「あんまり、怖く、ありません、でした、ね?」
3年生のやつではなく、2年生の方のお化け屋敷を楽しんだ後。道中終始楽しそうにしていた空さんから出た言葉がそれだった。
「いや、あの落ち着きようはすごいと思います」
「褒められると、ちょっと、恥ずかしい、です」
嬉しそうな空さんの様子の通り、決してお化け屋敷がつまらなかったわけではない。謎解きも良かったし、正直怖かった。だが空さん曰く、『UPO内でもっと怖いものは経験してる』から問題ないとのことだった。確かに言われてみれば、どこかの鮫御大と戦ってる以上、モチーフが御大に寄ってるこちらの方が怖くはなかった気がする。
「友樹さん、喉、乾きま、せん、か?」
なんてことを考えていたら、手を引く空さんがそんなことを聞いてきた。ちょっと空気が乾いてるせいもあってか、言われてみれば確かにそうだ。
「お化け屋敷で色々動きましたし、言われてみれば。寄ってみたいお店ありました?」
「はい! えっと、その、タピオカ、飲んで、みたいなって」
段々と顔を赤くしながら空さんが言った。タピオカ……確か2軒くらいお店はあったっけ。2年生のやつがスタンダードなメニュー、3年生のやつが変なメニューとお菓子類の同時販売だった筈。少なくとも昨日沙織と回った時には。
「それじゃあ行きましょうか。スタンダードなメニューと、マイナーなメニューのところがあった筈ですけど、どっちにします?」
「スタンダードな方で、お願い、します。初めて、ですから」
「なら普通のやつの方がいいですね」
「そう言うって、ことは、友樹さんは、飲んだこと、あるんです、か?」
「ええ、まあ何回か。駅前にお店がありますから」
しかもあのタピオカ入り飲料店、最近のブームの頃に出来た新店舗ではなく一個前のブームの時に開店したお店だ。最近のブームで売り上げが前期の200%超とかいう、凄まじい売り上げを叩き出していた。
当時短期でチラシ配りのバイトをしたから覚えている。羽振りが良かったのもあって。あと、今回の文化祭に出店してるタピオカ店のバックもここだったりする。
「それなら、友樹さんの、好きな味、飲んでみたい、です」
「邪道なココア派なんですけど、それでもいいなら?」
「らしいと、思います、よ?」
「あはは……」
邪道が“らしい”らしい。……いやまあ、自覚はあるけど。改めて言われると少し自分を見つめ直したくなる。いつかやろう……無理だわ、UPO始めてからの記憶爆弾ばっかりだった。
「ん、友樹さんは、何に、するん、ですか?」
「偶には普通のやつにしようかなと思ってます」
「あ、なら、私のと、飲み比べ、出来ます、ね!」
その何気ない空さんの一言で瞬間、辺り一帯が静まり返った。そしてザワザワと辺りにいた人達が騒ぎ始めた。
「無自覚だ……」
「無自覚シチュだ……」
「女の子2人を弄ぶなんて最低。死ねばいいのに」
「お前の目は節穴か? あの目をよく見ろ……」
「はぁ?」
「あれは女の子の方が捕食者、男の方が被捕食者だ」
「あっ、そっかぁ(納得)」
「目だけが光っていた……」
「無自覚じゃなかった……」
「無自覚シチュじゃなかった……」
「ん? でも確かあの男、昨日も肉食獣の目をした女子とうちのおばけ屋敷来てたような……」
「つまり奴は、幼馴染と無知シチュに狙われている……?」
「ちょうだいちょうだい、そう言うのもっと頂戴!」
「ペンが進むわ……!」
「お姉ちゃんな、そう言うの好きやで」
「こちらA部隊、不届きものの排除完了」
幾つか変な言葉が聞こえたけど、流石は上級生。昨日と同じような狂し方をしていた。昨日も思ったけど、一体何があったらこんなになるんだ……? いや、うん、一先ずこれは後回しだ。
「流石にそれは、間接キスになるのでどうかと……?」
「でも、家出の時、寝顔、見られてる、から、今更、では?」
やんわり断ろうとしたら、爆弾を投げ返された件について。おかしい、爆弾は俺の十八番だったはず……いや爆弾が十八番ってのもおかしいけど。
それに何故だ、ヤバイ時の沙織と似たような雰囲気までしだしてる。なんやかんやで飲み物を交換することになった昨日と同じ雰囲気──!
