幼馴染がガチ勢だったので全力でネタに走ります   作:銀鈴

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第89話 高難度ダンジョン(運営→幸運)

 祝福のファンファーレが鳴り響き、ベストレコードとしてクリアタイムが表示される。それを追って取得経験値とD(ディル)、ドロップ品が表示されていく。

 そうして大量の文字が流れていく中、デカデカと藜のウィンドウにのみLA(ラストアタック)ボーナスという画面が表示された。

 

「……?」

 

 ボーナスとして配布されたアイテムの名前は【Kleidung ohne Aussehen】、設定者は何を思っていたのかドイツ語だった。藜が首を傾げること数秒、溢れた悔しさの涙が広がるように、ジワジワと文字が日本語に変化していく。『理解されないよりは、理解されて使って欲しい』そんな身を切るような思いが、ひしひしと伝わってくる変化の仕方だった。

 

「【無貌の衣】?」

 

 ドイツ語から日本語への変換が終わり、藜が疑問符が付いているが装備名を呼び上げる。

 ステータスと共に装備モデルとして表示されているのは、ボスの第1形態が纏っていた黒いローブの様なもの。正確に言えばケープに近いだろうか? 分類は体装備で、男女で装備した際の中の服装は変わるようなプレイヤーに優しい装備だった。

 その能力は、ダンジョンのラスボスのLAボーナスということもありかなり優秀だ。Vit+85 Min +89 Agl+46 耐久値1000/1000 といった具合で、服装備であるが軽鎧の最上位に匹敵するか、ともすれば上回るスペックを誇っている。無論効果はそれだけでなく、ステルス・ダメージカット15%・MPを消費して4本の伸縮自在な鉤爪のついた触腕を生成・操作可能という破格も破格な特殊効果を持っていた。

 

「セナさん、これ、どうぞ」

「えっ」

 

 しかし藜はそれをアッサリと手放し、セナに押し付けた。驚きのあまり操作をしなかったせいで、シュンという小さな音と共に装備が移譲される。

 数秒セナがフリーズし、正気に戻って目を白黒させながら藜に問いかける。

 

「え、いや、その、え、いいの?」

「私は、絶対、着たくないです、から」

 

 藜が何処か遠くを見ながらそう答えた。ハイライトの消えたその瞳からは、絶対に装備なぞして堪るかという、謎の断固とした意思が感じられる。

 それでもと、セナが藜に詰め寄って問いかけた。

 

「で、でもこんなに強い装備だよ?」

「槍を使うのに、邪魔、ですし、装備効果も、消えちゃいます、から。それに、あれから、触手って苦手、ですし……」

 

 右腕を摩りながら、キッパリと藜が答える。そう、そこはかつて気持ちの悪い触手が絡みつきうねっていた場所。うら若き乙女にとってあれはやはり、多少なりともトラウマに近いものを植え付けられるに十分な経験だったようだ。

 結果、装備としては惜しいが、やっぱり嫌だという気持ちが優ったらしい。自分が持っていたとしても確実に死蔵される、であればちゃんと使える知り合いに上げるのは、然程おかしくない考えだ。況してや同じギルドの仲間なのだ。

 

「でも、代わりに、今度何かください、ね?」

「もっちろん! ユキくん引っ張り出してでも用意するよ!」

 

 セナがそう元気にサムズアップし、笑顔で答える。憐れユキは、本人がいない場所で周回への同行が決定したのだった。

 

 そんなこんなの内に、セナが現在の装備から【無貌の衣】へと装備を変更する。元々の装備が黒いクロークという似たような装備であった為、その見た目はあまり変わったようには思えない。けれど中は軽鎧からノースリーブのジャケットへ変更されており、動きやすさが増し無骨な印象が薄れている。加えて格段に着心地が良くなったようで、傍目から見てもわかるほどセナの機嫌は良くなっていた。

 

 自分の尻尾を追うように何回かくるくると回ってから、ハッと気がついたようにセナが動きを止めた。そして慌てた様子でアイテム欄を操作し、1つのアイテムを実体化して頭上に掲げる。

 

「ジャジャーン! 高難度ダンジョン、制覇記念アイテム〜」

 

 そのまま何処ぞの国民的猫型ロボットのような声で見せつけたのは、大きな黄金のトロフィーだった。台座の部分には、えらく達筆な文字で運営と刻まれている。その文字は見る人が見れば、紋章術に使われている物と同質であることが分かっただろう。

 

「セナちゃん、それ何?」

「ふっふっふ、なんとギルドに飾っておくだけで、所属メンバーの全ステータスが5%上昇するアイテムなのだ!」

 

 つららの疑問に、自信満々にセナが答えた。たかが5%、されど5%。5%を笑う者は5%に泣くはずだ。

 全ステータスがそれだけ上昇するというのは、細かいことに見えてかなり強力な効果と言えよう。それも何か特別な条件があるわけでもなく、ただ飾っておくだけでギルド全員が対象なのだ。もう1つのギルド維持費軽減25%も相当有用な効果ではあるが……まあ、それはジャンルが別なので今は良いだろう。

 

「戦力も増強されたし、今度は他の塔に行きたいけど……少しは準備期間の方が良さそうだね」

 

 そう言うセナ自身も、双銃剣の残弾は心許なく、防具の耐久値もかなり減少している。これに関しては、他の皆も同じような状態と見て間違いないだろう。更に全員が精神的に疲れており、藜に至ってはペットが自身と共に死亡した為明日まで再召喚は出来ない。また、あの一刀をまともに受けた為、装備の損傷もかなりのものだ。

