1ヶ月Twitterの妄言から生まれた別の短編書いてました。
たのしかった(小並)
前話から読み返すの!おすすめ!
『可愛いボクの必殺技スペシャル!』
『空間認識、全、開!!』
必殺技の名乗りと共に、カオルさんの周囲に本来の得意分野である眠りの煙が蒸気に混じって最大展開され、侵入すれば即睡眠のデバフとの対抗判定が行われるフィールドが形成。その中心で当人は、睡眠状態を解除することで絶大なバフを得る《ハイパーソムニア》の魔法を解除。絶大なバフを得つつ即座に睡眠、《夢の端境を行くもの》のスキルによって通常通りの動きを確保。藜さんをロックオンした。
対する藜さんの姿は更にブレ、複数人が同じ座標に重なっているような違和感と、確実に質量当たり判定を持った残像が生まれ始める。それこそが
『魔法、蒸気抜刀──《
『螺旋、起爆、《クロノス、ドライブ》!』
互いが持つ必殺と必殺の逢瀬。その先手を取ったのは、カオルさんの方だった。
杭打ち機のようなビットが収束し陽炎のようにブレる、ドリルのように回転する槍の穂先。カオルさんは大きく引いた片足で踏み込むことで、そこに目掛けて──跳んだ。
「「飛んだーッ!!」」
そして大回転とひねりを加えながら、カオルさんが2人に分身。両脚から
分身と本体のタイミングは同期しながら、左右の脚が振り下ろされるタイミングはズレているキックと揺らめくドリルランス。その2つが接触するインパクトの直前、お互いの装備に仕込まれた機構が起動する。
『パイル──』
『──バンカー!』
仕込まれているのは奇しくも同じ機構。蒸気式か火薬式か、小型4連式か大型単発式か、細かい違いはあるものの同じ
一撃。藜さんの夢幻に揺れるビットの杭打ちと、カオルさんの4連射される杭打ちが衝突。振り下ろす軌道の4連パイルバンクが、ビットの側面を撃ち方向転換。ビットをくの字に折り曲げながら、地面へと叩きつける。
二撃。タイミングをずらして放たれたビットを完全に読み切って、分身の杭打ちが衝突する。一瞬だけ藜さんのビットよりも早く放たれた杭撃が、ビットに杭打ちの隙を与えず粉砕しながら弾き飛ばす。
三撃。今度は藜さんがタイミングをずらし、カオルさんの脚を杭打ちで吹き飛ばした。直前まで本体であったはずのカオルさんが、その一撃を受け消滅。肩を透かすには完璧なタイミングで、身代わりスキルが起動していた。
そして四撃。これは動き出しはカオルさんが早いが、結果としては正面衝突となった。完全に速度が乗り切ったカオルさんのパイルに対し、加速が始まったばかりのビット。その2つが衝突した場合の結果は明白だった。本来なら質量と速度で勝るビットが撃ち砕かれる。辛うじて持ち込んだ相打ちという形も、本来の性能からすれば余りにも低すぎる戦果に過ぎない。
が、しかし。ビットは全部で6機存在する。例え4機のビットが再起不能になろうとも、本命の槍を含めてまだ3撃。対してカオルさんは、反動で動きすら止まり、抜刀も間に合わない。故に──
『獲り、ました!』
『【忍法・空蝉】残念ですが、それはフラグですね』
余裕の笑みを浮かべるカオルさんに槍が直撃する直前、5回の回数制限を持つ完全回避のスキルが起動した。藜のような
【水月】が起動することで基本10秒、拡大して30秒の間、対物理回避率を75%上昇させるというぶっ壊れスキルであるのに対し、【忍法・空蝉】の効果発生時間は1〜3秒。その間に相手からの攻撃がヒットしない場合、回数を浪費するだけでなんの効果も発揮しない。更に発動がオート不可の完全手動である為、間に合わないことも多い。しかしカオルさんはタイミングをしっかりと合わせ、藜さんの必殺を回避しきっていた。
故に、それはまさに刹那の見切り。本来【忍法・空蝉】の効果エフェクトである白煙も、撒き散らされる蒸気によって気取られない上手い手だった。
「今のは、すり抜けた、のか……?」
「【忍法・空蝉】、多分
「完全回避……いやだが白煙は、チッ、蒸気で誤魔化してんのか。攻めるに攻めれねぇぞ、これは」
