幼馴染がガチ勢だったので全力でネタに走ります   作:銀鈴

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グリッドマンの影響で荒ぶるサブタイ
あっ、一応クリスマス短編も投稿しております


第109話 家・出

「ッ、とりあえず早く中に!」

 

 ポタリ、ポタリと雨水を滴らせる藜さん……空さんを見て、俺は一先ず事情とかは後回しにして家に迎え入れた。

 

 優先すべきは事情より体調。雨に濡れたまま放置なんてしようものなら、普通はすぐに風邪を引いてしまう。だからこそバスタオルを渡し風呂を入れ始めて戻れば、まだ少し寒そうにする藜さんがリビングで待っていた。

 

「とりあえず、あったかいものどうぞ」

「ありがとう、ございます」

 

 用意しておいたホットミルクを渡しつつ、バスタオルに包まった空さんの対面に座る。

 

「……何も、聞かないん、です、か?」

「ええ。家出してきたってことは、何か事情があるんでしょうけど」

 

 少しの間そうしていると、不安に揺れる顔で空さんがそう聞いてきた。突然来たことには驚いたし、このご時世に家出なんて珍しいとは思ったけど、別に断る理由もない。この天気で追い返すなんて鬼畜の所業は出来ないし。

 

「そういうのは落ち着いてから、話したいときに話してくれればいいですよ」

「……はい」

 

 空さんの目元に見えた雫は、涙なのか雨なのか。追求することはしない。心が危ういときは、迂闊に触れることの方が危険なのだ。経験則から、嫌という程それはよく知っている。

 

「今お風呂を入れてます。風邪でも引いたら問題ですし、ゆっくり浸かって来てください」

「はい……!」

「この時間だと、夜ご飯もまだですよね? お風呂に入ってる間に、作っておきます」

 

 元々自分1人用だったとはいえ、ご飯は一合は炊いてるからなんとかなる。お味噌汁も明日の朝分を無視すれば足りるだろう。茄子とほうれん草のやつだから、チューブ生姜を入れても美味しいのは幸いだ。あとはまだ手をつけてないおかずだけど……

 

「空さんは、何か嫌いな食べ物ってあります?」

「いえ、特にない、です」

 

 冷蔵庫の中にあるものが使えなかったら、台風の中出かけないといけないところだった。それにあまり、今の空さんを1人にすることはあまり好ましくない。

 

「なら、逆に好きな食べ物はあります?」

ハンバーグ、とか……

「はい。じゃあそうしますね」

 

 消え入りそうな声だったけど、ちゃんと言葉は耳に届いた。ハンバーグって手で捏ねる以上、他人に任せるには中々に難易度が高いと思うのだけど……まあ、そこは信頼されてるって納得しておこう。

 

 そう思って料理を始めれば、何故か空さんが驚いたようにこちらを見ていた。なにか珍しいことでもしていただろうか? そんなことを考えていると、オフロガワキマシタと風呂が貯まった音が鳴った。

 

「じゃあ、入ってきます、ね?」

 

 そう言って空さんはお風呂へと向かって行った。これで残る問題は、俺が未成年者誘拐で通報される可能性くらいのもの──

 

「着替え、どう用意しよう」

 

 空さんが持ってきていた荷物は、VRギアに財布と携帯くらいのもの。背負ってたバッグを今干してるから分かる。

 取れる選択はそう多くない。今までの経験の中で、一番の危機がすぐそこに迫っていた。

 

 

 チャポンと、水が落ちる音が浴室に響いた。

 

「んー……」

 

 少しだけ知っている人の、見知らぬ家の筈なのに、何故かここは今の家よりも安心できる気がした。最近はあまり聞かないけど、懐かしい、料理の音が聞こえているからなのかもしれない。もしくは、台所で料理するユキさんが、まるでそういう風に見えたから……

 

 冷え切った身体に染み入るように、お湯が身体を温めていく。その感覚に、いつしかそんな思考も溶けていっていた。

 

「本当、に、優しかった、な」

 

 気がつけば、私はそんなことを口にしていた。

 ユキさん……友樹さんは、私の好きな人は、何か裏があるんじゃないかってくらい優しかった。1回しか現実では会ったことがないのに。突然押し掛けてきたのに。それなのに家に入れてくれて、あったかい飲み物とお風呂を用意してくれて、夜ご飯まで作ってくれている。

 

「友樹さんは、どう、思ってるん、でしょう……」

 

 面倒くさい子だと……は、思われてるんだろうなぁ。迷惑だとも、多分思われていそう。それでも私が頼れるのは、友樹さんの他にはセナさんくらいしかいない。

 

「はぁ……」

 

 知らず、ため息が漏れた。本当ならセナさんの家に行くべきなのに、私は友樹さんの家に来てしまっているのだし。それでも来てしまったのは、雨の中もう歩きたくなかったのと、少しの下心。それで嫌われたら、元も子もないのに。

 

「あの、空さん。ちょっと良いですか?」

「ぴゃ!?」

 

 風呂の扉がノックされそう聞かれたのは、そんな時のことだった。突然の訪問に、私は逃げるように湯船の中に逃げ込んだ。カッと頬が熱くなっていくのを感じながら、恐る恐る声を返す。

 

「あ、あの、なん、です、か?」

「驚かせちゃってすみません。ちょっと、着替えのことで相談しないとと思いまして」

「え……? あっ」

 

