思っていたより、イベントの終了はあっけなかった。プレイヤーサイドは悲しむわけでもなく、惜しむわけでもなく、終了時刻に達しようとしている。ダンジョン攻略中のプレイヤーも多々いるみたいだけど、まあもうボスとして戦うことはあるまい。
けれど、せっかくの初高難度イベントの終わりが、こんなつまらないもので許されるのだろうか? こんな普通のイベントと変わらない終わり方で良いのだろうか? 無論、否。断じて否である。
というわけで。意気投合したにゃしいさん、デュアルさん、センタさん、ザイードさんと共謀してある計画を実行したのだった。
◇
「俺の商品が!」
大雨が降りしきる第3の街。その一角で、ザイルの手から溢れた銃アイテムが側溝に流されていた。なお、雨を降らせたのも、今現在銃を流しているのも俺である。
そして、現在俺がステルスしながら篭っているこの場所は、排水溝の中。もう勘のいい人はお分かりだろう。それが見えたら終わりなアレだ。
「あぁ、ダメか……ロボットアーム作る素材、携帯してたっけ……」
アイテムを暗がりに押し込んだと同時、ザイルさんが排水溝を覗き込んでそんなことを呟いた。諦めてくれそうだけど、ここでスキルを使われたら茶番が一気に終わるので早めに声をかける。
「ハァイ、調子いい?」
「ひっ」
「ダンジョンボスとしての最後の時間、楽しんでます?」
ザイルさんが素と思われる悲鳴をあげ一歩下がり、ふるふると首を横に振った。
「えぇー……それは勿体ない。爆弾あげるので、最後くらい楽しみましょうよ」
「そう言って、また俺の胃に穴を開けるつもりだろう。騙されんぞ」
普段からビルを毎日爆破してることも相まってか、案の定信用してはもらえないようだった。けれどここで諦めたら、せっかく実行役として出張ってきた意味がない。
「確かにいつも、俺はビルを爆破したり無茶な注文をしてザイルさんの胃を痛めつけてます。でも今回は違うんです。イベントの終わりを盛大に祝おうって、ただそれだけ。ザイルさんの技術力が必要なんです」
「確かに面白そうだな。だが嫌な予感がする、じゃあな!」
「ストップ!!」
危うく逃げられかけたので、仕方なく紋章を使って立つこと自体を妨害する。
「行っちゃっていいんですか? こちらには、コレと、これがあります」
そう言って俺が持ち出したのは、さっきザイルさんが落とした商品と購入用のお金を入れた袋。ふはは、これで逃げられまい。
「くっ、俺の商品……」
「Ex-actly! この2つを返す代わりに、手伝ってください」
見せびらかすようにして見たけれど、なんとなく嫌そうな顔をしてザイルさんは手を伸ばして来ない。だが、もう一押しという確信はあった。
「そんな嫌な顔しないでも……実はもう、翡翠さん以外の先輩には話をつけてきてるんですよ。ザイードさんとかも、面白そうだからOKだって」
「くっ、常識的なやつが軒並み……本当に安全なんだな?」
「えっ、あ、はい」
ぐいっと詰め寄るように言ってきたザイルさんの行動に動揺して、思わず動揺した返事をしてしまった。それによる不信感をなんとか押し流すべく、全力で話を畳み掛けにいく。
「きっと楽しいですよザイルさん。運営が塔を繋げて王冠化するのに合わせて、全員で花火を打ち上げるんです」
そこまで言ってようやく、ザイルさんは手を伸ばしてきた。内心ほくそ笑みつつそれを見て──
「だからそう、こっちに手を伸ばして……」
「私たちと変わらない、極振りとしての扱いを受けてもらいましょうかぁ!!」
突然足元から生えてきたにゃしいさんが、伸ばされた手をガッと掴んで引き込んだ。目を光らせるオプション付きで。
「キャァァァァァァッ!?」
・
・
・
「ザイルは死んだ。既知のキチがキチって行った凶行に、穴が開きそうな胃と女子としての精神が耐えられなかったのだ」
