ずっと、心の中に晴れない靄が掛かっているようだった。
初めて感じた恋心と、どうしようもない嫉妬心。その2つが悲しい程に胸を焼いて、頭を
ユキさんの隣にはセナさんがいて、友樹さんの隣には沙織さんがいる。それは誰が見ても明らかな真実で、2人の関係は自明の理で。本当なら、ポッと出の私なんかが割り込めるはずもない特別な関係。
それでも私は、ユキさんの特別になりたかった
/セナさんの居場所を奪いたかった
2人の関係が、どうしようもなく羨ましかった
/自分には不釣り合いだと感じた
どうしても私は、諦めたくなかった
/諦められなかった
こんな自分のことを、知って欲しかった
/見ないでほしかった
"恋"なんてものは、ただの熱病。たった一時の気の迷い。何かの本で読んだような、教室の何処かから聞こえて来たような、そんな言葉が今の自分をよく表している。感情はぐちゃぐちゃで、思考は蕩けていて、身体も、心も、言うことを聞いてくれない。なのに、想いだけは止まらない。たしかに恋なんてものは錯覚なのかも知れない。だけど、そう思って、思い続けて、好きだと言い続ければ、いつかきっとそれが真実になる。
そんな自分に区切りを付ける為に、私は、セナさんと決着を付けなければならない。
だって幼馴染だからって、同級生だからって、諦めたくない、渡したくない。過去の話を込みにしても、それでも私は納得しない。先に好きになったのはそっちでも、気持ちなら私も負けてないから。そっちが
『さて、ステージ上の清掃も終わったことで第2戦だ!』
『早くも準決勝。
ユキさんの知り合いだという男の人と、女の子になったユキさんの言葉を聞いて、私は槍を握りしめる。セナさんは、あのちょっとおかしなメイド服の男の子に、こともなげに勝ってみせた。だから今度は私の番。セナさんとの約束を果たすためにも、勝ち上がらないといけない。
『その前に、疑問に思う奴もいるだろうから聞こう。ユニーク称号【ナイトシーカー】は本来、夜時間にバフが掛かり昼時間にデバフが恒常的に付与されるものだ。だが今は昼時間、だというのに戦えるのか? 爆破卿』
『そうですね、本当は時間帯限定の能力なんですけど、流石にイベント中はずっとバフ状態になっているらしいです。今回のユニークエキシビジョンはプレイヤー主催のイベントですけど、システム的には第5回公式イベント中です。だから、バフ状態が適応されるんですね!』
楽しそうに、脚をパタパタさせながら話す
それにどこか、羨ましさのようなものを感じて。この感情をそのままぶつけたらどうなってしまうのか、どんな顔をしてくれるのか……想像して、すぐに
『さあ、疑問も晴れたところで2回戦、行こうじゃないか!』
『はいよ〜、ということでエントリーです!
昼間はクソザコ、夜は最強! 暴力的なまでの基礎ステータスによる鬼の固定値おばけのオールラウンダー! 光の届かぬ深夜の世界から、夜勤明けでやってきた! さあエージェントは夜を征く、付いた字名は【ナイトシーカー】! ギルド【ボクと団長と酒と愉快な仲間たち団】所属メインアタッカー、カオル!』
ユキさんのコールで入ってきたのは、何度か一緒に冒険をしたこともあるカオルさん。機械感マシマシのゴツいブーツとベルト、それとは対照的な夜空のように煌めくコート。右手には黒の革手袋とゴツい手甲、左手には色とりどりの指輪。そんな、全体的にアシンメトリーなデザインの装備。そこに短いながらも紫のグラデーションを描く髪と、猫のような蜂蜜色の目が揺れていた。
「ふふーん、可愛いボクの晴れ舞台! ちょっと寝不足で死んでた気がしましたが、エナドリキメて元気100倍です! 厄介連中に実力を見せつけるチャンス、生かさずにはいられませんね!」
周囲を飛んでいる数匹の蝙蝠はペットだろうか? とても厄介な気配がする。そしてあそこまでの自信満々と言った態度は、どうにも私には真似できそうにもない。もう一欠片の、そんな勇気が自分にあれば。きっと何かが変わったのだろうか?