 そういえば、私は着替えなんて一着も持って来ていなかった。それなのにお風呂に入って、どうすればいいんだろう。もしかしてという考えが頭に浮かぶけど、そんなことはされない筈だと頭を振る。

 

「晴れてたならセナに頼む手があったんですけど、この雨ですしダメみたいです」

「そう、ですよね……」

「それでちょっと聞きたいんですけど、今うちにある服、俺の普段着くらいしかないんですけど大丈夫ですか? 洗濯してあるので、匂いとかはしないと思うんですけど……」

 

 ピクンと身体が跳ねた。そのせいでバチャリと水が弾けて、私の動揺する心を写すように水面が揺れていく。

 

「すみません、嫌ですよね。でも、その……とか、濡れた服のままってのも問題なので。明日の朝には、セナに頼んで新品のやつを持ってきてもらいますから」

「……嫌じゃ、ない、です」

 

 申し訳なさそうに言う友樹さんに、私は思わずそう反論していた。着替えを一着も持ってこなかった私が悪いのに、迷惑かけているのは私の方なのに、友樹さんが謝る必要はない。

 

「えっ」

「あっ……」

 

 驚いたように声をあげた友樹さんの語調に、私もあっと気がついた。嫌じゃないのは本当だけど、これじゃあまるで……

 

「そ、そろそろ、上がり、ます、ので!」

「あ、え、はい。じゃあここに何着か置いておきますね」

 

 そう言って、扉の近くから友樹さんの気配が離れていく。

 

「あぅ」

 

 完全にその気配を感じなくなった時、私はズルズルと湯船の中に沈んでしまった。隠し事を期せずして暴露してしまったような感覚に、ただでさえ熱かった頬に更に熱が集まっていく感じがした。

 

 誤魔化すように吐いた息が、プクプクと泡になって弾けていった。風呂を出れるまでには、もう少し時間がかかるかもしれない。

 

 

 やってしまった。

 何かいい匂いがする気がする風呂場から脱出した俺は、頭を抱えてうずくまっていた。俺は馬鹿なんじゃないか。

 

「実質変態だろ……」

 

 沙織にヘルプを求めたところ、『私の服はダメだけど、明日の朝にはどうにかする』って言われたから仕方ないのだが……親の服はサイズが絶対に合わないから仕方ないのだが……女性用下着とか買いに行けないので仕方ないのだが……

 間に合わせとはいえ、この、うん。変態だろ俺。沙織に関しては泊まりに来たらいつものことだけど、普通自分の着替えとかダメだろ……洗濯はしてあるけど。

 

「せめて、美味しい料理で挽回しないと」

 

 信頼度は地に落ちても我が心は不動。

 ご飯に味噌汁、小さめにしたハンバーグに付け合わせでサラダ。普段1人で食べる時よりかなり豪華な内容だった。来客用の食器に箸、コップはさっきのを洗っておこう。

 そんなことを考えつつ準備を整えていると、ガチャリとリビングの扉が開けられる音がした。ふわりと、自分とも沙織とも違う匂いが部屋に広がった。

 

「お風呂、ありがとう、でした」

「いえ、なんか……すみません」

 

 現れたのは、見慣れた自分の服を着た空さんの姿だった。サイズが合ってない為、所謂萌え袖になってしまっており、なんだか申し訳がなかった。

 

「私は、大丈夫です、よ? これは、これで、嫌いじゃない、です」

「それなら、いいんですけど……」

 

 さっきは扉越しだからわからなかったけれど、今の空さんの表情を見る限り本当に嫌そうな雰囲気はかけらも感じない。寧ろ、どちらかといえば嬉しそうなものすら感じる。

 弱みに付け込んでるみたいで釈然としない気分だけど、一旦それは他所に置いて配膳を進めていく。そんな中、空さんから声がかけられた。

 

「あの、私、邪魔じゃ、ない、ですか?」

「え?」

「とも……ユキさんの、両親も、帰って来る、でしょうし」

 

 今気づいたのか、目を伏せて空さんはそう言った。確かに普通の家だと、そういう心配も出てくるか。

 

「大丈夫ですよ。うちの両親、深夜にでもならないと帰って来ませんし」

 

 というか帰って来るかも怪しい。この台風だし、会社に泊まり込んでる気配しかしない。帰ってこないのは普段からだけど。

 そう思って連絡してみれば、『帰れないから残業してくる。帰れても残業だがな!』とテンションの高い返信が即座に返ってきた。やだ、うちの親怖い……

 

「ですから、安心してください。ここにいても、誰に何を言われることもないですから」

「はい……!」

 

 未成年を家に泊める時点で未成年者誘拐として扱われるから、そこだけは本当に怖いけれど。子ども同士で友達ならワンチャン問題なしだと思うけど、そこのところどうなんだろうか。

 最悪の場合、落ち着いた頃空さんに承諾を取ってもらうしかないだろう。けど、家出の原因によっては悪手でしかないし……まあ後で考えよう。

 

「せっかくですから、冷めないうちにご飯食べちゃいましょうか。飲み物はお茶とジュースと牛乳がありますけど、何にします?」

「じゃあ、緑茶がいい、です」

「分かりましたー」

 

 冷めた料理ほど不味いものはないし、日本人らしく問題の解決は後回しにすることにした。何せ、時間はまだまだあるのだから。

 台風の夜は、まだまだ続きそうだった。

 




お風呂シーン難しい……難しくない?

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