毒づく大神さんの言う通り、これでは藜さんは攻めるに攻めきれない。何せ藜さんからすれば、『あと何回完全回避が残っているのか』『発動しているのか』という2点が読めないまま戦わなければいけないのだ。それは集中力を否応なく削り、相当な焦りも生むことは確実だ。
『クッ……!』
しかしそこは藜さんもさる者で、急降下ダイブの体勢からスプリットSにも似たマニューバで方向転換。無理矢理に捻った身体で地面を蹴り込むことで、推力を無理矢理に偏向して再加速。ダイブの時の変わらぬ超高速で、
『おやおや、そんなに急いでどうしたんです? そこ、危ないですよ』
『あっ──』
囁くようにカオルさんが言った瞬間、藜さんがサイコロステーキ状に弾け飛んだ。乗りに乗った速度のまま打ち上げられ、ポリゴン片を散らしながら藜さんが落下していく。その原因は、ポリゴン片が放つ光によって明らかになった。
「鋼線……しかも、多分これ属性付与ですね。水と光の属性で、空模様とスタジアムの外縁に合わせた保護色に染めてます」
「えげつねぇな、高速アタッカー殺しってとこか。極振りでも危ねぇんじゃねぇか?」
「
こんな蜘蛛の巣状の斬糸でも
『ふむ。実況もそう言ってますし今の時代、血鬼術の方が通りはいいんでしょうか。いやしかし、私の中で至上の糸使いはウォルターとラバックなんですが……まあ、いいでしょう』
言うとカオルさんがそれまで立っていた糸から降り、何故か消滅演出ではなく炎を巻き上げている藜さんに視線を向け、先程のお返しとばかりに急降下突撃を敢行した。
『そうやって、復活までの時間を利用するのも構いません。が、いつまでそうして待っているつもりなんですか? そんなんじゃ、先に誰かに取られちゃいますよ。今私が、優位にあるように!』
戦場を分析しながら隙を窺っていた藜さんの動きを完全に読んでいる。気付かれた以上、藜さん側も遅延させていた食いしばりスキルを完全に発動させ、その射線から逃げようとするが──
『Wake UP!』
カオルさんの掛け声に合わせ、一瞬だけ現れたペットの蝙蝠。その姿がカオルさんの身体に吸収されるように溶け消えると同時、世界に夜が訪れた。それも清く静かなそれではなく、重く濁った惨劇の夜が。
その証拠とでも言うかのように、天候が切り替わっていた。赤黒い薄雲の向こう、上弦の月が見下ろす夜魔の領域。【
『奥義偏形、一斬必殺! 《偏異抜刀ーー
『っ、の! 《スパイク──》!』
そして遂に、試合開始からこれまで秘められ続けた刃が閃いた。これまでチャージされ続けていた蒸気が圧縮から解放。桁違いの速度で刀身を撃ち出しながら、それでも有り余る蒸気が巨大な白い斬痕を中空に描き出す。
結果は語るまでもなく。月下に怪しく光る刀の先、食いしばりスキルで耐えていた藜さんのHPが今度こそ0に落ちる。直後に蒸気の斬痕が藜さんを飲み込み地面に激突。スタジアムの地面を斬り刻み、最後には大爆発を引き起こした。
『……ッ、仕留めきれなかった上に、3発も反撃をもらうとは。まだまだ私も未熟ですね』
涼やかに刃鳴る納刀音と、蒸気機構が再接続される機械音の
まずは両脚部のゴツいブーツは完全に破砕され脱落。夜空のコートは何かに貫かれたかのように穴だらけであり、たった今、風に攫われポリゴンへと分解されていった。左腕は手首から先が吹き飛んでおり、それ以外にも全身から散るダメージエフェクトとくれば間違いない。
激しい動きと激音で聞き取れず見きれなかったが、藜さんがあの瞬間に何か反撃をしていたらしい。
頭上に表示されているカオルさんのMPバーを見るに、消耗の激しい天候書き換えであるのに解除されないこの夜は、未だに警戒を続け必殺を撃ち込む準備を整えている証左か。
「おいおい、今ので仕留めきれなかったってマジかよ」
「マジもマジ、大マジです。1回目の鋼線トラップの事故死は食いしばりスキルで、2回目の斬撃は1匹目のペットの身代わりで、3回目の爆発も……恐らくペットの身代わりで代替出来てます。ですが……」
