久し振りに取り出した、VR用の機械であるヘッドギアの埃を払った。シャワーは浴びたし、ベッドも準備を終えた。夕飯はカレーを作っておいたし問題はないだろう。
「よし、とりあえずこんなもんだな」
パンパンと手を払って俺は呟く。
少し弄ってみたけれどどこも壊れてないようだし、いよいよゲームの世界に旅立つ時だ。とは言っても「リンクスタート」などと言う必要はない。 ヘッドギアを装着し、側面にあるボタンを押すだけだ。
ごめんなさい見栄張りました、音声認識が搭載されてるやつを買えなかっただけですはい。高級品は、学生がお小遣いで買えるほど安くないのだ。
「戸締まりはした、父さん達は帰ってくるとしても深夜。準備は整った!」
ゲーム中、自分の身体を無防備に晒すことになるのだから、注意はいくらしても損はない。ゲーム機側にも様々な安全装置や緊急時の強制ログアウト機能はあるが、それでもゲーム中の空き巣は多い傾向にある。特に俺の家のような一軒家の場合は。その点、沙織の家はマンションのそこそこ高層階だから心配はないだろう。
話が逸れた。
ゲーム内からでもネットに接続はできるようだし、早めにログインしてしまおう。ヘッドギアを装着し、ベッドに寝転がる。
「ふぅ……バーストリンク!」
スイッチを入れて、小声で叫ぶ。
言葉を話す必要はなかったんじゃないかって? それはもう、徹夜テンションが悪い影響を出してきたとしか言えない。
そんな無駄なことを考えているうちに、俺の意識はスッと遠のいていくのだった。
◇
気がつくと俺は、特に何もない空間に1人立っていた。多分ここが所謂チュートリアル空間なのだろう、俺は詳しいんだ。wikiを見ただけだけど。
「ようこそ『Utopia Online』の世界へ
先ずは、あなたの名前をお教えください」
1人で脳内会議を開いていると、そんな明らかに合成された声が聞こえた。うん、まあ不特定多数を相手にするにはこれくらいで丁度いいのだろうね。
「名前、名前か……ユキと」
表示された画面に、カタカナでユキと打ち込む。幸村だからユキ……安直だけど、これが最初に思いついたし良いだろう。他のゲームでも使ってるし。
「ではこれより、チュートリアルを開始します。
この世界についての説明は必要でしょうか?」
そう問いかける声とともに、手元に薄青色のウィンドウが展開された。そこにはYes/Noのボタンのみが存在していた。
百聞は一見にしかず、躊躇なくYesのボタンをタッチする。
「それでは、説明を開始します」
そうして説明してもらったことは、大体は事前に調べた通りのものだった。世界観や、所謂職業が存在しないこと、そして大まかなストーリー。
けれど、色々と新しい情報を得ることもできた。
それはネットでは調べきれなかったステータスやスキルについて。
このゲームではステータスは、HP・MP・Str・Vit・Int・Min・Agl・Dex・Lukの9種類に分かれている。基本的な意味は、Strが物理攻撃、Vitが物理防御といったようにテンプレートをなぞっているから説明の必要はないだろう。
けれど、そこに若干の追加効果があった。Strを上げれば瞬発的な速度が上がるし、Vitを上げなければ持久力がなくなる。後は…Lukがクリティカル率にも多少関係がある。そして、それらの割り振りによってボーナスがあるとのことだった。
「説明は以上です。キャラメイクに移行します
アバターデータの存在を確認しました。使用しますか?」
そんな音声とともに、目の前に自分の姿が投影された画面が現れた。当然Yes。それはこの世界で活動するための身体。全く弄ってないから、現実の身体と何ら変わりはないけど。
どうやら髪や眼、耳などのパーツは細かく弄れるようだが、身長や体型はほぼ弄れないようだ。現実との差があり過ぎると問題があるのだろう。
「まあ、特に弄ることもないか」
髪色を弄っても違和感しかないし、身長もシークレットブーツ程度しか変化できない。…少しだけ、後ろ髪を長くしてみるか。
決定を押した瞬間、一瞬だけ俺の体を光が包んだ。触ってみれば、その通りの変化が起きていた。現実でもできないわけじゃない変化だし、これで問題ないだろう。
「続いて、ステータスの設定に移行します。チュートリアル中は幾らでもリセットが可能なので、ご自由に設定してください」
