これは、高難度イベントが終わって数日後の出来事である。
例によって例の如く、プレイヤーには封印した30倍加速の中、運営は働き詰めとなっていた。時間加速型VR事務所with会議室、実はこの会社のUPOに次ぐ売れ筋商品である。
VR空間であるが故に自由にお金をかけることなく自分のデスクをコーディネートでき、資料制作も容易であり、態々出社することなく会議などが可能であるそれは、続々と業界に取り入れられているらしい。
『満員電車で苦労する必要がなくなりました』『家族との時間を大切にできるようになりました』『無能な上司を排除できました』『VR嫌いの無能が消えたおかげで業績が回復しました』『逃げ場がなくなったぜチクショウ!』『やはり会議か、いつでも出社しよう……(白目)』などと大好評である。
して、そんなVR事務所(UPO運営)には現在、死屍累々としか言いようのない光景が転がっていた。
「うう、まだ苦情メールが……」
「誰ですか極振りをボスにしようだなんて考えたアホ」
「あ、ラッキー賞賛メール」
「また翡翠関連でしょ知ってる」
目元にクマが出ている職員が複数名、VRのキーボードを叩きながら延々と作業を行なっていた。即ち、GMに対するメール対応。極振りをボスにした結果、殺到した批判がまだ返信しきれていないのである。
さしもの極振り対策室といえど、新人はリアル2徹分篭っているせいでチームの勢いはへにゃってしまっていた。
「ああ、また極振りにパッチ当てろって来たよ」
「無駄だっつってんの。アイツらあくまでプレイヤーが出来ること逸脱してないんだし」
「言ってみるなら、グラップラー15の癖に他の技能一切ない冒険者みたいな」
「なぜTRPGで例えたし」
愚痴を言いながらでもないとやっていけない、連日のメール対応はその領域にまで到達してしまっていた。
「そうそう。CoCで言うなら、パンチ・キック・武道・マーシャルアーツは99なのにそれ以外の技能がないような感じの」
「それそれ。どうせアイツらSANは0でしょ知ってる」
ヒッヒッヒッヒッと魔女のような笑い声をあげる新人達を横目で見ながら作業しているのは、歴戦の対策室の勇者達。けれどその体は、もう人とは呼べないような形に変化していた(VRだからいくらでも治せるが)。
かつてアキ担当だった2人は、6腕2面の阿修羅のような姿に。
かつてセンタ担当だった2人は、なんか両腕が蛇っぽい何かに。
かつてデュアル担当だった2人は、サブアームが複数装着され。
かつてにゃしい担当だった2人は、妖精的な変な生き物が舞い。
かつて翡翠担当だった2人は、不定形の蠢く名状し難い生物に。
かつてレン担当だった2人は、質量を持った残像を持って動き。
かつてザイード担当だった2人は、なんか分身して働いており。
かつてザイル担当だった2人とユキ担当だった2人は、360°に配置したキーボードを連打している。
「はっはっは、なんで態々人型でやってるのやら」
「折角のVR空間だというのに、人型でいる方がおかしいですよ」
そしてこの場に、そんな変態達にツッコミを入れられるほど気力の残っている人は残っていなかった。寧ろ対策室組は、一人で大体10人分くらいの仕事を余裕でこなしているのだ。文句を言える訳がなかった。
「人外型の方が圧倒的に効率がいいのに……」
「あなた方みたいに、完全にスライム形態なのは如何なものかと」
普通の人型の隣で笑い合う、なんかポコポコ泡が湧いてたりテケリリ言ってる不定形に蠢く名状し難いスライムと、阿修羅っぽい奴。常人からはかけ離れたその姿と、10枚分のモニターとキーボードを余裕で動かすその姿を見ればSANチェック必至である。
「人型もいいものですよ、サブアームの操作楽なんですよね」
「妖精っぽいこれも、人型じゃないと反応してくれなくて」
「ぶっちゃけ速く動ければなんでもいいかと」
そんな風にわいのわいのしている変態的な奴らを他所に、一般的な運営の者はがっくりと項垂れていた。
◇
「突然集まってもらってすまない。ではこれより、緊急会議を始める」
同時刻、電子的に隣り合った空間でそんな言葉が響き渡った。照明の落とされた暗い部屋の中、中心には大きな円卓が鎮座している。今の声は、円卓の端、この部屋唯一の光源の真下にある場所から響いているようだった。
「議題は、メンテ後実装予定だった新称号について」
光源に照らされ、そう言葉を紡ぐ議長。その姿は、どこからどう見てもメロンパンのそれだった。そう、メロンパンだ。メロンパンなのだ! 円卓の上に! 喋るメロンパンがあるのだ! ヘケッ!