『対するは、一撃の最大ヒットカウントは約5万! UPOで唯一ヒットストップを物理的に発生させるクリティカルヒッター! そして隣のユキを筆頭に、未だ流通数が少ないビット装備の使い手! 字名の通りサーバーにも過負荷をかけられるのか【オーバーロード】! ギルド【すてら☆あーく】メイン物理アタッカー、藜!』
迷いも、不安も、そして恐怖も、ずっと心の中でぐるぐる、グルグルと回っている。けれど、それではいけないから。くるりと手の中で回した愛槍を、ヒュオンと風を切るようにして振り抜いた。
「行きましょう、ニクス」
その穂先に、刃の羽根を持った鷹が留まってくれたのを確認して、軽く槍を肩に担いだ。そうしてゆっくりと、心を研ぎ澄ませながらステージに歩いていく。
最近UPOにログインしてる時間は、遊んでいるより勉強の時間の方が多い。だからユキさんやセナさんのように、私には複数のペットがいない。一番最初のペットであるニクスと、ビット操作を助けてもらうため仲間にした付喪神のユエだけ。だけどどっちも、ユキさんやセナさん、ランさんやつららさんにれーちゃん、ギルドのみんなと一緒に強くなった子だから大丈夫、な筈!
「お久しぶりです、藜さん。あれからお勉強は上手くいってますか?」
「えっと、はい。なんとか」
そう意気込んでステージに上がっただけに、柔和な笑みを浮かべてそんなことを言われて戸惑ってしまった。どう考えても、これから一戦交えるという空気ではなかったから。
「ふむ、その顔なら大丈夫そうですね。いくら可愛いボクとはいえど、既に学生ではなくなってしまった身。可愛い後輩の手助けが出来ていたことは嬉しいニュースです」
「夜遅く、は、いつも、ありがとう、ござい、ます」
「ならば結果をもって示してくれれば、ボクは嬉しいですね!」
満面の、自信満々だが挑戦的な笑みでそう言われ、私も槍を握る手に力が篭った。そして同時に高まる戦闘の気配。まるで自然体だったのに、即座に別人のような気配に変わったカオルさんに驚きつつも槍を構える。
「あとは……そうですね。もう少し、自信を持っていられれば、藜さんもボクみたく可愛くあれると思いますよ!」
「自信過剰、かも、ですよ? でも、私も、そう在りたかった、です!」
そして、会話が終わるのを見計らって──
『『いざ尋常に、始め!』』
◇
『では、まずは小手調べ──アタッカーの華を咲かせましょうか!』
『望むところ、です! ニクス、融合!』
第2回戦、カオルさんと藜さんと勝負はド派手なぶつかり合いから始まった。
本当に小手調べなのだろう、本来カオルさんが得意とする睡眠系のデバフ魔法ではなく、
それに対抗する藜さんの取った手段は単純。爆発×速さ×ドリル=大正義の理論で多段ヒットするビットと、その計算式に更に技量と両手利きを組み合わせた手持ちの槍で、弾幕を相殺しながら飛翔するというもの。それの光景を、一言で言い表すとするなら……
「きれい、ですね」
「ああ。こればっかりは、スタジアムの中段から後列、俺たちのいる実況席からしか見えない特権だろう」
それはきっと、
「因みに魅せプレイのように見えますが、実際はかなりえげつない手を使っていますね。かなりカスタムされてますけど、ばら撒かれている光の玉1つ1つが微量のダメージ+デバフの魔法です。新大陸にいた⑨っていう魅せ弾幕を目指してる人のカスタムにそっくりです」
「意外と人脈が広いんだな、爆破卿。だがその通りだろう。俺たち前衛のアタッカーは、防具の仕様上基本的に魔法防御か物理防御のどちらかが必然的に低い。鎧型の防具の場合は大抵Minが低めに設定されていて、なおかつ高速アタッカーなら元々の守りも薄い。《ナイトシーカー》の奴さん、あんなRPをしちゃいたがかなり頭はキレると見た」
こくこくと大神さんの言葉に頷く。偶に能力値が逆転していたり、或いは均等な人もいたりするが、基本的にUPOの前衛アタッカーは魔法に弱い。その為に後衛が補助をかけたり、その補助をブチ抜いて魔法を叩き込んだり、結構そういう運用がメジャーだったりするのだ。
「因みに
「初期作成レベルと何も変わらないであの動きとか、やっぱり極振りの頭はおかしいんじゃねぇか……?」