これで、藜さんは保険である残機を全て失ったことなる。対するカオルさんは、消耗は激しいものの恐らく残機は万全。ここから巻き返すことができるのか? それは
『しかし、
そんな中、地上に立ち込める蒸気の中にくたりと立ち上がる影。今にも倒れそうなほどフラつくその人影目掛け、魔法という手札を失ったカオルさんが突撃する。
しかしその速度は、先ほどまでとは比べ物にならない程遅い。靴と脚部装備が破壊され、手と胴体装備が大きく破損した影響だ。しかし称号補正もあり、その速度は通常プレイヤーの装備込み最高速にも等しい。
『《抜刀ーー隼振り》!』
そうして放たれた、超速の抜刀術。アキさんの通常攻撃にも匹敵する速度で、閃く白刃がフラつく人影を蒸気の雲ごと両断する。シンと静まり返るスタジアムに、何か金属質なものが落下した音が響く。蒸気が晴れて顕にされたのは、崩壊したスタジアム。そこで真っ二つに両断されていたのは──
『ビット!?』
藜さんのサブ装備を着込み、頭部には砕けた瓦礫を串刺しにすることで人型に似せた5機のビットだった。しかしそこに本人の姿はなく、ビット最後の1機も本人の姿もない。
『上!』
空間認識能力系のスキルでも発動したのか、勢いよくカオルさんが上を向く。視線の先には、晴れる蒸気に紛れて飛び上がった藜さんの姿。
『天候、変化!』
これまで見たこともない程に全身からダメージエフェクトを零し、装備に至っては半壊もいいところ。だというのに、何か覚悟が決まったような目で、最後のビットを足場にペットとの融合が解けた愛槍を構えていた。
そして、その左手にきらりと光る指輪。プレゼントした太陽の指輪が、天候の優先度的に敗北している為一瞬だけその効果を作動させる。
『目がぁ!?』
夜魔の領域に差し込む一筋の陽光。藜さんを逆光で照らし出すその光は、数秒で夜に押し潰されるように消滅するも最低限の役割は果たした。
『散々、好き勝手、言って!!』
カオルさんは《アーツ》の持つ使用後硬直時間の解除直後。本来ならばギリギリ反撃が成立するタイミングだが、闇に慣れた目に突然の陽光は毒となる。逆光による消滅現象。一手分遅れたそこに、自分を射出する形の杭打ちで槍を構えた藜さんが発射された。
『私、だって、取られたく、ない、ですよ!!』
『《忍法・空蝉》!』
まるで彗星のような尾を引きながら、藜さんが無防備なカオルさんに衝突した。墜落地点を爆心地として同心円状に爆発が発生し、破砕されてるスタジアムを更に崩壊させていく。そんな光景を見て、すげぇ……と放心したように隣の大神さんが言葉をこぼした。
「実戦で《コメット・フォール》と《グラウンド・ゼロ》が使われてるのなんて、初めて見たぞ……」
「そんなに凄いコンボなんですか? それ」
「ああ。前者は槍と一緒に一定以上の速度を持って墜落することが、後者は敵エネミーじゃなくて地面に攻撃を当てて一定以上のダメージを出すことが前提のアーツだ。槍の通常コンボでは最高範囲火力だが……俺は少なくとも、ボスRTAでしか見たことがないな」
正直センタさんの通常移動がこれな気もするが、確かに実戦では見たことがない。そして先程の反省を込め拡大していた探知の反応からして、空蝉では回避しきれない筈の、序でに
『ッ、もう
『仕方ない、じゃない、ですか!』
カオルさんのHPを削り切った証明として、解除され晴れゆく特殊天候。取り戻した青空の下。残骸と化したスタジアムで、鍔迫り合う2人の姿が見えた。
『私は、新参で、割り込みで、こんな、私より、ずっと、強いのを、知ってるのに!』
『諦めたくないんでしょう? ええ、見てれば分かります。だからこそボクは、そんな姿勢が可愛くないと言ってるんです!』
激突を重ねる白刃と白刃。踏み込みと立ち位置の回転を繰り返しながら、2人が轟かせるは鋼と鋼の大合唱。空間認識能力と軽く読唇しているお陰で話の内容は分かるが、普通は聞き取ることは出来ないだろう言葉のぶつけ合いだった。
