負けた。
負けてしまった。
我ながら良いところまでは持っていけたとは思うけれど、一矢報いることが限界で、それ以降の何に繋ぐことができなかった。
最適手は選べたと自負しているし、これが今できる自分の最善だとも確信しているけれど……少し、センチメンタルな気分になっているのもまた事実だった。
「ユキくんお疲れ! かっこよ……可愛かったよ!」
「お疲れ様、です。カッコ良かった、です、よ?」
そう声を掛けてくれた2人と会場に満ちる拍手の音に、何でかとてもホッとして、安堵のため息が溢れた。……いやなんか、セナのはちょっと違う気がする。気安いけどノーカンだわ。
「ありがとう……つかれた……あたまいたい……」
そんな風に高速回転する思考とは反するように、口から出たのはそんな痴呆の様な言葉だけだった。こんな短期間で同じくらいに、頭を酷使し過ぎたのだろう。
こう、上がったギアがそのままに戻ってこない様な。身体のスイッチは切れてるのに脳だけフルスロットルのままの様な、オーバーロードかオーバーヒートしている状態。端的に言うと、頭がフットーしそうだよおっっ(ガチ)
「ほらユキくん、こっち来て座って」
何だかんだずっと一緒に過ごしてきたお陰で、セナには今の俺の状態がわかったのだろう。当然の様に自分の隣の席をぽんぽんと叩き誘導してくれた。意識と身体が分離した様なふわふわとした感覚のまま、セナに吸い込まれる様に夢遊病者のような足取りで俺は歩き出して──
「ん、掴まって、下さい。ユキさん」
「ぐわー……」
席に辿り着く前に、藜さんがインターセプト。如何なる術理なのか足下を払う素振りもなく、こっちの体勢を崩して寄りかかるような形にされてしまった。ゴウランガ! 何たるワザマエ、なんて言ったら最後。手遅れになる気配しかしないので、なんとも言えない無力感に打ち拉がれておくことにする。
思考と身体の動きの不一致。昔VRゲームに熱中しすぎた時や、そうではなくてリアルの方でも何回か経験のあるこの症状。ここまで戻ってくる間にそれなりに時間も経ったし、多分あと数十秒あれば普段通りの頭に戻ってくれるだろう。
「あと、1分くらいやすませて……」
だからこそ、話を聞かせてもらうと両端からガッチリと拘束されたけれど、結局のところ"そう"としか言いようがないのだった。
くぁ、と脳が足りない酸素を求めているのか、1つ大きな欠伸が溢れる。そんな感覚に逆らわずに、ゲーム内でして意味があるのかは知らないけど深呼吸。なんか両隣からすごく良い匂いが──ではなく、トップギアのままの脳細胞をクールダウンクールダウン……
「大丈夫、です、か? ユキさん」
「脈がない……ユキくん、ご臨終です」
そんな様子を見かねてから心配してくれた藜さんに、手首を持って脈をとり、静かにセナが首を横に振った。心臓は熱いくらいに脈打ってるのに、ゲーム内だと反映はされないのか……?
「そん、な……」
「へんじがない ただのしかばねのようだ」
「ことは、ないん、です、ね。安心、しました」
思ったより自制心がなかったのか微睡んでいるのか、そんなテンプレートな言葉が口から溢れた。あー……おー……よし、治ってきた。段々頭痛が顔を出してきているが、同時に意識と身体の感覚も一致してきている。
「よし、復活!」
そうして目を瞑りつつ、深呼吸して休むこと凡そ1分。宣言通り体調を復活させた。OFFにし続けていたスキル群もONに戻そうとし……思っていたより周囲のことが把握できたので、効果を最大値にはしないでおく。
「あれ、まだ2戦目始まってない?」
そうして目を開いた先に見えた光景は、未だに沈黙を貫いているスタジアムの状況だった。ここまで戻ってくるのに数分掛かったし、とっくに始まっていると思っていたのだけど。
「翡翠ちゃんの方が少し準備するって話で、ちょっとだけインターバルを取るんだって」
「なるほど? 嫌な予感しかしないなぁ……」
アキさんのことだ。もしかしたら既に決着をつけてしまっているのではないか、そんな考えも一瞬頭を過ぎったけれど杞憂だったらしい。翡翠さんが準備をするという時点で、そこはかとなく嫌な予感しかしないけれど。
「そうじゃなくて! ユキくん、さっきのやつについて説明して欲しいんだけど?」
即答してくれたセナに感謝していると、この場に机があれば台パンしそうな勢いでセナがそんなことを聞いてきた。
「さっきのやつって言うと、変身フォームのこと?」
「うん。普段使いしないのは今のユキくん見れば分かるけど、なんで態々女の子になってたのかなって。ユキくん、リアルでも女装が似合うから……そういう趣味でも目覚めちゃったのかもと思って心配で」
辺り一体の、空気が凍ったような気がした。待って。違う。違うから。セナもそんな頬に手を当てるポーズ取らないで、絶対に誤解が生まれるから。
「えっと、ユキさんが、そういう、趣味でも、私は、気にしません、よ?」
「確かに昔取った杵柄ではありますけど、断じて趣味ではないです。ええ、本当に」
食い気味に否定してしまい、藜さんにまで何故か優しい目を向けられてしまった。おかしい。さっきまでの戦い自体は、どちらかと言えばかっこいい風に終わらせた筈なのに。どうして……どうしてこうなった。
「TSしてたのは……まあ、女性専用装備状態の方が性能が良くて。素材が女性型ボスなのと、多分れーちゃんがそういう風に作ってくれたからだけど」
「ん!」
すると、トンと肩に軽い物が乗る感覚と共に、自信満々なれーちゃんの声が聞こえた。ジェバンニが一晩でやってくれましたってそれ、今の時代に通用するのだろうか……?