 

 そんな状態で挑んだとして、中ボスに勝てるかどうかといった戦果にしかならないだろう。何せ今回のイベントは高難度。それぞれのダンジョンの製作者は、悪名高き極振りなのだから。

 

「というわけで、今日は解散で! また明日……ランさんたちって大丈夫?」

「ああ、問題ない。17時頃にはその気になればログイン出来るだろう」

「私も大丈夫かな」

「ん!」

「問題ない、です」

「それじゃあ、何処を攻略するかは明日ってことで!」

 

 そうしてセナが解散の音頭をとり、本日の攻略は御開きとなったのだった。大学生とは、思っているよりも自由に時間が使えるのである。

 

 その日は運営塔の製作陣が集まり、酒の席で「上位プレイヤーのスペックを見誤っていた」と泣きながら酔い潰れていたとかなんとか。なお極振り対策室は、打ち上げ花火ルを酒の肴に飲み会をしていたという。

 

 

 時間は流れて翌日。再び集合したメンバーからは、前日の名残なんてものは綺麗さっぱり消えてなくなっていた。しかし、それぞれ少しづつ変化はある。それは細かな装備品だったり、準備してきたアイテムだったり、槍が直っていたり。けれどそんな中で1人だけ、明確な変化があった。れーちゃんが装備している武器が、大きな本から金色のランプへと変わっていたのだ。

 

「ん!」

 

 れーちゃんの、これ好き! といった感じが翻訳せずとも伝わる雰囲気に、攻略前とは思わない和やかな空気が漂う。

 

 それは楕円形の小さな壺のような形をしていて、一方には曲線を描く取っ手がとりつけられ、もう一方には灯心に火をつけるための口がついている。表面は奇妙な模様に飾られ、文字や絵が組みあわされて単語をつくりだしているのだが、ランプに刻まれた言葉は未知のものだった。

 

 もう一目でヤバイブツだとわかるそれは、昨日のボスのドロップ品である『刻の歯車』というアイテムから作られた魔導書に分類される装備らしかった。

 雰囲気通り強力な装備で、名前は【アルハザードのランプ】。ユキがいれば何らかのツッコミが入ったと思われるが、特に誰かクトゥルフに詳しい訳でも無かった為、れーちゃんお気に入りのランプとして落ち着きスルーされるのだった。

 

「それじゃあ、うちのギルメンが作ったダンジョン、攻略するぞー!」

「「「おー!」」」

「ん!」

 

 ・

 ・

 ・

 

 と、そんな掛け声が掛けられてから、僅か5分。すてら☆あーくはとっくに、しかも無傷で第5層のボス部屋前に到着していた。

 既に有志のプレイヤーにより階段までの最短ルートが判明している運営ダンジョン1〜4層と構造が全く同じであった為、ユキのダンジョン前半は秒と保たずに攻略されてしまっていた。

 

「凝ってるね……」

「凝ってますね」

「ユキさん、らしい、です」

「無駄に拘る辺り、実にらしいな」

「ん!」

 

 そうして到着した5層。ボス部屋ということで当然ある扉は、今まで見てきたのっぺらな物と違って、そんな感想が溢れるような完成度であった。

 

 内開きの大きな、石のような材質の扉。その右側には崖の上で月に向かって吼える狼を中心とした精緻なレリーフが、左側には両手に槍を構えた鎧姿の騎士の精緻なレリーフが、それぞれ組み合わさって1つの絵になるように刻まれている。それは製作者が無駄に拘りぬいて、けれど目一杯楽しんで彫り込んでいることがありありと伝わってきた。

 

 雄々しくも美しく、明らかに容量を食っていそうなそれに誰もが息を吐く。呆れか感動かはともかくとして。

 

「みんな準備は良い?」

 

 そうセナが確認すると、誰もが問題ないと頷いた。

 今まで歯応えが無さすぎたのだ。集中力を削るような敵も、罠も道中存在しなかった為、全員力が有り余っているのだ。今度こそ骨のある相手が出てきて欲しい、けれどあのユキがこの程度で済ますわけがない。そんな雰囲気が、すてら☆あーくの面々からは漂っていた。

 

 頷き合い、意外にも軽い扉を押し開ける。その先に広がっていたのは、かなり広いが明かりのない真っ暗な空間だった。数メートル先も見渡せぬ暗闇。足元は成形された石であることは分かるが、逆に言えばそれだけしか分からない。

 しかしそこにプレイヤーが足を踏み入れた途端、壁に並んだ青い松明がボ、ボ、ボ、と連続して灯っていく。5秒程して全ての松明が灯り、部屋に明かりが齎された。まるで歓声のように松明が燃える音が響き渡り、雰囲気が演出される。

 

 そうして判明したことは2つ。

 

 1つは、この場所が古代の円形闘技場(コロッセウム)の中心のような場所であること。

 

 もう1つは、舞台の中心に座すボスの姿。

 

 美しい毛並みで、鎖が千切れた足枷のある巨大な白銀の狼。

 その背に跨る、紫水晶の全身鎧を纏った両手にランスを構えた双槍の騎士。

 それぞれ表示された名前は【ヴォー・ディファイアンス】と【Crystal the Harddying】の2つ。レベル50のボス2体がフロアボスという、この高難度イベントの中でも特異なボス戦が始まった。

 




【速報】ユキ、Hazard on!(テレレレ-テレ-)
    ヤベーイ!

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