幼馴染がガチ勢だったので全力でネタに走ります   作:銀鈴

113 / 243
第94話 高難度ダンジョン(幸運)⑤

 回転する赤色灯と、緊急事態を知らすべく大音量の騒音を撒き散らすベル。その2つに彩られた通路を、【すてら☆あーく】の5人は疾走する。

 

「ちょ、ちょ、ほんとこれなに!?」

「わから、ない、です!」

 

 ユキと攻略した時には発生し得なかったこの現象。もしかしたら仕掛け自体はあったのかもしれないが、バイクで壁を走るとかいう意味不明な攻略法で無視された仕掛け。それが今、本来の姿を取り戻し牙を剥いたのだ。

 

『……すまん』

「ん!」

「私が言えるかは分からないけど、さっきのはどうしようもないわよ」

 

 頭を下げたランさんの頭部をれーちゃんがポコンと叩き、一時的発狂から回復したつららもそう言葉を紡ぐ。そう、今回は誰も悪くないのだ。強いて言えば最初に徘徊ボスと遭遇する運の悪さがあるが、それはそれ。意識しなければ気付かず、踏んでしまうような位置にスイッチを設置するユキが悪いのだ。

 

 そうして、話がまとまり掛けた時のことだった。

 

 前方の天井に配置されていた通気口と思われる場所、その蓋が勢いよく落下した。甲高い音を鳴らして床に叩きつけられたそれを見て、誰ががヒッと息を飲む。

 

 次瞬、黒が、現れた。

 

 その正体は、黒く、ミツバチの様な小さな蜂の群れ。

 更に詳しく言うのであれば、この階層で現在放し飼いにされている、ユキのペットである朧。更にスポーンさせている、朧と同スキルを持つレギオンワスプの群れだった。

 

『発見。殺』

 

 何重にも重なった羽音が、そんな言葉を鳴らしたように聞こえた。

 それは、確殺という意志の発露。

 それは、初めての来訪者に対する害意。

 それは、主人の命令に応じる歓喜。

 

 何重にも重なった感情が爆発する様に、10匹いたレギオンワスプの数が、252倍に膨れ上がった。

 

「ヒッ」

 

 あくまでここは、Utopia onlineというゲームの中であって現実ではない。魔法による炎を浴びたり武器で負傷したりしても魔法やアイテムで無傷に戻り、怖いものを見たところで基本的になにも問題ない世界だ。心臓が弱い方は強制ログアウトさせられることもあるが。

 

 だが、そんな世界であってもだ。

 

 2520匹の蜂が、自分たちに敵意を持って迫ってくる光景に正気でいられるだろうか? いや、ない。キチガイ共(極振り)一部のガチ勢(上位陣)は嬉々として駆除に走るだろうが……普通、足が竦む。

 

「ん!!」

 

 この中でユキのペットである朧の脅威を正確に知っているのは、セナと藜のみ。知っているが故に動きが止まった2人に変わって、最年少のれーちゃんが最初に動いた。広範囲殲滅能力を持つつららの背中を叩き、自分の兄の頭を叩き、正気に戻させる。

 

「つらら、やれ!」

「《ブリザード》」

 

 そして2人の硬直が解ける直前、蜂の群れに向かって吹雪が放たれた。ポン、ポン、と軽い音を立てて弾けている朧の分身。たった1,000という低いHPしか持たない分身であるが、そのAglは600。少しずつ吹雪を抜けて盾となっているランに直撃していく。

 そのHPの削れ具合は緩やかだが、恐ろしい数の状態異常アイコンが出現している。保って10〜30秒が限界だろう。

 

「ここは私たちに任せて先に行って! よしっ、死ぬまでに言いたいセリフNo.1が言えたわ!」

 

 小さくガッツポーズをとりながらつららが魔術を連発し、ランも手持ちの銃器の弾を使い切る勢いで乱射する。そんな風景の向こうで、新たに10匹のレギオンワスプが通気口から出現した。

 

『チッ。れーは任せたぞ。先に行け! どうせ俺は、アイツとの戦いでは役立たずだ』

「は、はい!」

 