笑い転げるセンタの隣で、カソックに身を包んだデュアルが何も書いてない本を開きながらそんなことを言った。因みに現在位置は、ザイルが引き込まれた排水溝のすぐ近く。つまり、一連の流れを余さず見ていたのだ。
「途中から何が起こるか理解しても、最後までこの茶番に付き合ってくれたザイルは本当に良い人だと思う。序でにユキも死んだ」
集まった極振り同士で話し合って行われた、ペニーワイズ式引き込み作戦は成功した。けれど、そのことをセナと藜に知られたユキは死んでしまった。排水溝という極めて狭い空間で、にゃしいと長時間密着していたことがバレたのだ。
後に本人が、これに関しては俺悪くなくない? などと口にしていたが、どう考えてもギルティである。
◇
とまあ、そんな茶番を経た協力を取り付けて、ついに来てしまったイベント終了当日。今ボス部屋には、不機嫌そうに見えるセナと藜さんが居座るという、胃を締め付けるような状況が展開されていた。
「あの」
無言の圧力を2人が放っている理由は、にゃしいさんが楽しそうに話していたペニーワイズごっこが伝わったことらしい。残機が4になるまでボコられたからそれは分かってる。でも、アレに関しては俺悪いことしてないのに……あっはい、ダメですかそうですか。
「えっと、一応運営が最後に色々やるけど、下で見なくていいんですか?」
「ここからの方が、綺麗に見れそうだもん」
「同じく、です」
苦し紛れに言い訳してみたけど、やっぱり逃してくれる気はないようだ。謝りはしたけど許してくれないし……なんで俺、こんな浮気がバレた夫みたいな状況に陥ってるんだろ。
「……もしかしたら、まだ挑戦しようと思うパーティが」
「いないよ。みんな、6・7層で遊んでるから」
「そもそも、こんな時間に、ユキさんに、挑む人なんて、いない、です」
「アッハイ」
一応確認して見れば、2人の言う通りプレイヤーは大体6〜7層に集まっていた。イベント終了までの時間も残り数分、確かに長期化が確定してる俺と戦う人なんていないだろう。というか、そもそも挑戦者いなかったし……
なら、ボスとしては失格だけど2人を優遇しても良いのかもしれない。
「なら、俺もやることあるし……見やすいように、上まで行きます?」
震える手を差し出して、一応聞いてみる。ザイルさんを引き込んでまでやろうとした作戦を実行するためにどうせ上がるのだから、2人も連れて行ってしまえ。
そう思って塔の天井に登れるように、割れた窓から塔の外壁に向け障壁を展開した。誰だよボス部屋の天井塞いだの……俺でした。
「ユキくんが、どうしてもって言うならいいよ」
「ん、私は、行きます」
伸ばした手を、藜さんが掴んで引っ張った。HPが結構な勢いで減少するのをハラハラしながら見ていると、セナが藜さんに裏切ったなとでも言いたげな表情を向けていた。どことなく藜さんが勝ち誇ったような顔をしている辺り、俺の知らないバトルがそこで繰り広げられているのだろう。
でもどうしてだろうか。今日は疲れたからか、いつもは見える威嚇しあう幻影が見えない。うん? 幻覚が見える方が異常だから、今の俺は正常……? どしよう、分からなくなってきた。
…………まあいっか。
「ほら、お願いするから。セナも行くでしょ?」
「うん!」
セナの手を取った瞬間のことだった。ギリっと、藜さんに抱き寄せられた腕にかけられる力が強まった。同時にHPが0に落ちる。ああ、何故ランさんたちは、「上手くやりな」って助言をするだけして別行動なのだろう。身体がもたないですよ……
「あっ、ごめん。もうちょっと、優しく触るね……」
「気にしないで大丈夫。それより、間に合わなくなるから早く」
これ以上殺される訳にもいかないので、急いで2人の手を引いて塔の上に登って行く。そうして何もない塔の上部に到着した時には、視界の端に表示してた時計の針は進み、イベント終了まで約1分程となっていた。
「わぁ……」
