あ、あけおめ!(激遅)
《ダンジョン『徘徊する残骸の聖堂』に侵入しました》
《現在の当ダンジョンの踏破者 : 0》
《現在のダンジョン内にいるプレイヤー : 2》
《ダンジョン難易度 : 8/10》
《ダンジョン踏破率 : 13%》
見渡した感じ、光は無くかなり視界が悪いダンジョンだった。それでもなんとか目を凝らせば、見えて来たのは積み上げられた髑髏。或いはそれらの残骸が撒き散らされたような、カタコンベめいたボロボロの通路だった。
そしてその表示が見えた瞬間、にわかにコメント欄が沸き立った。
『新発見のダンジョンで難易度8!?』『ファッ!?』『さすが幸運極振りじゃん』『発見されてる中で最高難度とか草』『既に13%も踏破率してるのほんと笑う』『草』『どうしてこう、引きがいいんだ』『それよりホラーとか』『地下鉄走ってない?』『馬の骨ぇ』
またもやコメント欄は爆速だ。正直高レアとかレア泥しかしないのはUPOに限って慣れているので良いとして、そんな高難易度ならもしかしたら2人だけでの攻略は無理くさいか?
「とのことですけど、攻略どうします?」
「滅多にない一番槍だ。当然潜れるところまで潜るさ!」
『一番槍ぞ!誉れぞ!』『島津は帰って、どうぞ』『了解、前方へ撤退する』『←関ヶ原ァ!』
一応聞いてみたところ、ヴォルフさんはそんな気持ちいい返事をしてくれた。いやぁ、良かった良かった。それならマッピング範囲をゴリゴリに広げて、結果分かったこのやばい状況にも意味がある。
「ならアレですね、今すぐ移動しましょう」
「どうしてだ?」
「後ろ見ればわかると思います」
そして耳に届く、ゴヴォ……という粘度の高い液体が泡立つような薄気味悪い音。その音にヴォルフさんがゆっくりと振り向き、遂に暗闇の中に浮かぶ敵を視認した。
三脚を逆さにしたような三又に分かれた人の胴ほどの棒の中心に、金魚鉢を逆さにしたような形で、悍ましい紅をぼんやりと放つ物体が固定されている。そこに灯る青白色い1対の光はまるで人間の目のようで、先が三叉に分かれたしなる棒の下、胴体的な棒を中心に回転する、どこか神聖さを感じる鬼火と相まって冒涜的な雰囲気を放っている。
そう、高難度ダンジョンにも配置したから覚えている徘徊型のボス【The heavenly will‐o'‐the‐wisp】君だ。厳密にはその亜種なのか上位種なのか、【The sacred will‐o'‐the‐wisp】なる徘徊型ボスが3体、編隊を組み変態的な軌道で迫って来ていた。
「うっそだろオイ!?」
「嘘じゃないですねー」
『ひぇっ』『SANチェック案件』『振り向いたらボス三体とかやめてクレメンス……』『これは詰んだな(確信)』『逃げてー!』『乗るな大咬!戻れ!』
「コメント欄も元気いっぱいですね」
「なんでお前そんな冷静なの!?」
全力で逃走しながら適当に話しかければ、明らかに必死な形相で返事が返ってきた。大咬というのはヴォルフさんの配信者としての名前である。下の名前はツミ。でもこれが、そんな焦るような状況かどうかは疑わしい。
「普段からオワタ式なので別に……おっとっと」
「そういやそうだったぁぁん!?」
『クッソ情けない悲鳴で草』『翼有る無しの優劣がひどくて草』『こうして見ると、弱めの筈の虫が強そうに見える』『でもパンピーには獣型の操作が限界ゾ?』『ヨツンヴァインのイメージで獣型はやれるんだがなぁ……』『人外過ぎるのはちょっと無理だった』
断続的に飛ばしてくる火球を適当に躱していれば、なんか情けないタイプの悲鳴をあげてヴォルフさんは逃げ惑っていた。やっぱり飛んでる上に的が小さいって便利の極みだ。
なんてことを考えながら逃げること数十秒。追って来ている奴らの勢いが、急激に弱まり始めた。