そんなチュートリアル音声さんの声に合わせて、Yes/Noしか存在しなかった画面が切り替わった。
ユキ
Str : 0 Dex : 0
Vit : 0 Agl : 0
Int : 0 Luk : 0
Min :0
残存ポイント 200
所謂ステータスの割り振り画面である。
ここで自分のキャラとしてのこれからを決めることになる。基本的には満遍なくポイントを振り、その中で個性を出していくことになる。StrとVitに多く振れば能力は筋肉モリモリのマッチョマンの変態に、Intに多く振れば正統派魔法使いに。とても重要な作業なので、やり直しができるのはありがたい。
何せ、このゲームで自動で上がってくれるステータスはHPとMPのみなのだ。他の値は、レベルアップ時にもらえる10ポイントを割り振るしか伸ばす方法がない。
更に言えば、HPやMPの上昇値も他のステータスに影響されるのだ。基本レベルが1上がる毎にHP・MPは50ずつ上がり、そこに様々なステータスによるボーナスが入るらしい。詳しい計算式は知らない。
たとえステータスが0でも何もできないわけではないが、それはできても『よく動ける人』程度までだ。そんな現実と同じ身体能力じゃ、この仮想空間では致命的な弱点にしか成り得ない。
つまり何が言いたいかと言うと、極振りする人はマゾ。
ネットに転がっていた記事を漁った限り、極振りの成功例は今のところ0。デメリットが大きすぎでまともなプレイができず、全員がキャラのクリエイトをし直したという。
そんなネットの力全開で調べた知識を基に、割り振った俺のステータスはこんな感じだ。
ユキ
Str : 0 Dex : 0
Vit : 0 Agl : 0
Int : 0 Luk : 200
Min :0
残存ポイント 0
いやぁ、極振りって浪漫ですよね。
ほぼ全員に馬鹿と言われるような構成だけど、俺だって何の考えもなしにこう割り振ったわけじゃない。極振り系の記事を漁ったのはいいが、どこを探してもLukのものだけはなかったのだ。二番煎じとか嫌だし、前人未到とか何か憧れる。
それに、たとえStrやIntが0でもダメージが与えられないわけではないのだ。武器や魔法の威力が最低値になり、後者は暴発しやすくなるだけだから何の問題もない。だから決して、徹夜テンションで決めたなんてことはありはしないのだ。
そしてその過程で、俺は面白い副産物をゲットしていた。それは、沙織がどうやらβ版からプレイしてるトッププレイヤー……所謂廃人様だということ。そんなガチ勢に、今から始める俺がまともなプレイで追い付けるだろうか? 答えは否だ。どうやったって無理ですありがとうございました。
というわけで、全力で遊びに走る。最低限戦えれば俺としては文句はないのだ。最低限すらないとか言っちゃいけない、試してみないとわからないだろ……(震え声)とりあえず割振りは終わったので、決定して次に進む。
「続いて、武器の選択に移行します」
音声さんの声によって、手元の画面が変化しズラッと大量の武器の名前が画面に表示された。その大半が暗くなり、装備ができないと表示された状態だったが。
「やっぱりか……」
オーソドックスな片手剣から鎖鎌なんてものまで選択できる中、俺が装備できるのはほんの数種類だった。
短剣・短杖・長杖・短槍、そして弓。片手剣すら装備させてもらえない悲しみ。極振りさんの受難その1だね。
「仕方ない、ここは長杖一択かな」
短剣や短槍での超接近戦はできるはずもなく、弓は弓道をしているわけでもないので当たるわけがない。たとえ【スキル】の補助があっても、そこはさして変わらないだろう。
だから短杖か長杖かの二択になるわけだが、短杖はいわゆる魔法戦士のようなプレイスタイルの人向けの武器らしい。ゆえに長杖一択だ。
「うん、十分いけそう」
念じると手の中に光が生まれ、ずっしりとした木の感触を感じられた。出現したのは、いかにも魔法使いが持っていそうな木の杖。なんの飾りもない、初心者感が溢れるものだった。
【初心者の長杖】
Str +3
Int +10
耐久値 無限
性能は剣とかに比べれば劣るけど、これで殴ればそこそこはいける気がする。壊れないし。
説明回的なのは、もうちょっと続きます。
アジリティ(Agility)の略称表記がAgiではなくAglなのは仕様です