【悲報】セナたち以外、俺を殺せてない件について
セナたちがボス部屋に到達してから1日。なんと数パーティが連続してボス部屋に到達したのだが、セナたちと違って俺を1度も殺すことができずに爆死してしまった。非常に残念だ。
「というわけで、早く殺しに来てよ」
「何言ってるのユキくん?」
土曜の真昼間のギルド。真剣にセナに相談してみたところ、そんな返答が返ってきた。しかも、心底呆れたような表情で。
「いや、だって歯応えがある人こないんだよ……1回でも俺を殺したパーティ、セナたちだけだし」
「そんなこと言うなら、少しは手加減してくれ……はしないよね」
「当たり前じゃん」
手加減して戦ったところで、何も楽しくなんてない。それに、ボスが簡単に負けてしまっては興醒めも良いところだ。だからこそ、ワンパンで俺は死ぬのだから頑張って欲しいのだけど……
「だけど5回くらい残機を消してくれないと、こっちも全力出せないんだよー」
「私たちを軽く全滅させておいて、どの口が言うのかなー?」
「痛い痛い」
明らかに怒った表情で、セナがほっぺを摘んでグイグイと引っ張ってきた。痛くないけど痛い、千切れそうだ。多分町の外なら死んでましたねクォレハ。
「とりあえず明日! 明日フルパーティで挑むから、首洗って待っててよ!」
「了解、楽しみにしてる」
それまでは、偶には第4の町でも爆破して遊んでこようか。1回隅から隅まで調べ尽くしたから、今度は狙った一部だけを吹き飛ばすことができるかもしれない。
◇
ユキくんが第4の町を爆破して、札束ビンタで逮捕を破却したという報告を受けた翌日。私たちはユキ塔の最上階の扉の前に、宣言通り全員で立っていた。前と違って全員揃っている今ならば、必ず前より良い結果を得られると確信して。
「それじゃあ、ユキくんを倒すぞー!」
「「「「おー!」」」」
「ん!」
事前に事情は説明した。作戦も立てた。ならばもう、話すことはなし。やれることをやれるだけ、全力でぶつけるしかない。
再度私たち【すてら☆あーく】の前で開いていく扉。その向こうは何も変わりなく、魔導書を浮かべただけのユキくんが堂々と待ち構えていた。
「さて、準備はいいかな?」
「そっちこそ」
確認するように聞いてきたユキくんに、ギルドを代表して一応ギルマスの私が堂々と答える。それに了解とユキくんが頷き、両者の間にカウントの数字が出現した。
「《アイスエイジ》!」
そして、カウントが0になった瞬間。──部屋が、全面的に凍結した。ヴォルケインを纏ったランさんの背中に隠れ、ユキくんの視界から逃れていたつららさんの不意打ち。それは事前に知っていた私たちにとってはなんの問題もないものだったが、ユキくんには致命的なものだった。
カシャン
そんなガラスの砕けるような音と共に、ユキくんの身体が砕け散った。ワンパンで死ぬと公言して憚らないように、本当に一撃で砕け散った。妨害できず、避けきれない、そんな状況を整えることこそが、多分ユキくんを倒す為には必須のことだ。
「お返し!」
けれどそれは、ユキくんに限れば残機が1減っただけのことに過ぎない。黒い靄に包まれ復活したユキくんは、お返しに大量の爆弾をばら撒いた。当たれば600の固定ダメージを与えてくる恐るべき爆弾。
「れーちゃん!」
「ん!」
けどそれも、最初に限っては大きな隙になる。まだ本気じゃなくて、楽しんでいるだけのユキくんになら、れーちゃんのペットが持つ必殺技はとても有効だ。
れーちゃんのペットがスキルを発動し、音の暴力が数多の爆弾を爆発させながらユキくんに迫る。例え障壁を使われても、余波でユキくんのHPが0になることは明白だ。
「あっ」
そしてそんな予想通り、ユキくんは再度HPを0に落とす。これで残機は11、気が遠くなりそうだけど、道筋は見えている。
「各自散開! 私と藜ちゃんで近接やるから、ランさんは2人を守って2人は援護!」
「『了解!』」
最初に速攻をかけてから、復活したユキくんをリスキル。なんとも面白みのない作戦だけど、これくらいしなければユキくんを倒すなんて、私に出来るとは思えなかった。
「不意打ち、広範囲、リスキル……随分とまあ、メタを張ってくれたねセナ」
そうして走り出そうとした私たちは、地面に転げながらそんな声を聞いた。さっきよりも早く復活したユキくんが、紋章を使って何かをしてきたらしい。
「コン!」
立ち上がりながらペットを憑依させ、スキルの念力で支えながら立ち上がる。そして、既にペットと合体し飛翔する藜ちゃんの後を追うように、私は分身しながら走り出した。
◇
「ハハッ」
楽しい。
楽しい。
楽しい。
「あははっ!!」
5人のギルドメンバー+3体の分身に囲まれて、メタを張られて、2回も早々に残機を減らされて。それでも、俺は楽しかった。今までの、1度も俺の残機を減らせなかった相手と比べるべくもなく、セナたちは強い。自分のギルドは強い。だからこそ、
「簡単に負けるのは、つまらない」
転ばせようと《加速》と《障壁》の紋章を使っても何故か転ばなくなったセナと、飛んでいるから体勢が崩れてもあまり意味のない藜さん。後衛からの広範囲魔法を妨害しつつ、ランさん・セナ・藜さんの持つ銃火器に注意を払いつつ、迫る2人に10枚ほど加速の紋章を付与した。
「《加速》」
何倍もの速さですっ飛んで行く2人を見送りつつ、2回死んだことで解放された魔導書を1冊手に取った。そしてそれを天井に向け放り投げつつ、ボスらしく宣言する。
「さて、第2形態だ」
運営の人に、『第2形態とかボスらしい何かがあると嬉しいです。え、必殺技? 残機10個減らされるまで使わせませんよ!』と言われて作った必殺技。元ネタとはあんまり似てはいないけど、効果だけは似せた必殺陣。
「大結界『トラロカン』」
そしてボス部屋が、大嵐に包まれた。これがどれくらいプレイヤーに効くのか、試させてもらう。
◇
気がついたら、私は壁に激突していた。そして何故か、全身に冷たい雨と風が吹き付けてきている。なんでこうなったんだっけ?
