていく。
「そう簡単に、近付けると思わないでくださいな!!」
当然オルコットさんも後退して今の距離を保とうとするが、スラスター出力はこちらの方が上らしく、彼女との距離は少しずつ詰まっていった。
「この間合い、貰った!!」
「それは、こちらのセリフですわ!!」
そうしてあと三歩でスカイ・ブレードの刀身とスターライトmkⅢの銃身が触れるくらいの距離にまで迫った時、オルコットさんは未だに抜く気配がない近接ブレードを除いた最後の攻撃手段、
「その言葉、そっくりそのまま返す!!」
だが、それも使ってくるのがあらかじめ分かっていれば対処できる。
右手に展開したままだったスターダストを撃ちながら右から左に動かす事で撃ち出されたばかりのミサイルごと非固定浮遊部位を破壊、最後にもう一度ブーストを吹かせて距離を詰め、スターライトmkⅢの銃身を斬る。
「きゃああっ!?」
至近距離で爆風に煽られた事でオルコットさんの高度は落ちていくが、即座にリカバリーをかけて空中に静止、こちらを見上げながら睨みつけてくる。
「……まさかここまでやられるなんて、正直言って予想外ですわ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
俺としても様々な要素が重なった結果とはいえ、始めての模擬戦でここまで代表候補生を追い詰める事が出来たというのが信じられないくらいだ。
「ですが、最後に勝つのはわたくしですわ!! インターセプター!!」
オルコットさんも最後まで勝つのを諦めるつもりはないらしく、近接戦用ブレードを展開して突撃をしてきた。
「その選択は悪手ですよ、オルコットさん!! ダスト、
俺もスターダストを
斬撃の狙いはオルコットさん本人ではなく、彼女が握っているインターセプターだ。
ギィン!!
金属同士がぶつかる時独特の高音が周囲に響き、半ばから断ち切られたインターセプターの刀身がくるくると回転しながら宙を舞う。
「……これでブルー・ティアーズの武装はすべて破壊しました。続けるというのなら構いませんが、出来る事なら女性を一方的に攻撃したくはありません。オルコットさん、投了してください」
彼女は代表候補生なので近接格闘訓練もある程度は積んでいるとは思うが、シールドエネルギーが尽きるまで一方的に攻撃するのは精神衛生上よろしくないので、投了を勧告する。
「そのようですわね。……わかりました、
オルコットさんもブレードを斬られた事で勝ち目がないと悟ってくれたらしく、投了を宣言してくれた。
『そこまで!! 勝者、アル!!』
宣言を聞いた事で試合もストップがかかり、模擬戦は俺の勝利となった。
そんなわけで、今回はここまで。
戦闘時の敵味方のパワーバランスには気をつけているつもりですが、過度のオリキャラ優遇はしないつもりです。負けさせる時はきっちり負けさせるつもりなので、そこら辺はご了承ください。
次回は模擬戦の後始末、ないしは第3者から見た解説的なお話になると思います。
もしかしたらリアルの事情で投稿が遅れるかもしれませんが、その時は気長にお待ちいただけると幸いです。