極振り弾と勝手に命名された紅い弾。それは着弾と同時に弾け、その秘められた能力を十全以上に発揮した。
最後のHPバーの1割を着弾の衝撃で消し去り、砲弾自体は分解。しかし着弾した地点から、ボスを覆うように《極》と描かれた赤い紋章のような物が大量に発生し、増殖分裂しながらある1つの形を作っていく。そうして完成したのは、ボスを中心として天高く伸びる紅の円柱。その極小の
『──ッ!』
そして、ボスの叫びすら搔き消す極大の爆裂が解放された。円柱の外にまで伝わる衝撃波と共に、天高く伸び上がる紅蓮の火柱。その中でも唯一視認できるボスのHPは、凄まじい速度で減少を始めていた。
『分かったぞ絡繰が。砲身の中だな、この結界は!』
火の勢いが僅かに弱まった瞬間、弾ける2つ目の宝石。無我夢中でボスが暴れるが、ボスと共に円柱も移動するため結界の破壊には至らない。ただ歩いた場所が全て、ガラス質に変質する結果だけを残していた。
「チェックメイトだ」
遠く彼方、列車砲内部でザイルが指を弾き、最後の宝石が結界内で弾ける。それを最後に、ボスのHPが焼却される。1mmの雑念も塵も残さず、イベントボスは紅の円柱内部で焼き尽くされた。
「きゅう……」
自分の放った弾がもたらした結果を見て射手子が気絶したり、足下にいた突入班だったり、ボスが苦痛にのたうち回った場所でのプレイヤーが焼却されたが……まあ些細な問題だ。それは所謂、コラテラル・ダメージというものに過ぎない。
そんなこんなで、多大な犠牲を出しながらイベント【ミスティニウム解放戦】は終幕したのだった。ミスティニウムは原形すら残ることはなかったが。
◇
イベント終了と同時に、極振りのステータス封印は解除された。また30分後にサーバーメンテナンスが実施されることが運営からのメールで通達され、それまでがイベントのロスタイムという運びになった。
そこで、だ。最後の最後に全てを焼き尽くし、漁夫の利を掻っさらった連中はどう扱われるか? そんなもの、言わずもがなである。
「突 発 レ イ ド 戦 の 開 始 じ ゃ ぁ ぁ !!」
そう最初に声を上げたのは誰だったか。だがその声をきっかけにして、このプレイヤーの全戦力が揃い且つ全力を発揮できる場所で、以前の高難度イベントがプチ復活を果たした。この場の全員が参加するマルチバトル、ただ実際は極振り対その他全員だが。
つい先程まで味方だったセナたち突入班、戦闘機隊、再生した戦艦、列車砲、バイク艦に戦車隊、その全てが極振りに……俺たちに向けられた。その反応は様々で、例えばアキさんやセンタさんは
「相手にとって不足なし。全力で行かせてもらう」
「暴れ足りなかったんだ、都合がいいぜぇ!」
などと言いながら2人は、押し寄せる黒い虫の波濤と、プレイヤーの波の中に突っ込んで行った。当然の如く一刀で虫を8割斬滅するアキさんや、集団の中に馬が引くチャリオットで突っ込んだセンタさんは、文字通り物凄く楽しそうだった。
「おお、これですよこれ。やはり私の目には狂いはありませんでした」
デュアルさんは我慢が効かなかったらしく、鎧を纏い兵器の群れに突っ込んでぶつかり合いを始めていた。兵器へっちゃらとでも言いたいのか、アドラステアと真正面からぶつかって無傷だったのには流石に驚いた。
「満腹なんですよね。でも違うんです。ひよこ」
そんな先輩方の中でも最も異質だったのは、案の定翡翠さん。何か色々意味が圧縮されてるっぽい言葉を呟きながら、7色に変わり続けるひよこを周囲に嗾けていた。その結果、あたり一面に小型の隕石が降り注ぎつつ、プレイヤーの一部が気持ち悪い色と形に変異したり、同士討ちを始める怪奇現象が起こっていた。
「スリリングな味ですね」
変異したプレイヤーに噛み付きながら、そんなことを言いつつ一喜一憂していた。何故か食べられているプレイヤーは恍惚とした表情だったことは、まあ言うまでもない。
次に、姿は見えないけどレンさんとザイードさん。所々で嵐が巻き起こっていたり、プレイヤーの空白地帯が生まれているからそこだろう。
「あぁぁぁぁあああ、ユッキーもっと速度さげ、下げろぉ! 世界がやばいです、グルグル回りすぎて私の胃が爆裂します! 減速しなきゃ吐きますよこらぁ!?」
「ダメだぞユキ。もっと速度を上げろ、追いつかれる、追いつかれたら紙装甲の俺たちは一巻の終わりだ」
「どっちも無茶なんですけど、分かってくれやしませんよねぇぇ!?」
ではこんな叫び声を上げている、プレイヤーに追われるサイドカー付きバイクに乗る極振りは誰か。そう、俺たちです。
既にハンドリングとコースは
「はっはっは、脚を手に入れた俺に勝てると思うな。お前もそう思いだろう?全肯定にゃしい!」