実際は更にそこから、極振りによるペナルティが入ってステータスは半分になる。だがまあ、当たらなければどうどう言うことはない。防ぎ切ればいいだけの話だから気にしてはいけないのだ。
『ふふん、楽しいですか? 藜さん』
『そう、ですね! とても!』
『ならば此処で、一味加えてみましょうか!』
弾幕というものは、回避し続けることはそう難しいことではない。けれど距離を詰めるとなると、一気にその難易度は跳ね上がる。だというのに弾を掻い潜り、相殺し、空を駆け続ける藜さんに向けて。カオルさんがごつい手甲を構えた。同時に、手甲の隙間から吹き上がる白い蒸気。吹き上がる蒸気が手甲に仕込まれたタービンを回し、歯車機構がガチガチと獣が牙を噛み鳴らすように回り出す。
『蒸気充填65%、
そうして発射された、鋼の
「「こ、鋼線だーッ!!」」
男の子としては、叫ばずにはいられなかった。いやだって、無理でしょう。かっこよさげな単語が並んだ後に、鋼線なんて持ち出されたら。男の子はハートを鷲掴みにされてノックアウト間違いなしだ。
「しかも、ただ無作為に放っていませんねこれ! しっかりと自分の魔法を切り裂いて、回避できる幅を残しながら新たな形へ再形成。それを全部攻撃の片手間にやっています!」
「こういった場でしか使えないが、最高に嫌らしい攻撃で視聴……じゃねぇ、観客的にも嬉しいサービスだな。いいよな、鋼線、浪漫だよな……」
カオルさんの手指の動きに合わせて動きを変え、速度を変え、形を変える5本の鋼線。その威力は、深々と切り裂かれたスタジアムの床を見れば一目瞭然だろう。いかなる原理か、鋼線は無双の夢想の姿そのままに振われていた。
『見切り、まし、た!』
だがしかし、その全ては藜さんに掠ることすらなくなっていた。予め抜け穴として作られた弾幕の穴を、針に糸を通すようにして藜さんが翔け抜けていく。途中で分裂する弾や鋼線もヒラリと躱し、或いは相殺して空を自在に翔け回っていた。
「ですが、流石は【
「いや、これくらいなら大丈夫だと思うぞ?」
それなら良かったと、安心して息を吐く。同時に何故かにへらぁっとした笑みが浮かんでしまったけど、まあ感情が直に出力されるVRだし仕方がない。
『ええ、ええ! やはり突破してくると信じていましたよ藜さん!』
『ッ、やっぱり、誘導でした、か! それ、でも!』
だがしかし、見出したそのルートは誘導されたもの。あからさまに空けられた弾幕の穴であった以上それは疑いようもなく、同時にそれを突破してこそのアタッカー勝負でもあった。
『全スキル
『全スキル、
そして、牽制と時間稼ぎの弾幕が再度ばら撒かれる中、2人の姿が変貌していく。
カオルさんの周囲を飛び回っていた蝙蝠が影の中に潜行し、鋼線を回収した手甲が腰の刀を握り締める。同時に再度大量の白い蒸気が噴き上がり、1つのタンクから歯車と配管が這うように広がる刀の鞘に、柄を握るゴツい籠手から蒸気が充填されてゆく。大きく片足を引いた異形の抜刀フォームは、脚に仕込まれた
対する藜さんは、槍の先端に杭打ち機のようなビットを収束させ、ドリルのように回転を馳せ始める。更に姿を蜃気楼のように揺らめかせて、舞い散らせている羽が黒く染まっていく。太陽を背に墜落するその姿は、まるで三本足の鴉のようだった。
「此処でお互い必殺の構え! 抜刀術と旋風槍、片やHPMPを代償に、片やクリティカルの成功判定如何で、相手の防御ごと穿ち裂くスキルの軍配はどちらに上がるのかー!」
「防御、対応力面ではカオル有利、相性、速度面では藜が有利と言ったところか。HPアドはお互いほぼ均一な以上、どっちに転ぶか分からんぞ!」
『魔法《ハイパーソムニア》から《奥義抜刀・王道楽土》まで、呪文・アーツ混成接続!』
『火薬充填、起爆準備、完了。十六夜の衣、起動!』
更にカオルさんの周囲に、本来の得意分野である眠りの煙が蒸気に混じって最大展開。藜さんの姿は更にブレ、複数人が同じ座標に重なっているような違和感と、確実に
『可愛いボクの必殺技スペシャル!』
『空間認識、全、開!!』
『魔法、蒸気抜刀──《
『螺旋、起爆、《クロノス、ドライブ》!』
そして、極振り戦と違わぬ勢いで、スタジアムが振動した。