「た、助かったのか?」
「いえ、これは追跡圏外に出たからですね。代わりに、他の奴らの追跡圏内に入ったっぽいですけど」
『は?』『へ?』『ほ?』『あ、地図に表示されてるやん……』
そう、コメント欄にも出ている通り、このフロアのマッピングが100%になったボーナスらしく、敵シンボルがマップに表示されるようになったのだ。本来ならF.O.E、或いは徘徊ボス、又はワンダリングモンスターと呼ばれる類の強敵分は。
そして今俺の表示しているマップには、夥しい数のシンボルマークが表示されていた。
「このダンジョンの名前『徘徊する残骸の聖堂』じゃないですか。これ多分3つに分けられて、徘徊する/残骸の/聖堂になると思うんですよ」
「人が必死こいてるのに、悠々と考察かよ……」
『なるほど、構わん』『続け給え』『攻略スレでもそんな感じのこと書いてあったよな』『ただ法則はバラバラなんで不明』『推測くらいしか出来ないらしい』
三人寄れば文殊の知恵と言うのだ。ここに2人とコメント欄の人たちを合わせれば、この場の名前の意味くらいは判別できるだろう。集合知とかいうアレだ。
「まず『聖堂』ですけど、これは間違いなくこのダンジョンの入口があった場所だと思うんですよ。そういう名前の天候効果もありますし」
『うむ』『割とわかる』『納得できる』『せやな』『天候 : 聖堂は笑う』『お前アストちゃんと戦ったことねぇな?』『黒アストちゃん勝てないです……』『なおユキ』
「で、『残骸の』はこの通路の惨状でいいと思うんですよ。見るからに地下墓地の残骸ですし」
「俺もそう思う。走りづらいったらありゃしない」
ヴォルフさんからそう肯定が入った。よく見れば足元はボロボロでヒビ割れ、タイルも欠け、歩きづらそうだ。というか俺では走れる気がしない。
「で、問題の『徘徊する』なんですが……」
言葉を続けようとしたところで、ちょうど良くこの場を探知圏内とするボスが姿を現した。
「「「カカカカカカッ!」」」
半透明に透けた骨の身体と、よく俺も着ている呪い装備のような襤褸。3つある頭蓋骨は回転しながら俺たちを見つけて嘲笑い、目の奥にある紫の炎を躍らせている。そして何より問題なのが、壁から半透明の上半身だけを生やしているということ。
「つまり裏では壁尻か」
「「「カッ!?」」」
「ごっふぉ」
『特殊性癖過ぎて怖い』『割と一般的では?』『SANチェック中断』『今のはずるい』『勝てない』『いやでもあり……いや、いや……うん、ないわ』
ボソリと呟いたヴォルフさんの言葉に、シリアスは霧散した。噎せるような構造をしてない筈なのに、思わず咳き込むくらいに笑ってしまった。
尾の生えた下半身を引っ張り出すボス、名前を【The great authority skeleton】というボスも何処と無く不満気な顔をしている気がする。威光もへったくれもあったもんではなかった。
「まあ話を戻しますが。『徘徊する』って多分、出現する敵が全部ワンダリングなボスってこと示してると思うんですよね。マッピング完了したマップにほら、こんなにカーソルが」
「嘘だろオイ……」
『クソみたいなダンジョンで草も枯れた』『オールボスww』『アキのダンジョンですらもっとマシだったゾ……』『運営の悪ふざけ』『極振りダンジョンですらマシだった気がする』『流石に草』『これで難易度8なら10とかどうなるんだよ』
一階層のマッピングが完了した地図を見せれば、あからさまに絶望感の溢れる声でヴォルフさんは呟いた。寧ろ面白いと思うのだけど。まあ、それはそれとして。
「因みにそろそろ、多分ペットの体力だと即死の攻撃が来ますね」
「そういう! ことは! 早く言えぇぇぇ!!」
「「「カカカッ!!」」」
