「さて」
そう呟いて、セナが双銃剣の片方をホルスターに戻す。そしてジャキリと金属が動作する音を鳴らし、もう1つの銃剣からマガジンが外された。そして剣部分も外され、入れ替わるように数個のアイテムを取り出し装着していく。
「銃って、やっぱこういう風に出来るから便利だよねー」
笑顔でそう言いつつパーツ換装で作り上げたそれは、元の銃剣とは似ても似つかぬものだった。上部にはスコープが、側面には
ただでさえ大きく無骨な銃剣だったものが、ゴテゴテでメカメカしい、取り回しという概念をどこかに捨ててきたかのような形になっていた。そこに新たに取り出したマガジンを叩き込み、ドヤァと効果音がなりそうな顔でセナがポーズを決めた。
「でも、銃って、火力ない、じゃない、ですか」
「なにおう!?」
自信満々なセナに対し、ぶっきらぼうに藜が言った。セナの場合は銃剣である為近接攻撃も可能だが、銃の火力が基本的に低いことは真実だった。廃れないのは、デメリットを上回るロマンと性能があるからなのだが。
「そんなこと言ったら、藜ちゃんの槍だってこの狭い場所じゃ、すっごく取り回しが悪いじゃん」
「むっ。突き主体で、問題ない、です」
長槍の火力は高い。しかし閉所での取り回しは悪い。それもまた覆りようのない真実だ。どちらの武器も一長一短、けれど煽りあったせいで微妙に空気がひりつき始める。
「ん!」
そんな空気をぶち壊したのは、魔法は使うがそもそもの話生産職であるれーちゃんだった。一触即発の空気が霧散し、直前までの攻略の雰囲気が戻ってくる。
「ンンッ! それじゃあ、私が足場を作るから。藜ちゃんはれーちゃんをお願い。足場が持つ時間は200秒だから、それまでにお願いね!」
「200……3分と20秒、了解、です」
「ん」
咳払いしたセナが言ったその言葉に、指折り計算して藜が言う。そうして槍を背負い、背負った槍を足場にしてれーちゃんが藜の背に乗った。セナがそれを見て頷き、僅かに開いた扉を覗き込む。
そこから覗けば、ボスの姿は変わりなく部屋の中央に鎮座しているのが見える。どうやら作戦遂行に問題はなさそうだ、そう判断し、セナは両手で愛銃を構えた。
「いくよ。私の後に続いて」
セナはそう言った後、スコープを覗き込みトリガーを引いた。
プシュッ、という気の抜けたコーラが開封されるような音が連続して響く。そうして限りなく消音された弾はボスに気づかれることなく飛翔し、天井へと命中していく。
着弾点からは細いワイヤーのようなものが数本垂れ、近くの物と結合し、蜘蛛の巣のような糸で作られた足場を形成していく。5発分でおおよそ2つの足場となり、計16個の足場を形成したが、まだそれでは部屋の半分程までしか届かない。
「次」
40発を撃ち切り空になったマガジンをアイテム欄に放り込み、セナがもう1つのマガジンを銃に叩き込む。そして再び連続する噴出音。
「最後」
役割を果たしたポインターの電源を落とし、セナは銃下部に存在する大きな筒に手を当てた。そこに存在するセレクターを切り替え、ボスの足元を狙ってスコープを覗く。
「これが炸裂したらいくからね!」
そしてトリガーが引かれる。放たれた大きな塊は、ボスの足元とはいかずその手前も手前に落下したが、コロコロと転がりながらその効果を十全に発揮した。
ガスの抜けるような音とともに展開される白い煙。スモークだ。もしかしたらボスに見つかるかもしれない、そんな心配を杞憂にするべく放たれた最終手段である。前回の話を聞く限り、ボス部屋に入らなければターゲットされないということを確信しての行動だった。
「Go!」
そして、ミッションは始まった。小声での宣言とともに扉を開き、セナは己のスキルで空中を歩き天井まで登り、藜はビットを足場として操作することによって天井へと登っていく。
そうして辿り着いた天井、部屋の下にはスモークが充満し、ボスの姿を覆い隠している。これならば突破できるだろう。そう思い、飛び地のようになっている足場を跳んでセナたちは進んでいく。
声を殺し、スキルで気配を殺し、足音を立てずに進んでいき、辿り着いた最後の足場。そこで、下を覆っていたスモークが完全に晴れた。
「藜ちゃん、回避!」
セナが咄嗟に言ったその言葉に反応して、藜が大きく体を動かす。直後そこに、銃弾が殺到した。ターゲットされている、その事実を事実として認識するまでの1秒程に、猛烈な勢いでビットの猟銃剣が飛翔してくる。
「くっ」
れーちゃんを背負っていることで、藜は両手を使うことができない。その代わりに呼び出したビットを使い、致命的な軌道となり得るビットだけをどうにか逸らすことに成功する。けれどその代償は、足場から落ちるという致命的なものだった。
待ち受けるボスが両手の猟銃剣を構え、クロスして両断せんと構える。そのボスを、セナの分身1が全力の蹴りでよろめかせた。その間に分身2が落ちる2人をキャッチし空中を踏み、地面に投げ捨てた。
「逃げるよ!」
同時に突き刺さる猟銃剣。分身2と1がほぼタイムラグなしで消え、新たに生まれた分身3が挑発系スキルを使いながら叫んだ。目的地である扉の方を見れば、もう半分身体を奥に押し込んだセナが早く早くと手を振っている。
「了解、です!」
「ん!」