 ポーンと飛び跳ねたれーちゃんがセナの腕の中に収まり、藜と頷きあって隣の通路に飛び込む。直後シャッターが降り、爆発音が連続した。セナの視界では、パーティ欄にあった2人の名前とHPゲージが急速に減少して0に落ちたことが確認できた。同時に枠が灰色になり、もう一度合流しない限り復活しないことがわかる。

 

「どう、しま、す?」

 

 なんの音も聞こえない、一先ず安全と言えそうな通路。そこで藜が首を傾げながらそう呟いた。『パーティが欠けたから攻略を中断する』それは簡単だが同時に、もう一度黄金の階層とレアモンスターの階層を抜けなければ行けないことを示している。それに、先に行けとつららが言葉を残しているのだ。

 

 どうするかは、ギルドマスターの決定に委ねられている。

 

「……行けると思う?」

 

 セナが、微妙に不安そうな声で聞いた。

 

「確かに本人の言う通り、ユキくん相手にするならランさんは……その、何も出来ないかもしれない。でもつららさんがいないのは、結構痛いと思うんだ」

 

 セナの持つ銃剣と違い、ランの武器はほぼ全てが銃だ。連携を乱さないと言うことを考えると、ランはユキにほぼ完封される可能性が高い。

 対してつららは、先程も行なっていた通り広範囲に対する攻撃が出来る。ユキの致命的な弱点であるそれを行えるつららが抜けるのは、少しばかり辛い面があるのは事実だった。

 

「私は、いいと、思います、よ? つららさん、カッコつけてました、から」

「ん」

 

 躊躇い気味に藜が言った言葉に、れーちゃんがこくこくと頷く。あれだけいい感じに台詞をキメたのに、帰ってこられちゃ興醒めである。

 

「そっか。なら、出来る限り進んでみよっか」

「ん」

「了解、です」

 

 小さくおーと声を合わせて、女子3人での探索が始まった。

 

 

「ん」

「そこ罠」

「ん!」

「ちょっと待って、罠解除してくる」

「ニクスが、蜂の巣、見つけまし、た」

「んー……じゃあ、迂回だね」

「ん」

 

 それからの攻略は、特に何も問題がなく順調に進んで行った。

 些細な罠でもセナが見つけては解除し、れーちゃんのナビゲートにより安全なルートを進み、藜のこの中で唯一飛行できるペットが危なそうな時は偵察する。音が聞こえれば影に隠れ、脅威が去ったのを確認したら進む。そのお陰でゆっくりと、しかし着実に階段までのルートを進むことが出来ていた。

 

 けれど、ここはそこまで単純にクリアできる階層でない。

 

「だめ、です。完全に、動かない、です」

「そっかー……」

「ん……」

 

 大凡あれから1時間。セナたちは次の階層に向かう階段と思しき場所を見つけたところで、足を止められてしまっていた。その理由は簡単。その大扉が存在する部屋の中心に、あるモンスターが陣取っているのだ。

 

 尋常な人の2.5倍程の体躯、ボロボロのコートを纏い、被らされている頭巾には血が滲み黄色い獣の眼光が1つだけ覗いている。首には金属の枷が嵌められ、そこから千切れた鎖がだらんと垂れている。同様に手にも枷と鎖が存在しているが、脚はそもそも存在せず宙に浮いており、ポタポタと何か赤い液体を零している。その周囲にはクロスして回転する鎖が存在し、そのさらに外側に巨大な猟銃が6つ宙を舞っている。そしてその両手には、鈍い輝きを放つ銃剣。

 

 そう、ユキと藜が相当な暴挙の果てに討伐した【The Sealed criminal】である。あの時より強くなり、メンバーは増えている。だがアレと相対するのは、どこか良くない気配がするのだ。

 

「因みに、前回も居たんだよね、あのボス」

「はい。2人で、なんとか倒し、ました」

 

 コクリと藜が頷く。それほど時間が経っているわけでもなし、あんなことを忘れられる訳がない。こっそり扉を開けて覗くだけでこちらを威圧するその姿を見てしまえばなおさらだ。

 

「因みにその時はどうやって?」

「ユキさんが、しこたま、爆弾を投げて、ボスのHPを、半分くらい、消し飛ばしてから、でした。それから、一回コンティニュー、して、それでも、負けそうで、なんとか」

「そっか……それはちょっと無理そうだなぁ」

 

 セナが肩を落として落胆するように言う。よくよく考えれば、そんな意味不明な攻略をした張本人がこのダンジョンを作っているのだ。それくらいは許容範囲内だろう。

 

「ん」

「倒せばいいって? うーん、やってもいいけどなんかやな予感がね」

 

 渾身のジェスチャーで意思を伝えたれーちゃんに、頭を捻りながらセナが答える。ユキやランほどではないが、セナと藜も翻訳能力が強化されたのだ!

