閃光
轟音
衝撃
事前のスキルにより、最初の爆発は私たちのHPを削ることなく透過した。けれど、ユキくんの放った大技はまだ終わっていなかった。降りしきる瓦礫の雨、濁った水に樹木のかけら。私たちを容易に押しつぶす大きさのそれらがゲリラ豪雨のように降り注ぐ。
私たちが必死にそれらを回避する中、そんなユキくんの声が聞こえた。どこかと見渡せば、降りしきる瓦礫を紋章で逸らしながら、こちらに銃を向けているユキくんの姿が見えた。
「
その銃口が見当違いの方向を向いたとき、私は言い知れない悪寒を感じた。このままここで躱してたら、殺られる。改めて測ってみれば、彼我の距離は10m程。ここは、あの銃の射程圏内だ。
「バァン」
そんな軽い声とは対照的に、お腹に響く爆発音のような銃声が部屋を貫いた。直後、チチチチと耳障りな音がなり、私の左腕が愛銃と共に爆発した。
撃ち抜かれた。そう認識した時には既に、私の周りには10を超える銃弾が
「コン!」
藜ちゃんなら上手く避けてくれるだろう。そんな信頼を寄せて、私は私だけが助かるように全力で回避運動を開始した。けれど、腕一本を持っていかれた所為でバランスが崩れて上手くいかない。掠るたびにHPはガリガリと削られるし、スリップダメージなどの状態異常のアイコンも点灯し始めた。これはもう、私は限界だ。倒されるまでは秒読み段階になってしまっている。
でも、お陰でこの全方位からくる銃弾の仕掛けはわかった。単純に、ユキくんはその馬鹿みたいな空間認識能力で跳弾させているのだ。瓦礫と、障壁と、その他諸々を全て利用して。弾が爆発する理由は知らない。
「でも、やるしかないか」
ちょっと癪だけど、ユキくんを攻略するには私より藜ちゃんの方が相性が良いらしい。現に今、瓦礫の雨を縫うように飛翔する藜ちゃんには一切銃弾も瓦礫も当たっていない。これなら安心して任せられる、癪だけど。癪だけど!
「藜ちゃん、残り2回任せた!」
そう合図して、私は走り出した。全力も全力、バフのお陰で3000を超え、私の制御が出来ない全開だ。瓦礫を踏み空中を蹴り、極振りの人にも迫る勢いで加速してユキくんへと突撃する。
「電磁シールド!」
そして、今まで殆ど使ったことのない愛銃の機能を解放した。金属系の遠距離武器だけを一定時間無効化するという、極めて限定的な防御効果。今だけはそれが、決定的な切り札となっていた。片銃しかないので時間は5秒と短いが……ユキくんを攻撃範囲内に捉えるには十分だ。
そして効果時間切れと同時に、計算通り私はユキくんのすぐ近くまで辿り着いた。
「ユキくん、一緒に死んでくれる?」
そうして口にした台詞は、自分でもちょっとうわぁと思うものだった。でも、ちょっと思ったより忌避感はないかも。
「いいよ、セナが殺せるなら」
答えは聞いてないって言おうとしたけど、思っていたよりもずっとまじめに返されてしまった。それにちょっと頬が熱くなるのを感じながら……コンに最後の指示を送った。
◇
「全く、セナも無茶をする」
残機を減らして復活しながら、炎に包まれた舞台で俺は思わずそう呟いた。だってそうだろう、あんな病んでそうなセリフの後自爆とか。
まあそれはそれとして、だ。
残っているのは、空を飛翔しているから無事だった藜さんのみ。流石に遠すぎて跳弾で狙撃なんて真似も出来ない、やはり厄介だ。だからこそボスとして、自分のキメワザでCritical Strikeからのゲームクリアといきたいものだ。
「だから、時間稼ぎさせてもらいますよっと」
そう言いつつ、両手で俺はちょっとした工夫を凝らした爆弾を投擲した。爆弾1つ1つを導火線で結んだ擬似爆導索。俺を中心に放射状に広がったそれらが同時に起爆して、地面に降り積もった瓦礫を打ち上げた。
その量と勢いはさながら対空砲火の様で、きっと藜さんを足止めしてくれること間違いなしである。そしてその数秒があれば、別に誰が見てるわけでもないけど演出が満足にできる。
「《明鏡止水》」
銃身が焼け付いた【新月】を手でくるりと回して【偃月】に換装し、腰だめにして抜刀術の体勢をとる。本当なら肩に担ぎたかったのだが、今の呪い装備じゃできないから諦めた。
同時に『HPを20%
「
そんな宣言をしながら、俺はできる限りのバフを自分にかけていく。
抜刀術専用スキル《外鎧一触》により、HPを1にして与ダメを2.5倍に。
《外鎧一触》のMP版である《
最後に発動させるスキルは《
「
これこそが俺の最大ダメージ。【抜刀術】スキルの修正によって少々火力は下がってしまったが、それでもまだ全プレイヤー中5本の指くらいには入ってる自爆技!
「
瓦礫の対空砲火を抜け、藜さんが姿を現した。けれどもう遅い、今からこれを止めることなんて不可能。ついでに攻撃範囲も広いためかわすことも不可能!
