だが私は謝らない(
『決着ぅぅぅ!! 最後は少しアレだったが、勝者は
最終的に、某人造人間ロボットアニメのような捕食シーンが繰り広げられたせいで、シンと静まり返ったスタジアムの中。場違いなほど明るい男の方の運営の声が響き渡った。
燦然と輝く【WINNER 翡翠 】の文字に盛り上がっているのは、一部の観客席と、翡翠さん本人の足下で蠢く名状し難いひよこのようなゲーミング発光する謎の生物だけ。翡翠さん本人は……あれは、食後の余韻を楽しんでいる顔だ。触れないでおこう。
『今回に関しては、ユキとザイルの戦いと違って予想通りの結末だった人がいたんじゃないかしら。それとも、最近のトッププレイヤーの傾向からして予想外? どちらにしても、中々に面白い試合だったわ』
女性の方の運営の言葉は真実だろう。現在のUPOにおけるブームは回避盾、翡翠さんのようにガッチガチの防御でダメージを軽減するような構成ではないのだから。……まあ、正確には翡翠さんは前衛タンクと言うよりは、個人生存特化型な気がするが。
『やはり分水嶺は、最初の爆裂が完全に軽減されてしまったことでしょうね。あそこで翡翠の残機を1つでも削ることができれば、試合の趨勢は変わったと思うわ』
『俺としては、にゃしいがあれだけ拘ってた
と、運営(男)がそんなことを言った瞬間だった。プチンと、どこかで何かの切れた音がした。
『あっ、馬鹿!』
「《障壁》!」
「エクスッ、プロージョンッッッ!!!」
女性の方が引き留めるも時既に遅し。実況席が、
爆裂を爆破と言い、横道に逸れたと言い、地雷を2つも踏み抜いたのだから残当である。こうなると分かって障壁を張った俺以外にも、予想が出来ていた人が複数名いたらしい。様々な広範囲防御系のスキルによる防壁が、実況席を取り囲むように展開されていた。
当然のように一瞬の拮抗すらできず、防御を貫通し炸裂する爆裂は、拮抗と軽減のできていた翡翠さんがいかに異常だったかを示している。
色々と吹き飛んできているものが、俺含む何人かの張った防壁に当たって落ちる様は控えめに言って災害である。
「運営なら、ちゃんと感想戦してくださいよ! 私は爆裂魔法一筋、他の魔法なぞ一切使ってないですからね!」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、先輩が実況席に戻ってきていた。安全圏ではあるので、当然ながら被害はなし。地雷を踏み抜いた男性の方が目を回しているだけである。
そうして、わーぎゃーとにわかに騒がしくなる実況。内容はちゃんとしているのでいいのだが、運営としてはいいのだろうか……?
「ユキくんが最初に予想してた通りの展開になったけど、もしかして知ってた?」
なんてことを考えていると、不思議そうな顔をしたセナがそんなことを聞いてきた。
「まあ、半分くらいは? にゃしい先輩とは結構頻繁に遭遇するし、翡翠さんにはこの前、バラバラに分解されて食われたから……」
食われたのは、しらゆきちゃんとしての姿での話だが。だが切り札は切り札。共同開発主のれーちゃん以外には、まだ伏せておくに越したことはない。
「ふーーーーん……」
と、一部のことは隠しつつ真実を語ったのに、なぜかセナは凄まじく不機嫌になってしまっていた。解せぬ。あと、げしげし蹴られるのは痛いから、出来ればやめてほしいんですけど。あの。その。セナさん? 蹴るのやめてくれたのは有り難いんですけど、できれば抓るのもやめて下さいませんこと?
「つーーーーん……」
助けを求めて振り向いた先、何故か藜さんもそっぽを向いてしまっていた。……益々解せぬ。何か悪いことしたのだろうか? いや、多分したんたろう。心当たりないけど。
「ユキさんは、もうちょっと、考えた、方が、いいと、思い、ます」
「一体何をです……?」
「そういう、ところ、です。乙女心、とか……」
最後の言葉は藜さんの口の中に消えたようで、戦闘状態のように意識を張ってないせいで何も聞こえなかった。わからん……全然わからん。脳内のジャガーとワイトも頷きながらそう言っている。あと多分デビルマンも。
そんな理解しきれない不条理が展開されてるそのうちに、どうやら実況席のゴタゴタが片付いたらしい。いつの間にか消滅した男の方の運営の代わりに、すっぽりとにゃしい先輩がそこに収まっていた。
『というわけで、この私が実況です! 敗者は敗者らしく、楽しく実況していきますよ!!!』
『アレに負けず劣らず、貴女もうるさいわね……けれど貴女の方が幾分かマシかしら。よろしく頼むわね』
『ええ、手を抜くことはありませんとも!』
聞こえてくる高笑いから察するに、先輩は負けたことをもう吹っ切ったらしい。爆裂、キメてきたんだろうなぁ。
『ここの状況も落ち着いたところで、第3回戦の発表よ』
そんなテンションと一緒に理性までアガってしまっている先輩を他所に、女性運営の人が手元のパネルを操作する。そうして切り替わった、スタジアム状に展開されている対戦表。そこに映し出されていたのは──
『【写術翁】ザイード』
vs
【限定解除】レン』