「ド派手なスキルとスキルのぶつかり合い! 何故か残虐ファイトになってるが、求めてたのはこういうのだろう? なあ、爆破卿!」
「え、あっ、そうですね。ちょっと実況も忘れて観入っちゃいました」
そんな誰が見ても理解できる接戦と盛り上げる大神さんの言葉に、観客席からも声援が飛ぶ。うっかり読唇に集中し過ぎていた。反省せねば。
『欲しいなら! 諦めたくないのなら! なんでも使って勝ちを取りに行くべきです! 何かを失って後悔したり、失うことを恐れて臆するよりも! 若者はそうやって、己の心に従って突き進むくらいで丁度いい! それこそが、カワイイに繋がるんです!』
『そう、したら、大切な人も、もう1人も、傷付く、かも、しれないのに!』
『傷付いて上等、傷付けて上等! 好きなんだから、好きなようにやるんです! 貴女の欲する人は、そんなちっぽけな心すら受け止められない軟弱者ですか!?』
『そんなこと、ない、ですよ!』
『ならば尚更、後は貴女が実行するかしないか! 後悔を抱えて生きるか、玉砕して相手に傷を刻むかの二択です!』
巡り巡る剣戟の果て。互いに一度、重い一撃を交わし2人が吹き飛び距離を取る。藜さんもカオルさんも息が荒く、HPMPも揃って10%ラインを割っている。
「回復アイテムの持ち込みが不可で、残機もお互い使い切った今。恐らく次が最後の一撃になるでしょうね」
「ああ、なんでお互いの復活回数を把握してんのかは謎だが、そうなるだろうな。それに、槍も抜刀術も相当にアーツの発動が速い武器だ。瞬き厳禁になるぞ」
「あ、因みに残機の把握は口の方の読唇術なのでご安心を」
カメラに向かって手を振って弁明すると、手元の配信枠のコメントが爆発的に加速した。ええい、スパチャを送られたとて今回は反応できないのだ。……スパチャ分だけ、後で配信してもいいかもしれないが!
『背中、押してくれて、ありがとう、ございます』
『ふふーん。お礼を言われる程もあります。ですがその頑張りも、ここで可愛いボクを乗り越えなければ無意味!』
『先に、言って、おきます。手加減、したら、許しません』
『当然です。ボクは最初から最後まで全力、手加減なんてしてあげませんとも!』
お互いの宣誓が終わり、誰もが息を呑む静寂が広がる。抜刀術が斬り裂くのが先か、旋風の槍閃きが先を制するのか。誰かが我慢できずに声をあげる、その刹那。積み上げられたスタジアムの残骸の1つが、自重に耐えきれずに崩落する。それが、最後の合図となった。
『《奥義抜刀ーー唯閃》』
『《コメット・スラスト》』
奇しくも2人が最後に使ったアーツは同じタイプだった。他のどの抜刀術の技よりも速い抜き打ちと、他のどの槍技よりも速い突進突き。ただし、異なる点が一つだけ。
藜さんが時間経過により、再使用可能になっていたユニークアイテム【十六夜の衣】を起動していたこと。それが、明確な勝負の分かれ目となった。
本来ならば、2歩で最高速に達し後は飛行しながら突き進む《コメット・スラスト》という技。藜さんはそれを途中で着地することで減速し、自分の背後に発生していた
『……まさか、この土壇場で透かされるとは』
『ずっと、リジェネと、強いバフの、そっちに、言われたく、ないです』
カオルさんが斬り裂いたのは、処理落ちの残像。身体ひとつ分ほど先行した分身を両断して、藜さんの槍をその腹に受けていた。
『それも、そうですね。フッ……負けゆくボクも、可愛いから満足です』
『ありがとう、ございました』
カチンと、撃鉄が落ちる音。槍に仕込まれた爆薬が炸裂し、まるで戦隊モノの最後のような大爆発が起きた。炎と衝撃の中、砕け散るカオルさんのアバター。それを見届け、残心を残した後。頭上【WINNER 藜】の文字が出現する。
眩しく輝くそれは、藜さんの勝利を讃えると同時に、このユニーク称号持ちのエキシビジョンマッチの決勝が、同ギルド対決になったことを示していた。