「議長。しかし、それは先日の会議で決定したはず。上も納得したと聞きましたが」
そう答えるのに合わせて、もう一つの光源が円卓の一部を照らし出す。そこにあったのは、美少女フィギア。もうお分かりであろう。ここの開発陣の頭はとっくにやられていた。いや、正気で狂気なのだからもっとたちが悪い。
「現在実装に向けて最終調整の段階ですが」
次に照らし出されたのはエロ本。会議の場に何持ってきてんだこのアホはと、誰もが思うが誰もツッコミを入れることはなかった。
「……まさか」
おおっと、ここで我らが極振り対策室の室長が、哺乳瓶姿で登場だ。中に満たされているのがミルクではなく、禁断の海外産エナドリな辺り闇が深い。当人曰く、バブみを感じつつおギャって目がエナドリでギンギンになるらしいけれど、正直人としてどうなんだろうか。
「……ああ、仕様変更だ」
告げられたるは地獄の宣言。お上からの絶対命令。まるで崩れ落ちるかのように、本がくしゃりと曲がって倒れ伏した。
「『どうせ時間が30倍に加速できるんだから、1週間もあれば余裕でしょ』とかへらへらと抜かしてきた。運営は人の心がわからない」
「ああ、まだ極振りの奴らの方が理解できる」
「いやあれはあれでちょっと……」
実際、24時間×7×30の為時間は腐るほどあると言える。だけどそれを実現できるかといえば、否であると言えよう。現在まともに動くことのできるメンバーは、既に極振り対策室のみ。真っ当なプログラマーはとっくにダウンしているのだ。
「実装予定だった新称号10個のうち、5つがボツ案にされてしまった」
「そんな……!」
「ファッキンクレイジー」
暴言を交わし合う本とメロンパンと哺乳瓶。あいも変わらず意味不明すぎる光景ではあったが、そこに込められている呪詛は本物だった。
「残っている称号は『ラッキー7』『マナマスター』『オーバーロード』『限定解除』『初死貫徹』の5つだ。どうか手を貸して欲しい」
「勿論です。我が子を殺された恨み、はらさでおくべきか……」
本が怨みに満ちた言の葉を紡いだ。消された称号のうち3つは、何を隠そう本が作り出したものであったのだ。しかも10個のスキルを既に実装準備に入っていた本にとって、ここにきての仕様変更はフィールドが全て翡翠汚染されるよりも許されざることだった。
「了解です、奇跡を見せてやろうじゃないか……!」
逆に燃え上がっているのは
「助かる……!」
「ところで、そんなふざけたことを言いやがった奴はどうなったのですか?」
本がメロンパンにそう聞き返した。本の脳内のイメージがチャラ男で固定されたその伝達役が、憎くて憎くて仕方なかったのだ。人に頼みごとがあるっていうなら、もうちょっと態度というものがあるだろうに。
「問題ない、50倍加速時間に放り込んで迷惑メールの処理をさせている」
口はないにもかかわらず、メロンパンがニヤリと笑った気がした。ぶっちゃけ敵軍の使いを生首にして返すような所業なのだが、やっぱりツッコミ役がかけたここではそんなこと気にされるはずもなかった。
「ところで。結局新称号を配布するメンバーはどうなるのですか? 通常プレイの限界を極めてるような極振りがいる以上、偏らずに分配というのはそれなりに面倒かと推測できますが」
「奴らに餌を与えるな、本性を知っちゃいけない……閉じ込めるんだ!」
哺乳瓶がガタガタ震えながらそんなことを言いだしたが、誰にも取り合ってもらえなかった。きっと帰ったら強制オネショタタイムなのでなにも問題ないことが知れ渡っているのだ。
そんな哀れにもショタ化が継続している室長を無視して言葉は続く。
「それについては、今後も一度称号を獲得したプレイヤーは運営側からの付与は出来ないことに決定した。極振りから称号を強奪することは実質不可能であるから、いい鎖になるだろう」
そういうメロンパンの顔?はどこか誇らしげだった。極振りのこれ以上の横暴を封じた事実は実際、偉大。なお現時点でこれ以上ないほど暴走していることは、言ってはいけない真実である。
「では、明日の正午に企画会議だ。全員解散!」
議長のその言葉とともに、完全に会議室から光は消え去った。
その後、現実に戻った代表者たちは揃ってこう口にしたという。「なんで他の奴らはあんな変なアバターだったんだろう?」と。
ということで、5つくらい募集します。活動報告に作っておきますね。
全部採用は無理だろうことは言っておきますの。