「
加速の紋章による超加速レーンを選択。更にそこに、初速を得るための磁力の紋章による反発込みの抜刀準備を重ねる。
まあ今回はろくにダメージ計算はしていないけれど、どうあがいても1000万は軽く超過してるから問題ない。
「吉野御流合戦礼法“迅雷”が崩し」
バチバチと帯電を始めた愛刀を構えて、一度深呼吸して心を落ち着ける。そう、さっきのルリエー大爆発で藜さんの復活も使わせていたはずだ。故にこそ、これで決着である。
「
雷光一閃。プレイヤーに向けて放つには過剰すぎるダメージの一撃が、こちらに向けて迫る藜さんに向けて放たれた。
「ふぅ」
息を吐きながら、残心を残して納刀する。自分でも認識できない速度で振るわれた必殺技は、間違いなく藜さんに直撃した。それは、この一面何もなくなったフィールドが証明していた。同時に俺も砕け散り復活、残機が0に落ちたがまあいいだろう。
「これで終わりっと」
更に、残機が0になったことによって、自動的に装備が換装され一面全てが【死界】に包まれた。これにて終幕。もし生き残っていたとしても、あと少しで退場することになるだろう。
そんなことを思っていた時のことだった。ボロボロになり、朽ちかけた飛翔体が6つ俺に向けて迫ってきた。どうやら藜さんは、今の今まで残機を使わずにいたらしい。どうやって生き残ったのかとても気になるけど、既にこちらも残機0。余裕をかましていられるほど余裕がない。
「《障壁》」
大技の連発でガス欠気味のMPと集中力を振り絞り、朽ちかけた飛翔体を全てブロックする。が、次の瞬間だった。心地の良い爆音と共に、視界が全て白に包まれた。
「煙幕?」
こんなもの、ほとんど意味が無いというのに今更? そんな疑問が湧き上がるが、警戒するに越したことはない。藜さんの武装はなくなり、こちらのMPも尽きかけの痛み分けの状況だ。なにが起こるか分からない。
だからこそ、過敏に反応してしまった。
「ダミー!?」
視界0の中こちらに向けて迫ってきた人型の物体。それを紋章で対応して、すぐにミスを悟った。動きが明らかに人じゃない、人形じみたその動きはどう見てもダミーだった。
同時、反対側と上方に似たようなものを探知した。どちらかがダミーでどちらかが本体だが、どっちも防いでしまえば問題ない! そう判断して、爆弾を投擲する。これで本当の決着、接戦になったが俺の勝ち──
「なっ」
否、だった。気がついた時には既に、予想外の方向から迫る藜さんに噛み付かれていた。首筋を、もうガッツリと。あっなんかいい匂い。
「
最初のダミーだと判断した人型こそが、藜さん本人だったとすぐに察することができた。空間認識能力の欠点にも気がついたが、時既に遅し。HPは0になり、俺の敗北は決定していた。
そのまま勢いで押し倒され、後頭部を激しく打ち付ける感覚が走った。相変わらず痛みはないのが不思議だ。
「ふふん、やり、ました!」
馬乗りになったまま藜さんが笑顔を見せるが、改めてその姿を確認して俺は全力で顔を逸らした。何せ、今の藜さんは何1つとしてアイテムを装備していないのだ。破壊した張本人が言うのもなんだが。
まずUPOでは決して裸になることはない。ないのだが、何も装備していないと他ゲーム同様UPOでもインナー姿になるわけで。インナーって、下着よりは少しマシ程度の露出なわけでして。お上品な言葉で言えば扇情的で、ぶっちゃけすごいエロチズムを感じる。
「むぅ、なんか、おめでとうとか、ないんです、か?」
藜さんがそう言ってくるけど、ここは知らぬ存ぜぬで通そう。なに、ここはあくまで電脳空間。五感はあるが生理現象はない、もしあっても鉄の意志と鋼の精神で乗り越えられる。
だが、現実はそんなに甘くなかった。両手でガッチリと頭をホールドされ、藜さんを直視する状態にさせられてしまった。筋力差1000倍には……あっ、俺今0だから倍でも何でもないじゃん。0になに掛けても0だっての。茶葉生える。
「少しくらい、お祝いして、くれても、いいじゃ、ないですか」
「えっと、それはそうなんですけど……」
あっ、この妙な恥ずかしさ思い当たるものがある。中学の頃遊びに来たセナが、寝ぼけてパジャマをはだけたまま出て来たのを注意したアレだ。
「その、格好が……」
「格好?」
首を傾げた藜さんが自分の姿を見て、ピシリと凍りついたかのように固まった。加えて今俺は抵抗せず(出来ず)押し倒されてるわけで。いやー、そんな格好で首に噛み付くなんてスゴイっすね。
「あ、ぅあ、あぁぅ……」
「やばっ、時間ない。とりあえず、初極振り突破おめで」
急速に赤くなっていく藜さんを見ていたら、ボス討伐後の捨て台詞タイムが無くなっていた。ギリギリおめでとうも言い切れなかったし、なんか締まらないなぁ……
後しばらくは塔に籠ろう、そうしよう。
ヘタレ