「それって私とか藜ちゃんの装備にも出来たりする?」
「ん〜……ん!」
「素材が不足していて、あと1セット作るのが限界だそうだ。そして変身はセット効果である以上、あと1人分だけらしい」
久々に聴いた気がする、ランさんのれーちゃん語解説。それで自分の読解力がまだまだ現役だったことを確認できて安心した。ああもう、無駄にまだ頭が回るせいで余計な事まで考えてしまう。
「なら、ランが女の子になる番ね」
「ん!」
「つらら……!?」
上の席から、ランさんの絶望感に満ちた声が聞こえてきた。もしランさんがTSした場合、すてら☆あーくは女性だけのギルドになるのか……厄介な連中が湧く気しかしないなぁ。
「ユキからも何か言ってくれ。俺はそんなものに興味はな──」
「TSするなら、ファサリナさんとかいいんじゃないですかね? 似合うと思いますよ!」
「味方は、誰もいないのか……!!」
セナの武器がサウダーデなことだけが心配な要素だけど、そこもつららさん一筋であるランさんであるからして心配がない。ホテル・バルバトスも、ホテル・サウダーデも現実には存在しないのだ。
「待て。待ってくれつらら、れー。にじり寄って来るんじゃない」
「ん!」
「素材は全部使っていいよ!」
れーちゃんの質問に答えつつ、ランさんが逃げられないように軽く障壁を展開。それだけで、頭上で起きていた騒動はランさんの敗北という形で幕を閉じたのだった。
なお後日、根負けしたランさんを含めたパーティで、女性プレイヤー専用クエスト及びダンジョンを攻略したことは言うまでもない。色々とハプニングはあって面白かったが、それはまた別の話である。
「そういえば、何ですけど」
そんなやり取りをしていたのに、未だ始まらない2回戦を疑問に思っている時だった。ふと思い出したように藜さんが言った。
「さっきの、ユキさん。戦ってる、時、ずっと、隙だらけ、でした。女の子として、無防備、過ぎます」
「気にしてる余裕無かったんです……」
少し怒っているような、呆れているようなそんな雰囲気。加えて咎めるように突っつかれれば、何だか微妙に申し訳ない気分になる。でも言われてみればあの装備は、胸元の布は薄いしスカートだしで、そっち方面の防御力は普段の俺の耐久力レベルでしかない。今度から気を付けねば。
「それなんだけどね、ユキくん。多分かなーり厄介なファンが、凄い沢山ついちゃったと思うよ。ユキくんえっちだったし」
「流石にそんなに、あの程度で誘惑されるほど男も単純じゃ──いや、我ながら美少女のサービスシーンだし、なるかぁ……? なるなぁ……」
オタクに優しいギャルや委員長は存在しないのだから、異性に無防備な美少女も存在しない。しかしそんな空想存在が現実に現れたら、1発K.O.で落ちないということがあるだろうか? いいや、ない(確信)男なら大抵誰だってそうなる。俺だって
「VRのアバターだと、ムダ毛処理がないからあんなに気楽にユキくん……ううん、しらゆきちゃんは脇とか色々と」
「案外、メッセージ、来てる、かも、ですよ?」
女装(リアル)の都合上、セナの言っていることは分からないこともない話だけど、少し生々し過ぎるのでNGである。それはそれとして、藜さんの言うことも尤もだ。そう思って確認してみれば──
「新着メッセージ25件……えぇ(困惑)」
普段見ることのない量のメッセージが既に届いていた。数件はフレンドからの励ましだったけれど、それ以外は見知らぬ名前からの狩りとかダンジョンアタックのお誘いだ。
こう話を聞くと下心しか見えないので、全て流し読みしてゴミ箱へ捨てておく。けどイオ君からのメッセージだけは『予定が合った時に是非』と返信しておいた。文面の様子が少し変だけど、貴重な同性の友人だし。
そうやって、他にも遅れて届いたヴォルフさんからの配信のお誘いを快諾したり、消費した爆竹の整理をしたりしていること数分。漸く、スタジアムに動きがあった。
『さあさお待たせしました第6戦! あの翡翠が珍しく準備時間が欲しいとのことで生まれた空き時間でしたが、目の休憩には役に立ちましたか!!??』
『そういう貴女は、喉が万全に戻ったようね?』
『勿論ですとも! ここからは完璧な実況を確約しましょう!!』
耳が痛くなる直前の大音声。スタジアムの人たちの目が休まったかどうかは分からないが、にゃしい先輩の喉は復調してくれたらしい。
『さあ、翡翠の準備も終わったということで、入場コールといきましょう。
そんな女性運営のアナウンスに続き、にゃしい先輩が口上を述べる直前。片方の入場ゲートに人影が現れる。
「
そう、そこには──七色に光るシャケを咥え、ゲーミング発光するひよこを従えた翡翠さんが、堂々としたポーズで存在していた。
ありません?真剣に5〜6個何かを集中しつつ並行して考えてると、頭と心臓だけは熱いのに手足が冷たく感じて、なんか身体は上手く動かないし言葉はぼんやりする謎の現象。終わったら頭痛の反動が来る代わりのフィーバータイムなんですが。ないですか…そうですか…