間に合ったことに嘆息していると、後ろからそんな声が聞こえた。振り向けば、セナはそうでもなさそうだったけど、藜さんは目を輝かせて眼下の景色を見ていた。満天の夜空に、下では一般プレイヤーが各々の光源を持って空を見上げている。高所から見下ろすその様は、思ったより綺麗に見えた。
そんなことを思っていると、開きっぱなしにしていたダンジョン管理メニューが強制的に閉じられた。同時に、ひゅ〜とどこか気の抜けたような音が耳に届く。
「始まるみたいですよ」
下を見ていた藜さんにそう言った直後、18点くらいの爆発が3回鳴った。よく現実で、何かイベントの開始を告げるアレだ。もう少し爆発しても……なんて思っていると、変化はすぐに来た。
上から見れば、正十角形状に配置された高難度イベント塔。その全てが同時に、金色の輝きを纏った。まるで自身はレアだと主張するようなその光は、同類を求めるように横に伸び、逆アーチ状になりながらも結合する。結合した面には宝石のようなパーツが浮かび上がり、装飾のようなものも刻まれていく。
そうして完成するのは、マップ1つ丸々使った王冠。下の方からは歓声も聞こえてくるし、見ずとも完成度はかなり高いことが伺える。
「とー……ユキくんユキくん、凄い綺麗だよ!」
「特等席、です、ね」
連れて来てしまったセナたちも喜んでるようで何よりだけど、極振り全員で決めたことはここから始まるのだ。王冠の中央で花火が上がる中、全体の指揮役であるザイルさんからのメッセージが飛んで来た。
『作戦実行。第1段階は10秒後、第2段階はにゃしいの魔法の完成に合わせろ』
「了解です」
返事と同時、俺は花火を眺めている2人を守れる位置に移動する。どうやらまだロスタイム扱いで、戦闘中って判定は継続してるみたいだし。
「どしたの? ユキくん」
「いや、折角のめでたい日だし、
セナの顔が真っ青になった。
「藜ちゃん、早くこっちに! 回避スキル張るから!」
「えっ」
「コーン!」
わちゃわちゃし始めたセナ達を気にせず、右手を天高く掲げる。本当なら別の爆発にする予定だったけど、セナ達が残機を削りに削ってくれたから、見納めの必殺技でいこうじゃないか。
「たーまやー!!」
カウントが0になった時、9つの塔から一斉に力が空に昇った。
アキさんの塔からは、極光の斬撃が。
センタさんの塔からは、紅に煌めく鏃の群れが。
デュアルさんの塔からは、何やら燃える剣のようなものが。
にゃしいさんの塔からは、赤い爆炎が。
翡翠さんの塔からは、灰色の柱が。
レンさんの塔からは、緑の暴風が。
ザイードさんの塔からは、黒い光と鐘の音が。
ザイルさんの塔からは、連射された曳光弾が。
そして俺は、いつもの花火ルを。
それぞれが立つ王冠の頂点で、それぞれの象徴のような力が解放された。いやぁ、こうして見てみると壮観だなぁ……
降り注ぐ破片を障壁で完全ガードしながら見ていると、全力で防御態勢を取っていたセナ達はどこか呆けたような表情をしていた。
「ああ、うん。最近ずっと戦ってたから忘れてたけど、ユキくんってこんな感じだったね……」
「です、ね……」
「いいや、まだだ!」
どうせ今後言うこともないだろうし、精一杯カッコつけよう。そう思って、第2段階の為に左手を王冠の中央に向けた。
上がる花火の中に形成される、逆さになったルリエーと極大の魔法陣。その巨大な的目掛けて、全員の攻撃の狙いが集中する気配がする。
運営には(ザイルさん経由で)連絡した。だからこそ、極振りの全力をぶつけ合って花火にするなんていう、最高にサーバーに負荷のかかる遊びが出来る。
「最悪緊急メンテだけど、まあいいよね!」
「「よくないよ(です)!?」」
なったらなった。事前連絡はしたんだから、俺は悪くねぇ! というかそもそも、極振り全員で話し合ってやろうぜってことになったやつだから、悪いのは極振り全員である。
「せーの、かーぎ(ry」
そして案の定、特設サーバーはダウンした。