「寝顔……だと!?」
「聞きました?奥さん。寝顔ですってよ」
「もうちょっと恥ずかしそうに言ってたらオラは死んでた」
「言ってることと対象が逆」
「絶対弱み握られてるってあれ。可哀想」
「それどっちが?」
「男」
「定期報告。タピオカ班へ、今からカップル(暫定)が行く。準備されたし。オーバー」
しかも要らぬ風評被害が増えている。そして何故か俺が被害者になっているらしい。先輩方の思考回路は一体どうなっているんだろうか。
「それとも、私とは、嫌、ですか?」
「いえ、決してそういうわけじゃ……」
「なら良いですよね」
「……ハイ」
押し切られてしまった。笑ってるのに笑ってない目には勝てなかったよ……なんか情報通りとか、作戦成功とか聞こえたり、一瞬見えた小さなガッツポーズとかはもう気にしないことにしよう。精神衛生上、その方がいい気がする。
そんな諦観にも似た感情に半ば沈みながら、何故か異様に優しい店員の先輩と息の荒いパイセンコンビからタピオカ入り飲料を購入したのだった。
天使っぽい仮装してたけど6枚翼とか重くないんだろうかという疑問や、その豊満な胸部をチラ見した瞬間二重の殺気に背筋が凍りついたことは忘れておく。そんな事実は存在しなかったのだ。
「ん、これ、どっちも、美味しいです、ね」
「そっすね」
一応気を使ってくれたのか、もう1つどでかいストローは持っている。だから空さんが口を付けたストローに口を付けないでも問題はないし、そもそも一口は先に飲めてるから割と問題は大アリだけどない。
「友樹さんは、飲まないん、ですか?」
「下手したら刺し殺され──いえ、揉め事が起きそうなので、少し遠慮したいところですね」
周囲の男子や女子の目線がヤバイのだ。下手なことをした瞬間、確実に空さんも巻き込んで大変なことになる。
それに俺だって男子の端くれだ。全力で平静を装っているけど、間接キスとか正直ヤバイくらい恥ずかしいし、なんかいけないことをしてるみたいで背徳感が凄まじいのだ。される分には諦観が先行するけど、するとなると流石に恥ずかしいが過ぎる。
「それに、最近最低限しか運動出来てないので、カロリー爆弾的にも少し怖いですし」
最近は家に帰って家事を済ませて、少し運動をして晩御飯、その後UPOにログインという形が多い。つまり、昔より若干体力は落ちてると言わざるを得ないのだ。そこに、一説によるとラーメン一杯分のカロリーに相当するタピオカミルクティーは、実際危険なのだ。
なんてことを思い返していた時だった。ピタリと、空さんの足が止まった。
「運動系のところ、何か、ありませんか?」
「えっ。えー……確かストラックアウト、弓道体験、一風変わった物だと薙刀部と剣道部合同の立ち合いものがあった筈ですけど……」
「立ち合い、ですね。行きましょう」
その声には、絶対的な意思のようなものが感じられた。カロリー爆弾が多分触れてはいけない爆弾だった。そう気づいても、時既に遅しとしか言いようがなかった。
「運動、しなきゃ、まずいです!」
「いえあの、空さん軽かったので大丈夫かと……」
「それは、その……あぅ」
率直に感想を言ったのだが、空さんは俯いてしまった。何かまずい事でも言ってしまったのだろうか。精一杯のフォローをしたつもりだったのだけど。
「でも、腕試しも、兼ねて、行きます!」
「腕試しってことは、何かやってたんですか?」
「もう引退、してます。最近は、UPOでだけ、ですね」
顔を上げた空さんは懐かしむようにそう言って、繋いだ手を引いて先に歩き始めた。藜さんの得物は槍だし、ということは薙刀か何かだろうか? それにしても部活か……よく考えたらロクにやったことないな。話を聞く限り憧れはしないけど、ふむ。
「折角ですし、俺も挑戦しますかね。剣か長物かで別れてたはずですし」
「でも、確か友樹さんは、杖じゃ?」
「実質使ってないようなもんですから、何を持っても変わりませんよ」
ゲームの影響なんて、何故かちょっと気配察知が出来るようになったのと、目と記憶力が向上したくらいだろう。杖持ちとは言いつつ、やってることは振り回す*1か、刀扱い*2か、銃扱い*3程度だし。
「なら、勝負、しません、か?」
「勝負ですか?」
「多分、立ち合い、なら、勝ち負け、あります、よね?」
「確かあったはずですね」
挑戦者側は面倒な防具は付けずに、得物も戦い方も自由。
部員側は面も含めた防具をつけて、得物は普段通り。
勝負は時間制限あり。挑戦者側は制限時間内に一本入れたと判定させたら勝ち。部員側は攻撃は禁止、制限時間まで生き残れば勝ちとか言った内容だった気がする。
基本的に、経験者かVR組を相手にする専門に見えた。そんな感じのことを、やんわりと空さんに説明する。
「なら、勝った方が、負けた方に、1つだけ、お願いを出来るのは、どう、ですか?」
「公序良俗に反しないお願いなら」
「当然、です」
「なら受けましょう」
それなら心配は杞憂にして勝負に望むことができそうだ。もし勝ったとしたら……UPO内で探索に付き合ってもらおうかな。最近海マップに深海が解放されたって話だし、他にも新マップが解放されてないか調べてみたい。
「その話、ちょっと待った! 勝ち:勝ちの場合が含まれてないし、負け:負けもないし、そもそも私も混ざりたい!」
なら早速行こうと思った瞬間、ぜぇぜぇと息を切らしながらそんな声が掛けられた。振り向かずとも誰だかは分かる。どうして沙織さんここに居るので?
「幼馴染センサーが、危ない気配を感じ取ったから来てみれば……やっぱりとーくん押し切られてる! ヤメロォ! ナイスゥ!」
「それどっちが本音なんですかねぇ」
「どっちも!」
そう言い切った直後、行く手を遮るようにメイド姿の沙織が前に──わぁお、メイド服じゃん。一回家で見たことあるけど、やっぱり完成度高いし可愛いと思う。
「その勝負、私も参加させてもらうよ!」
「上等、です。きやがれ、です!」
おかしい、当事者の筈なのに置いていかれてる。それに何時もの幻影が、火花を散らしてるの姿まで幻視出来てしまっている。
「当然、お互いに命令権は残るよね?」
「当然」
「「さあ友樹さん/とーくん、行くよ!」」
「アッハイ」
この流れに割って入る勇気は流石になく、成されるがままに事は運ばれて行ってしまったのだった(全敗)
部員にも2人にも負けた結果、多分休日が消え去ったけど、それはまあ些細な事だろう。
ユッキーは基本的に押しに弱いです(一線までは)
ユッキーが悪いんだよ。そんな女の子みたいな反応してるから。