幼馴染がガチ勢だったので全力でネタに走ります   作:銀鈴

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第107話 ナイトシーカー

 解放されたばかりの街で、往来に突っ伏し動かないプレイヤー。これが先輩方とか、翡翠さんのレストランに入り浸ってるプレイヤーなら理解できるのだけど……見た感じ、あのヤベー奴特有の雰囲気がこの人にはない。

 

 しかしその格好もまた、どこか不思議なものだった。機械感マシマシのゴツいブーツとベルト、それとは対照的に、裾の方に星の様な淡い光を放つ意匠のある黒いコートを羽織っている。右手には黒の革手袋とゴツい手甲が嵌められているが、左手には逆に色とりどりの指輪が装着されていた。

 

「えっと……どうします、ランさん?」

「俺に振るな。こういうのはそっちの領分だろう」

「えぇ……」

 

 俺としても、この別ベクトルでヤベー人に関わりたくはないんだけど……まあ、仕方ないか。大きく息を吐くことで抗議の意を表しつつ、【三日月】を取り出して突っついてみた。

 

「うぅ、ボクは……」

 

 一応攻撃の判定になったらしく、突っつきは思った以上に大きく倒れていた人を動かした。紫のグラデーションの髪が、短いながらもその拍子で揺れる。そして本来の狙い通り、一応目を覚ましてはくれたらしかった。

 

「……? わ、けむ。というか、どこですかここ」

 

 そのまま起き上がって周囲を見渡し、首を傾げてそんなことを呟いている。そのあと眠たげに開かれた蜂蜜色の目が周囲を見渡し、心底不思議そうに首を傾げた。

 そして、俺たちの姿を見つけるとその目を見開いて、地面をズリズリと這い寄ってきた。怖い。

 

「水、水を、水をください……あと食料もあると嬉しいです、お腹すいて倒れそうですというか気絶してましたへるぷみー」

 

 そしてランさんにしがみついて、そんな死にそうな声で話しかけていた。その姿を見て評価を改める。ああ、この人もこっち側のヤベー人だ。

 だからこっちに助けを求めないで下さいよランさん。俺の手持ちアイテムなんて、9割9分爆弾でしかないんですから。残りはMP回復アイテム。

 

「まあ、これしかないが…」

 

 絶望したような表情で、ランさんが我がギルドの商品を手渡した。お茶とお団子3本、美味しいけど一番安い料理である。

 でもどうしてそんな、『普段は嗜好品でしかないもの』を?という疑問に従ってスキルでステータスを見ようとしたが、完全には成功しなかったらしい。しかしそれでも、名前・称号と共にHPMPバーが状態異常と共に表示された。

 

「【飢え】と【渇き】の併発って、えぇ……?」

 

 飢餓まで行ってないだけマシと思えばいいのか、この2つの状態異常が出るほど長時間プレイしてるのに、おそらくポーションすら口にしていないことを驚くべきか。

 

「ぷはぁ! 美味しかったですおやすみなさい」

 

 そのことを聞く前に、完食したプレイヤーことカオルさんはパッタリと倒れ寝息を立て始めた。往来のど真ん中で。大の字になって。

 ランさんが、困惑ここに極まれりとしか表現できない表情でこちらを見ていた。まあ、うん、気持ちは分かります。超天変地異みたいな狂騒に慣れてるからなんとも思わないけど、普通の人はそうなりますよね。

 

「ランさん、退いてください。爆破しますんで」

 

 故にこそ普段は見捨てるけど……俺もまあ、ちょっと聞きたいことはあったし助けることにする。無言でランさんが頷き、寝息を立てるカオルさんだけがその場に残った。

 えっと確か、この前汚い爆弾を目指して作った香辛料が撒き散らされる爆竹がここら辺に……

 

「ほーれっ」

 

 放り投げた爆竹は山なりの軌道を描き、見事カオルさんの顔面直上で爆発、さらにハザードグローブの効果で規模の小さな副次的爆発が発生。俺とランさんのすぐ手前までの空間を、灰色の煙が包み込んだ。

 因みにこの煙の主成分は、塩コショウと唐辛子系列の香辛料である。翡翠さんに頼まれて制作した、プレイヤーの耐性すらぶち抜いて効果を発揮する悪魔の兵器だった。

 

 爆発から数秒後、煙の中で表現することが憚られる声が響いた。さらにその数秒後、極振りより少しはマシな程度の速度で、死にそうな足取りで煙の中から脱出してきた。

 

「げほっ、うぇ、うぅ、ひっぐ……じごぐをみまじだ…」

「すみません、手荒い起こし方で」

 

 なんてことを言いつつ、腕装備のもう1つの効果である『爆弾系アイテムを1つ消費して、爆破範囲の状態異常を1つ解除する』能力を使って、香辛料の地獄を消し去った。

 状態異常アイコンは出ないし防御も貫通するのに、時間経過(30秒)とアイテムで回復は可能って、本当に謎の判定なんだよなぁ……これ。問い合わせた結果、バグではないって言われたけど。

 

「本当ですよ! なんですかあの地獄!! こんな可哀想なボクに対しては、普通あの人みたいにするでしょう!!」

 

 そう言って俺に詰め寄って来たものの、男性か女性か分からないこの人は触れようとはしない。何というか、触れるのを恐れているような感じがする。

 