「藜ちゃん、分かる?」
「いえ。分からない、です」
頭を振って気を引き締め直す。それから近くにいた藜ちゃんに聞いてみたけれど、やっぱり分からないらしい。ええと、確か最後に『トラロック』とか『トラロカン』みたいな言葉を聞いた記憶はあるんだけど……
そう思って見渡したボス部屋は、ほんの少し前までとは環境が激変していた。部屋を覆っていた氷を全て砕かれ、1m先も見えないほどの豪雨が降り注ぎ、暴風が吹き荒れ雷が鳴っている。
「来ます!」
その光景に少し呆然としていると、そんな藜ちゃんからの忠告が耳に届いた。何事かと空を見上げれば……そこには、雨に紛れ私たち目掛けて降り注ぐ、無数の爆弾の姿があった。
「逃げな──ぷぇっ」
逃げようと足を踏み出した瞬間、念力による補助も追いつかずに転倒してしまった。同時に握りしめていた筈の愛銃もすっぽ抜け、なんとも無様な格好だ。
そういえばこの天候って【嵐天】だっけとか、効果が 確率装備解除・転倒確率上昇・属性効果低下(炎)だったっけとか、今さら感溢れる情報が頭の中に浮かんでくる。後多分、このままじゃ負けるなということも分かった。
「藜ちゃんは逃げて!」
「っ、わかり、ました!」
どうにかできるかもしれない方法はあったけど、それだと五分五分くらいでしか生き残れないだろうから、飛んで逃げられる藜ちゃんは逃す。これでアタッカーは生き残るし、私も
「コン、MP全部使って狐火!」
目の前まで爆弾が迫ってきた頃、私はペットにお願いする。この天候の中で炎を使うのは、無茶な気しかしないけれどそれでもチャンスはある。
そして、爆炎が吹き荒れた。MPが0になった代わりに、普段の半分程度の火力しかないが炎が吹き荒れ、私に迫っていた爆弾の7割近くを暴発させることに成功する。よし、これで生き延び──
「えっ?」
次の瞬間、白い光に包まれ私のHPは0に落ちていた。
◇
「まずは1人」
二重のステルスで姿を隠しながら、俺は紋章で誘発した雷が
「次」
残りの相手は4人。その中でも比較的近くにいるのが、れーちゃんたち3人組。その中でも、俺にとって1番厄介な相手はつららさんだ。
れーちゃんよりも魔法の発動が早く、範囲が広く、威力は……まあどっちも掠っただけで死ぬからあんまり関係ないか。ともかく、いくらステルスで隠れてるとはいえ、広範囲魔法を連打とかされたら俺はあっけなく死ぬ。だから、そのことに気づかれる前に早く倒す。これに限る。
「せーのっ」
とりあえず爆弾を20個くらい上に投げ投げ、10個くらいの手榴弾をボーリング感覚で投擲する。
「《ディクリーズサンダー》」
上下の爆破によって倒せればよし、倒せなくてもそのあとの雷で倒せればよし。しかもつららさんの雷属性耐性を低下させて狙い撃ち。我ながら完璧な作戦だ。
「起爆!」
大雨の音に声はかき消されたが、聞き慣れた気持ちの良い爆音はよく耳に届いた。同時にバリバリと空気を破る音が轟き、一条の雷が3人の元に落ちる。
大結界『トラロカン』
そんな大層な名前を付けはしたが、実際にやっていることは今までと然程変わらない合わせ技である。魔導書で天候を【嵐天】に変更し、潜伏スキルと装備効果の二重効果で姿を消し、相手の魔法発動と攻撃を手動で無効化しつつ、爆弾を投擲したり雷を誘発する。霰でダメージを与えるバリエーションチェンジもできる。
けれどまあ、実際行なっていることはそれだけだ。別に自在法ってわけでもないし、元ネタのようにワープしたりもできない。上空に投げた魔導書を壊されたら終了だし、大規模魔法を乱発されて俺が死んでも即解除される脆い結界だ。
でも、俺がこんなことを言えるのは製作者で、使用者で、攻略法も欠陥も知り尽くしているからだ。
何も知らない相手からすれば、【嵐天】という厄介な天候の中で、見えない相手が爆弾を乱発し、雷や雹が何故か自分たちを狙って来る地獄に他ならない。
「《エンチャントサンダー》《ディクリーズサンダー》」
避雷針代わりに魔導書を一冊、未だHPの残る3人の上に差し向け、追い討ちとしてれーちゃんとランさんの雷属性耐性も低下させる。
直後、狙い通り3人に極太の雷が魔導書を経由して直撃し、そのHPを全て吹き飛ばした。れーちゃんは復活したようだけど、守りのない後衛1人なら魔法発動の妨害は容易い。
「でも、念には念を──っ!」
もう一度、運良く雷を落とそうと思った瞬間だった。空が、晴れた。【嵐天】が解除され、雨が上がり、風が止み、眩い【晴天】が訪れる。
「見つけ、ました!」
そして、聞き慣れた爆発音の直後、俺のHPが再び0に落ちた。