 

 それはさておき。この時点ではユキ以外知る由もないが、実はセナの懸念は当たっている。ここで大規模な戦闘なんてしようものなら、その音に惹かれて徘徊ボスが集結、圧殺されるクソみたいな仕掛けである。

 

「ん!」

 

 そんな沈黙の中、れーちゃんがボスの周囲に浮かぶ猟銃を指し、次に藜を指差した。その上で首をコテンと傾げたならば、親しい人なら何を指しているのか一目瞭然である。

 

「私のビット、は、あのボス、からの、レアドロップ、だよ?」

 

 その言葉に、セナが耳敏く反応した。

 ユキの装備は浮遊する11冊の本。藜の装備は6つの浮遊する猟銃。更にはレアドロップという単語。第2回イベント。全ての要素が繋がりヘキサコンバージョン。セナの灰色の脳細胞にフォニックゲインが吹き荒れる。……多分。きっと。メイビー。

 

 詰まる所、それから導き出される結論はたった1つである。

 

「いや……うん。とりあえず、ユキくん殴ってから考えよ」

 

 お揃いの装備という妬みと自分も欲しいという欲望。それと、ゲーマーとしての勘が全力で鳴らす警鐘。打ち勝ったのは、後者だった。

 

 後で問い詰めれば済む話だし、第2回イベントのボスからのレアドロップ限定品アイテムなんて、今倒したところでドロップするとは限らない。そもそも自分の武器とは相性が悪い。互換アイテムもそろそろ出てくる筈。きっと作れる人もいる。そんな数々の理論武装は本能を打ち負かすことに成功した。

 

「? なにか、言い、ました?」

「ううん。ちょっと対ユキくんの切り札使えば、突破は出来そうだなーって思ってただけ」

 

 聞こえていたらしいれーちゃんがジッと見つめる中、セナがそんなことを言った。突如齎された回答に固まる藜を他所に、扉の隙間から部屋を覗き、部屋の天井を見上げ指折り数えたセナは、改めてもう一度頷く。

 

「うん。切り札用のマガジン、4本中2本は使っちゃうだろうけどね」

「因みに、どんな、方法、なんです?」

 

 製作者であるが故にこれから起こる何かを察したれーちゃんの隣で、藜が問いかける。

 

「んーとね。まず私の切り札なんだけどね、壁とか天井に弾を打ち込んで、そこからワイヤーが出てくるの。何個か集まると合体して、私には丁度いい感じの足場が出来てね? 全方位から7人で全力攻撃すればいけるかなーって思ってたんだ」

「エゲツない、ですね」

「えへへ、それほどでもー」

 

 照れたようにセナが頭を掻いた。別に誰も褒めてないどころか最上階のユキは冷や汗をかいていたのだが、それでもどこか嬉しいようだった。

 

「で、突破する方法に話を戻すね。ここからサイレンサー着けてスキルで天井に狙撃するでしょ? 足場が出来るでしょ? そこをステルスして駆け抜ければバレなさそうと思って。天井高いし」

「ん。ん?」

 

 成る程と言った感じにれーちゃんが頷き、次に自分を指差して首をコテンと傾げた。わかりにくいが、意訳すれば『生産職で運動能力が高くない私はどうすれば?』と言ったところだろう。

 

「私は両手が塞がっちゃうから、藜ちゃんに背負ってもらわないといけないんだよね……ビットもあるしいけるかなって思ってたけど、実際どう?」

「多分、問題ない、です。それに、やってみる価値は、あると、思い、ます」

 

 現状それ以外の手が実行できない状況下なのだ。やれることをやってみることに誰も異論はなかった。

 

「それじゃあ、頑張るぞー!」

「「おー」」

「ん」

 

 静かなえいえいおーが響き、次の階層へ向かうためのボス突破が始まった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。