「いや、仮にも称号持ちがその態度ってどうなんでしょう……? 【ナイトシーカー】さん」

「げっ」

 

 そう言った瞬間のことだった。まるでエビか何かのように後退したカオルさんは、左手をこちらに向け──そのMPが僅かに減少するのが見えた。

 

「私は捕まるわけには! 《ナルコレプ」

「《障壁》」

「ぎゃん!?」

 

 何か危なそうな魔法が使われそうになったから、久しぶりに障壁を割り込み暴発させて発動を妨害した。火力不足で封印してた技だけど、プレイヤーなら眼球の近くでやればイケるらしい。

 

「ああう、目が、目にとてつもない衝撃が……」

「《障壁》」

 

 ゴロゴロと転がり回るカオルさんは、暫くは回復しないだろう。いくらUPOの『痛みの感覚』が、普通デコピン程度とは言っても眼球に直だし。閃光の分目も眩んだことだろう。……これ、対人戦じゃ封印かな。先輩方は除いて。

 

「すまないが、これはどういう状況になったんだ?」

「話を聞こうと起こして、スキルですっぱ抜いた称号で呼んだら、魔法を使われそうになったから妨害した……としか」

「まるで訳がわからんぞ」

「俺もそう思います」

 

 単純に話を聞きたかっただけなのに、どうしてこうなったのか。頭を捻っていたせいか、カオルさんに対する注意が薄れてしまっていた。

 

「ふふふ、必殺《スリープクラウド》!!」

 

 あっと思った時にはもう遅かった。辺りに薄緑色の煙が溢れて、ランさんががくりと崩れ落ちた。そのステータス上には、睡眠という状態異常のアイコンが点灯していた。

 

「危なかった……絶対追手ですよねこの人たち。まだ捕まるわけにはいかないのですよ……」

「何から逃げてるのかは知りませんけど、随分と大変そうですね」

 

 まあ、俺の場合装備を変えてしまえば状態異常は反転できる。街中だから被ダメもあんまり関係ないし。これがあるからハザードグローブの能力が1つ死んでるのは内緒だ。

 

「ほんとですよ。なーんでギルド抜けたくらいで、ボクが追われる目に……え?」

 

 目と目を合わせて答えたところ、カオルさんは目を見開いて固まってしまった。こちらを指した指と、魚か何かのようにパクパクと動く口は、見ていて面白いものがある。

 

「あと追手って言ってますけど、よく見れば違うって分かりません?」

「はい? そんな自意識過剰な、こ……と……あっ」

 

 爆弾をチラつかせてそう言ってみれば、カオルさんはみるみるうちに顔を青く変えていった。

 

「アッハイソウデスヨネ。極振りが他人の意見で動くなんて、アリエナイデスヨネーハハハ」

「そうですよ、はっはっは」

 

 爆弾をしまってから、相手に合わせて笑ってみる。なのにどうしてだろうか、カオルさんが冷や汗をダラダラと流しているのは。

 

「あの、土下座しますんで、爆破は見逃してくれませんか?」

「良いですよ?」

「はははそうですよねダメで──はい?」

 

 再びカオルさんが固まった。

 

「そんな誰彼構わず爆破なんてしませんし、土下座してもらわなくても見逃します。それに、手助けするのも吝かではないですが」

「嘘ですよね? いくらボクが称号持ちでも、そんな簡単に極振りの協力が得られるわけが……」

 

 そんなことをブツブツと言っているけれど、ここで会ったのも何かの縁。しかも同じ称号持ちな訳だし、手助けしたくもなる。まあ一番の理由は、

 

「だって貴方に味方したら面白そうじゃないですか」

「アッハイそうですか、ボクにとっての一大事が面白いイベント扱いですか……でもいいです! 極振りが味方してくれるなら百人力!」

 

 まだ時間帯的には夕方なのに、カオルさんの勢いは深夜テンションのそれだった。確か【ナイトシーカー】は夜間ログインが最長最頻なプレイヤーに贈られる称号、そう考えれば不思議ではない……のか?

 

「さあ! そうと決まれば逃げますよ逃げましょうどの街に逃げればいいんでしょう?」

「うちのギルドがある第2で。それより、ランさん起こしてくれません?」

「無理です。ボク、眠らせる技はあっても起こす技はないですからね!」

 

 何をするにせよ、ランさんをここに置いていく訳にもいくまい。そう思っての提案だったのだが、胸を張って自信満々に否と答えられてしまった。ランさんを爆破するのは躊躇われるし……

 

「しょうがないですね……《軽量》《濃霧》」

 

 寝ているランさんに軽量化の紋章を叩き込み、魔導書数冊を担架代わりにして浮かせた。序でに濃霧も展開しておけば、誰にも気づかれることなく街の中央にたどり着けるだろう。

 

「あのあの、ボクの時と扱い違くないですか?」

「そりゃあ、ギルメンと初対面の人ですから違いますよ」

「普通対応、逆じゃありません!?」

 

 そんなことをギャーギャーと言っていたけれど無視する。というか逃げるというのに、そんなに大声を出していていいのだろうか。

 とまあ、そんな風に話しながら、俺たちは第2の街へと向かっていったのだった。

 

 尚、ギルドに着いた途端『ユキくんがまた女の子を連れてきた』と言われ、セナと藜さんに連行されたのは割愛する。


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