直後、怨念としか言いようのない形をした黒い光線が、ヴォルフさんのすぐ隣を駆け抜けて行った。しかもかなりの長射程らしく、マップに一本の直通通路が出来てしまうくらいだった。
『マップ兵器で草』『さすがボス』『でもこれさっきよか良い状況な気がする』『やっちゃえやっちゃえ』
「とのことですが、どうします?」
「ああ分かったよ! 連れてってやるよ! どうせ後戻りはできねぇんだ、連れてきゃいいんだろ! 途中にどんな地獄が待っていようとお前を……お前らを俺が連れてってやるよ!」
「団長……!」
『団長!』『何やってんだ団長!』『なんだよ……結構当たんじゃねぇか……』『希望の花咲く? 咲いちゃう?』『なんか静かですね』『詠唱すんな』
骨が放ってくる†闇のオーラ†としか言いようのない黒い何かを回避しつつ、コメント欄を見ながら様子を見る。ヴォルフさんにとってはやりやすい相手なのだろうけど、正直行って俺はあまり相手にしたくない状況だった。自爆の都合上、巻き込みかねないんだよなぁ……
そうどう動くか迷ってる間に、剣へ変形したヴォルフさんは勢いよくボスを斬りつけていた。1コンボでのHP減少幅は数パーセント、特効込みとしても割と弱めのボスなのだろうか?
「あ、因みに自爆による火力貢献は期待しないで下さいね? このクソ狭い通路だと、何もかも巻き込むことになるので」
「アォォォーーン!」
『ここまで大活躍だったのにね』『まさに極振り』『自爆特化だしなぁ』『ただの置物じゃん』『お邪魔虫(真)』
どこか哀愁漂う遠吠えが響き渡った。だが実際、それ以外の攻撃方法が無いからどうしようもないのだ。自爆特化、序でに探索も可能というコンセプトで育ったのが朧なのだから。俺にできることは何も無い、
「ただまあそれ以外なら貢献出来るので、火力貢献はお願いしますね?」
言って、切札を切った。今回のイベント限定で持ち込め、装備出来る一品。愛用する【浮遊魔導書 参拾式】を30冊全てを展開する。
そして、案の定分身にまで呪文習得の効果が及んだことを確認。笑みを浮かべることはできないが内心浮かべて、手持ち無沙汰になっていた25匹ほどの分身を自爆。再分身して目の前に呼び出した。
「蜂の踊りを知っているか?」
『あっ(察し)』『自爆しそう』『いつもしてるんだよなぁ』『ユ/キ』『どうしてバイクと合体しないんだ……』
分身の1〜5番はヴォルフさんに《肉体の保護》、6〜10番はボスに《敵の拘束》、11〜15番はボスに《破壊》、16〜20番は《クトゥルフのわしづかみ》を命令。
簡単に言えば、ヴォルフさんに一定威力まで耐えられるバリア付け、敵を拘束し、ダメージを与えつつ魔法発動を妨害し、念のためもう1つの拘束を追加した。だが腐ってもボスモンスター、その程度では止まらない。
「キャインッ!?」
何故かとても犬科っぽい鳴き声をあげ、ボスの腕の一振りでヴォルフさんが弾き飛ばされた。それ自体はノーダメだから問題なく、ちょうど良い状況が整った。
「革命の火に焼かれて、散れ!」
『突然不審者になるな』『(無言の腹パン)』『瑠璃……』『《無言の飛翔)』『ハルトォォォォォ!!』『←コメント欄で叫ぶ兄さんは嫌いだ……』
残り5匹の分身に《被害を逸らす》を使わせて壁を形成し、その後ろにMPを使い切った20匹のHPはMAXの分身を追従させ突撃。ヴォルフさんが自爆範囲外にいることを確認して、自爆した。
ヴォルフさんが凄まじい勢いで削っていたHPが更に減少し、普段の半分ほどの数の状態異常がボスに点灯。効き目が悪いこととHPを削りきれなかったことに思わず舌打ちしながら、後退しつつヴォルフさんに声を掛ける。
「やってください!」
「必殺、ベガインパルス!」
そして、光の刃が駆け抜け──ボスのHPが0へ落ち、その身体がポリゴンへ分解された。