藜がそうやって走り出した直後、ブゥンという羽音が聞こえた。マズイ、そう思った時には既に遅かった。自分たちがここに入ってきた扉から例のウィル・オ・ザウィスプが数体雪崩れ込み、上部にあったらしい換気口から蜂の大群が出現する。
「うっそぉ!?」
セナが残りの分身を全て出現させ、挑発スキルで引きつけながら本人も爆発する弾を連射して援護する。部屋の中は既に、さながらモンスターハウスのよう。しかしそれでも、蜂と鬼火の増加は止まらない。
故に、駆除が追いつくはずもなく……100匹程の蜂が、藜たちに狙いを定めた。門までは、残り15歩。
「ん!」
れーちゃんが炎の魔法を連発して時間を稼ぐが、無駄に頭のいい蜂は回避を重ね狙ってくる。そこをセナが撃ち落とし、ビットが斬り裂き、残り5歩のところで、蜂の自爆が1つ、藜たちを捉えた。
「っ!」
「ん!」
減少する500HPと、点灯する多数の状態異常マーク。爆破の影響で安全な扉内部に転がり込むことは出来たが、手痛いものを残されてしまった。
最大HP・MP減少、移動速度低下、状態異常耐性低下の呪い、低確率行動不能&自傷の魅了、HP減少の猛毒と裂傷。どれも時間経過で治ることのない、いやらしい状態異常だ。
「ちょっ、マズ。とおりゃぁ!」
その表示を確認したセナが目を丸くし、アイテムを2つ取り出して2人に向けて投げつけた。それを持っていたままの銃で撃ち抜き、壊して中身を2人にブチまける。するとなんということか。状態異常マークが全て消滅し、HPやMPの減少も全快してしまった。
全身びちゃびちゃのまま、指に残ったそれをペロリと舐めた藜が目を見開く。そしてそのまま、驚愕の表情でセナを問い詰めた。
「これ、万能薬、です、よね?」
そう藜が言ったのには当然理由がある。何せ一般的な認識では、万能薬は1本1万Dもする高額な回復アイテムなのだ。状態異常全快、HPMP1000回復という凄まじい効果故の値段だ。
そんなものを簡単に2つも使うなんて、普通では考えられなかった。
「うん。この前ユキくんが倉庫に5スタックくらいぶち込んでたから、何本か拝借してきちゃった」
てへ、という感じで謝罪するセナを見て、上層でユキは頭を抱えていた。いや別に、適当に敵を狩ってたらポロポロ落ちたから使われるのは良いのだが、今回自分じゃ使えないし。でもなぁ……と。
「えぇ……」
「大丈夫、私も私物で10本くらいは持ってるし」
逆に言えばそれだけしか手に入らないものを惜しげもなく使ったのだが、大分ユキのせいで価値観が壊れてきているらしく誰にも疑問を持たれることはなかった。
「れーちゃんも大丈夫?」
「ん!」
藜の背に顔を埋めていたれーちゃんが、顔を上げ元気に手を挙げ返事をした。実はこの3人の中で1番防御力が高いれーちゃんなので、被害も小さかったらしい。
「みんな無事だね。よし! 突破!」
ちょっとした力押しがありはしたが、無傷での階層突破。色々な要因が絡み合った結果ではあるが、その事実が成されたことに嘘はない。それが1番わかりやすい形のハイタッチとして現れるのは当然と言えた。
「案外、無事に、来れましたね」
「ん」
「ふふん、私はユキくんに1発かますまでは死ねないからね!」
ごつい銃を振り回しながら言うセナに、どこかで冷や汗が流れる感じがした。そもそもここにいる誰であろうと、ユキを軽く叩くだけでHPを消し飛ばせることは秘密である。
「まあ、本気の冗談はさておき。さっさと次の9層も攻略しちゃおう! あんまり2人を待たせるのも嫌だしね」
「ん!」
「でも、一筋縄じゃ、いかない、気がします」
階段の続く先を見て、藜がそう呟いた。なんら変わりのない次層への階段、けれど足下に漂うひんやりとした空気には何か嫌なものを感じる。どこかで浴びたことのある気配なのだが、藜はまだそれを思い出すことができないでいた。
「へーきへーき! 私達なら突破できるよ」
そう言ってセナは、一足飛びに階段を駆け上がっていく。それを追って2人も階段を登り、扉が鎮座する踊り場へ到着する。
「罠もなし、スイッチもなし、普通に開けて問題なしだね」
セナが触れて調べていたのは、本当になんの特徴もない扉だった。黒一色で、飾りも彫りも何もなし。けれもそれが、より一層不安を増長させていた。
誰かがゴクリと生唾を飲み込み、扉に手を掛ける。互いに視線を交わし、頷き合い、ボス前最後の階層へ繋がる扉が開かれる。
「……あれ、何もない?」
そんなセナの言葉の通り、そこから見える階層の風景には本当に何もなかった。ただ余り明るいとは言えない階層で、濃紺の空に真っ黒な太陽が浮かんでいる。地面は一面紫で、扉の先からは優しい花の香りが漂い始める。
「なら、なんの問題もない、かな?」
「だめ、です!」
「ぐえっ」
首を傾げつつも足を踏み出したセナ。その首筋をひっ掴み、藜が後ろに引き倒した。潰れたカエルみたいな声を出したセナと違い、れーちゃんは様子見をしているだけだったので無事だった。
「いてて……なに? もしかして、藜ちゃんこれ知ってるの?」
「はい」
ゆっくりと藜が頷き、真剣な面持ちでセナに言う。
「ここ、は。この階層、は、【死界】、です」
それは、ユキと藜が第2回イベントで閉じ込められた異界。入ってきたやつは死ねば? と言わんばかりの、最悪の天候だった。