あくまでオマケですしいいよね!
「よーしお前ら、気を引き締めて取りかかれ!」
「カカレェ……カカレェイ!」
ミスティニウム解放戦開始前。プレイヤーが最大戦力を結集させていたように、運営も最高戦力を結集させつつあった。最近はゾンビの様に働いていた
いつものように、問題が発生したからと言って、1つの部署だけに負荷を集中させてはいけない。自分達の力を結集して乗り越える。そう思っていた。そうなる筈だったのに……
「かんぱーい!」
「休みだー!」
「Foooooo!!!」
「実況スレ立ってんじゃーん」
「マ? 俺も潜る潜る」
何なのだ、この状況は。運営スペースのすぐ隣、恐らく自宅から接続してるであろう対策室の連中が、これ見よがしに酒盛りを始めていた。まるで『絶対に自分たちが出張らなくてはいけなくなる量の問題が発生する』とでも言わんばかりに。しかも連中、その有り余った技術で自分達を顎で使っていた特定の相手以外には、姿も音声も見せない様に設定してあるらしい。
朱に交われば赤くなる。諺の通り、彼らは既に後戻り出来ないところまで来てしまっていた。いや、既に人の形を失っていた頃から、こうなってしまうことは必定だったのかもしれない。
その上司に給仕するお茶にクッソ汚い雑巾の絞り汁を入れるかの如き悪業は、その実極めて悪辣かつ精巧。イベントに手一杯なこちらとは違い向こうは完全フリーの為、こちらから完全に空間など繋げられない。こちらが騒ぎ立てても認識できているのが極めて少数な為、気違いとして見られるばかりか電子ドラッグをキメてるとでも言われかねない。そして向こうはイラつくこちらを肴に、適当な合いの手を入れたりしながら酒盛りが出来る。腹立たしいほどに完璧だった。
「イベント開始のアナウンスを!」
「デュエル開始の宣言をしろ磯野!」
「デュエル開始ィ!」
悪ノリがひどい合いの手にイラつきつつも、あくまで想定通りにイベントは進んでいく。完璧な進行だ。そんな余裕が粉々に打ち砕かれたのは、中ボスである機竜が全て無惨に、一方的に破壊し尽くされた時のことだった。
「馬鹿な……なんで極振りが!?」
「なんでアキが止まってないのよ!?」
「ああ…大きな星が点いたり消えたりしてる……あはは、大きい。英雄かな? いや、違う、違うなぁ。英雄はもっとHPゲージがバァーって動くもんなぁー」
極振り対策室では多発する、所謂『おい英雄、ちょっといい加減にしろ』案件である。かつてのようにうっかりダメージがオーバーフローして虚数になり、エラーが吐き出されまくるようなことは無くなったものの、依然ダメージは文字通り桁が違う。
そんなもの相手に、普段対応をぶん投げている通常運営が対応出来るはずもなかった。何人かは白目を剥きガクガクと痙攣し、何人かは精神的に大ダメージをくらい行動不能に陥ってしまった。ここは現実ではなくVR界、感情を消そうと努めない限り、心情がダイレクトに反映される世界だから。
「あっ、城にトッププレイヤーがHALO降下を……」
「いやぁ……」
「街が、燃えている……」
「見ろ、私たちの努力がゴミのようだ!」
「ふふふ、君は運営の御前にいるのだぞ」
着々と削られて行く運営の正気。努力の結晶がゴミのように削り散らされ、更地に変えられていく現実に誰もが目から光を失っていく。次第に口数は減り、ホロキーボードをタップする小さな音だけが響くように変わっていく。
「いいや、まだだ」
だが、だがだ。彼等とて、極振り共の輝きに焼かれる者。届かぬ星を追い続けるもの。届かぬ故にバグは増え、バグるが故に会社から離れたくない。されど運営は、ここまで幾つもの修羅場を乗り越え踏み越えて来た。そう、言うなれば歴戦王運営だ。
身体は、不屈の闘志で出来ている。血潮は流れず、心は硝子。しかし、幾度のメンテを越えて不敗。唯の一度も敗走はなく、唯の一度もその苦労は理解されない。彼等は常に一丸で、電気の消えた会社で勝利に酔う。故に、今の絶望に意味はなく。その身体は、無限の意志で出来ていた。