UPO最速のプレイヤー同士の戦いが始まることの証左だった。会場がにわかに騒めいたのはしかし、そんな最速の戦いが始まることへの期待や興奮などではない。
UPOの掲示板を覗いている大体の男性プレイヤーと、あと一部の女性プレイヤーは知っている。ザイードとレン、同じAgl極振りの2人が日夜戦いを繰り広げていることを。即ち、
その戦いの決着の1つが、この場でつく。
最近『実はそれを口実にイチャついているんじゃないか?』という疑惑が浮かんでいる2人の関係に、何か進展が起きるかもしれない。そんな淡い期待が今、スタジアムには確かに渦巻いていた。
セナも藜さんも何故か口を利いてくれないからみてる実況掲示板、思ったより面白いことが書いてあって為になるなぁ。
『本来ならば、この雰囲気を一蹴する為にすぐにでも3回戦を始めたいのだけど……問題があるのよね』
『ほう、問題ですか。それは一体?』
『速すぎるのよ、2人とも。貴女達極振りや、あとは一部の準極振りと呼ばれているメンバー以外には、恐らく目にも映らないわ』
凄い速さで消費されるスレッドを流し見していると、実況席からそんなどうしようもない問題が投げかけられた。あの2人の戦闘時Aglは確か数十万、明らかに別ゲーレベルの2人の戦いを見ることができるかと言えば……
「セナはもし先輩方が全力で戦ったとして、見れる?」
「……私は多分見れると思うよ、残像くらいなら。バフが全盛りだったら普通に最後まで」
「セナでそれなら藜さんは……」
「私は、無理です、ね。多分?」
最後が疑問系だけど、きっとその予想通りになることだろう。トッププレイヤー最速級でこれなのだから、一般トップ層に至っては言うに及ばず。極振りである俺自身、認識することはできてもきっと対応まではできない。エキシビジョンマッチというエンターテイメントとしては、そんなんじゃ大失敗もいいところである。
『だから全員が戦いを見れるように、スタジアムの戦闘空間だけ描写速度を変えようと思うの。ようは普段からやってる時間加速と同じ原理ね』
『成る程成る程、レンもザイードも速いですからね。実に良い選択なのではないでしょうか? ですがきっとその準備、時間がかかるのでしょう?』
『いいえ? 通常1時間のところ、今ならたったの5分間……って何を言わせるのかしら?』
『ノリツッコミできたんですね貴女』
ただ分かることは、明らかにさっきまでより解説が楽しそうに、賑やかになっていること。心なしか先程までと違って、運営の人に笑顔が見える気がする。何てことだ……掲示板の流れは止まらない、加速する……!
『ですが運営なら、レンとザイードが戦うと決まった時点で手は打っていたのでは?』
『そうね。確かに元々、専用の描写システムは組んでいたわ』
『ではなぜ?』
『ユキとザイル、貴女と翡翠のせいで、同時にお陰でもあるわ。馬鹿なのかしら? やり過ぎなのよ極振りは。運営の想定を超えてくれるのは嬉しいのだけど、超えすぎてサポートできる範囲を超えるのは勘弁して欲しいわね。分かるわよね?』
そんな言葉に、そうだそうだ! 同じゲームをしろ! と盛り上がる観客席と実況板。当事者としては、一応同じゲームをしてるだけである。ちょっとだけ弾幕ゲーになったり、お料理ゲーになったり、花火を爆裂させたり、刹那の見切りをしているだけなのに。
『さて、こんな話をしている間に時間も十分稼げたわね』
『思っていたより私たち、反りが合うのでは?』
『ごめん被るわ』
会場は大盛り上がりだった。
『ん゛ん゛ッ、気を取り直して。システムの準備が整ったわ。さあ、両者
『イカれたメンバーを紹介しましょう!
極めようとした暗殺術。しかし手に入れたのは写真術。依頼があれば、例え火の中 水の中 草の中 森の中 土の中 雪の中 あのコのスカートの中!
邪魔するものには即死をお見舞い! 真なるアサシン、ザイードの入場です!!』
髑髏の仮面に黒いローブ、棒のような右手に首から下げた一眼レフ。不気味な外見をしているそんな姿が、瞬きをした瞬間に既にスタジアムの中に現れていた。
『対するは、スピードの世界に魅せられ、今日も今日とて世界を縮めるグッドスピード!
この世の理は即ち速さ、速さを一点に集中させ突破すれば、大は小を兼ね速さは質量にさえ打ち勝ちどんな分厚い塊であろうと砕け散る!
頻繁に空中分解するのが玉に瑕! 彗星の如く現れたスピードホリック、レンの入場です!!』
ザイード先輩と同様、にゃしい先輩のアナウンスが終わったと同時に、スタジアムの中にその人物は現れていた。橙の長髪にサイドテール、黒いサングラスにアイスブルーの瞳。そして燕の装飾が飾る膝から下を覆う冷たい風を纏うブーツ。普段ならターコイズブルーのそれを紫がかったピンクに染めて、気合充実といった様子でレン先輩はそこにいた。
『さあ、いざ尋常に──』
『勝負!』
女性運営とにゃしい先輩の掛け声と同時、カウントがゼロを示し開始する最速勝負。どちらか勝った方が、俺が次に戦う相手。一瞬たりとも見逃すまいと、集中していた視線の先──案の定2人の先輩は、その姿を掻き消した。
なんかVの方に紹介されてたらしいです。
嬉しいですけど、中々に恥ずかしいですね……こう、文章上じゃなくて声で拙作を好きって言われると。