「そうですね! 全くもってその通りです! はーはっはっはぁ! テンション出てきました。行きますよ、エクスプローぉrrr」
飛び交う銃弾、行き交う魔法、後方では爆裂が弾け、足元では爆弾が破裂し、その衝撃でいつの間にか運営が実装していたゲロ(虹色モザイク付き)が撒き散らされる。因みにゲロはスリップダメージ付きだった、使用者にも被害者にも。
阿鼻叫喚、地獄絵図、時折歓喜する剛の者。この世の地獄が、バイクの轍には顕現していた。後でチューンアップがてら、ちゃんと洗車に出そうと思う。愛車も不機嫌だし、何よりこの後乗りたくない。
「主犯格ども、覚悟!」
「恨みを晴らす!」
「射手子の仇ぃ!」
そうして走る中、3人のプレイヤーか回り込むようにして現れた。装備から察するに速度偏重型、ならやれないことはない。
「ザイルさん!」
「あいよ!」
合図をすれば、サイドカーに取り付けられたバリスタから3つの爪を持ったクローが射出され、現れたプレイヤーの中マントを装備していた男の子を拘束、引き寄せた。
「ふむ、自爆しかありますまい!」
拘束していられる時間は長くない。だから手際良く、男の子の全身に可能な限りの爆弾を搭載する。五月蝿いから口にテープを貼って、序でにテープでもうちょっと爆弾を巻き付けよ。でもって、障壁で良い感じに身体を固定すれば準備完了。
「射出お願いします! まさかまさかの、擬・掎角一陣!」
「あいよぉ!」
気の良い返事と共に、バリスタから男の子が射出される。そして狙い通り敵陣の真ん中に着弾し、問答無用の大爆発。結構なプレイヤーを巻き込んだはずだ。
「苦渋の決断です、分かりますよね?」
「ファッハッハー! もっとやろうぜ相棒ッ!」
「どうしましょう、私2人のことが理解できなくなって……あ、ダメですこれおrrrrr」
ネジの外れたハイテンションバカ2人に、ゲロと爆裂を撒き散らすキチ1人。字面と行動があまりにも酷いし非道威のは自覚しているけれど、このロスタイムレイドバトルを生き残るにはこれが一番効率的なのは明確だった。戦わなければ生き残れないのである。
「「ユキくん、覚悟(です)!」」
なんてことを考えている間に、何度目かのセナと藜さんに追いつかれた。確かにこの隙を突かれるのは痛い、爆弾も咄嗟に出せる量には限りがあるし。けど、
「朧、ここで自爆です!」
紋章で加速させた朧を、それぞれ50匹ほど嗾けて自爆させる。どうせリアルに帰ったら怒られるのは、何回か戦っているうちに判明している。だったら生き抜くしかない。特に何か報酬があるわけではないけど。
撃墜した2人にはちゃんと障壁で壁を作りつつ、アクセル全開で振り切っていく。そんな中、白い影が進路上に割り込んできた。
「貴様にライディングデュエルを申し込む!」
「ガトリングファイヤー!」
走ってきたのはシドさん。しかし今は戦闘中、特に理由もなく紋章で強化した《新月》を連射する。そしてそのまま、爆発する弾頭はシドさんを完全体から引き裂きシ/ドへと変える。
「貴様、デュエリストではないのか!」
「リアリストだ」
やりとりが綺麗に決まり、互いにサムズアップをする。直後、ばら撒いていた爆弾に巻き込まれ、シドさんは後方で大爆発を引き起こした。偶にはこんな雑な戦闘も悪くない。
「む、ユキ。妨害し損ねた。大規模魔法が来るぞ」
「にゃしいさん、なんか燃やす系のフィールドを!」
「ええ、《星火燎原》! うぷっ」
「共鳴強化、《アイスエイジ》!」
「ん!」
ザイルさんの警告に合わせてにゃしいさんに貼ってもらった、対魔法用の炎熱ダメージフィールド。それごと見渡す限りを凍結させる大魔法が、フィールドのほぼ全てにフレンドリーファイヤを発生させながら炸裂した。
そして、攻撃を中和・防御できなかったということは、極振りにとって当たり前の結果が訪れる。
「はしゃぎ過ぎたか……」
「あっ……」
急停止したバイクから吹き飛ばされた俺たちは、それぞれ凍った大地に叩きつけられHPを全損した。
ストレスを晴らし切ったような清々しい顔をしたザイルさんが消滅して、対照的に口元を押さえて絶望し切った様子のにゃしいさんも消滅する。俺だけはスキルで蘇生したけれど、
「……折角だし、ボスらしく武器変えよう」
どうせお祭り騒ぎで、負けることのデメリットも特にないのだ。ならばと、右手に《新月》左手に《偃月》を持ち、普段はしまっている魔導書を最大限に解放する。専用領域的な【死界】も展開してるし、中々にこれボスっぽいのではなかろうか。
そんなこんなで、俺たちの戦いはこれからだ!式の戦闘をしている間にタイムアップ。強制ログアウトが実行され、経験した中では過去一騒がしい中、イベント【ミスティニウム解放戦】は終了したのだった。