「Fooo!!」
「カッコイイ!」
「さっすが一般班のリーダー!」
「ブラボー!!」
リーダーの一喝で復活した通常運営に、横から要らない野次が入る。キチガイに毒された奴らも、働かずに済むのならその方がいいのだろうか。なんて、数秒目を離した瞬間のことだった。
「リーダー! 街が完全に更地になりました!」
「リーダー! 人質がマグロのように出荷されています! これでは人質に施した細工が意味を成しません!」
「リーダー!」
「リーダー!」
「リーダー!」
一瞬で、彼等の処理能力はパンクした。それは、間が悪かったとしか言いようがない不幸。彼等は物語の英雄でも、画面の向こうの英雄でもないのだ。気合いと根性なんてもので、心1つだけで、突然何かが変えられたりはしないのだ。そうやって、持ち直したはずのモチベーションは粉々に砕け散った。
「やはりこうなるか」
「対策室、チーフ……!」
そんな彼等の前に現れたのは、自身の周囲に10枚ほどのモニターを浮かべた白衣に青髪のショタ。不機嫌さを声に醸し出しながらも、既に業務の代行を始めるその姿は、まさにやれやれ系主人公。
「どうせ止められないのさ、全部は。好きなように壊させてやればいい、ボス周り以外なら!」
ただしチーフは、既にほろ酔いだった。口元から漂う酒精の香りが、そのことをどうしようもなく証明している。
「補強入るぞお前ら!」
「「ウェーイ!!」」
だがそれも、対策室のメンバーの中ではまともな方だった。元より彼等は爪弾き者、最早モラルなど知らぬとばかりに出来上がった状態でキーを叩き始めたのだ。
そんなふざけた状態で、自分たちより修正の効率が良いのが腹立たしい。しかも何故か匂いだけは近寄らない限り遮断されている。そんな見た目もスペックも人外な連中を束ねるチーフは、よく幼児退行することを除けば正気で人型で、相対的に極めてまともな人物だった。
「よし、確かこのイベントボスは半自動操作の試金石でもあったな。リーダー、情報を寄越せ」
「あ、ああ」
そう言ってリーダーが、本来ボスを操作する予定だった人物を探し──当人を発見して、愕然とした。彼は白目を剥いて、泡を吹いてガクガクと痙攣していた。そう言えば彼は機竜の3号も担当してたっけ、なんて記憶がリーダーの脳裏を駆け巡る。
「成る程把握した。リーダー、ボスの操作は出来るか?」
「い、いいや無理だ。いや無理ではないが、想定された通りの動きは出来そうにもない」
「チッ、仕方ない。ならば俺が出る」
テキパキと仕事を部下に割り振り、自身も多数の情報を並行処理する中宣言したチーフに、リーダーは涙が浮かんだ。そして自分はなんてダメなんだろうと思い──
「俺はガンダムで行く。つまりは俺がガンダムだ。私は誰だ?」
直後そんなことはなかったと思い直した。同時に、こんな酔っ払いに1ミリでも感動しかけたことに後悔の念が湧いて出る。とはいえ、唐突に痴呆になったチーフを利用しない手は無かった。
この空間の管理者権限を用いて、自分だけにゲームと同等のステータスを適応。固まるチーフに、ボスと接続用のベルトを目にも留まらぬ速さで巻き付ける。
「チーフ……貴方の仕事は、プレイヤーを殲滅することだ……」
何故かバチバチと電撃を発し始めたベルトとチーフに、リーダーは耳を当て囁くように言葉を滑り込ませた。
「ううっ……出来ない! 私の仕事は、極振りに対応してバグを潰してプレイヤーを笑顔にする事だから……!」
「違うよ? 君の仕事は、イベントボスになってプレイヤーを殲滅して、その強さを見せ付ける事なんだよ」
「うわーッ!! ……酒漬極振.netに接続」
直後、チーフが変質した。まるで変身するかのようにベルトからベルトが発生し、部屋の奥に設置されている操作ブースまで移動する。そしてその扉が閉まり、チーフはボスとして完成した。
実のところチーフが正気に戻っていて、ボスになる為のいい口実に使われたことをリーダーはまだ知らない。リーダーがチーフに心の健康をゼツメライズされるまで、あと5秒。